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映画
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千鶴が帰っていって、しばらく圭太は一人で店内を回していた。その間も少し気にかかることがある。
「どうせ敵視されているのよ。」
響子はそう言っていた。真二郎の姉である桜子は響子に相当手厳しい。そして響子も相当それについていらついているはずだ。
やがて最後の客が帰り響子は焙煎をしている間、フロアの掃除を手伝う。フロアが終われば真二郎の手伝いをする。そうやって響子はどちらも手伝っているように見えた。
モップを出して床を拭く。その間、圭太はトイレ掃除を終わらせてフロアに出てきた。
「……響子。もう少し優しくしろよ。床のワックスがとれる。」
「あー……。うん。」
ゴシゴシと床を拭いていく。その手に力が入っているようだ。いらついているのは仕方ないだろう。
「きつい姉ちゃんだったな。」
「真二郎の?」
「あぁ。」
「昔から敵視されてて困るわ。うちの店は最後出禁にしたの。あの調子だから営業妨害になると思って。」
「だろうな。」
圭太もモップを出すと、床を拭き始めた。
「でも……桜子さんの言うこともわからないでもないわ。有名なホテルにいた方が、真二郎の実入りも良いし将来が見える。わざわざ小さいお店でまとまっている人じゃないもの。」
「悪かったな。小さい店で。」
「これから大きくなるんでしょ?二号店はいつ出来るの?」
「うっ……。」
「人を育てるのが先決。まだまだ先よね。」
真二郎のことを考えたこともあった。有名な菓子店が、真二郎を引き抜きに来たこともある。真二郎の性癖を知った上で、誘ってきたのだから悪い店ではないのだろう。だが真二郎はそれを断った。
「何で断ったの?」
響子が焦ってそう聞くと、真二郎は首を横に振って言う。
「わからないんだ。」
どこかの映画俳優が食べに来たこともある。政治家も来たことがある。だがそんな人の笑顔を見たいわけじゃない。
「このケーキ食べて、このコーヒーを飲んでみて。超美味いから。」
響子はそう言ってコーヒーを淹れてくれた。その味が忘れられない。響子への感情も離れられない理由の一つかもしれないが、それ以上に響子の淹れたコーヒーの味が忘れられなかった。それにそれを口にした人の幸せそうな顔も忘れられない。
「そんなに大したことをしたつもりはないけどね。」
響子はそう言ってモップを立てかけた。もうだいぶ拭き終えたのだ。
「私、キッチンを手伝うわ。あとは良いわよね。」
「あぁ。計算だけ。」
「がんばってよね。二号店が出来るの楽しみにしてるから。」
「うっ……。」
そう言って響子はカウンターにはいると、焙煎を終えた豆をパットに広げた。これは明日飲めるものではなく、少し時間をおいたモノを出す。焙煎したてが良いというわけでもないのだ。
「ねぇ二人とも、ちょっと来てくれないかな。」
キッチンから真二郎の声がする。その声に、響子と圭太は手を止めてキッチンの方へ向かった。
「どうしたんだよ。」
「これ。どうかな。」
そう言って小皿に白いモノを乗せて、フォークを添えた。
「コンポートね。桃かしら。」
「あぁ。良ければこれをケーキにしたいと思ってね。」
「俺は良いよ。響子。お前味を見てやれよ。」
いっさい甘いモノは食べないらしい圭太の声に、二人は顔を見合わせた。そして響子はそれを口に入れる。
「あまり甘くないのね。」
「ケーキに使うからね。甘すぎるモノはジャムとかにもなるけど、あくまでケーキが主体だから。」
「オーナー。あまり甘くないわ。食べてみればいいのに。」
すると圭太は首を横に振った。
「バス。」
すると二人は顔を見合わせる。
「昔はそんなこと無かったんだけどね。」
真二郎はそう言うと、カウンターを出ようとした圭太が足を止めた。ずっと違和感があったのだが、それが現実なのだろうかと思えてきたのだ。
「……真二郎さ、やっぱ……お前……。」
「あぁ。会ったことがあるんだよ。」
一緒に働いてどれくらいたつだろう。なのに真二郎は一言もそのことに触れなかった。そして圭太は思い出さなかった。違和感があるとわかっていても。
「お前……名字違うだろ?昔は確か……何だっけ。」
「梶。」
「そう。梶だ。それが何で……。」
「養子に行ったんだよ。俺。」
小さい頃に親に捨てられて、施設に入っていた。そこで名乗っていた名字は「梶」というのだ。中学生の時に、養子に入ったところで遠藤という名字になった。戸籍では遠藤だったが、急に名字が変わると周りが騒ぐので高校一杯まで「梶」の名を名乗っていたのだ。
「そっか……似てると思ってたけど、名前も違うし別人だと思ってたんだけどな。」
「ふふっ。君は男の子も女の子もかまわずに人気だったからねぇ。」
すると響子が不思議そうに聞く。
「人気?」
「あぁ。俺は女の子からもバカにされるような感じだったけど、オーナーの周りにはいつも人が居たな。」
「人気者なのねぇ。」
「からかうなよ。」
「あのころは普通に甘いモノなんかも食べてたみたいだけど。」
すると圭太はちらっと響子を見る。その視線に響子はきっと死んだ「真子」という女性が関係しているのだろうと思う。それを感じて、少しうなづいた。
「……味覚は子供の頃と大人と違うからね。甘いモノを食べると胃がもたれるって人もいるでしょ?」
「お前なぁ。そんな人を年寄りみたいに。」
「歳じゃない。」
「ばーか。まだ焼き肉だって平気だし。」
「俺、焼き肉は胃にもたれるな。この間、客に焼き肉ご馳走になって思わず「良いです」って言いそうになった。」
真二郎はそう言って残っているさらにあるコンポートを口に入れた。
「明日これで新作を作るよ。」
「おー。頼んだぞ。」
そう言って圭太はカウンターを出ていったが、その心にもやっとしたモノが残る。
「梶か……。」
その名前に違和感があった。イヤ、名前だけではない。真二郎自体、最初に会ったときから違和感があった。どこかで会った気がするのだ。
そう思いながらノートパソコンを開く。
「どうせ敵視されているのよ。」
響子はそう言っていた。真二郎の姉である桜子は響子に相当手厳しい。そして響子も相当それについていらついているはずだ。
やがて最後の客が帰り響子は焙煎をしている間、フロアの掃除を手伝う。フロアが終われば真二郎の手伝いをする。そうやって響子はどちらも手伝っているように見えた。
モップを出して床を拭く。その間、圭太はトイレ掃除を終わらせてフロアに出てきた。
「……響子。もう少し優しくしろよ。床のワックスがとれる。」
「あー……。うん。」
ゴシゴシと床を拭いていく。その手に力が入っているようだ。いらついているのは仕方ないだろう。
「きつい姉ちゃんだったな。」
「真二郎の?」
「あぁ。」
「昔から敵視されてて困るわ。うちの店は最後出禁にしたの。あの調子だから営業妨害になると思って。」
「だろうな。」
圭太もモップを出すと、床を拭き始めた。
「でも……桜子さんの言うこともわからないでもないわ。有名なホテルにいた方が、真二郎の実入りも良いし将来が見える。わざわざ小さいお店でまとまっている人じゃないもの。」
「悪かったな。小さい店で。」
「これから大きくなるんでしょ?二号店はいつ出来るの?」
「うっ……。」
「人を育てるのが先決。まだまだ先よね。」
真二郎のことを考えたこともあった。有名な菓子店が、真二郎を引き抜きに来たこともある。真二郎の性癖を知った上で、誘ってきたのだから悪い店ではないのだろう。だが真二郎はそれを断った。
「何で断ったの?」
響子が焦ってそう聞くと、真二郎は首を横に振って言う。
「わからないんだ。」
どこかの映画俳優が食べに来たこともある。政治家も来たことがある。だがそんな人の笑顔を見たいわけじゃない。
「このケーキ食べて、このコーヒーを飲んでみて。超美味いから。」
響子はそう言ってコーヒーを淹れてくれた。その味が忘れられない。響子への感情も離れられない理由の一つかもしれないが、それ以上に響子の淹れたコーヒーの味が忘れられなかった。それにそれを口にした人の幸せそうな顔も忘れられない。
「そんなに大したことをしたつもりはないけどね。」
響子はそう言ってモップを立てかけた。もうだいぶ拭き終えたのだ。
「私、キッチンを手伝うわ。あとは良いわよね。」
「あぁ。計算だけ。」
「がんばってよね。二号店が出来るの楽しみにしてるから。」
「うっ……。」
そう言って響子はカウンターにはいると、焙煎を終えた豆をパットに広げた。これは明日飲めるものではなく、少し時間をおいたモノを出す。焙煎したてが良いというわけでもないのだ。
「ねぇ二人とも、ちょっと来てくれないかな。」
キッチンから真二郎の声がする。その声に、響子と圭太は手を止めてキッチンの方へ向かった。
「どうしたんだよ。」
「これ。どうかな。」
そう言って小皿に白いモノを乗せて、フォークを添えた。
「コンポートね。桃かしら。」
「あぁ。良ければこれをケーキにしたいと思ってね。」
「俺は良いよ。響子。お前味を見てやれよ。」
いっさい甘いモノは食べないらしい圭太の声に、二人は顔を見合わせた。そして響子はそれを口に入れる。
「あまり甘くないのね。」
「ケーキに使うからね。甘すぎるモノはジャムとかにもなるけど、あくまでケーキが主体だから。」
「オーナー。あまり甘くないわ。食べてみればいいのに。」
すると圭太は首を横に振った。
「バス。」
すると二人は顔を見合わせる。
「昔はそんなこと無かったんだけどね。」
真二郎はそう言うと、カウンターを出ようとした圭太が足を止めた。ずっと違和感があったのだが、それが現実なのだろうかと思えてきたのだ。
「……真二郎さ、やっぱ……お前……。」
「あぁ。会ったことがあるんだよ。」
一緒に働いてどれくらいたつだろう。なのに真二郎は一言もそのことに触れなかった。そして圭太は思い出さなかった。違和感があるとわかっていても。
「お前……名字違うだろ?昔は確か……何だっけ。」
「梶。」
「そう。梶だ。それが何で……。」
「養子に行ったんだよ。俺。」
小さい頃に親に捨てられて、施設に入っていた。そこで名乗っていた名字は「梶」というのだ。中学生の時に、養子に入ったところで遠藤という名字になった。戸籍では遠藤だったが、急に名字が変わると周りが騒ぐので高校一杯まで「梶」の名を名乗っていたのだ。
「そっか……似てると思ってたけど、名前も違うし別人だと思ってたんだけどな。」
「ふふっ。君は男の子も女の子もかまわずに人気だったからねぇ。」
すると響子が不思議そうに聞く。
「人気?」
「あぁ。俺は女の子からもバカにされるような感じだったけど、オーナーの周りにはいつも人が居たな。」
「人気者なのねぇ。」
「からかうなよ。」
「あのころは普通に甘いモノなんかも食べてたみたいだけど。」
すると圭太はちらっと響子を見る。その視線に響子はきっと死んだ「真子」という女性が関係しているのだろうと思う。それを感じて、少しうなづいた。
「……味覚は子供の頃と大人と違うからね。甘いモノを食べると胃がもたれるって人もいるでしょ?」
「お前なぁ。そんな人を年寄りみたいに。」
「歳じゃない。」
「ばーか。まだ焼き肉だって平気だし。」
「俺、焼き肉は胃にもたれるな。この間、客に焼き肉ご馳走になって思わず「良いです」って言いそうになった。」
真二郎はそう言って残っているさらにあるコンポートを口に入れた。
「明日これで新作を作るよ。」
「おー。頼んだぞ。」
そう言って圭太はカウンターを出ていったが、その心にもやっとしたモノが残る。
「梶か……。」
その名前に違和感があった。イヤ、名前だけではない。真二郎自体、最初に会ったときから違和感があった。どこかで会った気がするのだ。
そう思いながらノートパソコンを開く。
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