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イブ
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大通りにでて、タクシーを捕まえる。圭太から聞いた住所はA区にあり、ここからだと三十分ほどで着くだろう。高級住宅街だ。その中にある高層マンションなのかわからないが、一五〇四というのは十五階以上の高さがあるのだろう。
「お客さん。寒くないかい?そんな薄着で。コックさんか何かかね。」
タクシーの運転手はのんきにそんなことを聞いてくる。
「いや……俺、ケーキ屋で働いてて。」
「今日が一番忙しいときだろうね。そこにあるケーキ屋は、警備員が出ていたよ。」
おそらくクリスマスイブが一番忙しい日なのだ。そして年を開けたら、バレンタインデーが来て、ホワイトデーが来て、その一連の行事に合わせていかないといけないのだ。
それでも響子も真二郎も何が売れるかと試行錯誤している。そして圭太はそれ売ろうと必死だ。なのに今日は功太郎が足を引っ張ってしまったと、後悔していた。
タクシーの運転手は薄着の功太郎に気を利かせて、暖房を強くしてくれた。だがそれは逆効果だ。
「運転手さん。暖房弱めてくれないか。」
「良いのかい?寒くないか?」
「クリームが溶けちゃうんだよ。」
手に持っているのはケーキなのか。そう思って運転手は暖房を弱めた。ケーキには保冷剤が入っているが、どれくらい持つのかわからない。早く着いて欲しいと功太郎は気だけが焦っていた。
「イルミネーションが綺麗だねぇ。」
しまった。A区にさしかかって、思い出した。この辺は街路樹が植えられていて、そこを派手な電飾がクリスマス時期だけともされているのだ。それを目当てに、カップルがデートをしたり、車越しに見物している。
つまり、車が混んでいるのだ。
「運転手さん。マンションって近いの?」
あまりにも進まないので、しびれを切らせた功太郎はそう聞いた。
「ほら、見えるよ。そこのマンションだ。」
指さして見えるマンションは、確かに高層マンションだった。
「ここで降りるよ。」
「え?良いのかい?そこって言っても、結構距離はあるよ。」
「平気。このままだとケーキが腐っちまうから。」
間違えて渡しているのに、その上ケーキが腐ってしまったら更に面目が立たない。そう思って、功太郎はそのままタクシーを降りると、ケーキが揺れないように気をつけながら、マンションを目指した。
半袖のコックコートからのぞく腕が寒い。息が白くなり、道行くカップルが笑っているのも聞こえる。だがそんなことを気にしていられるか。
功太郎はそう思いながら、そのマンションを目指す。
そしてやっとたどり着き、マンションのエントランスで番号を押す。
「はい。」
インターフォンから女性の声が聞こえた。
「すいません。「clover」のものですけど。」
すると女性は鍵を開けてくれた。エレベーターに乗ると、十五階を目指す。そしてドアが開くと、まるでホテルか何かのような絨毯敷きの玄関が見えた。そして一五〇四の部屋を目指した。
ドアベルを鳴らすと、すぐに女性がドアを開けてくれた。
「大変申し訳ないっす。ケーキを……。」
髪の長いその女性は少し笑ってそのケーキを受け取り、そして用意していた箱を功太郎に手渡す。。
「お釣りが多かったから、不自然だなって思ってたわ。でもそっちのケーキも美味しそうだった。」
「すいません。コレ……店からのお詫びで……。」
響子に手渡された袋を女性に手渡す。すると女性は驚いたように、功太郎を今度はみた。
「寒かったでしょう?ねぇ。俊君。」
奥に女性は声をかけると、見覚えのある男がコップを手にやってきた。そして功太郎にそれを手渡す。
「すいません。俺も……あの……絵里子……嫌、叔母さんの番号はよく覚えてなかったから。」
それはおそらくコーヒーだろう。インスタントのように感じたが、それでも半袖の功太郎にはありがたい暖かさだった。
「気を悪くしないで。今度から気をつければいいんだから。」
「はい……今回は本当に申し訳ないっす。」
すると女性は少し笑うと、そのケーキの差額を手渡した。
「気をつけて帰ってね。あの店、もう少し営業時間もあるのでしょう?」
「はい。」
功太郎はそういって頭を下げて去っていった。それを見て女性は少し笑う。
「申し訳ないっす。ね……。」
「すごい口の効き方だね。」
「俊君。真似しないでよ。あなたのお父さんに私が怒られるんだから。」
「絵里子さんだって、昔ヤンキーだったんでしょ?」
「うるさい。」
そのとき功太郎とすれ違うように、一人のスーツ姿の男がやってきた。二人の姿を見て、少し笑う。
「お迎えか?二人して。」
「そんなんじゃないわ。お帰りなさい。あなた。」
「俊も来ていたのか。」
「うちの両親、今日、海外へ行ったよ。兄さんは、真夜中にならないと帰ってこないし。」
「クリスマスイブのホストクラブは稼ぎ時だろう。」
嫌みなような言葉を言って、男は部屋に戻っていく。
夜になると、さすがに客足は途絶える。圭太は響子にカウンター越しから声をかけた。
「予約のケーキは全部はけてるか見てきてくれないか。」
「えぇ。」
コーヒー豆をミルにセットしたまま、響子はキッチンへ向かう。そして大型の冷蔵庫を開けた。もうあと二、三個くらいしかない。そう思って冷蔵庫の扉を閉める。真二郎はもう明日の仕込みをしているようだった。
「思ったよりもはけてるわね。」
「うん。」
真二郎は口数少なく、パイ生地をのばしている。それを折り畳みながら、パイを作っていくのだ。こういうときは無理に話しかけない。そう思いながら響子はカウンターに戻ろうとした。そのとき、真二郎が手を止めて、響子に話しかける。
「響子。あのさ……。」
「ん?」
「功太郎はまだ帰らない?」
「まだね。帰りは電車で帰るって連絡があったわ。あの辺はイルミネーションがすごいのよね。タクシーで行くと渋滞するからって。」
「そっか……。」
「真二郎にしてはきついことを言ってたわね。」
「聞いてたの?」
「そりゃね。」
いつもきついことを言って嫌われるのは響子の方だった。それをうまく慰めるのは真二郎の方で、真二郎はいつもそうやって男から惚れられていたのだ。
「……飴と鞭だから。俺ら。」
「耐えられるかしら。あの子。あなたが鞭になった方がきついんじゃないのかしらね。」
「その分、響子が甘いだろ?コーヒー豆なんて渡さなくても、自分で気がつくよ。良い歳なんだから。」
「接客はしたことがないって言ってた。知らないことはどんどん教えていかないと、自分で気がつくなんて神様でもないんだから。」
真二郎が少し意地になっている。響子はそう思いながら、カウンターに戻った。すると圭太がカップを手に戻ると、響子の方をみる。
「喧嘩するなよ。」
「してないわ。」
「普段仲がいいと、喧嘩すると派手だな。」
「……強情なんだから。」
そういって響子はミルで豆をつぶし始めた。
「あぁ、在庫はあと二、三個くらいね。」
豆を挽く音が激しい。それが響子の怒りにも感じる。
「お客さん。寒くないかい?そんな薄着で。コックさんか何かかね。」
タクシーの運転手はのんきにそんなことを聞いてくる。
「いや……俺、ケーキ屋で働いてて。」
「今日が一番忙しいときだろうね。そこにあるケーキ屋は、警備員が出ていたよ。」
おそらくクリスマスイブが一番忙しい日なのだ。そして年を開けたら、バレンタインデーが来て、ホワイトデーが来て、その一連の行事に合わせていかないといけないのだ。
それでも響子も真二郎も何が売れるかと試行錯誤している。そして圭太はそれ売ろうと必死だ。なのに今日は功太郎が足を引っ張ってしまったと、後悔していた。
タクシーの運転手は薄着の功太郎に気を利かせて、暖房を強くしてくれた。だがそれは逆効果だ。
「運転手さん。暖房弱めてくれないか。」
「良いのかい?寒くないか?」
「クリームが溶けちゃうんだよ。」
手に持っているのはケーキなのか。そう思って運転手は暖房を弱めた。ケーキには保冷剤が入っているが、どれくらい持つのかわからない。早く着いて欲しいと功太郎は気だけが焦っていた。
「イルミネーションが綺麗だねぇ。」
しまった。A区にさしかかって、思い出した。この辺は街路樹が植えられていて、そこを派手な電飾がクリスマス時期だけともされているのだ。それを目当てに、カップルがデートをしたり、車越しに見物している。
つまり、車が混んでいるのだ。
「運転手さん。マンションって近いの?」
あまりにも進まないので、しびれを切らせた功太郎はそう聞いた。
「ほら、見えるよ。そこのマンションだ。」
指さして見えるマンションは、確かに高層マンションだった。
「ここで降りるよ。」
「え?良いのかい?そこって言っても、結構距離はあるよ。」
「平気。このままだとケーキが腐っちまうから。」
間違えて渡しているのに、その上ケーキが腐ってしまったら更に面目が立たない。そう思って、功太郎はそのままタクシーを降りると、ケーキが揺れないように気をつけながら、マンションを目指した。
半袖のコックコートからのぞく腕が寒い。息が白くなり、道行くカップルが笑っているのも聞こえる。だがそんなことを気にしていられるか。
功太郎はそう思いながら、そのマンションを目指す。
そしてやっとたどり着き、マンションのエントランスで番号を押す。
「はい。」
インターフォンから女性の声が聞こえた。
「すいません。「clover」のものですけど。」
すると女性は鍵を開けてくれた。エレベーターに乗ると、十五階を目指す。そしてドアが開くと、まるでホテルか何かのような絨毯敷きの玄関が見えた。そして一五〇四の部屋を目指した。
ドアベルを鳴らすと、すぐに女性がドアを開けてくれた。
「大変申し訳ないっす。ケーキを……。」
髪の長いその女性は少し笑ってそのケーキを受け取り、そして用意していた箱を功太郎に手渡す。。
「お釣りが多かったから、不自然だなって思ってたわ。でもそっちのケーキも美味しそうだった。」
「すいません。コレ……店からのお詫びで……。」
響子に手渡された袋を女性に手渡す。すると女性は驚いたように、功太郎を今度はみた。
「寒かったでしょう?ねぇ。俊君。」
奥に女性は声をかけると、見覚えのある男がコップを手にやってきた。そして功太郎にそれを手渡す。
「すいません。俺も……あの……絵里子……嫌、叔母さんの番号はよく覚えてなかったから。」
それはおそらくコーヒーだろう。インスタントのように感じたが、それでも半袖の功太郎にはありがたい暖かさだった。
「気を悪くしないで。今度から気をつければいいんだから。」
「はい……今回は本当に申し訳ないっす。」
すると女性は少し笑うと、そのケーキの差額を手渡した。
「気をつけて帰ってね。あの店、もう少し営業時間もあるのでしょう?」
「はい。」
功太郎はそういって頭を下げて去っていった。それを見て女性は少し笑う。
「申し訳ないっす。ね……。」
「すごい口の効き方だね。」
「俊君。真似しないでよ。あなたのお父さんに私が怒られるんだから。」
「絵里子さんだって、昔ヤンキーだったんでしょ?」
「うるさい。」
そのとき功太郎とすれ違うように、一人のスーツ姿の男がやってきた。二人の姿を見て、少し笑う。
「お迎えか?二人して。」
「そんなんじゃないわ。お帰りなさい。あなた。」
「俊も来ていたのか。」
「うちの両親、今日、海外へ行ったよ。兄さんは、真夜中にならないと帰ってこないし。」
「クリスマスイブのホストクラブは稼ぎ時だろう。」
嫌みなような言葉を言って、男は部屋に戻っていく。
夜になると、さすがに客足は途絶える。圭太は響子にカウンター越しから声をかけた。
「予約のケーキは全部はけてるか見てきてくれないか。」
「えぇ。」
コーヒー豆をミルにセットしたまま、響子はキッチンへ向かう。そして大型の冷蔵庫を開けた。もうあと二、三個くらいしかない。そう思って冷蔵庫の扉を閉める。真二郎はもう明日の仕込みをしているようだった。
「思ったよりもはけてるわね。」
「うん。」
真二郎は口数少なく、パイ生地をのばしている。それを折り畳みながら、パイを作っていくのだ。こういうときは無理に話しかけない。そう思いながら響子はカウンターに戻ろうとした。そのとき、真二郎が手を止めて、響子に話しかける。
「響子。あのさ……。」
「ん?」
「功太郎はまだ帰らない?」
「まだね。帰りは電車で帰るって連絡があったわ。あの辺はイルミネーションがすごいのよね。タクシーで行くと渋滞するからって。」
「そっか……。」
「真二郎にしてはきついことを言ってたわね。」
「聞いてたの?」
「そりゃね。」
いつもきついことを言って嫌われるのは響子の方だった。それをうまく慰めるのは真二郎の方で、真二郎はいつもそうやって男から惚れられていたのだ。
「……飴と鞭だから。俺ら。」
「耐えられるかしら。あの子。あなたが鞭になった方がきついんじゃないのかしらね。」
「その分、響子が甘いだろ?コーヒー豆なんて渡さなくても、自分で気がつくよ。良い歳なんだから。」
「接客はしたことがないって言ってた。知らないことはどんどん教えていかないと、自分で気がつくなんて神様でもないんだから。」
真二郎が少し意地になっている。響子はそう思いながら、カウンターに戻った。すると圭太がカップを手に戻ると、響子の方をみる。
「喧嘩するなよ。」
「してないわ。」
「普段仲がいいと、喧嘩すると派手だな。」
「……強情なんだから。」
そういって響子はミルで豆をつぶし始めた。
「あぁ、在庫はあと二、三個くらいね。」
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