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二番目
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前菜もメインもデザートまで平らげて、喜美子は満足そうだった。酒よりも食事を楽しみにしているらしい。ママがコーヒーを淹れてくれたが、やはりこういう店のコーヒーはサービスの一環で、マシンで淹れたようなコーヒーが出てくる。
それにデザートだって真二郎のものと比べると雲泥の差だ。ティラミスやカプチーノには縁がないが、やはり全然違う。それでも美味しいと言ってくれると、連れてきたかいがあると思った。
「新山さんは、恋人がいらっしゃらないんですか。」
その言葉に圭太はなんと答えて良いかわからなかった。恋人が居るのに合コンへ行ったのも、数合わせだなんて言えない。恋人がいない人たちが集まる場で、女の一人も持ち帰らなかったのだ。そう思われても仕方がない。
「あー……実は……。」
もう真実を言ってしまおう。そっちの方が楽だ。そう思っていたときだった。
「カプチーノのお代わりはいかが?」
ママがそういってテーブルにやってくる。周りを見ると、すでにみんな食事を終えていてもう帰ろうとしている人ばかりだ。つまりお代わりはいかがと言いながらも、早く帰れといっているのだろう。
「いいえ。大丈夫です。そろそろお会計をします。」
「わかったわ。」
席を立つと、喜美子も席を立った。そして圭太がレジへ向かうと、喜美子が焦ったように近づいてくる。
「新山さん。割り勘に……。」
「いいえ。誘ったのはこっちですし。」
「だったらお酒の代金だけでも。」
するとママが豪快に笑う。そして喜美子を見て言った。
「来たときから思ってたけど、凄く似てるのね。初めてここに来たときの彼女が、同じことを言ったわ。」
すると圭太は頭をかいて、ちらっと喜美子をみる。ママは深い事情は知らないのだ。当然、真子がまだ生きていると思っている。
店を出ると公園がある。その公園は昼間はサラリーマンやOLが昼食を食べたり昼寝をしているようなところで、それを目当てに屋台なんかが建ち並んでいる。
だが夜になれば様相はがらりと変わり、公園の道にはライトが設置してあって明るく幻想的だ。それは恋人同士や、不倫カップルがデートをするスポットになる。もちろんそんなことを考えずに、ここを突き進めば大通りへの近道だ。
ここを通っていけば、圭太たちは普通のカップルに見えるだろう。なのに少し今は気まずい。まさか恋人に似ていると言われて、喜美子だっていい気はしないに違いない。
「最寄り駅はどっち?」
「あ……。Dの方で。」
「地下鉄の方が早いかな。送るよ。」
わざと公園をよけていこうとした。だが服を引く力が、圭太の足を止める。
「どうしたの?」
「公園を通った方が早いですから。」
「……終電はまだあるから。」
「でも……。」
すると圭太は頭をかいて言う。
「気まずいだろ?」
「……彼女に似てるんですか。」
すると圭太はため息をついて言う。
「元ね。」
「元?」
「死んだから。」
その言葉に喜美子は口をふさいだ。予想外の答えだったからだろう。
「……五年……もう六年か。それくらい前のこと。そんなにこの店に来てなかったかな。」
いいや。来ていたかもしれない。おそらく似たような女とばかりつきあっていた。だからママも勘違いしたのだ。
「似たような人だったんですか。」
「うん。似てると思う。」
姿だけではない。天真爛漫で、明るくて、でもどこか自分を卑下しているところも似ていた。
「……忘れられないとか?」
「忘れてたよ。もう六年もたてばね。」
忘れさせてくれたのは響子の存在だ。響子と真子はぜんぜん似ていない。なのに響子に惹かれたのだ。
「新山さん。私も忘れたいんです。」
シャツを握る手にぎゅっと力が入る。だがその手は少し震えていた。おそらくその言葉すら勇気が必要だったのだろう。それを無視して、この公園を通りたくないなど言えない。
「不倫相手のこと?」
すると喜美子はうなづいた。その言葉に圭太は喜美子の手を離してその手を握る。
「いいよ。行こうか。」
響子のことを忘れたわけではない。だがここまで懇願している女に、無碍なことは出来ない。愛情ではなく同情なのだ。そういい聞かせて、公園の中を歩く。
公園の中は広い。道はライトで照らされて明るく、道行く人たちもみんな手を繋いでいたり肩を抱いていたりする。カップルしかいないように見えた。そしてその人たちはどこへ行くのだろう。この奥にもラブホテルがないこともないが、どちらかというとビジネスホテルのようなものが多い。ラブホテルは駅の裏の方があるのだ。
「……新山さん。」
「ん?」
「その彼女のあとって……恋人が居なかったわけじゃないんですよね。」
「居たよ。でも長続きしなくて。」
今は響子がいる。そういいたいが、今はそれが言いづらい。
「大事にしそうなのに、みんな見る目がないんですね。」
「そう言ってくれる?」
響子とは感覚が少しずれているのはわかっている。好きな音楽も、本も、映画も、あまり圭太の趣味とは合っていない。だがお互いが好きだというのだけは合っている。それだけは信じたい。だから今日、一馬とライブに行けばいいと言えたのだ。好きだから。余裕がある大人のふりをしたのだ。
「不倫相手も……大人の人でした。十くらい上だったし、大人の余裕って言うか。こうしたら楽しんでもらえるっていうのか。とてもわかってた感じがしたんです。でもそれって、遊んでいるとも言えるでしょう?」
「あぁ。そうだね。」
「……それがわかってなかったのかな。あっさり違う人と結婚したんです。惨めでした。同じ職場の人同士の結婚式だったから結婚式に呼ばれたんです。幸せそうに笑ってるのを見て、自分はそうなれないって思っちゃって。」
「何言ってんの。なれるよ。」
「え?」
「幸せになれる権利なんか、みんなにあるんだから。」
その言葉に喜美子は立ち止まり、そしてつっと涙を流した。
「……。」
「その男ってバカだよね。真中さんみたいな人じゃない人と結婚したなんて。そう思うくらい幸せになれるよ。」
「そう……そうですかね。」
笑いながら泣いていた。その顔を見て、少し心が痛い。やはり真子に似ているからだ。
真子もまた、こうやって泣きながら笑っていたのだ。
それにデザートだって真二郎のものと比べると雲泥の差だ。ティラミスやカプチーノには縁がないが、やはり全然違う。それでも美味しいと言ってくれると、連れてきたかいがあると思った。
「新山さんは、恋人がいらっしゃらないんですか。」
その言葉に圭太はなんと答えて良いかわからなかった。恋人が居るのに合コンへ行ったのも、数合わせだなんて言えない。恋人がいない人たちが集まる場で、女の一人も持ち帰らなかったのだ。そう思われても仕方がない。
「あー……実は……。」
もう真実を言ってしまおう。そっちの方が楽だ。そう思っていたときだった。
「カプチーノのお代わりはいかが?」
ママがそういってテーブルにやってくる。周りを見ると、すでにみんな食事を終えていてもう帰ろうとしている人ばかりだ。つまりお代わりはいかがと言いながらも、早く帰れといっているのだろう。
「いいえ。大丈夫です。そろそろお会計をします。」
「わかったわ。」
席を立つと、喜美子も席を立った。そして圭太がレジへ向かうと、喜美子が焦ったように近づいてくる。
「新山さん。割り勘に……。」
「いいえ。誘ったのはこっちですし。」
「だったらお酒の代金だけでも。」
するとママが豪快に笑う。そして喜美子を見て言った。
「来たときから思ってたけど、凄く似てるのね。初めてここに来たときの彼女が、同じことを言ったわ。」
すると圭太は頭をかいて、ちらっと喜美子をみる。ママは深い事情は知らないのだ。当然、真子がまだ生きていると思っている。
店を出ると公園がある。その公園は昼間はサラリーマンやOLが昼食を食べたり昼寝をしているようなところで、それを目当てに屋台なんかが建ち並んでいる。
だが夜になれば様相はがらりと変わり、公園の道にはライトが設置してあって明るく幻想的だ。それは恋人同士や、不倫カップルがデートをするスポットになる。もちろんそんなことを考えずに、ここを突き進めば大通りへの近道だ。
ここを通っていけば、圭太たちは普通のカップルに見えるだろう。なのに少し今は気まずい。まさか恋人に似ていると言われて、喜美子だっていい気はしないに違いない。
「最寄り駅はどっち?」
「あ……。Dの方で。」
「地下鉄の方が早いかな。送るよ。」
わざと公園をよけていこうとした。だが服を引く力が、圭太の足を止める。
「どうしたの?」
「公園を通った方が早いですから。」
「……終電はまだあるから。」
「でも……。」
すると圭太は頭をかいて言う。
「気まずいだろ?」
「……彼女に似てるんですか。」
すると圭太はため息をついて言う。
「元ね。」
「元?」
「死んだから。」
その言葉に喜美子は口をふさいだ。予想外の答えだったからだろう。
「……五年……もう六年か。それくらい前のこと。そんなにこの店に来てなかったかな。」
いいや。来ていたかもしれない。おそらく似たような女とばかりつきあっていた。だからママも勘違いしたのだ。
「似たような人だったんですか。」
「うん。似てると思う。」
姿だけではない。天真爛漫で、明るくて、でもどこか自分を卑下しているところも似ていた。
「……忘れられないとか?」
「忘れてたよ。もう六年もたてばね。」
忘れさせてくれたのは響子の存在だ。響子と真子はぜんぜん似ていない。なのに響子に惹かれたのだ。
「新山さん。私も忘れたいんです。」
シャツを握る手にぎゅっと力が入る。だがその手は少し震えていた。おそらくその言葉すら勇気が必要だったのだろう。それを無視して、この公園を通りたくないなど言えない。
「不倫相手のこと?」
すると喜美子はうなづいた。その言葉に圭太は喜美子の手を離してその手を握る。
「いいよ。行こうか。」
響子のことを忘れたわけではない。だがここまで懇願している女に、無碍なことは出来ない。愛情ではなく同情なのだ。そういい聞かせて、公園の中を歩く。
公園の中は広い。道はライトで照らされて明るく、道行く人たちもみんな手を繋いでいたり肩を抱いていたりする。カップルしかいないように見えた。そしてその人たちはどこへ行くのだろう。この奥にもラブホテルがないこともないが、どちらかというとビジネスホテルのようなものが多い。ラブホテルは駅の裏の方があるのだ。
「……新山さん。」
「ん?」
「その彼女のあとって……恋人が居なかったわけじゃないんですよね。」
「居たよ。でも長続きしなくて。」
今は響子がいる。そういいたいが、今はそれが言いづらい。
「大事にしそうなのに、みんな見る目がないんですね。」
「そう言ってくれる?」
響子とは感覚が少しずれているのはわかっている。好きな音楽も、本も、映画も、あまり圭太の趣味とは合っていない。だがお互いが好きだというのだけは合っている。それだけは信じたい。だから今日、一馬とライブに行けばいいと言えたのだ。好きだから。余裕がある大人のふりをしたのだ。
「不倫相手も……大人の人でした。十くらい上だったし、大人の余裕って言うか。こうしたら楽しんでもらえるっていうのか。とてもわかってた感じがしたんです。でもそれって、遊んでいるとも言えるでしょう?」
「あぁ。そうだね。」
「……それがわかってなかったのかな。あっさり違う人と結婚したんです。惨めでした。同じ職場の人同士の結婚式だったから結婚式に呼ばれたんです。幸せそうに笑ってるのを見て、自分はそうなれないって思っちゃって。」
「何言ってんの。なれるよ。」
「え?」
「幸せになれる権利なんか、みんなにあるんだから。」
その言葉に喜美子は立ち止まり、そしてつっと涙を流した。
「……。」
「その男ってバカだよね。真中さんみたいな人じゃない人と結婚したなんて。そう思うくらい幸せになれるよ。」
「そう……そうですかね。」
笑いながら泣いていた。その顔を見て、少し心が痛い。やはり真子に似ているからだ。
真子もまた、こうやって泣きながら笑っていたのだ。
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