彷徨いたどり着いた先

神崎

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祭り

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 店を出ると、響子は携帯電話の時計をみる。もうとっくに終電は終わっている時間だ。それにもう真二郎が帰ってきているかもしれない。さっさと帰ってしまうに限る。
「じゃ、ここで。」
 響子はそう言って帰ろうとした。だがその手を圭太が引き寄せる。
「黙って帰る気かよ。」
 すると響子はその手を振り払った。
「何かする気?」
 強く振り払われた。思えば響子はレイプされた経験があるのだという。それを思い出してそんなことをしたのだろうか。
「家に連れて行けよ。」
「いや。」
「お前は来たのに?」
 だから嫌だったのだ。他人の家に行けば、おもてなしをされる。そしてその見返りを求められるから。
「駄目。」
「何で?」
「部屋、掃除していないから。」
 嘘。響子は毎朝のように朝食を食べた後、食器を洗ってそのついでに部屋の掃除をしている。埃一つないのだ。
「へぇ……。洗濯はしてんのに?」
「何で?」
「お前、Tシャツとかあまり持ってないだろ?いつも似たようなヤツばっか。洗濯しては着回してるんだろ?」
 いらないことばかり目がつくヤツだ。響子はそう思いながら、大通りの方を指さす。
「そっちにでたらタクシー捕まるわ。日曜日だし、たぶんすぐ捕まるでしょ?」
「お前の家で茶くらい飲ませろよ。」
「嫌って言っているでしょ?」
「真二郎は来たことがあるんだろ?」
 真二郎の名前に響子は言葉を詰まらせた。来たことがあるどころか、一緒に住んでいるのだ。その事実を知られたくない。
「来たことはあるわ。夕食を作りすぎたときとか。」
「……。」
 どうもおかしい。家に何かあるのだろうか。思えばどこに住んでいるとかも知らないのに、真二郎だけが知っているのも不自然だ。
「もしかして……。」
 やっぱり出来ているのだろうか。幼なじみで、仲が良い。そして同じ職場だった。それだけではないのだろうか。ゲイだと知っていたが、女も相手が出来る。そしてその相手は響子なのだろうか。
 片思いだと勝手に思いこんでいた。だが本当は恋人だったら。
「もう良いかしら。帰りたいの。そっちの通りにでたら……。」
「お前ら出来てんの?」
 ストレートに聞いてくる言葉に、響子は少し笑う。
「真二郎と?マジで言っているの?」
 相手にしていない。そんな感じに見える。だが響子のことを真二郎は信頼している。そして響子も信頼しているのだ。少なくとも自分よりも。
「お前のことを一番良く知ってんだろ。住んでいる家も、どんなことがあったかも。」
「高校は別の高校へ行ったわ。私は地元から離れたところにいたし、真二郎だってあなたと同じ高校へ行ったんでしょう?その時のことはよくわからない。ただ少し会うこともあったけれどお互い都合の良いことしか言わなかった。その時だけは関係が軽薄だったかもしれない。だから、真二郎がゲイなんてこともわからなかった。」
 それが少し寂しそうだ。自分は真二郎と一緒にいた。だが印象に残っていない。嫌……待てよ。何かあったはずだ。何だったか。
 考えていると、響子は少し笑う。
「あなた、本当に何を考えているの?あなた、本当は真二郎のことの方が気があるんじゃないの?」
「違う。間違っても男と寝るか。」
「ふーん……。まぁいいわ。ゲイだろうとレズだろうとバイだろうと、性癖なんか別に人間性に関係ないでしょ?」
 そう言って響子は大通りに足を進める。圭太が帰りやすいようにしているのだ。
「連れて行ってくれないのか。」
「嫌よ。」
 何度もこのやりとりをしている。だが言うことを聞く気はない。
「だったら……。」
「何?」
「お互い忘れないか。」
「……何を?」
「お前だって忘れたいことがあるんだろう?俺も忘れたいことがある。」
「……。」
「俺は今日は真子を見ない。お前だってその……事件のことか?忘れろよ。」
 すると響子は少しため息をついた。そして携帯電話を取り出す。そしてそのインターネットのページを開くと、圭太に手渡した。
「何?」
「そのページ読んでくれる?」
 するとそこには十数年前の事件が載っていた。
 当時十四歳。女子中学生が下校途中、男たちに車で拉致された。アパートの一室で、半月ほどそこに監禁されたのだ。
 そこをでれたきっかけは、血塗れになった半裸の中学生を近所の主婦が見つけて、そこで男たちは逮捕された。捕まったのは五人。そのうち一人の足を中学生が刺したことで、中学生は逃げ出せたらしい。
 だがおそらく五人どころではない。中学生の性器や尻の穴から複数人の精液が出てきた。つまりまだ捕まっていない人間もいるのだ。
「コレが何だって言うんだ。」
「その中学生は、私だから。」
「は?」
 響子は深いため息をつくと、その携帯電話をしまう。
「地獄だった。泣いても叫んでも、誰も助けに来てくれない。笑い声と、体を痛めつけられるだけ。」
 響子はそう言ってTシャツの裾をめくる。そこには切り傷なのか、火傷なのかの跡があった。
「……わかったでしょ?簡単に拭えないことなのよ。あなたはすぐに忘れられるかもしれないけれど、こっちは今でも悪夢でうなされるの。」
「……。」
「幸せの中でするセックスなんかあり得ない。くそくらえだわ。」
 全てに絶望している。おそらく十四年間、響子はずっと苦しんでいたのだ。
「それを真二郎も知ってて?」
 病院で治療や検査をされてやっと家に帰ってきたが、そこで待っていたのはさらなる地獄だった。近所の人の奇異の目。同情の目。そして汚いモノを見る目。
「進んでついて行ったんじゃないのかとも言われたの。それから、刺された男に障害が残ったのも悪かった。そこまで刺さなくても良かったのにって。」
「バカか。そいつが拉致されたこともないから言えるんだ。」
「……真二郎も同じことを言ったの。親ですら疑っていたのに、味方は真二郎とお祖父さんだけだった。」
 コーヒーを淹れてくれた。それが心まで温かくしてくれて、涙がでたのだ。
「お祖父さんはもういない。私の味方は真二郎しかいないの。でも真二郎は同情じゃない。だけど寄り添ってくれる。それが嬉しかった。」
 簡単に拭えない。簡単に言葉で、辛かったねとか苦しかったねと言って何になるだろう。それくらい響子の傷は深い。おそらくキスをしようとして、座り込んで泣いてしまったのはそのことを思い出させたからかもしれないのだ。
 自分が浅はかで、自分の都合だけで響子と寝ようとした。それが今更後悔される。
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