彷徨いたどり着いた先

神崎

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親族と他人

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 結局三人はそのまま居酒屋へ行き、途中で加わってきた石黒という弁護士とともに四人で酒を飲みあかしてしまった。
 石黒は「珍しい事例ではない」といって、功太郎に詳しく説明をしていた。どうやら縁を切るためには、弁護士を立てたり、裁判所へ行ったりと、割と手続きは面倒だが出来ないことはないという話だ。
 夜遅く、功太郎と石黒はそのまま帰ってしまった。
 本当なら、部屋でまったりと響子の作ったものを食べたりのんびりしたかったのに、どうしてこんな事になったのだろうと圭太は頭を抱えた。
「良い子じゃない。」
 功太郎の細身の背中が夜の闇に消えていく。それを見ながら響子は少し笑っていた。
「え?」
「あまり歳が変わらない男の人に「子」って言うのも何か違う気がするけどね。幼く見えるのは、苦労しているからかしら。」
 派遣の仕事なんかをしたことはない。だが功太郎は高校も中退して、すぐに働き始めたのだ。そこでどんな苦労をしたのかは、響子にわかるはずはない。
「俺には厳しいけどな。」
「そうみたいね。」
 もし、功太郎が「clover」で働くとしたら、どんな立場になるだろう。とりあえずあのぼさぼさの髪は切ってもらわないといけないな。圭太はそう思いながら、その考えを払拭した。
「いや、いや。」
「どうしたの?」
「……響子。あいつを雇うとして、うまくやっていけるか?」
「さぁ……どうかしらね。でも正直な子だから、つきあいやすいかもしれないわ。」
「そうか?接客なんか出来るのかなぁ。あいつ。生意気な口しかきかないんじゃないのか。」
「若く見えるから許されるところもあるし、それに、髪を切ったら結構男前よ。」
 その言葉に圭太はむっとしたように響子に言う。
「それって俺が老けてんのか?」
「そうとも言える。」
「あーみんなわかってねぇな。年を取ったら取ったなりの良いところもあるのに。」
 すると響子は少し笑って言う。
「あなたの良いところは、私がよく知ってる。それで良いじゃない。」
 思わず響子の手を握る。すると響子は驚いたように圭太を見上げた。
「何……こんな、公のところでする事じゃ……。」
「今したいんだよ。帰ったら風呂入ろうか。」
「そうね。」
 少し笑って、響子もその手を握り返す。

 明け方。真二郎は家に帰ろうと、その家路を急いでいた。おそらく今日は響子が居ないだろうが、今日は帰ってくるだろう。せっかくの休みなのだ。一眠りして、それから掃除や洗濯をしてと真二郎の頭の中でそれを計算する。
 すると家の前のドアに誰かが立っているのに気がついた。その人を見て、真二郎は軽く頭を下げる。
「どうも。雅さん。」
 雅は少し頭を下げると、真二郎の方へ近づく。
「響子さんはいらっしゃらないのか。」
「たぶん、今日は恋人のところにいるんでしょうかね。」
「恋人か……まともに恋愛が出来て良かった。」
 雅はそう言って少しほほえむ。
「昨日と言い、今日と言い、どうかしたんですか。」
「君にも伝えておいた方が良いかと思うが……そうだな……部屋にあがらせてもらえないだろうか。」
「えぇ。ちょっと待ってください。」
 真二郎はそう言ってドアを開ける。そして部屋にあげると、まずお湯を沸かす。
「お茶を入れますよ。響子ほどうまくないですけどね。」
「かまわない。暖まればいいと思うよ。今朝は冬が来たようだ。寒かったし。」
「どれくらい前からここに?」
「つい先ほどだ。気にしなくて良い。」
 お湯が沸いて、急須に茶葉を入れるとお茶を入れる。そしてソファーに座っている雅の前にお茶を置いた。
「これはソファーベッドか。」
「俺、ここで寝てるんで。」
「あぁ。そうだったな。」
 同居していると言っていた。正確には、真二郎がこの部屋に転がり込んだようなものだろう。そして真二郎は生殺しの状態がずっと続いているのだ。
 響子に気があるのはすぐにわかるのに、真二郎は響子に手を出さない。その上響子は恋人が出来たのだという。ずっと立ち止まったままでいいのだろうかと、雅は思っていた。
「捕まったんですか。」
 いきなり直球の話題を降られて、雅はお茶を手にしたまま少し笑う。
「昨日、その話を響子さんにしてね。」
「ウェブに載ってました。」
 響子が中学生の時、拉致監禁された。そのとき輪姦した男たちが、その響子のあられもない姿を写真に残していたのだ。おそらく、そうやって媒体に残せば、そこからまた金がむしりとれると思ったのだろう。
 だが実際は首を絞めているのは自分たちの方なのだ。
「関係者がまた出てきた。響子さんの中に残っていた精液のサンプルには、まだ正体不明のものがいくつかある。その中の一つだろうと思っていた。」
「捕まったのはこれで六人目ですか。」
「あぁ。これからもぼろぼろと出てくる可能性はある。だが、上はもうこの事件は、解決済みにしようという動きもでていることは確かだ。」
「そんな奴ら放っておいたら……。」
「あぁ。私は、響子さんがあの時強かったから逃げ出すことが出来た。もしあのままだったら殺人事件になっていた。そして被害者はこれからも出ることは予想される。だから関わった人間は、すべて事情を聞くべきだと主張している。」
 雅は十四年前、この事件の担当刑事だった。キャリア組として、警視庁にいた雅は、運良く主犯格を捕まえることも出来た。だが関わった人間は、もっといる。だから未だに十四年前の響子の姿が、ウェブであがる事もあるのだ。
「響子さんは、あの事件についてまだ?」
「恋人の存在が大きかったですね。少しずつ、忘れるように努力してます。」
「……。」
「俺じゃなかったんです。」
 真二郎は湯飲みを持って、ぽつりとそう言った。
「俺は……響子が苦しんでいるのを、ただ癒すしかなかった。そばにいて、大丈夫っていう言葉しかかけれなかったんです。何の根拠があって大丈夫なのかわからないけど。」
「……。」
「恋人は……それも全部、根底から壊してくれた。そこが違っていたのかもしれません。」
「そう卑下することはない。君もずっとついていたんだろう。響子さんと居たいから、パティシエになって……。」
「パティシエは、流れでなっただけです。手っ取り早く手に職をつけたかったし、俺、姉みたいに頭も良くなかったから。それに……まともに家庭はもてないと思うし。」
 すると雅は少し咳払いをして、湯飲みをテーブルにおく。
「真二郎君。君がしていることはわかっている。そのことについて、私は取り締まる権利はないし、だいたいグレーゾーンの職種だ。だがいつ取り締まりが入ってもおかしくないと思う。その前に足を洗ったらどうだろうか。」
「……。」
「響子さんのことを本当に想うなら、そうしたほうがいい。響子さんも君の気持ちを本気には取ってくれないだろう。」
「えぇ。一度……言ったこともあります。」
「だったら。」
「俺……響子と同じくらい想う人が居るんです。大事だと思うし、あっちはストレートだってわかってるけど……。」
「……。」
「今は辞めれません。」
 その言葉に雅はため息をついた。この男の感情もまた複雑に入り組んでいるのだと思っていた。
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