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祭り
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真二郎と別れて、響子はそのまま家へ向かおうとした。だが家でまたビールを飲み直すというのも、少し味気がない。バーにでも行って、何か酒でも飲もうか。それにお腹が空いた。軽く食事ができるようなバーが良い。そう思いながら歩いていると、ビルの一角にバーがあった。屋号であろう「flipper」という名前。響子が好きなバンドの名前だ。そしてその下には簡単なメニューが書かれている。
「オムライスか。」
トマトソースかホワイトソース、デミグラスで選べるらしい。美味しそうだ。たまにはこう言うところで飲むのも良い。そう思いながら、そのビルの中に入っていった。
二階にあるその一角のバーのドアを開ける。するとゆっくりしたジャズが流れている。それは生演奏のようで、どうやらライブハウスも兼任しているようだ。映画では見たことがあるが、こういうところは初めて来る。
「いらっしゃいませ。」
奥にはカウンターがあり、その奥には若い男がカクテルを作っている。ホールには二人ほどの男女が忙しく動き回り、テーブル席の客に酒を運んでいた。
「お一人ですか。カウンター席へどうぞ。」
響子はそう言われて、言われたとおりカウンター席に座る。「clover」にはカウンター席がない。代わりにカウンターには響子が作った飲み物や、ケーキが置かれてそれを圭太や千鶴が運ぶのだ。こう言うところなら、一人できても違和感はないだろう。
「どうぞ。いらっしゃいませ。メニューです。」
水とおしぼりを置かれ、メニューの黒い紙を置かれる。カクテルの種類は多い。フードはつまみのようなモノが中心で、食事はあまり種類はない。おそらくバーが主体なのだろう。
「すいません。オムライスとビールをください。」
「生で良いですか。」
「はい。」
「オムライスのソースは選べますが、どうなさいますか。」
「トマトソースで。」
「かしこまりました。」
バーテンダーはそのメニューをメモすると、脇にあるのれんの向こうに声をかけた。おそらく向こうにもう一人居るのだろう。ライブハウスらしく、片隅にはミキサーを操っている男もいる。女性は働きにくそうだ。
思えば、「clover」には女性は響子だけの予定だった。だが愛想がない、必要なこと以外は喋らないでは接客には向いていない。だから千鶴はいい働きをすると思う。愛想が良く、女性にも男性にも受け入れられているのだ。
「お前も千鶴の半分でも愛想があればな。」
圭太からいつも言われているが、愛想笑いくらいは出来る。この間の結婚式の時は愛想笑いばかりして疲れたのだ。
「どうぞ。生ビールです。こちらはお通しです。」
そう言って出されたのは生ビールとナッツだった。ナッツは、口に入れるとほのかに塩とハーブの匂いがした。おそらく普通のナッツではないのだろう。
その時ライブが終わり、観客が拍手を送る。そしてステージにあがっていた人たちが降りると、帰る人たちやこのまままた飲んでいる人が入り交じる。ホールに出ていた人はこれからまた一踏ん張りだ。
いい店に当たったもんだ。響子はそう思いながらビールに口を付ける。
「遅かったか。」
出て行く客と、入れ替わるように一人の男が入ってきた。その人を見て驚いた。
「……オーナー。」
それは圭太だった。するとカウンターの男が少し笑っていう。
「圭太。遅いよ。」
「悪い。悪い。こっちで祭りがあってさ。ちょっと見てきたし、「rose」のライブがあるって、そのあと知ってさ。」
バーテンダーは少し笑って、カウンターに圭太を促した。すると座っている響子を見て、圭太は驚いたように響子をみる。
「お前、音楽とか聴くの?」
「別に。たまたま入っただけ。お腹空いたし、アルコール入れたかったし。」
「ま、いいや。瑞希。ビールくれよ。」
「はい。はい。いつものヤツだろ?」
「夏だしな。」
細長いビールジョッキを用意している。響子が持っているビールジョッキとは形状が違うところを見ると別物なのだ。
「ジャズなんか聴くの?」
「してたし。昔。」
「バスケだけじゃなかったのね。多才だわ。」
コーヒーを入れるしか脳がない響子とは違うのだ。そう言われているように感じる。
「彼女?」
瑞希といわれたバーテンダーは、ビールを圭太の前に置く。確かに違うモノのように見えた。
「違うよ。うちの従業員。」
「あぁ。カフェだっけ。ケーキ屋だっけ。何か始めたって聞いたよ。俺、一度も行ってないな。」
「来いよ。そんでうちでウェディングケーキ頼んでくれよ。」
「はい。はい。」
響子と同じようにナッツを圭太の前に置き、瑞希は運んできたグラスをシンクに置く。ライブハウスの割にあまり広くない。ここでグラス類は洗ってしまうのだろう。
「くぅー。美味いな。夏はコレだな。」
「好きだよな。お前、フローズンビール。」
ビールを飲む手が止まった。そしてそのビールをじっとみる。何の変哲もないビールに見えるが、何か違うのだろうか。
「何だよ。」
「何?フローズンビールって。」
「知らないのか?飲んでみるか?」
そう言って圭太は飲みかけたビールジョッキを響子に手渡す。すると必要以上にひんやりした。
「何コレ……すごい冷えてるのね。」
「泡が氷になってんだよ。シャリシャリする。」
そう言ってそのビールを口に入れる。すると全く普通のビールとは違うようだ。
「……すごい。冷えるわね。」
「だろ?コレって店じゃねぇと飲めねぇし。」
すると瑞希は少し苦笑いをしていった。
「最近は家でも飲めるよ。専用のサーバーがあるんだ。」
「マジで?小さいのか?買えるかなぁ。あ、あと、ピクルスくれよ。」
「はいはい。お、オムライス出来たな。」
のれんの向こうで、女性の声がした。それに反応して瑞希がそちらへ向かう。すると次に出てきたときは、トマトソースのかかったオムライスが載った皿を持ってくる。
「お待たせいたしました。オムライスです。」
「ありがとう。」
そう言って響子は受け取ると、圭太は少し笑った。
「がっつり飯かよ。」
「お腹空いてるのよ。」
「お前ビールしか飲んでねぇもんな。でも、ここのソースはトマトも美味いけど、ホワイトソースもいけるんだよ。」
「ふーん。」
また来ようとは思っていたが、圭太の行きつけなら少し微妙だ。響子はそう思いながら、そのオムライスにスプーンを入れる。
「本当に圭太の彼女じゃないのか?祭りに一緒に行くなんて。」
「行くよ。別に。こいつと二人じゃないし。」
「何だ。つまらないな。やっと吹っ切ったと思ったのに。」
そう言って瑞希はグラスを下げる。たぶん、吹っ切ったというのは、真子のことだろう。そう思うと急にオムライスの味が無くなった気がした。
「オムライスか。」
トマトソースかホワイトソース、デミグラスで選べるらしい。美味しそうだ。たまにはこう言うところで飲むのも良い。そう思いながら、そのビルの中に入っていった。
二階にあるその一角のバーのドアを開ける。するとゆっくりしたジャズが流れている。それは生演奏のようで、どうやらライブハウスも兼任しているようだ。映画では見たことがあるが、こういうところは初めて来る。
「いらっしゃいませ。」
奥にはカウンターがあり、その奥には若い男がカクテルを作っている。ホールには二人ほどの男女が忙しく動き回り、テーブル席の客に酒を運んでいた。
「お一人ですか。カウンター席へどうぞ。」
響子はそう言われて、言われたとおりカウンター席に座る。「clover」にはカウンター席がない。代わりにカウンターには響子が作った飲み物や、ケーキが置かれてそれを圭太や千鶴が運ぶのだ。こう言うところなら、一人できても違和感はないだろう。
「どうぞ。いらっしゃいませ。メニューです。」
水とおしぼりを置かれ、メニューの黒い紙を置かれる。カクテルの種類は多い。フードはつまみのようなモノが中心で、食事はあまり種類はない。おそらくバーが主体なのだろう。
「すいません。オムライスとビールをください。」
「生で良いですか。」
「はい。」
「オムライスのソースは選べますが、どうなさいますか。」
「トマトソースで。」
「かしこまりました。」
バーテンダーはそのメニューをメモすると、脇にあるのれんの向こうに声をかけた。おそらく向こうにもう一人居るのだろう。ライブハウスらしく、片隅にはミキサーを操っている男もいる。女性は働きにくそうだ。
思えば、「clover」には女性は響子だけの予定だった。だが愛想がない、必要なこと以外は喋らないでは接客には向いていない。だから千鶴はいい働きをすると思う。愛想が良く、女性にも男性にも受け入れられているのだ。
「お前も千鶴の半分でも愛想があればな。」
圭太からいつも言われているが、愛想笑いくらいは出来る。この間の結婚式の時は愛想笑いばかりして疲れたのだ。
「どうぞ。生ビールです。こちらはお通しです。」
そう言って出されたのは生ビールとナッツだった。ナッツは、口に入れるとほのかに塩とハーブの匂いがした。おそらく普通のナッツではないのだろう。
その時ライブが終わり、観客が拍手を送る。そしてステージにあがっていた人たちが降りると、帰る人たちやこのまままた飲んでいる人が入り交じる。ホールに出ていた人はこれからまた一踏ん張りだ。
いい店に当たったもんだ。響子はそう思いながらビールに口を付ける。
「遅かったか。」
出て行く客と、入れ替わるように一人の男が入ってきた。その人を見て驚いた。
「……オーナー。」
それは圭太だった。するとカウンターの男が少し笑っていう。
「圭太。遅いよ。」
「悪い。悪い。こっちで祭りがあってさ。ちょっと見てきたし、「rose」のライブがあるって、そのあと知ってさ。」
バーテンダーは少し笑って、カウンターに圭太を促した。すると座っている響子を見て、圭太は驚いたように響子をみる。
「お前、音楽とか聴くの?」
「別に。たまたま入っただけ。お腹空いたし、アルコール入れたかったし。」
「ま、いいや。瑞希。ビールくれよ。」
「はい。はい。いつものヤツだろ?」
「夏だしな。」
細長いビールジョッキを用意している。響子が持っているビールジョッキとは形状が違うところを見ると別物なのだ。
「ジャズなんか聴くの?」
「してたし。昔。」
「バスケだけじゃなかったのね。多才だわ。」
コーヒーを入れるしか脳がない響子とは違うのだ。そう言われているように感じる。
「彼女?」
瑞希といわれたバーテンダーは、ビールを圭太の前に置く。確かに違うモノのように見えた。
「違うよ。うちの従業員。」
「あぁ。カフェだっけ。ケーキ屋だっけ。何か始めたって聞いたよ。俺、一度も行ってないな。」
「来いよ。そんでうちでウェディングケーキ頼んでくれよ。」
「はい。はい。」
響子と同じようにナッツを圭太の前に置き、瑞希は運んできたグラスをシンクに置く。ライブハウスの割にあまり広くない。ここでグラス類は洗ってしまうのだろう。
「くぅー。美味いな。夏はコレだな。」
「好きだよな。お前、フローズンビール。」
ビールを飲む手が止まった。そしてそのビールをじっとみる。何の変哲もないビールに見えるが、何か違うのだろうか。
「何だよ。」
「何?フローズンビールって。」
「知らないのか?飲んでみるか?」
そう言って圭太は飲みかけたビールジョッキを響子に手渡す。すると必要以上にひんやりした。
「何コレ……すごい冷えてるのね。」
「泡が氷になってんだよ。シャリシャリする。」
そう言ってそのビールを口に入れる。すると全く普通のビールとは違うようだ。
「……すごい。冷えるわね。」
「だろ?コレって店じゃねぇと飲めねぇし。」
すると瑞希は少し苦笑いをしていった。
「最近は家でも飲めるよ。専用のサーバーがあるんだ。」
「マジで?小さいのか?買えるかなぁ。あ、あと、ピクルスくれよ。」
「はいはい。お、オムライス出来たな。」
のれんの向こうで、女性の声がした。それに反応して瑞希がそちらへ向かう。すると次に出てきたときは、トマトソースのかかったオムライスが載った皿を持ってくる。
「お待たせいたしました。オムライスです。」
「ありがとう。」
そう言って響子は受け取ると、圭太は少し笑った。
「がっつり飯かよ。」
「お腹空いてるのよ。」
「お前ビールしか飲んでねぇもんな。でも、ここのソースはトマトも美味いけど、ホワイトソースもいけるんだよ。」
「ふーん。」
また来ようとは思っていたが、圭太の行きつけなら少し微妙だ。響子はそう思いながら、そのオムライスにスプーンを入れる。
「本当に圭太の彼女じゃないのか?祭りに一緒に行くなんて。」
「行くよ。別に。こいつと二人じゃないし。」
「何だ。つまらないな。やっと吹っ切ったと思ったのに。」
そう言って瑞希はグラスを下げる。たぶん、吹っ切ったというのは、真子のことだろう。そう思うと急にオムライスの味が無くなった気がした。
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