彷徨いたどり着いた先

神崎

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ベーシスト

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 駅について、真二郎は別の路線で待ち合わせ場所へ向かう。その間いきなり出現した一馬のことについて考えを巡らせる。
 がたいがよくて、響子と話があって、そして響子のおじいさんのコーヒーを口にしている。
 悪くない相手だ。そのぶん驚異だと思っていた。
 響子が惚れる要素が沢山ある。もし二人きりなどになったら、響子は流されてしまうかもしれない。おそらく、功太郎には流されないと思うが、一馬は事情が違う。
 そう思って電車の中で携帯電話のウェブを開いた。そして花岡一馬の名前で検索をする。すると最初に出てきたのは「flower children」の記事だった。大学のジャズ研で結成し、練習場所はともかく演奏する場が少ないと、ストリートで演奏していたらしい。
 最初は数人が足を止めるだけだった。なのにそれから半年もしないで、あまりの人混みに警察が出動する騒ぎになったのだ。
 大学を卒業すると同時に、メジャーデビューをした。CDも音楽のストリーミングも、ジャズとしては異例のように売れた。テレビCMにも出て、まるでアイドルのような騒ぎだったと思う。だがその辺からどうもバンドのメンバーでぎくしゃくしてきた。
 メジャーデビューして二年後。「flower children」は解散している。別のメンバーは個々の活動をし、中には別バンドを組むこともあったらしい。その中に一馬の姿はない。
 噂では一馬が解散を引き起こしたとも書いている。だがその理由は、どれもこれも真実味がない。中でも一馬が他のメンバーの彼女を寝取ったというのはあり得ない。
 性に関して、知識がなさすぎる。まだ功太郎の方が良く知っているくらいだ。
 調べれば調べるほど条件が良い。圭太よりも自分よりも、良いと思えた。だからこそ悔しい。あとは響子が一馬に弾かれないように祈るだけだ。そう思いながら目的の駅に降りる。この駅の目の前にきっと黒塗りの高級車が停まっている。それに乗っていかないといけないのだ。

 五人がやってきたのは、K町にある海鮮がメインの居酒屋だった。テーブルの真ん中には七輪が置いてあり、ここで牡蠣やイカ、一夜干しをした魚なんかを焼いて食べるのだ。その他にも刺身や、揚げ物、それに合わせて焼酎が揃っている。
 夕べも飲んだのにな。圭太はそう思っていたが、隣に座っている響子の向かいに座っている一馬と、酒についてなんだかんだ話をしているのを見ると、自分がとても小さい人間に思えた。
「とりあえずビールで良いでしょ?この国は夜になっても蒸し暑いし。」
 すらっと伸びた長い足を惜しげもなくさらしている有佐は、酔っぱらったサラリーマンの目の保養だろう。胸の谷間は相当なボリュームがあるのがわかる。だが有佐は全くその視線を気にしていない。
「あなた飲めるの?」
 見た目は高校生のように見える功太郎にそう聞くと、功太郎はむっとしたようにいう。
「普通くらいだよ。響子のように水みたいには飲めないけどさ。」
「人を酒豪みたいにいわない。」
 響子はそう言って圭太越しに、功太郎に注意した。
「それからなんか簡単に摘めるものが良いわね。あら、このなますが美味しそう。」
「良いですね。」
 てきぱきと注文を店員にいう。すると女性の店員は功太郎を見て少しいぶかしげにいった。
「身分を証明できるものを見せてもらって良いですか。」
 心の中でまた舌打ちをして、功太郎は財布に入っている運転免許証を見せる。すると店員は納得したようにビールをオーダーする。
「お前、車の運転できるのか。」
「出来るよ。普段しないけど。ほら工場で派遣してたときに、いろんな資格を取ったよ。資格があった方が雇ってもらいやすくなるし。」
 勉強は嫌いじゃない。出来れば高校だって卒業したかった。だがそれも全て、打ち砕かれた。今は圭太のせいにはしたくない。どちらかというと義理の両親のせいだ。
「響子さんはバリスタの学校とかへ行ったのか?」
 一馬はそう聞くと、響子は首を縦に振る。
「一応行きましたね。祖父がそっちの方がバリスタの資格を取りやすいからと言って。資格というのは、自分がこれだけ出来るという証明になると。」
「なるほど。そう言った意味で……。」
 祖父が進めたということは、響子はバリスタになるべくしたなったと言えるだろう。おそらくこの感覚なんかは、その祖父が仕込んだと思える。
 しかし疑問はある。それを聞きたいとは思うがまだそんな仲ではないし、自分のこともまだ話したくはない。
「俺も取った方がいい?」
 功太郎はそう聞くと、響子は少し頷いた。
「そうね。でも学校へ行かなくても取ることは出来る。講習会があるしそれに参加して、バリスタの資格を取ることも可能だわ。」
「だったら俺もそうする。」
「ただ、バリスタの資格にはラテが必須なの。それは練習が難しいけどね。」
 ちらっと圭太を見ると圭太はため息をついていった。
「だからラテのマシンを入れるかって言ってたじゃん。」
「いーや。ラテのマシンよりもサイフォンを入れた方が良いって。」
 最近はこの話題で喧嘩が始まる。響子はそれを冷めたように見て、運ばれてきたビールを受け取った。
「洋菓子屋だろう?」
 冷めたように一馬が言うと、圭太と功太郎は言い合いを辞めて一馬の方を見る。
「けどさ……。」
「あの店はイートインはおまけのように感じる。コーヒーを目当てにやってくる客は少ないんじゃないのか。」
「……そうだけどさ。」
「ケーキありきでコーヒーを淹れている。そんな淹れ方なのに、そこまでコーヒーにこだわることはないだろう。」
 一馬はそう言ってビールに口を付ける。
 確かにそうだ。響子の腕が良いからと言って、コーヒーを目当てにやってくる客は少ない。
「やりたいなら喫茶店をするべきだ。あの店のように。」
「「古時計」ですか?」
「あぁ。」
 確かにあそこでコーヒーを淹れていたときは、コーヒーが中心で真二郎がケーキを作ったり軽食を作っていたりしたが、それはあくまでコーヒーのおまけみたいなものだ。今は逆転している。
「花岡君は、響子のコーヒーを飲んでどう思った?」
 有佐もグラスから口を離して、一馬に意見を聞いた。すると一馬は表情を変えずに言う。
「少なくとも喉が潤えばいいというものではない。コーヒーというのは嗜好品だろう。煙草や酒と一緒だ。響子のコーヒーはそれを越えている。あぁいう味に慣れてしまうと、もうチェーン店のコーヒーなんかには戻れないだろうな。」
「やだ。べた褒めね。」
 有佐はそう言って少し笑った。そして向かいに座っている響子は、少し頬を染める。こうしてあまり誉められたこともないのだろう。
「俺の実家は、酒屋をしているんだ。ここから近い。」
「K町で?」
「あぁ。兄が継いでいるが、昔から角打ちをしている。そうなってくると酒を売りたいのか、居酒屋みたいなことをしたいのかわからなくなってくる。」
「……。」
「「clover」はまだ洋菓子店だという看板がある。しかし、これからどういう経営方針でいくのかは、オーナー次第だろう。」
 その言葉に圭太は迷っていることを、一馬に見透かされたような気がして、誤魔化すようにビールを口に入れた。
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