彷徨いたどり着いた先

神崎

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優しい人

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 やっと合コンが終わり、圭太はそのまま外に出る。功太郎はなぜか言い寄られていた女と話が合ったらしくそのままどこかへ行くようだった。まだ響子のことが忘れられない様子だったのに、こういうことは案外切り替えが早かったのか。それとも割と遊びだと割り切れるタイプなのかわからない。
 響子に連絡をしようと携帯電話を取り出したときだった。
「あの……。」
 振り向くと、そこには真中喜美子がいる。喜美子離れない環境だったのかわからないが、あまり食事はしていなかったし飲んでもなかった。
「どうしました。」
「近くにジャズバーがあるんです。良かったら行きませんか。」
 絞り出すような言葉だ。あまり女の身から誘うことなどしなかったのだろう。だが圭太の中には響子がいる。それは揺るぎないことだ。
「いいえ。俺、明日は仕事で、早く行かないといけなくて。」
「……そうでしたか。あまり無理には誘えませんね。」
 喜美子と話していると、気が楽だった。変に気を使うこともないし、何より話が合う。気に入ったら一直線で興味のないものは全く興味がないの響子とはタイプが違って、少しでも気になったモノには手を出すようだ。そういう人の方が世界が広い。
 圭太も趣味は広く浅くやっていた。最初はバスケット。そしてジャズ、釣り、映画を見たり、本を読みふけることはある。そういった意味では響子が少し窮屈だという感じはある。こういう人と付き合えば、自分が楽かもしれないとどこかで思っていた。
「せめて連絡先を教えてもらえませんか。」
 そういって喜美子は携帯電話を取り出す。それには嫌な顔はしない。
「良いですよ。」
 その様子を見ていて東は少し心の中で笑った。今日、出来れば寝て欲しいと思ったが、無理ならば連絡先の交換をして後日、そうすればいいと言っておいたのだ。
 どちらにしても真二郎の話では、圭太は初めて会った人とセックスが出来るようなタイプではないとは聞いている。遊び人にはなれないタイプだ。そして向こうでは功太郎が、割と地味目の女と話をしている。幼いタイプで、おそらく功太郎はロリコンだという真二郎の話は当たっていたのかもしれない。
 自分だって今日はおとなしく帰るつもりはない。旦那は、喜美子が居なくても他に女が居るのだ。何年たっても子供の一人も妊娠しない妻に愛想をつかせている。
 そして携帯電話を取り出すと、連絡を始めた。ここから近くのシティホテルのエントランスに真二郎がいる。それだけで体が勝手に期待するのだ。

 狭い廊下で、響子は一馬を拒絶するように体を離す。そしてぽつりとつぶやいた。
「オーナーと……いいえ。圭太と会う前であれば、あなたを好きになっていたかもしれないです。」
 視線をわざとそらせて言う。目を見れば、本音が出てしまうから。
「俺が嫌か。」
「あなたはとても良い人だと思うんです。優しくて、気が合って……一緒にいると楽です。」
 それなのに一緒になれないのだろうか。圭太が邪魔をしているからか。先に会わなかったというのがそんなに駄目なのだろうか。
「そんなにあのオーナーが好きか?」
 その言葉に響子は頷いた。だがその目から涙がこぼれる。無理して言っている。そう思えた。
「……あんなに優しく抱く人は良なかったから。」
 レイプされた経験しかなかった。付き合った男が居なかったわけではないが、どうしても拒否してしまう自分がいた。圭太も拒否したのだ。なのに圭太はそれでも嫌なことはしないし、気分ではないときには手を引いてくれる。自分のことよりもまず響子のことを優先させた。
「それは我慢してないか?」
「我慢?」
「あぁ。お互いに。自分にもやりたいことがあるのに、お前に合わせているんだろう。それは……無理しているように思える。お前も合わせてもらっていて、それがきつくなかったか。」
「……。」
 いつも「いいの?」と聞いても「良いよ。また今度で。」と言ってくれていた。それがお互いに負担になっていたのかもしれない。
「確かに譲歩しないといけないことは、恋人関係だけじゃなくてあらゆる人間関係にあるだろう。俺もそうしていた。」
 わがままだったバンドのメンバーに、「良い。そっちに合わせる。」としか言わなかった。それがそもそも間違っていたのかもしれないと今となっては一馬が後悔することで、一馬は引いてばかりだったのだ。
 今は自分を出さなくてもいいので、楽はしているがやりがいはない。
「少し思っていたことかもしれません。でも……。」
「響子。今は考えられないかもしれないが、俺はいつでもお前が来ることを望んでいるし、頼ってくれても良い。受け入れるから。」
 そういって一馬はその流れている涙を拭った。
「ありがとう……。」
 響子はそういって、少し笑う。その時やっと目があった。すると一馬もわずかに笑う。
「一つ、良いだろうか。」
「何をですか?」
「あいつはお前の傷跡を見ても動揺しなかったのか。」
「自然でした。」
「そうか。」
 それが優しさなのだろうか。その傷跡とやらに、目を背けているのが優しさだとは一馬には思えない。
 響子の手に触れて、その袖をめくる。夏で暑いのに長袖を着ているのが気になっていた。そして予想通り、その腕には火傷の跡や傷跡、黒く変色しているところもある。
「な……。」
 驚いて響子はその腕を振り払った。すると一馬は響子に言う。
「確かにひどい傷跡だ。初めて見る男が動揺しないわけはないだろうな。」
「……だから嫌だって。」
「こんな跡が残るくらい、非道いことをされたんだろう。それで……死んでいないなら、もうおそらく世の中には出ているだろうな。またはヤクザにでもなったか。」
「……。」
「どっちでも良い。まともな職に就いているとは思えない。馬鹿な奴らだな。響子の人生だけではなくて、自分の人生まで狂わせることになるのに。」
 その言葉に、響子は驚いて一馬を見る。こんな反応をする人は周りにいなかったからだ。
「引かない?」
「引く?あぁ、確かにどこの戦争にでも行ってきたのかと思うくらいだ。でも良かったな。この傷なんかはもうあまり目立っていない。徐々に治っていっているんだろう。人間の再生能力はすごいな。」
 指さすその傷跡に、響子はまた涙を流す。こんなことを言う人は居なかったからだ。
「ふふっ。」
 笑いながら泣いている。それに違和感を感じて、思わず聞いてしまった。
「どうした。」
「コンプレックスだったんです。ずっと、中学生の時に連れ込まれてレイプされたのも、傷や火傷をつけられてそれが残っていて見る度に思い出すのも。でも……治ってきているんですね。」
「心の傷は未だに残っているかもしれない。それも徐々に癒される。出来れば俺が癒してやりたいけどな。」
「……本当に、あなたみたいな人を好きになれば良かったのかもしれませんね。」
 まだ心に圭太がいる。まだこの気持ちに答えられない。
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