彷徨いたどり着いた先

神崎

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偏見

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 そろそろ休憩にいこうかと、真二郎はフロアの様子を見る。するとフロアはあまり良い空気とは言えなかった。響子だけが冷静に、アフタヌーンティーセットの客のために、ケーキを盛りつけている。
「何かあった?」
「香ちゃんが来てるのよ。」
「香ちゃん?まだ学校がやっている時間じゃない?」
「まぁ色々あったみたいね。」
 そう言って盛りつけたケーキとコーヒーを二つカウンターに置くと、圭太がそれを持って行く。ケーキを置いた客も、香の話に聞き耳を立てているようだった。
「第二次性徴が来るのって個人差でしょ?何で教師がそんなことを言うのかしら。最近の教師ってそんなモノなのかしらね。」
 弥生は不機嫌そうに、ルイボスティーを口にいれていた。どうやら夜勤明けらしく、部屋を暗くして眠っていたところを学校からの電話に呼び出されたらしい。
「学校からの電話って変だったか?」
「何かあっても、出ていったのは香なので香に責任があると思いますの一点張りだったわね。」
「何で出ていったのかってのもきかねぇんだな。」
 功太郎がいれば、香が落ち着くからだろう。圭太は気を使ってその席に、功太郎を同席させた。
「お姉ちゃん。あの学校やだ。あの町の学校に帰りたい。」
「でもねぇ……。」
 あの町には母親がいるはずだ。だが母親の元へ返したくない。第一、親権は父親にあるのだ。
「香って頭悪いのか?」
「いいえ。そうね。言動は確かに幼いけれど、学校の勉強だけで言ったら頭は良い方だって言われたわ。」
「だったら別に公立に通わせるような真似しなくてもいいんじゃねぇの?」
「そんな余裕がないのよね。金銭的にも。」
「そっか。だったら転校するしかねぇよ。」
「うーん……。」
 ここで逃げていたら、どこでも同じだと思う。何とか出来ないかと弥生は思っていたのだ。
「お姉ちゃん。ごめんね。困らせてしまって。」
「別に良いけどね。ちょっとお父さんと話をしないといけないわ。このままだとあなたも学校に行くにくいでしょうし。あたし、今度の日勤、いつだっけ。」
 そういって弥生は携帯電話を取りだした。そのとき、弥生の携帯電話が鳴った。その音に少し驚きながら、弥生はその電話に出る。
「あ、はい。村瀬です。」
 村瀬というのは弥生と香の名字だった。おそらく、学校からの電話なのだろう。
「お前、そんなに学校で浮いてんのか。」
 功太郎はそう聞くと、香は目の前にある試作のイチゴミルクに口を付ける。
「何て言うのかな。話も合わないって言うか。休み時間だから校庭に出ましょうとか言うのってあるんだけど、みんな出ても何もしないの。携帯持ってて動画を見てたり、ゲームの話とかしてる。っていうか、まぁ……校庭に出ても、出来ることって少ないけどね。」
「ドッジボールとかしないのか?」
「ボールを使うのは怪我をするって。」
「怪我くらいしろよ。俺、小さい頃は絆創膏だらけだったけどな。」
「だよね。あたし、あの町にいたときはみんなで高い岸壁みたいな所から、飛び込みしてたの。みんなが危ないよって言ってたし、怪我もしてたけどそれでもしてたな。」
「海の中で怪我をすると超しみない?」
「超痛いよ。でもするんだよね。あとさ……。」
 本当に田舎の子供なのだ。それがいきなりこんな都会の学校に入るのが難しかったのだろうか。圭太はそう思いながら、響子を見る。
「お前が小学校の時と変わってるか?」
「……そうね。」
 真二郎が出てきて、響子に言う。
「あまり思い出さない方が良いよ。」
「……うん。」
 考えてみたら響子も小さい頃から発育が良かったという。それは香にも通じるモノがあって、最初響子は香を苦手としていたのだ。
「響子もそんなことを言われてたのか。」
 すると響子は少しため息を付いて言う。
「そうね。昔は。けど、だからって逃げてても仕方なかったから、積極的に出来ることをしてたわね。」
「出来ること?」
「逃げるのは簡単よ。だけど、逃げてばかりだとどうしても息詰まってしまう。だから自分で出来ることをしてた。委員会に入ったり、クラブ活動なんかもしてた。」
「何のクラブ?」
「ボランティア。」
 休みの度にゴミ拾いだの、学校の草を刈ったりしていた。
「体も大きかったから、モノを運ぶときに便利だねって言われてたわ。」
 だがその委員会で遅くなったのが皮肉な結果になる。だから無責任に香にも勧められなかったのだ。しかも今は時代も違う。
「っと……遅くなったな。真二郎だけでも休憩に行くか?」
「そうだね。たまには響子といこうか?」
 その言葉に響子は驚いて真二郎を見る。
「功太郎はだいぶ、喫茶を淹れれるようになったんだよね。」
「難しいのはまだまだだけど、今はそこまでお客さんも詰まってないし。」
「だったら外に行かないか?弁当は持ってきてないんだろ?」
「……そうだけど。」
「珍しいな。どうしたんだ。」
 圭太がそう聞くと、響子は少し恥ずかしそうに言った。
「寝過ごしちゃって。」
「夕べ、里村さんの所に行ったんだろ。そこで親に引き留められたって言ってたな。」
 子供が響子の作ったデザートがまた食べたいとだだをこねたのだという。なのでレシピを教えてほしいと言われたのだ。
「デザートは別に教えてかまわないんだけどね。飲み物ではなければ。」
 響子が作ったあのパンケーキを思い出す。そしてあのときキスをしたのだ。
「それに……あの話題って、響子が辛くない?」
 真二郎がそう言うと、響子は少しうなづいた。
「何でわかるのかしら。真二郎は。」
「長いつきあいだからね。ってことで、ちょっと出てくるよ。俺ら。」
 真二郎はそう言って帽子を取る。するとケーキを食べていた奥様たちが、真二郎を見て色めき立つ。
「やだ。あんな男前が居たのね。」
「かっこいいわ。オーナーにはない色気があるし。」
 その言葉に思わず響子は吹き出して笑ってしまった。
「色気ですって。」
「何だよ。うるせぇな。さっさと飯行けよ。」
 フロアの片隅で、まだ弥生は電話をしている。そしてその表情は徐々に険しくなっていった。それを感じて、功太郎はその気を紛らわせるように香と話をしていた。やはり気が合うらしい。
 響子はエプロンだけ取り、真二郎はコックコートと帽子だけを脱ぐ。そしてお互いにバッグだけを持つと、店を裏口から出ていった。普段、ここは鍵がかかっている。出ていくときに鍵を閉めるのだ。
「どこへ行くの?」
「良いところ。」
 お互いに傘を差す。すると普段よりも距離があるようだ。本当は一つの傘に入りたい。響子との距離がなければいいと思っていた。
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