彷徨いたどり着いた先

神崎

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奪い合い

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 久しぶりにこの店に来たというのに、ママと言われる女性は圭太や聡子を覚えていて大げさに歓迎し、その豊満な胸に聡子をの顔を埋めさせた。苦しかったが聡子はさっきまでの暗い雰囲気を払拭させたかのように笑い、食事のあとは圭太は聡子とともに二人で駅へ向かう。
「あー。久しぶりに超飲んだ。それにお腹一杯。」
 よく食べて、よく飲む。酒が中心であまり食事をしない響子とはやはり正反対だ。圭太はそう思いながら響子を見ていた。
「煙草、辞めたの?」
「んー。結構前にな。」
 響子から信じられないと言った目で見られたのを覚えている。煙草は味覚を鈍らせる。それなのにコーヒーを淹れていたのだから、たかがしれてると言われて意地になって禁煙したのだ。
「健康的。」
 この店に来る時は、公園を横切らないといけないが一番良いのはこの公園を突っ切ればすぐに大通りに出られる。その公園は、ビジネス街の憩いの場で、昼間は屋台が並んで弁当を売っていたり、片隅にある櫓でご飯を食べているサラリーマンやOLを見ることがあるが、夜になれば様相は違う。
 端から見れば、圭太と聡子がカップルに見えるように、カップルが多い。もちろんカップルですと堂々と言える人もいるが、中には不倫カップルなんかもいるのだろう。それは自分にも言える。響子とここに来たいと思ったこともあるが、今は聡子が隣にいてそれが浮気をしているような気がした。
「もう一件行かない?圭君が好きなあの店、経営者が変わったけど前と変わらないカクテルの作り方でさ、少し前に行ったけど美味しかったから。。」
 ビジネス街の奥にある繁華街にあるバーのことだ。聡子と付き合っているときは、若くて入れ墨を入れた女性がカクテルを作っていた。いろんな著名人が来ているのに気がついて、聡子がどうしてもファンだという役者からサインをもらっていたのを良く覚えている。
「いいや。もう帰るよ。」
「えー?どうせ明日休みでしょ?」
「だけどなぁ。」
 ちらっと携帯電話を見る。響子からの連絡はまだ無い。食事をしていても何度か連絡をしてみたが、やはり電源が切れているようで繋がらなかった。電源が入ったら連絡を入れてほしいと、メッセージを送ったがそれもまだ返信はない。
 石黒の言葉が気になる。
 功太郎は響子と駅で別れたと言っていた。なのに石黒は功太郎は響子と電車に乗っていたと言っていたのだ。そしてその様子は恋人同士のように見えたという。
 響子は功太郎に対して弟のような接し方をしている。二人が何かあったとは思えない。これが真二郎なら、何を置いても響子の側へ行っていたかもしれないが、功太郎だからと言う安心感もあった。何もない。そう信じれる。なのに心がどこかもやもやしていた。
「彼女が気になる?」
 聡子の言葉に、圭太は少しため息をついた。
「そうだな。」
「連絡つかないって言ってたじゃん。振られたんだよ。慰めてあげようか?」
「勘弁してくれよ。まだ振られたわけじゃないし。」
 聡子と付き合ったきっかけも、前の彼女から振られた勢いで付き合ったようなものだ。だからどちらかが落ち込んでいたらこうやって飲みに行ったり遊びに行ったりして、気を紛らわせていた。だがまだ振られたわけじゃない。
 連絡が付かないのも何か事情があるのかもしれないし、功太郎と居たのも何か事情があったのかもしれない。ただ響子を目の前にして、その事情を聞く勇気はないが。
「お前、アパートは変わっていないのか?」
「変わってないよ。事務所の近く。けど、それも考えないとなぁ。転職するなら、職場の近くが良いし。」
「そっか。だったらそこまで送るから。」
「マジで帰るの?」
「明日、用事があってさ。」
 その用事も本当にあるのかわからないが、朝まで連絡が付かないということはないだろう。当初の予定通り、車を持ってきてもらって、そのまま響子を拾って、病院へ連れて行く。仕事の帰りに飲みに行ったり、仕事の延長線上で町を歩くことはあったかもしれないが、一日響子を独占したいと思った。
「彼女とデートでもするの?」
「そう。」
「振られてんのに。」
「まだ決まった訳じゃないから。」
 しょっちゅう携帯電話を見ていた。気もそぞろなようだったのが腹が立つ。そんなにいい女なのか。自分は元カノでこうやって飲みに行ったりするのももう友達の延長線上なのはわかっているのに、やはり圭太と居れば圭太に頼ってしまう。
 つまりまた恋心が再燃したのかもしれない。
「圭君って、ずっとそうだよね。自分の思い通りにならないと気が済まなくてさ。イレギュラーなことがあると戸惑ったりしてるじゃない。」
「……。」
「さっきもいったけど、そういうのって相手は窮屈だよ。相手だって自分のやりたいことがあるんだし。」
「そうだけどさ。」
「王様じゃないんだから。相手の気持ちにも寄り添ってあげないと。」
 寄り添っているつもりだった。だからこうしたら喜ぶんじゃないかと思っていたのに、響子はそう思っていなかったのだろうか。
 響子は元々わがままな性格だと思う。だからセックスだってしたくなければ無理にはしないし、荷物を運んで欲しいというのももう少し待ってと言うのを聞いてあげていたつもりだ。
 それが響子を自由にさせていたと思っていたのに、響子はそう思っていなかったのだろうか。
「俺もわがままって事かな。」
「そうね。お坊ちゃんだもん。」
 両親の期待を裏切って、別の企業に付いた。「ヒジカタコーヒー」だから黙っていたのだろう。それは「ヒジカタコーヒー」がヤクザと繋がりがあるからだ。
 自由にさせてもらっているつもりで、そうでもなかったのは自分。
 そして自分も知らず知らずにそうなっていたのかもしれない。
 公園を抜けて、ビジネス街を歩く。そしてその裏通り。一階は洋服屋さんでもう閉まっているが、二階はバーになっている。文芸バーという名目で、一時間いくらかのチャージで店内の本を読むことが出来る。その建物の上が住居スペースになっていて、その上が聡子の部屋がある。
「ここで良いか。」
「お茶でも飲んでいく?」
「電車の時間があるから。」
 付き合っていたときは何度か、ここに泊まったこともある。付き合った期間はそんなに長くない。だがセックスはそこそこしていて、体の相性も悪くないと思っていた。
 何より、聡子は響子と違って積極的だった。もし響子が居なければ、ほいほいついて行ったかもしれない。
「三十分くらいなら大丈夫じゃない?ちょっと暖まっていきなよ。風邪ひくよ?」
「ううん。」
 もういい加減、連絡を取りたい。それなのに、聡子は随分引き留める。
「さっきも言ったけど、今は大事な時期で……。」
「振られてんのに。」
「だから振られていないって。」
「認めたくないだけじゃん。」
 そういって聡子は圭太の手を握る。そして圭太を見上げた。
「あたしも慰められたいから……。」
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