彷徨いたどり着いた先

神崎

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奪い合い

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 休みの前日なので、仕込みはそんなにしなくても良い。それは響子も一緒だろう。真二郎はそう思いながら、横にいてフルーツのコンポートを作っている響子を見ていた。コンポートは日持ちがするので作っておいて冷蔵庫に保存しておくのだ。それでも三日ほどしか持たない。それに三日もたたずに全部捌けてしまう。
「ヨーグルトに入れても美味しいかもね。」
 真二郎はそういいながら、焼き菓子を取り出す。ホワイトデーのためのクッキーを作っていたのだ。もうこちらは出来上がったらしい。
「ヨーグルトだったら朝食のイメージがあるわ。うん……良いかも。」
 小皿に入れて味を見る。まだどろっとしているだけだが、冷えればもっと堅くなるのだ。
「どんな感じ?」
 真二郎は焼き菓子をシンクに載せると、響子に近づいた。すると響子もその小皿に出来立てのコンポートを乗せると真二郎に手渡した。
「うん。いいね。」
 するとキッチンに功太郎が入ってきた。その様子を見て心の中でため息をつく。まるで新婚夫婦だと思ったのだ。
「袋ってこの大きさだっけ?あと乾燥剤な。」
「うん。袋にそれを一つずつ入れて、クッキーを入れたら封をするから。」
 今度は圭太が封をするための機械を持ってくる。製造にいたわけではないのでこういうことは初めてだ。
「オーナーは入れ終わった袋に封をしてくれる?」
「OK。コンセントどこだっけな。」
 ドリンクもだいたい決まっているが、響子はこうしてみんなの手を借りたりはしない。持ち帰りのコーヒー豆すら自分で何とかするのだ。
「バレンタインも終わってねぇのに、気が早いよなぁ。」
 功太郎はそういってビニールの袋に一つずつ乾燥剤を入れていく。するとコンポートの仕込みが終わった響子が、天板に乗っているクッキーの冷え具合をみた。
「こっちは入れて良いわね。」
「あぁ。」
「箱詰めは?」
「それも出来ればしておきたいけどな。」
 ちらっと時計を見る。あまり遅くなるとウリセンの仕事に響く。今日の客の待ち合わせは遅い時間だから良いものの、遅くまで出来ない。
「良いよ。真二郎は次の仕事もあるだろ?」
「でも……良いの?」
「良いよ。別に。明後日箱詰めすればいいんだし。それに明後日は早くでるだろ?」
「まぁね。ケーキの予約もあるし。」
「みんなでばっとやってしまえば片づくだろ。功太郎も響子も早く来いよ。おっ。これ崩れたわ。」
 その言葉に功太郎の目がきらっと光る。チョコレートは崩れたりいびつなものは、またとかして再生できるがクッキーはそうはいかないので、口に入れられると思っているのだろう。
「あ、崩れたのは避けておいて。レアチーズの土台にするから。」
「えー?」
 思わず功太郎の口がとがる。やはりここでも功太郎の口には入らないのだ。
「お前さぁ。形が崩れたケーキとか、マドレーヌとか結構食ってるのに、まだ食いたいのかよ。」
「美味いじゃん。真二郎のデザート。俺さ、あまり金がなくて本当にたまにだけど、贅沢したくてこういう洋菓子屋のケーキを買って食ってたこともあるけど別次元じゃん。それに響子のコーヒーがあったら最高。」
 誉められて少し嬉しい。響子はそのクッキーの様子を見ながら微笑んだ。
「何にやにやしてんだよ。」
 自分の目に狂いがなかった。圭太もそれはそれで嬉しかったのだ。そして真子のことを忘れられて、自分もそのケーキを口にする日がいつかくる。そう信じていた。

 待ち合わせの時間にぎりぎりになってしまう。そういって真二郎は、仕事を終えると脱兎のように店を出て行ってしまった。そして残った三人は店の戸締まりをして、店を出る。
「電車の時間ってあるのか?」
 功太郎はそう聞くと、響子は携帯電話を見る。余裕で間に合う時間だ。
「大丈夫よ。」
「駅まで行こうか?」
 余計な気を回すなと圭太は思いながら、響子の方を見る。今日、連れて帰りたいのに、その約束を忘れてしまったのだろうか。不安に思いながら鍵を閉めると、二人の元へ行こうとした。そのとき、店の前の道を一人の女性が足を止める。
 その人を見て圭太もそちらを見て気まずそうに笑った。
「聡子?」
 聡子の表情に笑顔はない。それどころか泣いているようだった。それを見て功太郎と響子は顔を見合わせる。
「……ポシャっちゃった。」
 震える声で聡子はそういうと、圭太の方へ駆け寄る。そして圭太の前で声を殺して泣き始めた。
「何が?」
 その様子に功太郎は二人しかわからないことだと、響子を見る。だが響子はわざと二人から視線をはずして見ないようにしているようだ。
「響子。行こうぜ。」
「……。」
 何も言わなかった。そして響子はそのまま功太郎とともに駅の方へ向かう。
「……ポシャったって何だろうな。」
「何かしらね。」
 少し引き寄せたら抱きしめられるくらいの距離だった。それが嫉妬していると思う。だが本当に嫉妬して良いのかわからない。
 圭太は恋人だと言っているが、自分にそんな資格があるのかもわからないのだ。なんせこんなに傷跡だらけの体だし、それ以上に精神病院へ未だに通院しないと満足に眠れない体だし、恋人ではなくても真二郎と同居している。そうしないと自分が安心できないのに、圭太が恋人の位置なのだ。
 自分でも都合の良い女だと思う。
「なぁ、今日さ、飯でも食いに行かない?」
「あなたとご飯を食べてどうするのよ。」
 身も蓋もない言い方だ。だが諦めきれない。
「酒とか。」
「弱いくせに。」
「ちょっとならいけるって。それに明日休みじゃん。」
「明日は朝から用事があるの。」
「……でもさ。」
「功太郎。」
 響子は冷えた口調で言う。
「あなたは、私に誰を重ねているの?」
 その言葉に功太郎は言葉を詰まらせた。
「……私は誰の代わりでもないのに。」
 圭太も功太郎も結局、真子の代わりを求めていたのだ。それがどれだけ響子に失礼なことをしているのか、わかっていない。
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