彷徨いたどり着いた先

神崎

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 一雨ごとに気温が下がっていく気がした。そして空は遠くなる。それを感じながら、真二郎はケーキを作っていた。いつか圭太の親戚がウェディングケーキを作ったときは高く積み上げたが、今回のウェディングケーキは横に大きい。
 あのときの結婚式にいた人がここのケーキとコーヒーを飲んで、自分の時にも作って欲しいと注文があったのだ。生クリームとフルーツを載せて、食用の花で彩りを添える。
「よし。コレで良いかな。」
 今回は真二郎も響子も行かなくて済む。響子はその結婚式会場に出向いて、そのコーヒーのマシンをあらかじめ見てコーヒーの焙煎をしたモノや紅茶を用意している。マシンでもケーキと合うように作ったらしい。
「用意できたか?」
 キッチンに圭太が入ってくる。そしてできたケーキを見て少し苦笑いをした。
「派手だな。ウェディングケーキって。」
「コレでも押さえている方だよ。マジパンをあとで載せてくれって言っているけどね。」
「マジパンが倒れたらたまったもんじゃねぇもんな。じゃ、俺、ちょっと行ってくるわ。」
 実家から車を持ってきた圭太は、箱にケーキを入れて気をつけながら、店の裏に持って行く。そのあと響子に手渡された麻袋をまた車の中にいれた。
 車は金持ち特有の嫌みな外車ではなく、青いRV車だった。
「車も持っていたのね。」
「普段使わねぇからな。普段は兄嫁の足だよ。」
 使ってくれるだけましだ。使わなければ車は動かなくなることだってあるのだから。
「じゃ、ちょっと行ってくるわ。あ、帰るとき飯を買ってくる。何が良い?」
「あ、あたしあれが良いな。その結婚式場の近くに「GREE」っていうバーガーショップがあるの。そこのチーズバーガーが美味しいって。」
 すると圭太も少し笑って言う。
「聞いたことがあるね。」
「じゃあ、そこのセット四つ買ってくるわ。」
「お願いしまーす。」
 普段はハンバーガーなど食べないが、みんなが良いなら良いか。響子はそう思いながら、コーヒーを淹れていた。
「あそこのバーガー超美味しいらしいよ。バンズもふわふわでさ。」
「ふーん。」
 するとキッチンに戻ろうとした真二郎が、少し笑って言う。
「響子はハンバーガーは乗り気じゃないもんね。」
「真二郎。」
 すると千鶴は不安そうに響子に聞く。
「え?あたしが勝手に言ったから、それに乗ったの?別に他のモノでも良かったのに。」
「ううん。そういう意味じゃないの。嫌いじゃないのよ。そういうのは。」
 すると真二郎は笑いをこらえきれないように言う。
「食べるのが苦手なんだよ。響子は。」
「真二郎。」
「具と一緒にパンを食べれないんだ。」
「あぁ。紙の中にハンバーグが残っちゃうタイプ?」
 ドリッパーを避けると、響子はため息を付いていった。
「あれってどうやったら綺麗に食べられるんだろう。何度やっても無理でさ。」
「最初に潰すと良いんだよ。」
「潰す?」
 不思議そうに聞くと、千鶴は手でジェスチャーをしながら説明した。
「上からぎゅって。最初に潰すと、綺麗に食べられるよ。」
「それってソースがはみ出ないの?」
「その紙の中にソースが余ったら、そのソースにポテトを付けて食べるのよ。」
「なるほど。やってみようかな。」
 こういう普通のことも、響子はしたことがなかった。地元の高校に居づらくてわざと離れた高校へ行ったのだが、結局円滑な人間関係は築けなかったのだ。

 ケーキを届けたあと、千鶴にいわれたバーガーショップへ向かう。
 昼時とあって、店内は込み合っているようだが案外すんなりと列は進んでいった。そして圭太の番になると、メニューを見て少し迷ってしまった。
 言われたとおり、チーズバーガーはあったがセットとなるとサラダとポテトで選べる。それに飲み物も数書類の中から選べるのだ。
「レモネード?」
「自家製ですよ。炭酸入りの冷たいモノもできます。」
 甘いのだろう。三つはそれでも良いが、自分のモノは甘くないものが良い。
「チーズバーガーのセットが四つ。ポテトとサラダを二つずつ、レモネードが三つとウーロン茶をください。持ち帰りで。」
「はい。少々お待ちください。」
 奥にキッチンがありばたばたと店員が動いている。忙しいのに連携はとれていた。良い店のようだ。今度響子と二人できてみたいと思う。だがきっと響子はこのレモネードの作り方などを見ていたり、だめ出しをして味に集中はしないだろう。そういう女なのだ。
「圭君?」
 名前を呼ばれて振り向いた。そこには、「ヒジカタコーヒー」にいたときの、元彼女が居たのだ。デザイナーをしていて、その割には自分の身なりにはあまり気を使わない女だ。
「……聡子。」
 つきあっていたのはそんなに長い期間ではない。というか圭太は真子が死んでから恋人に真子を重ね合わせていて、真子とつきあう以前よりも長続きしなかったのだ。
 その聡子という女性もつきあったのは一ヶ月くらいだし、セックスだって二回くらいしかしていない。デートならもっとあるか。圭太はそう思っていた。
「聞いたよ。ケーキ屋しているんですって?その格好、いいね。」
 さすがにベストは脱いできたが、それでもカフェの店員には見えないこともないだろう。
「そっか?誰でもそれなりの格好になるんじゃないのかな。」
 聡子のバッグを持つ手を見る。左手の薬指には、指輪があった。たぶん、圭太とつきあっているときからもう一人の男の存在は見えていて、それでも見てみない振りをしていたのだ。そのときの男と一緒になるのかはわからない。
「タウン誌でみた。そこのデザインを頼まれてさ。美味しそうなケーキだなって思って。」
「美味いよ。食いに来ればいい。」
「甘いモノって苦手だったのに?」
「あー……。」
 聡子と別れた決定的なことがある。つきあって少ししたら、聡子がケーキを焼いたと、圭太に持ってきたのだ。だが圭太はそれを口にすることはなかった。それを不思議に思い、無理矢理食べさせるように誘導したのだ。
 だが口にしたとたん、圭太はそのままトイレから出てこなかった。吐き気がしたのだ。
「……苦手でもどうにでもなるよ。うちには甘いものなら底なしの店員もいるし。」
「ふーん……。でも実際食べてみないとそれはプレゼンできないよ。」
「まぁな。でも前ほど食べれないってこともないんだ。」
 響子のおかげだろう。口に出来ないことはないのだ。そして真子のことがちらつかなくなってきた。それは響子のおかげだろう。
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