彷徨いたどり着いた先

神崎

文字の大きさ
上 下
25 / 339
祭り

24

しおりを挟む
 真二郎と別れて、響子はそのまま家へ向かおうとした。だが家でまたビールを飲み直すというのも、少し味気がない。バーにでも行って、何か酒でも飲もうか。それにお腹が空いた。軽く食事ができるようなバーが良い。そう思いながら歩いていると、ビルの一角にバーがあった。屋号であろう「flipper」という名前。響子が好きなバンドの名前だ。そしてその下には簡単なメニューが書かれている。
「オムライスか。」
 トマトソースかホワイトソース、デミグラスで選べるらしい。美味しそうだ。たまにはこう言うところで飲むのも良い。そう思いながら、そのビルの中に入っていった。
 二階にあるその一角のバーのドアを開ける。するとゆっくりしたジャズが流れている。それは生演奏のようで、どうやらライブハウスも兼任しているようだ。映画では見たことがあるが、こういうところは初めて来る。
「いらっしゃいませ。」
 奥にはカウンターがあり、その奥には若い男がカクテルを作っている。ホールには二人ほどの男女が忙しく動き回り、テーブル席の客に酒を運んでいた。
「お一人ですか。カウンター席へどうぞ。」
 響子はそう言われて、言われたとおりカウンター席に座る。「clover」にはカウンター席がない。代わりにカウンターには響子が作った飲み物や、ケーキが置かれてそれを圭太や千鶴が運ぶのだ。こう言うところなら、一人できても違和感はないだろう。
「どうぞ。いらっしゃいませ。メニューです。」
 水とおしぼりを置かれ、メニューの黒い紙を置かれる。カクテルの種類は多い。フードはつまみのようなモノが中心で、食事はあまり種類はない。おそらくバーが主体なのだろう。
「すいません。オムライスとビールをください。」
「生で良いですか。」
「はい。」
「オムライスのソースは選べますが、どうなさいますか。」
「トマトソースで。」
「かしこまりました。」
 バーテンダーはそのメニューをメモすると、脇にあるのれんの向こうに声をかけた。おそらく向こうにもう一人居るのだろう。ライブハウスらしく、片隅にはミキサーを操っている男もいる。女性は働きにくそうだ。
 思えば、「clover」には女性は響子だけの予定だった。だが愛想がない、必要なこと以外は喋らないでは接客には向いていない。だから千鶴はいい働きをすると思う。愛想が良く、女性にも男性にも受け入れられているのだ。
「お前も千鶴の半分でも愛想があればな。」
 圭太からいつも言われているが、愛想笑いくらいは出来る。この間の結婚式の時は愛想笑いばかりして疲れたのだ。
「どうぞ。生ビールです。こちらはお通しです。」
 そう言って出されたのは生ビールとナッツだった。ナッツは、口に入れるとほのかに塩とハーブの匂いがした。おそらく普通のナッツではないのだろう。
 その時ライブが終わり、観客が拍手を送る。そしてステージにあがっていた人たちが降りると、帰る人たちやこのまままた飲んでいる人が入り交じる。ホールに出ていた人はこれからまた一踏ん張りだ。
 いい店に当たったもんだ。響子はそう思いながらビールに口を付ける。
「遅かったか。」
 出て行く客と、入れ替わるように一人の男が入ってきた。その人を見て驚いた。
「……オーナー。」
 それは圭太だった。するとカウンターの男が少し笑っていう。
「圭太。遅いよ。」
「悪い。悪い。こっちで祭りがあってさ。ちょっと見てきたし、「rose」のライブがあるって、そのあと知ってさ。」
 バーテンダーは少し笑って、カウンターに圭太を促した。すると座っている響子を見て、圭太は驚いたように響子をみる。
「お前、音楽とか聴くの?」
「別に。たまたま入っただけ。お腹空いたし、アルコール入れたかったし。」
「ま、いいや。瑞希。ビールくれよ。」
「はい。はい。いつものヤツだろ?」
「夏だしな。」
 細長いビールジョッキを用意している。響子が持っているビールジョッキとは形状が違うところを見ると別物なのだ。
「ジャズなんか聴くの?」
「してたし。昔。」
「バスケだけじゃなかったのね。多才だわ。」
 コーヒーを入れるしか脳がない響子とは違うのだ。そう言われているように感じる。
「彼女?」
 瑞希といわれたバーテンダーは、ビールを圭太の前に置く。確かに違うモノのように見えた。
「違うよ。うちの従業員。」
「あぁ。カフェだっけ。ケーキ屋だっけ。何か始めたって聞いたよ。俺、一度も行ってないな。」
「来いよ。そんでうちでウェディングケーキ頼んでくれよ。」
「はい。はい。」
 響子と同じようにナッツを圭太の前に置き、瑞希は運んできたグラスをシンクに置く。ライブハウスの割にあまり広くない。ここでグラス類は洗ってしまうのだろう。
「くぅー。美味いな。夏はコレだな。」
「好きだよな。お前、フローズンビール。」
 ビールを飲む手が止まった。そしてそのビールをじっとみる。何の変哲もないビールに見えるが、何か違うのだろうか。
「何だよ。」
「何?フローズンビールって。」
「知らないのか?飲んでみるか?」
 そう言って圭太は飲みかけたビールジョッキを響子に手渡す。すると必要以上にひんやりした。
「何コレ……すごい冷えてるのね。」
「泡が氷になってんだよ。シャリシャリする。」
 そう言ってそのビールを口に入れる。すると全く普通のビールとは違うようだ。
「……すごい。冷えるわね。」
「だろ?コレって店じゃねぇと飲めねぇし。」
 すると瑞希は少し苦笑いをしていった。
「最近は家でも飲めるよ。専用のサーバーがあるんだ。」
「マジで?小さいのか?買えるかなぁ。あ、あと、ピクルスくれよ。」
「はいはい。お、オムライス出来たな。」
 のれんの向こうで、女性の声がした。それに反応して瑞希がそちらへ向かう。すると次に出てきたときは、トマトソースのかかったオムライスが載った皿を持ってくる。
「お待たせいたしました。オムライスです。」
「ありがとう。」
 そう言って響子は受け取ると、圭太は少し笑った。
「がっつり飯かよ。」
「お腹空いてるのよ。」
「お前ビールしか飲んでねぇもんな。でも、ここのソースはトマトも美味いけど、ホワイトソースもいけるんだよ。」
「ふーん。」
 また来ようとは思っていたが、圭太の行きつけなら少し微妙だ。響子はそう思いながら、そのオムライスにスプーンを入れる。
「本当に圭太の彼女じゃないのか?祭りに一緒に行くなんて。」
「行くよ。別に。こいつと二人じゃないし。」
「何だ。つまらないな。やっと吹っ切ったと思ったのに。」
 そう言って瑞希はグラスを下げる。たぶん、吹っ切ったというのは、真子のことだろう。そう思うと急にオムライスの味が無くなった気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

夜の声

神崎
恋愛
r15にしてありますが、濡れ場のシーンはわずかにあります。 読まなくても物語はわかるので、あるところはタイトルの数字を#で囲んでます。 小さな喫茶店でアルバイトをしている高校生の「桜」は、ある日、喫茶店の店主「葵」より、彼の友人である「柊」を紹介される。 柊の声は彼女が聴いている夜の声によく似ていた。 そこから彼女は柊に急速に惹かれていく。しかし彼は彼女に決して語らない事があった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...