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子供
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真子の親族から相当責められた。葬儀にも出て欲しくないと言われて墓の場所すら教えてもらえない。それどころか、圭太は真子を死に追いやったとずっと責められて、示談金を納めることになる。それでも真子の弟には二度と会いたくないと責められた。
自分だってそんなつもりはなかった。だが真子の弟から「人殺し」と責め立てられ、父親からも「顔も見たくない」と言われた。
それから忘れるように店長職から退いた圭太は、給料は良いが厳しいと噂のある営業課に移動を申し入れた。忙しい方が良い。真子を忘れられるなら、気を紛らわせるなら、それで良い。
それにカフェにいるとどうしても真子がちらつく。デザートを作るのが得意だった。真子が作ったものは、マニュアル通りなのになぜか評判が良かったから。そしてケーキを見るとさらに辛くなる。口にも入れたくなかった。
「だから甘いものを食べたくないってこと?」
コーヒーを飲み干してその感を響子は握る。だがその手は少し震えていた。
「どうしても思い出すから。それに……口にすると吐き気がするんだ。」
「……。」
根は深いな。こんな状態出よく響子のことが好きだとか言えたものだ。
「けど……忘れられそうだ。」
「……。」
「お前のことが好きだ。」
「……そんな状態で好きとか言われてもね……。真子さんのことを忘れたいだけじゃないの?」
「違う。」
「だったら甘いものでも口に出来るでしょ?」
「……。」
「それくらいまだ忘れられていないのよ。真実味がない。」
すると圭太は缶コーヒーを飲み終えると、響子をみすえた。
「何?」
「俺にも作ってくれよ。」
「何を?」
「さっきのホットケーキ。」
「無理しないで良いから。」
「……食べたいと思ったんだ。それから……お前のことも、俺は全部受け入れるから。」
その言葉に響子はため息を付き、携帯電話を取り出す。真二郎は今日、遅くなると言っていた。そんなに長居はさせないつもりだが、万が一と言うこともある。メッセージを送ると、響子はそのまま圭太とともに家へ向かっていった。
家の前だけは来たことがある。だが中に入るのは初めてだった。きちんと整理整頓された玄関には明らかに響子のものではない男物の靴がある。
「コレ、誰のだ。」
圭太はそう聞くと、響子は少し気まずそうに言う。
「誰のかしら。」
「ちゃかすなよ。」
「妹が、ここでAVの撮影させて欲しいと言われることもあるの。人妻ものとかそう言うときに。そのときの小道具かもしれないわね。連絡しなきゃと思ってたんだけど、あの子も忙しいから。」
「あぁ。そう言うことか。」
上手く誤魔化した。そう思いながら、響子はキッチンに立つと、エプロンを身につける。そして卵を割ると、白身と黄身にわけた。バナナが残っていた。それを切ったり潰したりしている姿を見て、圭太はその後ろ姿に真子を思い出した。
真子は料理上手だった。小さい頃から母親が帰ってこないこともあって、小さい弟とともに料理をしていたのだという。いつでもきちんとエプロンを付けて、肉じゃがや唐揚げを作っていた。魚が良いと言えば、裁いて刺身にしてくれることもある。
「……。」
思い出さないつもりだった。なのにどうしても真子が重なる。
「何ぼーっと見てんのよ。テーフル拭いて。」
「あ?俺が?」
「のこのこ来たんでしょ?テーブルくらい拭きなさいよ。」
そう言って布巾を手渡した。こう言うところは似ていない。真子は何もしなくてもやってくれていたから。
「はい。出来たわ。」
薄い茶色のパンケーキ。何の変哲もないと思っていた。飾り気はなく、ただ焼いただけと言うものだ。
「美味そうだな。」
「無理しないでも良いわ。何か飲む?お茶なら淹れれるけど。」
「そうしてくれるか。」
響子はお茶を淹れると、テーブルに持って行く。そして向かい合っている圭太を見た。少し震えているようだ。やはり忘れられていないのだろう。
「無理しなくても良いから。」
「無理じゃない。何もかけなくて良いのか。」
「そのままでもいけるはずよ。」
パンケーキを切り分けて、その切れ端をフォークに刺す。そして口に入れた。
「ん?」
「どうかした?」
「甘くねぇ。」
「……。」
響子はため息を付くと、そのパンケーキにジャムを乗せた。そしてそれを口に運ぶ。
「甘くないものよ。バナナの甘さだけだけど、塩が入っているし。」
「パンみたいな……。」
「そうね。パンだから。」
「お前なぁ……。」
頭を抱えた。どれだけ覚悟を決めてコレを口に入れたのだと思っているのだろう。それを全て踏みにじる女なのか。
「そういう女なのよ。私は。」
パンケーキを飲み込むと、お茶を口にする。
「何の理想を持っているのか知らないけれど、あなたが覚悟を決めて甘いものに口を入れようとした。だけど実際には甘くないものを作る。」
すると圭太は思わず、口調を荒くして響子に言った。
「人の想いを何だと思ってんだ。」
「真子さんだってそう思ってたでしょうよ。」
真子の名前にフォークが止まる。
「あなたの勝手な計画外のことを言われて、あなたは動揺した。どんな答えを期待していたのか私には真子さんの気持ちなんかわからない。だけど、その答えに対して「俺の子供なのか」っていう答えは、あり得ない。」
塩を入れたパンケーキは甘くない。だからジャムなり、メープルシロップなりをかけると、甘さが引き立つ。
「……でもあなたの気持ちはわかった。本気で言っていることなんだって伝わったわ。」
「……。」
響子はそういってフォークを置く。そして圭太を見た。
「だけど、私はそれに答えられない。」
「俺のこと、別に何とも思ってないのか。」
「えぇ。それに……きっと、私はあなたに答えられない。どんなにあなたが優しくしても、私は拒否してしまうから。」
すると圭太は少しうつむくと、テーブルの上から響子の手を握った。思わず響子はそれを振り払う。
「やめて。」
「お前……誰を見てんだよ。目を逸らすな。」
一変して怖いという感情が征服する。手をふりほどこうとしても、また握られるのだ。
「俺のほう見ろよ。俺がお前を見てんだよ。お前が拉致されたようなそんなバカなヤツとは違うんだ。」
すると響子はおそるおそる圭太の方をみる。
「お前も踏み出せばいい。俺だって踏み出せたんだから。」
その言葉に響子の目から涙がこぼれた。
自分だってそんなつもりはなかった。だが真子の弟から「人殺し」と責め立てられ、父親からも「顔も見たくない」と言われた。
それから忘れるように店長職から退いた圭太は、給料は良いが厳しいと噂のある営業課に移動を申し入れた。忙しい方が良い。真子を忘れられるなら、気を紛らわせるなら、それで良い。
それにカフェにいるとどうしても真子がちらつく。デザートを作るのが得意だった。真子が作ったものは、マニュアル通りなのになぜか評判が良かったから。そしてケーキを見るとさらに辛くなる。口にも入れたくなかった。
「だから甘いものを食べたくないってこと?」
コーヒーを飲み干してその感を響子は握る。だがその手は少し震えていた。
「どうしても思い出すから。それに……口にすると吐き気がするんだ。」
「……。」
根は深いな。こんな状態出よく響子のことが好きだとか言えたものだ。
「けど……忘れられそうだ。」
「……。」
「お前のことが好きだ。」
「……そんな状態で好きとか言われてもね……。真子さんのことを忘れたいだけじゃないの?」
「違う。」
「だったら甘いものでも口に出来るでしょ?」
「……。」
「それくらいまだ忘れられていないのよ。真実味がない。」
すると圭太は缶コーヒーを飲み終えると、響子をみすえた。
「何?」
「俺にも作ってくれよ。」
「何を?」
「さっきのホットケーキ。」
「無理しないで良いから。」
「……食べたいと思ったんだ。それから……お前のことも、俺は全部受け入れるから。」
その言葉に響子はため息を付き、携帯電話を取り出す。真二郎は今日、遅くなると言っていた。そんなに長居はさせないつもりだが、万が一と言うこともある。メッセージを送ると、響子はそのまま圭太とともに家へ向かっていった。
家の前だけは来たことがある。だが中に入るのは初めてだった。きちんと整理整頓された玄関には明らかに響子のものではない男物の靴がある。
「コレ、誰のだ。」
圭太はそう聞くと、響子は少し気まずそうに言う。
「誰のかしら。」
「ちゃかすなよ。」
「妹が、ここでAVの撮影させて欲しいと言われることもあるの。人妻ものとかそう言うときに。そのときの小道具かもしれないわね。連絡しなきゃと思ってたんだけど、あの子も忙しいから。」
「あぁ。そう言うことか。」
上手く誤魔化した。そう思いながら、響子はキッチンに立つと、エプロンを身につける。そして卵を割ると、白身と黄身にわけた。バナナが残っていた。それを切ったり潰したりしている姿を見て、圭太はその後ろ姿に真子を思い出した。
真子は料理上手だった。小さい頃から母親が帰ってこないこともあって、小さい弟とともに料理をしていたのだという。いつでもきちんとエプロンを付けて、肉じゃがや唐揚げを作っていた。魚が良いと言えば、裁いて刺身にしてくれることもある。
「……。」
思い出さないつもりだった。なのにどうしても真子が重なる。
「何ぼーっと見てんのよ。テーフル拭いて。」
「あ?俺が?」
「のこのこ来たんでしょ?テーブルくらい拭きなさいよ。」
そう言って布巾を手渡した。こう言うところは似ていない。真子は何もしなくてもやってくれていたから。
「はい。出来たわ。」
薄い茶色のパンケーキ。何の変哲もないと思っていた。飾り気はなく、ただ焼いただけと言うものだ。
「美味そうだな。」
「無理しないでも良いわ。何か飲む?お茶なら淹れれるけど。」
「そうしてくれるか。」
響子はお茶を淹れると、テーブルに持って行く。そして向かい合っている圭太を見た。少し震えているようだ。やはり忘れられていないのだろう。
「無理しなくても良いから。」
「無理じゃない。何もかけなくて良いのか。」
「そのままでもいけるはずよ。」
パンケーキを切り分けて、その切れ端をフォークに刺す。そして口に入れた。
「ん?」
「どうかした?」
「甘くねぇ。」
「……。」
響子はため息を付くと、そのパンケーキにジャムを乗せた。そしてそれを口に運ぶ。
「甘くないものよ。バナナの甘さだけだけど、塩が入っているし。」
「パンみたいな……。」
「そうね。パンだから。」
「お前なぁ……。」
頭を抱えた。どれだけ覚悟を決めてコレを口に入れたのだと思っているのだろう。それを全て踏みにじる女なのか。
「そういう女なのよ。私は。」
パンケーキを飲み込むと、お茶を口にする。
「何の理想を持っているのか知らないけれど、あなたが覚悟を決めて甘いものに口を入れようとした。だけど実際には甘くないものを作る。」
すると圭太は思わず、口調を荒くして響子に言った。
「人の想いを何だと思ってんだ。」
「真子さんだってそう思ってたでしょうよ。」
真子の名前にフォークが止まる。
「あなたの勝手な計画外のことを言われて、あなたは動揺した。どんな答えを期待していたのか私には真子さんの気持ちなんかわからない。だけど、その答えに対して「俺の子供なのか」っていう答えは、あり得ない。」
塩を入れたパンケーキは甘くない。だからジャムなり、メープルシロップなりをかけると、甘さが引き立つ。
「……でもあなたの気持ちはわかった。本気で言っていることなんだって伝わったわ。」
「……。」
響子はそういってフォークを置く。そして圭太を見た。
「だけど、私はそれに答えられない。」
「俺のこと、別に何とも思ってないのか。」
「えぇ。それに……きっと、私はあなたに答えられない。どんなにあなたが優しくしても、私は拒否してしまうから。」
すると圭太は少しうつむくと、テーブルの上から響子の手を握った。思わず響子はそれを振り払う。
「やめて。」
「お前……誰を見てんだよ。目を逸らすな。」
一変して怖いという感情が征服する。手をふりほどこうとしても、また握られるのだ。
「俺のほう見ろよ。俺がお前を見てんだよ。お前が拉致されたようなそんなバカなヤツとは違うんだ。」
すると響子はおそるおそる圭太の方をみる。
「お前も踏み出せばいい。俺だって踏み出せたんだから。」
その言葉に響子の目から涙がこぼれた。
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