彷徨いたどり着いた先

神崎

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奪い合い

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 一度、功太郎からキスをされたことがある。それは功太郎が寝ぼけてしてきたことだ。そのとき、響子は功太郎がキスをしているのは響子ではなく、誰かと重ねていたからだとずっと思っていた。その誰かとは、真子以外に考えられない。
 真子とは血の繋がりがない。だから男と女として惹かれているのも別におかしいことではないだろう。それを表に出さなかっただけで。
 だから圭太の発した一言に逆上したのもわかる。それは姉を失ったからではなく好きな女を奪われ、あまつさえ無神経な言葉で死を選ばせた。それが許せなかったのだろう。
「……ごめん。」
 ぽつりと功太郎は響子に謝る。すると響子はすっと駅の方へ足を向けた。それを追いかけるように功太郎はそのあとを歩いていく。
「でも俺……響子に誰かを重ねたことなんか無いよ。」
「嘘。」
 ため息をついて響子は言う。
「あのとき……確かに姉さんを重ねた。俺……ずっと姉さんが好きだったから。姉弟の枠を越えて、姉さんしか見てなかった。けど……今は違うんだ。」
「……。」
「響子のことが好きなんだ。」
 すると響子は足を止めて功太郎を見る。だが少しため息をついた。
「違う。」
「何が?」
「あなたは私が好きなんじゃない。あなたが好きなのは、私を重ねている人。」
「姉さんは違う。」
「だったら、どうして真子さんと間違えてあんな事をしたの?」
 その言葉に功太郎は言葉を詰まらせた。キスをしたのを覚えているのだ。
「……結局、誰も私を見てはないのよ。」
 響子はそういってまた足を駅の方へ進める。
 圭太の前にいたあの人は、写真で一度見た真子によく似ていた。そういう人を圭太はずっと選んできたのだろう。従順で逆らわず、圭太の計画の通りに動いていた人。
 自分には出来ない。少し無理をして合わせていたが、やはり限界はある。それが響子の不眠の原因になっていたのかもしれない。
 別れを決意しようとしていた。
「響子。」
 腕を捕まれて振り返った。そこには功太郎の姿がある。
「功太郎?」
「落ち込むのは良いけど、前を見て動いてよ。」
 前を見るとそこには電柱がある。もう少しでぶつかるところだった。
「あ……。」
 功太郎は少し笑うと、前を見る。
「俺、頭悪いからさ。響子の気持ちなんかわからないけど……今の時点では俺……響子しか見てないよ。隣に誰が居ても良いけど、響子が好きだから。それだけ伝えたかっただけだから。」
 すると響子も少し笑って言う。
「ご飯でも食べにいく?」
「良いの?」
「この間の炭火焼きのお店美味しかったの。あなたは嫌な思い出しかないかもしれないけどね。焼おにぎりが香ばしくてね。」
「そうだったんだ。あまり食べ物は食ってなかったからなぁ。」
「そういえば小食よね。真二郎もあまり食べないし、みんな省エネだわ。」
 真子を重ねていない。その一言が嬉しかった。もし、好きになるならこういう人の方が幸せになれるのかもしれない。

 炭火焼きの店の前に立って、功太郎は少し愕然とした。
「休みって……こんなタイミングで?嘘だろ?」
 定休日ではなかったが、どうやらその店なりの事情があるのかもしれない。光のない店はしんと静まり返っている。
「仕方ないわね。」
 だったら帰ると言うだろうか。焦ってどこか無いかと模索する。だが最近は弁当屋かコンビニばかりだし、詳しい店なんかわからない。
「……あのさ、どっか……。」
「K町まで来る?あっちの方がご飯屋さんとか居酒屋とかあるし。」
 それに自分が行って良いのだろうか。これは響子が誘ってきているのか。功太郎はすぐさま言った。
「行くよ。」
「帰りの電車に間に合えばいいけど。」
「そのときはタクシーででも帰れるよ。」
「泊まっても良いのに。」
「え?良いの?」
「どうせ真二郎もいるのよ。真二郎にお尻の穴を拡張される覚悟できてね。」
「えー?それは勘弁。」
 わざと明るく振る舞った。そうしないと自分がどうにかなりそうだと思うから。
 二人は駅の方へ向かう。まだ圭太が来る気配はない。ちらっと携帯電話を見る。だがメッセージも着信もない。やはりあの女といるのだろうか。
「……。」
 もう考えたくない。そう思いながら、響子はその携帯電話の電源を切る。
 そして功太郎とともに駅のホームへ向かった。
 電車が来る度に風が強く吹いて、身震いをする。そのときだった。
「あ……。」
 功太郎が携帯電話を手にする。そしてそれに出ると、ちらっと響子の方を見た。しばらく通話をすると電話を切ってまた響子のそばへやってくる。
「あのさ。オーナーが近くに響子がいないかって聞いてきた。」
「……居ないって言ってくれた?」
「うん。」
「あなたはどこに行くって?」
「知り合いの所で飯を食うって。」
「そう……。」
 電話がつながらないのを不信に思うだろう。そして誰に連絡をするのかわからない。あとは真二郎しか居ないはずだが、真二郎は今仕事をしている。電話に出るとは思えない。
「私とお姉さんって似ていないでしょう?」
「似てないよ。全く正反対のタイプだと思う。」
 頭が良くて、運動神経も良かった。だがとても体は幼くて、ショートカットだったから尚更幼く見えていた。
「両親がさ。」
「あぁ。義理の?」
「うん。子供は……特にだけど、あまり成長すると悪い虫が付くって信じている人でさ。俺もだけど同年代にしては背も伸びなかったし。姉さんは特に小さかったな。働き出して、少し成長した感じもするけど。」
「そう……。」
 響子の両親は、特に母親が学校の養護教諭であったのもあってか、その辺のことは厳しかったと思う。響子は食が細かったので、食事の時間が苦痛だった。
「けど栄養が行き渡りすぎて発育しすぎるととんでもないことになるわ。それだけはあなたの両親は正しかったのかもしれない。」
 無駄に成長してしまった体のおかげで響子はとんでもない目にあったのだ。
「……まぁ、姉さんの場合はそれだけじゃないけど。」
「え?」
「……。」
 信じられない一言だった。誰にも言えずに功太郎はずっと胸に抱えていたのだ。それを思い響子は功太郎の手を引くと、電車に乗り込んだ。
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