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新作のコーヒー豆は、限定数で淹れることになった。仕入れられる数もあまりないので、貴重なのだという。だがそのレアなモノは、評判を呼ぶ。
「申し訳ございません。こちらのコーヒーは今日はもう無くなってしまいました。」
「えー?そうなんだぁ。」
「だったら違うので良いよ。他のも美味しいし。」
真夏の日差しが続いているのに、ホットコーヒーもよく出るものだ。だがやはりでるのは冷たい飲み物だろう。
「かき氷食べたいな。」
千鶴はそう言ってタウン誌に載っているかき氷特集を開いた。最近はかき氷もいろんな味があったり、付け合わせに乗っているフルーツやミルクも美味しそうだ。
「これはあれだな。パフォーマンスみたいなモノもある。」
「見た目は大事だよ。あぁ、いらっしゃいませ。」
タウン誌を閉じて、千鶴は客を迎える。それに興味がないのか、カウンターに置かれたタウン誌を見ようともしない響子は、相変わらず業者が持ってきた茶葉の種類を見ているようだ。
「どこの奴?」
圭太がカウンター越しに聞くと、響子はそちらを見ずに言った。
「アジアの方ね。そっちの方に営業が力を入れているのかしら。」
「あっちの方が人件費とか少なくて良いし、真面目だしな。それに輸送コストも押さえられる。」
「なるほどね。これはミルクティーが良いかも。アイスのミルクティーも悪くないわね。味がぼんやりしているかもしれないけど。」
するとキッチンから真二郎が箱を片手にやってきた。
「オーナー。三千円くらいのお土産物って、これくらいで良いかな。」
そう言って真二郎は圭太に箱の中身を見せる。
「お客様に聞いてみる。箱、貸して。」
相変わらず真二郎がカウンターに出てきただけで、女性客がわずかに色めき始める。だが真二郎はその視線に耐えきれないように、すぐにキッチンに戻っていこうとした。そのときだった。
「いらっしゃいませ。」
千鶴が声をかける。女性の二人組の客だ。ここの客は、どちらかというと暇な主婦とか、大学生などの比較的昼間に自由にできている人が多い。だからこういうビジネススーツを来ているような客は珍しい。
特に後ろにいた女性は目立つようだ。濃い化粧で、口紅がとても赤い。まるで唇だけが浮いているような気がする。
「真二郎。」
その赤い口紅の女性が、真二郎を見てぱっと顔を明るくさせた。
「姉さん。」
対して真二郎は少しひきつっているようだった。あまり会いたくないのだろう。
「姉さん?」
箱をカウンターに戻してきた圭太は不思議そうに、その女性を見ていた。だがすぐに我をとり戻すと、女性たちに近づく。
「いらっしゃいませ。イートインでしょうか。」
「いいえ。お土産物を包んで欲しいんだけれど、三千円くらいのものを二つ。」
「焼き菓子でよろしいでしょうか。」
「というと?」
もう一人の女性が圭太の説明を聞いている間、その赤い口紅の女性がカウンター越しの真二郎に近づいてくる。
「あなた、ここにいたなんて何で知らせてくれなかったの。それにまだこのこと一緒にいるなんて……。」
この子というのは、響子のことだろう。響子にはとても厳しいらしい。
「響子。これ、包んでくれよ。それから真二郎。さっきのヤツ、二つ作って。」
「うん。」
まだ文句がいいたり無いような姉を後目に、真二郎はまたキッチンに戻っていく。そして圭太は、にっこりと笑い名刺を取り出した。
「オーナーの新山です。遠藤の身内の方ですか。」
「えぇ。姉よ。」
そう言って姉も名刺を取り出す。そこには圭太もよく知っている外資系の企業の名前が書かれてあった。そしてその部長らしい。若そうに見えるが、とてもやり手なのだろう。
「……マーサーってあの?」
「そう。」
身内がそんな立場のある人だと思っていなかった。そして名前を見ると遠藤桜子と書いてある。
「ご挨拶が遅れました。すいません。」
「全くだわ。やっとあの古ぼけた喫茶店から出たって聞いたのに、今度はこんなぽっと出のカフェにいるなんてね。オーナーさん。あの子、有名ホテルの主席のパティシエだったのよ。ご存じかしら。」
「えぇ。聞いてます。」
ざっと真二郎のことは聞いている。高校を出て、小さなケーキ屋の下働きをしながら製菓の勉強をし、数年留学をしたあと、この国に戻ってきて有名ホテルで腕を振るっていた。
だがどうしても男関係と、響子の店で副職をしていたことがそのホテルをクビになった理由だという。
「なんてことかしら。本宮響子と一緒にいなければ、もっと世界が広がったはずなのに、何でこんな小さい店にいるのかしら。たかがコーヒーなのに、困った子。素直で、従順だったのに、あの女がたぶらかしているのよね。」
さすがにそれはない。圭太は文句を言おうと、桜子の前にたとうとした。そのとき、キッチンから真二郎が箱を二つ持ってきた。
「姉さん。こういう感じで良いかな。」
「えぇ。結構よ。あぁ、包装紙だけでリボンはしなくても良いから。得意先に挨拶に行くだけだし。」
「のしは?」
響子がそう聞くと、桜子は不機嫌そうに口をとがらせた。そして隣にいる女性が響子に声をかける。
「お願いします。」
けたたましく真二郎にたまには帰ってくるように言った桜子は、その包みを手にして出て行ってしまった。まるで嵐のような人だと思う。
響子がもっと毒をはくかと思ったが、もう半分諦めているのか何も言わなかった。
「けたたましい人だね。本当に真二郎の姉さんなの?」
千鶴がそう聞くと、真二郎は少し笑って言う。
「職場はばれたくなかったけどなぁ。」
「客だから対応したけど、乗り込んでくるようなら営業妨害って言うからな。」
圭太が珍しく毒をはく。本当はもっと言いたいのだが、罵倒された本人である響子が何も言わなかったからだ。
「響子。」
真二郎は居つも通り仕事をしている響子に声をかけた。
「何?」
「……気にしなくても良いから。姉さんのことは。」
「気にしていないわ。相変わらずって思っただけだし。」
「響子。」
「どうせ敵視されているのよ。」
口だけだ。コーヒー豆をつぶす見るの音が激しい。それだけ響子もいらついていたのだ。
「申し訳ございません。こちらのコーヒーは今日はもう無くなってしまいました。」
「えー?そうなんだぁ。」
「だったら違うので良いよ。他のも美味しいし。」
真夏の日差しが続いているのに、ホットコーヒーもよく出るものだ。だがやはりでるのは冷たい飲み物だろう。
「かき氷食べたいな。」
千鶴はそう言ってタウン誌に載っているかき氷特集を開いた。最近はかき氷もいろんな味があったり、付け合わせに乗っているフルーツやミルクも美味しそうだ。
「これはあれだな。パフォーマンスみたいなモノもある。」
「見た目は大事だよ。あぁ、いらっしゃいませ。」
タウン誌を閉じて、千鶴は客を迎える。それに興味がないのか、カウンターに置かれたタウン誌を見ようともしない響子は、相変わらず業者が持ってきた茶葉の種類を見ているようだ。
「どこの奴?」
圭太がカウンター越しに聞くと、響子はそちらを見ずに言った。
「アジアの方ね。そっちの方に営業が力を入れているのかしら。」
「あっちの方が人件費とか少なくて良いし、真面目だしな。それに輸送コストも押さえられる。」
「なるほどね。これはミルクティーが良いかも。アイスのミルクティーも悪くないわね。味がぼんやりしているかもしれないけど。」
するとキッチンから真二郎が箱を片手にやってきた。
「オーナー。三千円くらいのお土産物って、これくらいで良いかな。」
そう言って真二郎は圭太に箱の中身を見せる。
「お客様に聞いてみる。箱、貸して。」
相変わらず真二郎がカウンターに出てきただけで、女性客がわずかに色めき始める。だが真二郎はその視線に耐えきれないように、すぐにキッチンに戻っていこうとした。そのときだった。
「いらっしゃいませ。」
千鶴が声をかける。女性の二人組の客だ。ここの客は、どちらかというと暇な主婦とか、大学生などの比較的昼間に自由にできている人が多い。だからこういうビジネススーツを来ているような客は珍しい。
特に後ろにいた女性は目立つようだ。濃い化粧で、口紅がとても赤い。まるで唇だけが浮いているような気がする。
「真二郎。」
その赤い口紅の女性が、真二郎を見てぱっと顔を明るくさせた。
「姉さん。」
対して真二郎は少しひきつっているようだった。あまり会いたくないのだろう。
「姉さん?」
箱をカウンターに戻してきた圭太は不思議そうに、その女性を見ていた。だがすぐに我をとり戻すと、女性たちに近づく。
「いらっしゃいませ。イートインでしょうか。」
「いいえ。お土産物を包んで欲しいんだけれど、三千円くらいのものを二つ。」
「焼き菓子でよろしいでしょうか。」
「というと?」
もう一人の女性が圭太の説明を聞いている間、その赤い口紅の女性がカウンター越しの真二郎に近づいてくる。
「あなた、ここにいたなんて何で知らせてくれなかったの。それにまだこのこと一緒にいるなんて……。」
この子というのは、響子のことだろう。響子にはとても厳しいらしい。
「響子。これ、包んでくれよ。それから真二郎。さっきのヤツ、二つ作って。」
「うん。」
まだ文句がいいたり無いような姉を後目に、真二郎はまたキッチンに戻っていく。そして圭太は、にっこりと笑い名刺を取り出した。
「オーナーの新山です。遠藤の身内の方ですか。」
「えぇ。姉よ。」
そう言って姉も名刺を取り出す。そこには圭太もよく知っている外資系の企業の名前が書かれてあった。そしてその部長らしい。若そうに見えるが、とてもやり手なのだろう。
「……マーサーってあの?」
「そう。」
身内がそんな立場のある人だと思っていなかった。そして名前を見ると遠藤桜子と書いてある。
「ご挨拶が遅れました。すいません。」
「全くだわ。やっとあの古ぼけた喫茶店から出たって聞いたのに、今度はこんなぽっと出のカフェにいるなんてね。オーナーさん。あの子、有名ホテルの主席のパティシエだったのよ。ご存じかしら。」
「えぇ。聞いてます。」
ざっと真二郎のことは聞いている。高校を出て、小さなケーキ屋の下働きをしながら製菓の勉強をし、数年留学をしたあと、この国に戻ってきて有名ホテルで腕を振るっていた。
だがどうしても男関係と、響子の店で副職をしていたことがそのホテルをクビになった理由だという。
「なんてことかしら。本宮響子と一緒にいなければ、もっと世界が広がったはずなのに、何でこんな小さい店にいるのかしら。たかがコーヒーなのに、困った子。素直で、従順だったのに、あの女がたぶらかしているのよね。」
さすがにそれはない。圭太は文句を言おうと、桜子の前にたとうとした。そのとき、キッチンから真二郎が箱を二つ持ってきた。
「姉さん。こういう感じで良いかな。」
「えぇ。結構よ。あぁ、包装紙だけでリボンはしなくても良いから。得意先に挨拶に行くだけだし。」
「のしは?」
響子がそう聞くと、桜子は不機嫌そうに口をとがらせた。そして隣にいる女性が響子に声をかける。
「お願いします。」
けたたましく真二郎にたまには帰ってくるように言った桜子は、その包みを手にして出て行ってしまった。まるで嵐のような人だと思う。
響子がもっと毒をはくかと思ったが、もう半分諦めているのか何も言わなかった。
「けたたましい人だね。本当に真二郎の姉さんなの?」
千鶴がそう聞くと、真二郎は少し笑って言う。
「職場はばれたくなかったけどなぁ。」
「客だから対応したけど、乗り込んでくるようなら営業妨害って言うからな。」
圭太が珍しく毒をはく。本当はもっと言いたいのだが、罵倒された本人である響子が何も言わなかったからだ。
「響子。」
真二郎は居つも通り仕事をしている響子に声をかけた。
「何?」
「……気にしなくても良いから。姉さんのことは。」
「気にしていないわ。相変わらずって思っただけだし。」
「響子。」
「どうせ敵視されているのよ。」
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