彷徨いたどり着いた先

神崎

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奪い合い

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 言葉では一緒にいたいと言ったが、正直一緒のベッドにいて何もしない自信はない。何かあれば功太郎は真二郎に顔向けは出来ないだろう。それでもこんなに苦しんでいて、こんなに怯えている響子を放っておいて他の男か女かわからない、顔の見えない相手とセックスをするとメッセージを残す真二郎もまた不思議だと思った。
 思い切って功太郎はその響子の体に手を触れようとした。だが響子がそれを拒否するようにびくっと体を震わせてその手を振り払う。
「ごめん……別にあなたが悪い訳じゃなくて……。その……。」
「姉さんだってそうだった。だから気にしてない。俺も軽率だった。ごめん。」
 素直に謝ってくる功太郎に、響子は少し安心した。やはりこの男は、自分にとって弟くらいの感覚でしかない。それなら真二郎と変わらないと思う。
「功太郎。やっぱり向こうで寝てくれる?」
「でも……。」
「心配はいらない。細かくても寝れているのよ。」
 信じられない。いつも薄化粧をしていて、でもすっぴんを見るのは初めてかもしれないが、その目の下にはわずかにクマが出来ている。よく寝れていない証拠だ。
「俺じゃ……頼りにならない?」
「そんなこと無いわ。頼りにしてる。」
「そうじゃなくて……。」
 すると功太郎はその膝の上で拳を握った。そしてベッドに乗り上げる。その行動に響子は少し驚いたように功太郎を見上げた。
「あの……俺……。」
「あなたの気持ちに答えられない。だけど、ここであなたが寝たら私はあなたの気持ちを袖にしていることになる。そこまで無神経じゃないの。」
「力になりたいだけなのに。」
「力になりたいだけなら、リビングで寝てくれないかしら。」
「やっぱり真二郎が気になる?今日、帰ってこないって言ってたのに。」
「さっきから何で真二郎なの?別に何でもないのに。」
「え?」
「幼なじみの枠を越えられない人よ。それ以上でもそれ以下でもないの。」
「恋人じゃないのに一緒に住んでたり、寝てたりしてたのか。」
「そういうこともあるの。言っておくけど、こっちにはこっちの事情があるんだし……。」
 恋人じゃなかった。それが少し嬉しい。だがすぐに気がついた。
 だからといって何が変わるだろう。同じ店の同僚であると言うことは何も変わらないのに。
「……だけど俺の気持ちって答えられないんだよな。」
「ごめんね。」
「だったら条件って一緒だろ?」
 そういって功太郎は響子の腕を思いっきり引っ張る。
「きゃ……。」
 衝撃で功太郎の胸に抱きついてしまった。思わずすぐに離そうとしたが、功太郎はがっちりとその体を離そうとしない。
「ちょっと……。」
「響子の体温かいな。それに心臓の音が伝わる。俺のも聞こえる?」
「……。」
 離そうと思ったが、功太郎は体をよじっても離そうとしない。そしてやっと気がついた。真二郎でも圭太でもない男の体なのだと。匂いも温かさも、体つきも全く違う。耳元で聞こえる心臓の音が、どくんどくんと伝わり、思わず顔が赤くなる。
「こうしたかったんだ。毎日真二郎と一緒にいてさ、拷問かと思ったし。」
「……あなたじゃない。」
「でも俺しか今は居ないんだ。」
 功太郎はそういって響子の頬にふれる。そしてその唇にキスをした。軽く触れてうつむく。
「や……。」
 それでも体を離そうとして、体をよじらせる。
「響子。俺……。」
「そんなにエゴイストだなんて思わなかった。」
 そういって響子は思いっきり功太郎の体を突き飛ばす。そしてベッドの隅まで離れていく。
「……辞めて……。嫌なの……。」
 そんな響子を見たことはない。怯えて震えている。これが過去の事件の後遺症なのだろうか。それを全部真二郎が受け止めていたというのだろうか。
「……やなの……。」
 少し呼吸が荒くなっている。こんな時真子はどうしていただろうか。功太郎は思い出しながら、そのベッドのはしにいる響子の側へ向かう。
「ごめん。焦りすぎて。」
 そういって手に手を重ねた。すると響子は呼吸を整えながら、その手を握る。
「功太郎……ごめん。功太郎……。」
 流れている涙を拭い、功太郎はその両手を握った。
「嫌な気持ちにさせちゃったな。」
「そうじゃないの。……あのときのことを、思い出してしまって。私のせいだから。」
 手を捕まれた。そして妙な薬を飲まされそうになって、反抗するようにそれを拒否したから、体にひどい火傷を負わされたのだ。
「わかってたつもりだったのにな……。ちょっと俺の気持ちの方が優先されて。……あの……嬉しかったんだ。」
「何が?」
「真二郎とは何もないって事。あんなヤツに俺がかなうわけ無いから……。だったら俺……響子の心が動くまで待って良い?」
「動かないよ。」
「動くかもしれないだろ。」
 こんな人を好きになれば良かったのだろうか。無条件に好きだと言ってくれる人。圭太とは違う。待ってくれるのだ。
「どさくさに紛れてキスするような人が?」
「それは、悪かったよ。」
「……謝ってばっかりね。あなた。」
「謝るようなことしかしてないし。」
「自覚はあるのね。」
 そういうと、響子はため息をついた。そして目の前にいる功太郎を見上げる。するとその反応に功太郎はドキッとする。手を出さないと言ったばかりなのに、それが早くも破られそうだ。
「とにかく、今日は……あっちで寝てくれる?」
「魘されない?」
「魘されても、明日病院へ行くの。大丈夫だから。」
 そういって響子は布団の中に潜ろうとした。その布団の中に功太郎も入ってくる。
「ちょっと……。」
「姉さんがさ。」
「何?」
「やっぱ寝れないときがあって、そんなときに俺、横で寝てたんだよ。するとよく寝れるって。何でかって聞いたら、心臓の音がするからだって言ってた。」
「……。」
「試してみればいいよ。」
「私は落ち着かないわ。」
「だったら羊でも数えようか。」
「……。」
 あくまでベッドから降りる気はないらしい。響子はため息をついて、もう諦めることにした。それに功太郎の言うとおり、今まで意識していなかったその心臓の音は、響子を落ち着かせる。
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