彷徨いたどり着いた先

神崎

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映画

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 簡単な食事をした後風呂に入り、エアコンの涼しい風に吹かれながらビールを飲む。それが幸せだった。手軽な幸せだと思う。
 そして寝室に入りビールの缶をテーブルに置くと、圭太はクローゼットを開けた。そして奥にある段ボールを取り出す。少し埃が溜まっていて、咳がでた。そしてその蓋を開けると、中には高校生の時の懐かしいものがある。
 高校の時はバスケット部だった。二年の時にレギュラーになり、三年ではスタメンだった。そのときのユニフォームや握力を鍛えるためのハンドグリッパーや小さなダンベルなんかもある。
 その下には参考書があった。バスケで声をかけてくれる企業や大学もあったが自分はそこまで体格もいいわけではないし、何よりスポーツで身を立てるということは、体を壊せないということになる。若い頃にしかできないスポーツだし、その後のことを考えると後が無い気がしたのだ。
 それでもレベルの高い大学へは行けた。圭太は親にとっては鼻の高い子供だったかもしれない。スポーツも出来て頭も良くて人望もある。だがそういう人物はヤクザに半分足をつっこんだような家業には合わないのだ。それに決定的に圭太がそういう仕事に合わない理由もある。
 そして段ボールのそこから圭太は一冊の本を取りだした。二度と手に取ることはない。そう思っていたのに、わざわざ卒業アルバムを取り出したのは、真二郎が気になったからだった。
 ベッドに腰掛けて卒業アルバムを膝におく。そしてビールを一口飲むと、ページを開いた。バリッという音がするのは、本当に開いていないから。
 懐かしい校舎や学校の風景、制服を着た自分たちが写っている。今は制服のデザインは違うらしい。黒い学ランは、学生たちに不評だった。他の学校ではブレザーになっているところもあって、それは学園ドラマとかで見るようなデザインだったからだ。
「……どこだっけ。」
 進学校だったこの学校は、クラスは五クラスくらいしかない。AからEまで分かれていて、Aは特別頭のいい人しか行けなかったはずだ。それからどんどんと下がっていき、Eになると私立や専門学校なんかに行く人が多い。圭太は当然のようにAのクラスにいた。そこでバスケもしていたのだから、少し特殊で目立っていたように思える。
 圭太のような人は、同級生だけではなく先輩や後輩にも羨望のまなざしで見られていた。顔だって悪くないのに、言い寄られることがなかったのは「きっと彼女がいるよ」とか「遊んでいそう」だとかそういう噂が立ったからだ。実際、圭太は高校生までずっと女とつきあったことはなかったし、当然童貞だった。それを知っているのは、神木という幼なじみやその他二、三人くらいだったが。
 ページを開いていくと、Bのクラスに真二郎の姿があった。名前は梶真二郎。確かに真二郎のようだった。ただし、髪は黒い。黒すぎるのは、染めているからだろう。それでもそれに相対するように肌は白く、少し彫りが深い。ヨーロッパの人の血が流れていると言っていたからかここの国の人のように見えないし、それに年の割に幼い感じがした。第二次成長が来ているのだろうか。そんな疑問すら浮かぶ。
「梶……か。」
 隣のクラスだったから、おそらく体育なんかの時間は一緒になったこともあると思う。だが印象にないのは、全く意識をしていなかったから。だが今日の口調では真二郎は、ずっと圭太を覚えていたのだろう。そしてそれをずっと黙っていたのだ。
「性格悪いな。あいつ。」
 ビールをまた飲むと、ページを開いた。文化祭、体育祭、修学旅行などいろんなものが載っている。その中に圭太の姿を見つけるのは、安易だった。いろんな意味で目立っていて、女男は関わらず圭太に声をかけていたようだから。だが真二郎を見つけることはない。部活にも入っていなかったようだ。
「……よっぽどだな。こいつ。」
 誰でも僅かに写真を撮られて写っているように思えたが、真二郎の姿はない。まるで空気のようにそこにいたのだろう。
 学生の時は接点がないと思う。だったらいつ、接点を持ったのだろう。いくら思い出してもわからない。
「まぁいいか。」
 そう思いながら、アルバムを閉じてまた段ボールの中に入れる。そしてクローゼットの中に押し込んだ。

 仕事を終えて真二郎が帰ってくると、響子は珍しく起きているようだった。ソファに座ってタウン誌を読んでいる。
「ただいま。」
「お帰り。」
 いつも結んでいる長い髪を下ろして、ぼんやりとその雑誌を見ているようだ。
「何か食べた?」
「ううん。今日はホテルに直接行ったから。」
 人によってはゆっくり食事をしてホテルへ行く人もいるし、ホテルで食事をすることもあるし、食事をしないですぐにセックスをする男もいるのだ。
 今日の男は、準備万端だった。あってすぐにホテルへ行った。下処理も完璧で、時間いっぱいまで真二郎を求めていたようだ。
「最近ずっと食べてきていたから、用意してないわ。」
「いいよ。自分で用意するから。ご飯あるかな。」
「冷凍うどんしかないわよ。」
「だったらかき玉うどん食べよう。」
「好きよね。それ。」
 小さい頃、真二郎は響子の家のそばにある孤児院にいた。
 響子は引っ込み思案だった真二郎を連れだして、よく遊びに行っていた。泥だらけになるまで遊び、施設の人も桜子からも相当怒られていたように思える。
 日曜日の昼なんかは特に真二郎は帰らない。響子の家でこうやってうどんを作って、食べていたこともあるのだ。
 沸いた汁に卵を溶いて入れる。するとふわっと卵が浮いてきて、とても美味しそうだ。
「ピクルス食べない?冷蔵庫に入っているよ。」
「食べる。」
 キュウリのピクルスがタッパーに入っている。それも取り出してダイニングテーブルに置いた。すると響子も、雑誌をテーブルに置いてキッチンへ行くと炭酸水をコップに注いだ。
「映画を見たいの?」
 開いているページを見て真二郎はそう声をかけると、響子は向かいの席に座る。
「うん。「薔薇」がリバイバルでやるんですって。でも夜しかしていないのよ。仕事が終わっていこうかな。」
「二十一時からか。仕事が終わってちょうどいい時間だね。でもこの映画って十八禁だし、女一人で行くようなものじゃないよ。」
「そうね。」
「それに、この映画ソフトも持っているのにどうして行きたいの?」
「映画のスクリーンで見るのとまた違うでしょ?」
 こういうところにこだわりがあるのが響子だ。だがそれを強要もしない。
「俺、一緒に行こうか?」
「仕事があるでしょ?」
「……まぁね。」
 ここのところ予約が詰まっている。ただでさえ一日一人くらいしかとらないのだ。若いとは言ってもさすがに疲れる。
「オーナーと行く?」
「何でオーナーなのよ。」
「知らない人と行くよりは安全だよ。一人はさすがにやめておいた方がいいと思うし。」
「んー……。考えとく。」
 即決をしないのは一緒に行く気がないからだろう。だが映画の内容を考えると真っ昼間からするような映画ではない。
「オーナーと同級生だったのね。」
「あっちは忘れてたみたいだけどね。」
 もう何もかも忘れたのだろうか。あの日のことを、真二郎は忘れたことはないのに。
「これだけ一緒に働いているのに、何で思い出せなかったのかしら。あなた、そんなに影が薄かったの?」
「姉さんが目立つようなことをするなって言っていた。だいぶ成長してから引き取ってもらった遠藤の家なんだから、迷惑をかけてはいけないってね。」
「それもそうね。」
「姉さんは響子に、俺が取られるとずっと思ってたみたいだ。」
「……それは誤解じゃない。」
「……。」
「これまでもこれからも、あなたとは何もないでしょ?」
「うん。」
「あなたのお姉さんもあなたのことだけじゃなくて、さっさと自分の幸せを見つけた方がいいわ。」
 そういって響子はまたタウン誌を見ていた。どうやって映画を見ようかと画策しているのだろう。もう真二郎のことは興味がないようだ。
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