彷徨いたどり着いた先

神崎

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チョコレート

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 大手の会社の本社などがあるこの街は、昔は圭太もここの街に通っていたことがある。ヒジカタコーヒーの本社もこの街にあるのだ。ヒジカタカフェにいたときは、違う街にいたが真子が死んで逃げるように本社に移った。忘れればいいと言われて合コンへ行ったこともあるし、つきあった女もいる。その中に聡子の姿もあった。
 聡子はヒジカタコーヒーよりも駅に近いところにあるデザイン事務所に勤めているはずだ。そんな感じの女性や男性もまだこの時間は多い。
 そしてたどり着いたのはそのビジネス街の奥にある繁華街だった。響子が住むK町よりも規模は小さく、それでも大手チェーン店の居酒屋も個人でひっそりとするバーもある。その奥にはおきまりのように風俗店もあるが、あまり数はなく女の子のレベルも低い。
 その繁華街の入り口にあるのが、目指す洋菓子店だった。女性が好きそうな白とピンクの外装で、ショーウィンドウにはバレンタインデーらしく恭しく箱に入ったチョコレートが鎮座してある。
「ルビーチョコもあるわね。ホワイトチョコと……本当に宝石箱のような見た目だったわ。」
 違う種類のチョコレートを買い、響子と圭太は店の外に出た。
「何でこんな早い時期にもうバレンタインデーのチョコレートを売ってるんだろうな。」
「多分女性が自分のために買うものよ。贈り物じゃない。それに送るのだったら、自分で食べて味を見てから送るわ。」
「なるほどな。」
 そう考えればなるべく早い時期にチョコレートを売った方が良いか。圭太はそう思いながら、そのショーウィンドウにある写真を見ていた。若いパティシエで、料理の雑誌に簡単で美味しいデザートのレシピを紹介していたのを覚えている。とても綺麗な男で、パティシエの腕だけではなく少しアイドルのような扱いをされているのを見たことがあった。
「真二郎も飾ればこんな感じになりそうだけどな。」
「あの子は、無理よ。」
「どうして?」
「つきあってみてわからないかしら。真二郎は割と人間を選ぶから。昔は人間不信だったし。」
「男にはよく手を出してるみたいだけどな。」
「それとこれとは別。」
 少し真二郎とのキスを思い出した。もし圭太が居なければ、心を奪われていたかもしれない。だが簡単に心変わりなどしない。
 真二郎はひどい人だと思う。それにずいぶんひどいことを言われた。なのにまだ真二郎と離れられない。その感情はいったい何なのだろう。
「飯でも食っていくか?」
 圭太はそういって繁華街の方を見る。K町ほどではないが、ここもそこそこの繁華街だ。それに美味しい店があるのを知っている。この街に通っていたときに、よく行っていたのだ。探せば美味い店もある。そこへ響子を連れて行きたいと思っていた。
「時間って大丈夫かな。」
 だが響子はそういって携帯電話をみる。終電の時間を気にしているのだろう。
「そっか。お前、外食はそんなにしないんだっけな。」
 響子は舌が敏感だ。だからこそ外食の濃い味付けはあまり好きではない。
「たまには外食をするわ。自分で作れないものとか、手の込んだものはたまに食べたくなるの。ラーメンなんて自分で作れないでしょう?」
「確かにな。」
 だったらちょっと手の込んだところに連れて行こうか。少し離れたところにあるイタリアンの店がいい。イタリアンなど、自分で作れないからだ。
「イタリアン食べないか。」
「イタリアンっていうと、ニンニクとオリーブオイルとトマトね。んー。どうしようかな。」
「嫌か?」
「ニンニクとか刺激の香りが強いものは仕事の前には口にしないから。」
 コーヒーの味を見るのに香りの強いものは邪魔をする。祖父もそうやっていた。だから休みの前の日には、がっつり焼き肉を食べたり祖母の作ったカレーを食べていたのだ。祖父は元々刺激物が好きな人だったから、そのカレーにもタバスコをかけていたのを祖母が文句を言っていたのを覚えている。
「だったら違うものにしようか。」
「そうだわ。」
 どこが良いかと思案していた圭太に、響子が目を輝かせて言う。
「うちの店がある駅の前に、居酒屋があるでしょう?」
「あぁ、炭火焼きのな。」
「焼き鳥の匂いがいつも食欲をそそるの。でも一人で行くのもどうかと思って。」
「行きたいか?」
 すると響子は少しうなづいた。響子はそういう人だった。お洒落なレストランよりも居酒屋や定食屋を選ぶのだ。それでもチェーン店は選ばない。満たされればいいということではないのだろう。
「わかった。行こうか。」
 あの街の居酒屋というコトは、そのまま圭太の家に連れて行くことも出来る。下心を押さえながら、圭太は響子とともに駅へ向かっていく。

 居酒屋にやってくると、店内は平日なのに人が多かった。この辺は住宅街になるのであまりこうやって飲めるような所がないからだろうか。
 ここで一杯飲んで、そのまま家に帰れる便利なところだ。
「カウンター席で良いですか?」
 座席は埋まっている。中には子供の姿もあるようだ。
「良いか?」
「えぇ。」
 カウンター席に座っていると、焼き鳥を焼くおじさんの手元が見える。それが少し面白かった。
「何を飲むかな。焼酎も良いな。」
「あなたはあまり飲み過ぎない方が良いわ。」
「クリスマスのことを言ってんのか?」
 クリスマスに酒で倒れたことを言っているのだろうか。今日はそこまで体も疲れていないし、別に飲んでも良いと思うのだが。
 そのとき、後ろの席でわっと声があがった。大学生のサークルの飲み会とかだろうか。ふとそこを振り返ると、そこには功太郎の姿があった。
「功太郎?」
「え?」
 思わず響子も振り返る。功太郎は男女が入り交じる席に座っていて、酒ばかり飲んでいるようだ。
「あいつ、酒がそんなに強くないんだけどな。」
「ちょっと危険ね。」
 どうやら一気をしたようで顔が上気している。隣に座っている女がわっと功太郎をはやし立てた。だが反対側に座る男が、心配そうに功太郎を見ている。
「大丈夫か?お前。」
「あー……。ちょっと強かったなこれ。焼酎の割合多すぎだろ。」
 思わず響子が立ち上がり、その座席に近づく。
「功太郎。」
 声をかけると功太郎は響子を見上げて少し笑う。
「チョコ買ってきた?」
「あまり無理しないの。大学生じゃないんだから。」
「見た目は高校生みたいなのにな。身分証明書を見せてくれって、初めて聞いたよ。」
 別の男がそうやってからかう。そして功太郎の隣に座っていた女がまた功太郎のコップに酒を注いでいた。
「あまり飲ませないでくれる?」
 響子の言葉に女はむっとしたように響子を見上げた。
「何よ。オバサン。好きで飲んでるんだから良いじゃない。」
「自分のキャパがわからないで飲むなんて子供だわ。」
 響子がムキになっていた。それがわかり圭太も立ち上がって座席にあがって響子を止める。
「オーダーしようぜ。響子。」
「でも……。」
 すると端に座っていた髭の男が、響子のそばに来て言う。
「飲ませてあげてよ。お姉さん。」
「何で?」
「今日は合コンなんだよ。あいつも騙されてきたようなものだけどさ、なんかずっと意地になってるみたいな感じで。だから、ちょっと新しい出会いがあった方が良いんじゃないかって思ってやってることだし。」
「……意地になって明日二日酔いで店に来られても困るんだけどな。」
「オーナー。」
 店からの視点で言っている。響子はそんな問題ではないと、圭太を見上げた。
「もう少しで飲み放題終わるし、もう少し好きにさせてくれないかな。明日店に来ないとか、そんなことがあったら俺に連絡してくれて良いから。」
 そういってその男は圭太に名刺を手渡す。そこにはフリーのウェブデザイナーの牧田純と書いてあった。
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