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親族と他人
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店を出た二人は、公園を抜けて少し行ったところにあるスーパーへ向かっていた。外で食事も良いが、圭太が響子の作ったものを食べたいというリクエストからだった。
「大したものは出来ないわよ。」
喫茶で出すものは仕事だからこだわりたいが、自分や真二郎が食べるものはそこまでこだわる必要はない。煮たり、焼いたり、茹でたりするだけだ。
「それがいいんだよ。」
以前、親子丼を食べたことがある。シンプルな味付けは、母が作ってもらったものと違う。圭太の母親は、料理上手で昔は誕生日と言えばケーキを自分で作ったりしていたこともある。真二郎のように凝ってはいないが、自作のケーキはいつも美味しいと思っていた。もっともそれを口にしていたのは、小学生までだ。中学にあがれば部活も忙しくなったし、大学になれば家を離れた。たまにあの味を思い出すが、やはりその前に真子の姿が浮かんで気分が悪くなる。
「何が安いかしら。そこのスーパーって行ったことがないのよね。」
「お前、普段は作っているんだろう?」
「えぇ。いつか行ったわよね。八百屋とか、肉屋とか、魚屋も結構夜遅くまであいているから。」
住めば割と便利なところなのだろう。夜がうるさいというのがネックだが。
「真二郎は今日は?」
「今日、真二郎はロングなの。」
「ロングって事は朝までいるのか?」
「真二郎はウリセンのお店の中でもトップに近い売り上げを上げてるらしいわ。それでも新規のお客様だといきなりホテルに行ったりしないし、ホテルへ行っても二、三時間で終わりって言うパターンがほとんどなの。」
「でもその客とは朝までいるんだろう?」
「だから、上客なのよ。」
真二郎の話ではその客はかなり特殊で、指定した金の倍の金額を払うらしい。なのに自分では真二郎を抱かず、別の若い男を用意するらしい。それを見ているだけなのだという。
「変な客だな。」
「……まぁ、性癖なんて人それぞれだし。」
そう響子は口で言いながら、自分の中では複雑な気持ちになっていた。
一度圭太に抱かれたとき、圭太は気を使ったのか響子に相当気を使っていたはずだ。大事なものに触れるように触れて、少しでも居たいと思えば手を引いてくれた。だが響子の中でそれがもどかしいと思う。
ヒドいことをされて、セックス自体にトラウマがあった。だから恐怖心を和らげたいと思っていたのかもしれない。
しかし響子の中で、それではフェアではないとどこかで思っていたのだ。
「響子。あのさ……。」
「ん?」
「明日、どこかに行かないか。」
今日だって大人しく食事をして帰らせる気はない。このまま自分の腕の中で眠り、明日、デートをしたいと思っていたのだ。
「明日?」
「あぁ。その……一度もそんなことをしていないから。」
圭太も響子も休みの日だからと言ってのんびり寝ていることはない。響子は普段出来ないことをして、それから評判の良い喫茶店へ行ったり、メーカーに出向いて豆を見たりしているのだ。圭太も店のためにいろんなつてを回ったりしている。つまり二人とものんびりしていないのだ。
「明日、ここへ行きたいのよね。」
そういって響子はバッグから名刺を取り出した。それは雅から手渡された喫茶店の名刺で、屋号や開店時間など、そして店主の名前も載っている。
「結構離れたところにあるんだな。」
「そうね。ここからだと電車を乗り継いで……。」
もう明日の予定も決まっているのだ。まぁ、休みは明日だけではない。これから先のことを考えれば、特に惜しいとは思わない。
今日抱ければいい。それで満足なのだ。そう思いこもうとした。そのときだった。
「あなたも一緒に行く?」
その言葉に圭太は驚いて響子をみた。
「俺も行っていいのか。」
すると響子は少し笑って言う。
「逆に何で行かない理由があるのかしら。あなたに予定がなければの話だけど。」
「行くよ。」
初めてデートのようなことをするのだ。それが嬉しかった。
そしてスーパーの入り口にたどり着いた。夜十二時まで開いているスーパーで、この辺では一番遅くまであいている。駅前にドラッグストアはあるが、生鮮食品はここしかない。もっともこの時間であれば、客が手にしているのは総菜くらいしかないだろうが。
「ふーん。サンマが安いわね。サンマの塩焼きでも……。」
入り口に貼られている広告を見ながら、響子は後ろにいる圭太に話しかけようとした。だが圭太は別の方向を見ていた。響子はそれに気がついて、圭太の見ている方を見る。そこには一人の若い男が総菜の袋を持ってこちらを見ていた。
「功太郎……。」
色あせたジーパンと、黒いシャツ。それに灰色の薄いジャンパーを羽織っていた。圭太よりも、さらに響子よりも若そうに見える。背が低いからだろうか、高校生に見えなくもない。
「まだこの町に住んでたんだな。あんた。」
「あぁ……。」
圭太は気まずそうに、ちらっと響子の方をみた。するとその視線に気がついたのか、男は圭太の方に近づく。
「女連れでスーパーに買い物か?良い身分だよな。人殺し。」
その口調は少しバカにしたようだった。こんなに若くて、高校生みたいなのに言うことはえげつない。
「二度と会いたくないと言っていたのに、どうしてこの街に……。」
「こっちにはこっちの都合があるんだよ。」
「……。」
「人殺しが、もう他の女に手を出してんのか。口先だけは相変わらずだな。」
「あれから五年たつんだ。別に……。」
「俺は昨日のことのように覚えてる。あんたが忘れようとしても、俺が覚えているんだ。」
「……。」
圭太の様子がおかしい。この男がなんだというのだ。響子は不思議そうにその男を見る。すると男は、響子の方を見ては撫で笑う。
「姉さんとはタイプの違う女だな。姉さんの方が女らしいのに。まさか……またバリスタなのか。」
姉さんという言葉に響子も少し動揺した。もしかしたら、この男はと思ったのだ。
「もしかして……真子さんの?」
すると男は少し笑って言う。
「口先だけかと思ったら、そんなことまで話すんだな。無神経にもほどがある。まさか……それで同情を買おうとでも思ってたのか。」
横にいる響子が男の前に進んでいく。堪忍の尾が切れたようだ。
「響子。」
慌てて圭太は響子の手を引く。だが響子はそれを振り払うと、その男の頬を叩いた。
「大したものは出来ないわよ。」
喫茶で出すものは仕事だからこだわりたいが、自分や真二郎が食べるものはそこまでこだわる必要はない。煮たり、焼いたり、茹でたりするだけだ。
「それがいいんだよ。」
以前、親子丼を食べたことがある。シンプルな味付けは、母が作ってもらったものと違う。圭太の母親は、料理上手で昔は誕生日と言えばケーキを自分で作ったりしていたこともある。真二郎のように凝ってはいないが、自作のケーキはいつも美味しいと思っていた。もっともそれを口にしていたのは、小学生までだ。中学にあがれば部活も忙しくなったし、大学になれば家を離れた。たまにあの味を思い出すが、やはりその前に真子の姿が浮かんで気分が悪くなる。
「何が安いかしら。そこのスーパーって行ったことがないのよね。」
「お前、普段は作っているんだろう?」
「えぇ。いつか行ったわよね。八百屋とか、肉屋とか、魚屋も結構夜遅くまであいているから。」
住めば割と便利なところなのだろう。夜がうるさいというのがネックだが。
「真二郎は今日は?」
「今日、真二郎はロングなの。」
「ロングって事は朝までいるのか?」
「真二郎はウリセンのお店の中でもトップに近い売り上げを上げてるらしいわ。それでも新規のお客様だといきなりホテルに行ったりしないし、ホテルへ行っても二、三時間で終わりって言うパターンがほとんどなの。」
「でもその客とは朝までいるんだろう?」
「だから、上客なのよ。」
真二郎の話ではその客はかなり特殊で、指定した金の倍の金額を払うらしい。なのに自分では真二郎を抱かず、別の若い男を用意するらしい。それを見ているだけなのだという。
「変な客だな。」
「……まぁ、性癖なんて人それぞれだし。」
そう響子は口で言いながら、自分の中では複雑な気持ちになっていた。
一度圭太に抱かれたとき、圭太は気を使ったのか響子に相当気を使っていたはずだ。大事なものに触れるように触れて、少しでも居たいと思えば手を引いてくれた。だが響子の中でそれがもどかしいと思う。
ヒドいことをされて、セックス自体にトラウマがあった。だから恐怖心を和らげたいと思っていたのかもしれない。
しかし響子の中で、それではフェアではないとどこかで思っていたのだ。
「響子。あのさ……。」
「ん?」
「明日、どこかに行かないか。」
今日だって大人しく食事をして帰らせる気はない。このまま自分の腕の中で眠り、明日、デートをしたいと思っていたのだ。
「明日?」
「あぁ。その……一度もそんなことをしていないから。」
圭太も響子も休みの日だからと言ってのんびり寝ていることはない。響子は普段出来ないことをして、それから評判の良い喫茶店へ行ったり、メーカーに出向いて豆を見たりしているのだ。圭太も店のためにいろんなつてを回ったりしている。つまり二人とものんびりしていないのだ。
「明日、ここへ行きたいのよね。」
そういって響子はバッグから名刺を取り出した。それは雅から手渡された喫茶店の名刺で、屋号や開店時間など、そして店主の名前も載っている。
「結構離れたところにあるんだな。」
「そうね。ここからだと電車を乗り継いで……。」
もう明日の予定も決まっているのだ。まぁ、休みは明日だけではない。これから先のことを考えれば、特に惜しいとは思わない。
今日抱ければいい。それで満足なのだ。そう思いこもうとした。そのときだった。
「あなたも一緒に行く?」
その言葉に圭太は驚いて響子をみた。
「俺も行っていいのか。」
すると響子は少し笑って言う。
「逆に何で行かない理由があるのかしら。あなたに予定がなければの話だけど。」
「行くよ。」
初めてデートのようなことをするのだ。それが嬉しかった。
そしてスーパーの入り口にたどり着いた。夜十二時まで開いているスーパーで、この辺では一番遅くまであいている。駅前にドラッグストアはあるが、生鮮食品はここしかない。もっともこの時間であれば、客が手にしているのは総菜くらいしかないだろうが。
「ふーん。サンマが安いわね。サンマの塩焼きでも……。」
入り口に貼られている広告を見ながら、響子は後ろにいる圭太に話しかけようとした。だが圭太は別の方向を見ていた。響子はそれに気がついて、圭太の見ている方を見る。そこには一人の若い男が総菜の袋を持ってこちらを見ていた。
「功太郎……。」
色あせたジーパンと、黒いシャツ。それに灰色の薄いジャンパーを羽織っていた。圭太よりも、さらに響子よりも若そうに見える。背が低いからだろうか、高校生に見えなくもない。
「まだこの町に住んでたんだな。あんた。」
「あぁ……。」
圭太は気まずそうに、ちらっと響子の方をみた。するとその視線に気がついたのか、男は圭太の方に近づく。
「女連れでスーパーに買い物か?良い身分だよな。人殺し。」
その口調は少しバカにしたようだった。こんなに若くて、高校生みたいなのに言うことはえげつない。
「二度と会いたくないと言っていたのに、どうしてこの街に……。」
「こっちにはこっちの都合があるんだよ。」
「……。」
「人殺しが、もう他の女に手を出してんのか。口先だけは相変わらずだな。」
「あれから五年たつんだ。別に……。」
「俺は昨日のことのように覚えてる。あんたが忘れようとしても、俺が覚えているんだ。」
「……。」
圭太の様子がおかしい。この男がなんだというのだ。響子は不思議そうにその男を見る。すると男は、響子の方を見ては撫で笑う。
「姉さんとはタイプの違う女だな。姉さんの方が女らしいのに。まさか……またバリスタなのか。」
姉さんという言葉に響子も少し動揺した。もしかしたら、この男はと思ったのだ。
「もしかして……真子さんの?」
すると男は少し笑って言う。
「口先だけかと思ったら、そんなことまで話すんだな。無神経にもほどがある。まさか……それで同情を買おうとでも思ってたのか。」
横にいる響子が男の前に進んでいく。堪忍の尾が切れたようだ。
「響子。」
慌てて圭太は響子の手を引く。だが響子はそれを振り払うと、その男の頬を叩いた。
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