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イブ
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ジャズバーである「flipper」では、クリスマスイブのイベントとして、誰でも参加が出来るライブのイベントをしていた。ジャズをかじっている人ならば誰でも参加が出来て、即興のバンドで演奏することが出来る。圭太は大学の時はジャズの研究会に入っていたこともあり、そこではドラムを叩いていたらしい。その演奏に加わってドラムを叩いていた。
その様子を響子はカウンター席で、ウィスキーのお湯割りを飲みながら見ていた。圭太がいつもとは違う自然な笑顔でドラムを叩いている。それを見てこういうことが好きなんだと、また一つ圭太の新しい顔を見れた気がしていた。
「腕は落ちてるけど、相変わらずパワフルな叩き方をするな。」
カクテルを作りながら、バーテンダーの瑞希はそう言っていた。そしてその作り終えたカクテルをグラスに注いで、ウェイトレスに持たせる。今日はウェイトレスもウェイターも忙しそうだ。店内は、ジャズを愛する客もいれば、カップルで来ている人もいる。
「「flipper」で待っていろ。」と電車の中でメッセージをもらって響子はここにやってきたが、昨日もあまり寝ていないし明日も仕事だ。それを考えるとこんな所でお酒を飲んでいても大丈夫なのだろうかと思う。
「ただ単にドラムが叩きたかったからきたんじゃないんですか。」
「そうじゃないだろ。」
瑞希はそう言ってまたオーダーの紙を見て酒を用意していた。
「え?」
「良いところを見せたかったんじゃないの?」
「良いところ?」
「彼女なんだろ?」
その言葉に響子の頬が赤くなる。「clover」の従業員は功太郎をのぞいた誰もがそれを知っていることだ。だが堂々とそう言われると恥ずかしいものがある。
「そう……です。」
「あいつ、良いところを彼女に見せたいんだろう。」
確かにドラムを叩いているのを見ると、普段とは違ってかっこよく見える。女性同士でやってきているテーブル席の女性たちが、圭太を見て何かひそひそと話しているのもわかっていた。それでなくても圭太は、普段真二郎の綺麗さで隠れているが普通に見れば男前な部類だろう。
初めて圭太に会ったとき、スーツがやたら似合う人だと思った。外国の古い映画に出てくる紳士のような着こなしで、背も高いし足も長い。普通にしていたらモテるだろうと思う。
「そんなものですかね。普段からいいオーナーだと思ってますよ。」
「仕事の顔しか見てないとそんなものなのかな。」
「そうかもしれませんね。」
演奏が終わって、拍手が起きる。するとダブルベースを置いた女性が、圭太に近づいて何か話をしている。ダブルベースを扱うにしては小柄な人で、女性にしては珍しい人だと思った。そして二人は何か話をして笑い合っている。その様子に響子ではそんな話は出来なくて、自己嫌悪に陥りそうだ。
「音楽は聴かないの?」
シェイカーに氷と酒を注いでシェイクする。その姿も瑞希は様になっていた。
「そこまで聴かないですね。昔の音楽は好きだけど、ジャズはよくわからないです。」
「ふーん。」
「何ですか?」
シェイクの終わった酒をグラスに注ぎ、そしてビールグラスを手にするとはしにあるサーバーからビールを注いで、二つをテーブルに置く。するとキッチンから皿が出てきた。それもカウンターに置くと、ウェイターがそれを持って行く。
「好きでもないのにつきあってここに来たんだと思ってね。」
「……まぁ……そうですね。誘われたし。」
ここでわからないジャズを聴きながら、酒を飲んで寝るのも悪くないと思ったのが少し。そして圭太に会うなら話をしないといけないこともある。それが少し。そして二人きりになりたいというのがほとんどだった。だがここに来ても二人きりになれるタイミングはあまりない。特にステージにたてば尚更だろう。
「初めてここに来たときから、きっと圭太は君のことが好きだと思っていた。昔ひどい恋愛をしたんだ。だからそれを忘れさせてくれて良かったと思うよ。」
それはきっと真子とのことだろう。合ったこともないその女性のことを思うと、心が未だに痛い。
「ちょっとあれだな。」
「何ですか?」
ステージ上を見て、瑞希はむっとしていたように見える。
「ひっつきすぎ。こら。お前等。」
ステージに向かって瑞希が声をかける。すると女性と圭太は二人で笑い合った。
「ったく……人の彼女に何近づいてんだ。」
「あ、あの女性が瑞希さんの?」
小さい女性だった。まだ高校生か中学生のようにあどけなさが抜けていない人で、ダブルベースを持っているとベースで姿が消えるようだと思う。こういう女性が好きなのか。
そしてやはりその女性の妹という香が、少し違和感になる。香はまだ小学生なのに、まるで高校生のような容姿だからだ。血のつながりはないというのが真実味を増す。
「あぁ、そうだ。一度店に香ちゃんって連れて行っただろう?」
「えぇ。」
「春からこっちに来るんだ。」
「あぁ、そうなんですか。」
両親の離婚が成立した。香の親権は父親が持つことになったが、父親は春から外国へ転勤することが決まったのだ。そこで姉の元へ香はくるらしい。
「田舎に住んでいたから目立っていたけど、こっちの方は人数も多いし香ちゃんみたいに背が高いような子や発育の良い子は沢山居るだろうしね。」
「そうかもしれませんね。」
響子はあの事件の後、転校した。どうしても噂がついて回るのを、母親が危惧したのだ。それでも噂はついて回り、響子は息を潜めるような学生生活を送った。暗い学生生活だったと思う。
田舎から都会にやってくる。それは別の危険が迫らないだろうか。
「でも……結婚すると言っていましたよね。香ちゃんが同居していてもいいんですか?」
すると瑞希は少しため息をついていった。
「そんな感じだから、同居すらまだ出来ていないよ。結婚だっていつになるかわからない。」
「そう……。」
圭太と同期だと言っていた。そして彼女だって同じくらいの年頃だろう。そんなにのんびり出来る時間があるのだろうか。
そう思っていたが、それは自分たちにも言えることだ。
圭太も三十になるし、響子だって二十八だ。まともに恋人が出来るとは思っていなかったのに、結婚するとなるとさらに障害が増えるのは目に見えている。それに響子にはもっと不安材料もあるのだ。
響子の過去のことをきっと圭太の両親は嫌がるだろう。そして子供すらまともに出来るのかわからないのだ。響子はそう思いながら酒にまた口をつける。するとまた演奏が始まった。
「あぁ、懐かしい曲をするね。」
「何?」
「圭太が好きだった曲。昔のジャズのスタンダードナンバーだ。嫌なことがあっても、好きなことを思い出して幸せになろうって曲。」
その曲を聴きながら、響子は自分の好きなものを思い出した。祖父の入れたコーヒー。お気に入りの本や映画。真二郎が作るケーキ。功太郎が自分が入れた飲み物でふわっと笑顔になる顔。お客さんが「美味しい」といってくれる声。そして、圭太が自分を抱きしめてくれる温かさ。
それらが響子の生きる糧になっている。それでもあの男たちの声がまだ耳に残っている。体に残る傷を見る度に思い出すのだ。この傷は、体だけではなくまだ心に深く傷を残している。
その様子を響子はカウンター席で、ウィスキーのお湯割りを飲みながら見ていた。圭太がいつもとは違う自然な笑顔でドラムを叩いている。それを見てこういうことが好きなんだと、また一つ圭太の新しい顔を見れた気がしていた。
「腕は落ちてるけど、相変わらずパワフルな叩き方をするな。」
カクテルを作りながら、バーテンダーの瑞希はそう言っていた。そしてその作り終えたカクテルをグラスに注いで、ウェイトレスに持たせる。今日はウェイトレスもウェイターも忙しそうだ。店内は、ジャズを愛する客もいれば、カップルで来ている人もいる。
「「flipper」で待っていろ。」と電車の中でメッセージをもらって響子はここにやってきたが、昨日もあまり寝ていないし明日も仕事だ。それを考えるとこんな所でお酒を飲んでいても大丈夫なのだろうかと思う。
「ただ単にドラムが叩きたかったからきたんじゃないんですか。」
「そうじゃないだろ。」
瑞希はそう言ってまたオーダーの紙を見て酒を用意していた。
「え?」
「良いところを見せたかったんじゃないの?」
「良いところ?」
「彼女なんだろ?」
その言葉に響子の頬が赤くなる。「clover」の従業員は功太郎をのぞいた誰もがそれを知っていることだ。だが堂々とそう言われると恥ずかしいものがある。
「そう……です。」
「あいつ、良いところを彼女に見せたいんだろう。」
確かにドラムを叩いているのを見ると、普段とは違ってかっこよく見える。女性同士でやってきているテーブル席の女性たちが、圭太を見て何かひそひそと話しているのもわかっていた。それでなくても圭太は、普段真二郎の綺麗さで隠れているが普通に見れば男前な部類だろう。
初めて圭太に会ったとき、スーツがやたら似合う人だと思った。外国の古い映画に出てくる紳士のような着こなしで、背も高いし足も長い。普通にしていたらモテるだろうと思う。
「そんなものですかね。普段からいいオーナーだと思ってますよ。」
「仕事の顔しか見てないとそんなものなのかな。」
「そうかもしれませんね。」
演奏が終わって、拍手が起きる。するとダブルベースを置いた女性が、圭太に近づいて何か話をしている。ダブルベースを扱うにしては小柄な人で、女性にしては珍しい人だと思った。そして二人は何か話をして笑い合っている。その様子に響子ではそんな話は出来なくて、自己嫌悪に陥りそうだ。
「音楽は聴かないの?」
シェイカーに氷と酒を注いでシェイクする。その姿も瑞希は様になっていた。
「そこまで聴かないですね。昔の音楽は好きだけど、ジャズはよくわからないです。」
「ふーん。」
「何ですか?」
シェイクの終わった酒をグラスに注ぎ、そしてビールグラスを手にするとはしにあるサーバーからビールを注いで、二つをテーブルに置く。するとキッチンから皿が出てきた。それもカウンターに置くと、ウェイターがそれを持って行く。
「好きでもないのにつきあってここに来たんだと思ってね。」
「……まぁ……そうですね。誘われたし。」
ここでわからないジャズを聴きながら、酒を飲んで寝るのも悪くないと思ったのが少し。そして圭太に会うなら話をしないといけないこともある。それが少し。そして二人きりになりたいというのがほとんどだった。だがここに来ても二人きりになれるタイミングはあまりない。特にステージにたてば尚更だろう。
「初めてここに来たときから、きっと圭太は君のことが好きだと思っていた。昔ひどい恋愛をしたんだ。だからそれを忘れさせてくれて良かったと思うよ。」
それはきっと真子とのことだろう。合ったこともないその女性のことを思うと、心が未だに痛い。
「ちょっとあれだな。」
「何ですか?」
ステージ上を見て、瑞希はむっとしていたように見える。
「ひっつきすぎ。こら。お前等。」
ステージに向かって瑞希が声をかける。すると女性と圭太は二人で笑い合った。
「ったく……人の彼女に何近づいてんだ。」
「あ、あの女性が瑞希さんの?」
小さい女性だった。まだ高校生か中学生のようにあどけなさが抜けていない人で、ダブルベースを持っているとベースで姿が消えるようだと思う。こういう女性が好きなのか。
そしてやはりその女性の妹という香が、少し違和感になる。香はまだ小学生なのに、まるで高校生のような容姿だからだ。血のつながりはないというのが真実味を増す。
「あぁ、そうだ。一度店に香ちゃんって連れて行っただろう?」
「えぇ。」
「春からこっちに来るんだ。」
「あぁ、そうなんですか。」
両親の離婚が成立した。香の親権は父親が持つことになったが、父親は春から外国へ転勤することが決まったのだ。そこで姉の元へ香はくるらしい。
「田舎に住んでいたから目立っていたけど、こっちの方は人数も多いし香ちゃんみたいに背が高いような子や発育の良い子は沢山居るだろうしね。」
「そうかもしれませんね。」
響子はあの事件の後、転校した。どうしても噂がついて回るのを、母親が危惧したのだ。それでも噂はついて回り、響子は息を潜めるような学生生活を送った。暗い学生生活だったと思う。
田舎から都会にやってくる。それは別の危険が迫らないだろうか。
「でも……結婚すると言っていましたよね。香ちゃんが同居していてもいいんですか?」
すると瑞希は少しため息をついていった。
「そんな感じだから、同居すらまだ出来ていないよ。結婚だっていつになるかわからない。」
「そう……。」
圭太と同期だと言っていた。そして彼女だって同じくらいの年頃だろう。そんなにのんびり出来る時間があるのだろうか。
そう思っていたが、それは自分たちにも言えることだ。
圭太も三十になるし、響子だって二十八だ。まともに恋人が出来るとは思っていなかったのに、結婚するとなるとさらに障害が増えるのは目に見えている。それに響子にはもっと不安材料もあるのだ。
響子の過去のことをきっと圭太の両親は嫌がるだろう。そして子供すらまともに出来るのかわからないのだ。響子はそう思いながら酒にまた口をつける。するとまた演奏が始まった。
「あぁ、懐かしい曲をするね。」
「何?」
「圭太が好きだった曲。昔のジャズのスタンダードナンバーだ。嫌なことがあっても、好きなことを思い出して幸せになろうって曲。」
その曲を聴きながら、響子は自分の好きなものを思い出した。祖父の入れたコーヒー。お気に入りの本や映画。真二郎が作るケーキ。功太郎が自分が入れた飲み物でふわっと笑顔になる顔。お客さんが「美味しい」といってくれる声。そして、圭太が自分を抱きしめてくれる温かさ。
それらが響子の生きる糧になっている。それでもあの男たちの声がまだ耳に残っている。体に残る傷を見る度に思い出すのだ。この傷は、体だけではなくまだ心に深く傷を残している。
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