彷徨いたどり着いた先

神崎

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営業

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 用意してくれたテーブルでコーヒーを淹れる。その手つきは、いつもやっているという響子の言葉が真実味を増している。
 そして六人の前に二種類のコーヒーが置かれた。六人とはつまり、圭太、真二郎、圭太の叔母である淳子、料理長、結婚式の責任者、そしてドルチェ担当の男だ。
「味がまるで違うわ。私、あまりブラックは飲まないのだけど、とても飲みやすいわ。」
「こちらは少し濃いめですね。」
 すると響子は少し笑って言う。
「もしチョコレート系のケーキを言われたらこちらが良い。味が濃いものはコーヒーの味を薄くすると、コーヒーの味を感じない。濃くすれば調和する。紅茶もそうするつもり。」
「提案は夏みかんだと言っていたから、こっちのコーヒーを淹れるつもりですか。」
 料理長が聞くと、響子はまだ首を傾げる。
「それはあくまでうちで淹れているもの。ケーキに合わせた豆を選択するし、焙煎もそれにあわせるわ。うちはケーキ屋だもの。デザートに合わせたコーヒーを淹れる。喫茶店なら、自分の好きなモノを淹れるけれど。」
 その言葉に圭太は少し笑った。これでも響子は譲歩しているのだとわかったから。
「なるほど。飲み物くらいはこちらで用意すると思っていたのですが、コーヒーや紅茶はやはりそちらにあわせた方がいいようだ。こうなってくると料理も少し考えるモノがあるな。本宮さん。お酒は飲まれますか。」
「それなりに。」
 そう言った響子に、真二郎が少し笑った。
「それなり?ざるじゃない。」
「うるさいな。」
「いつかおじいさんがもらった大吟醸を水みたいに飲んだって、相当怒ってたよ。」
「水みたいだったもの。それも相当上質な。」
 考えてみれば二人と飲んだことはない。酒が強いとか弱いとか、何が食べれないとか聞いたこともなかった。圭太はそう思いながら、もう二人のペースになってしまったこのうち合わせを、呆れたように見ていた。

 ホテルを出て、駅へ向かう。時間はもう遅い。さすがにビジネスマンやOLの姿はあまりなかった。代わりに道沿いにあるイタリアンの店やフレンチの店には客が多い。飲み屋はこれからが本番なのだ。
「腹減ったな。何か食っていくか。」
 たまには二人を誘いたい。いつも二人の世界なのだ。食事でもして話でも出来ればいいと思ったのだ。
「ここで?こんな気取ったところは一刻も出たいと思ってんだけど。」
 響子はとりつく島もない。イヤなモノはイヤと言えるのだから。
「お前等自炊?」
 その言葉に響子は言葉を詰まらせた。基本自炊で、もし真二郎がウリセンで食事をしてこなかったら、真二郎の分も用意していたのだから真二郎も自炊にはいるだろう。だがそれを言えば同居しているのがばれる。
「昔は響子は自炊していたね。」
 真二郎はそう言うと、響子は少しほっとしたように言った。
「今も自炊しているわ。あなたはどうなの?」
「客に食べさせてもらうこともあるけどね。」
 そうだった。こいつはそうやって食事をすることもあるのだ。おそらく高い焼き肉屋や回っていない寿司屋に行くこともあるのだろう。
「そこにさ、めっちゃうまいイタリアンがあるんだよ。バルみたいな。」
「冗談でしょ?帰ろうよ。」
「そうだね。終電無くなるし。」
 思ったよりも打ち合わせが長くなってしまったのだ。
「だったらお前等が住んでる街で飯食うか。どこだ。近所だってんだから、最寄り駅も同じだろ?」
 すると響子は少しため息をついていった。
「K町。」
「あ?繁華街じゃん。あんなところにアパートなんか……。」
「あるのよ。ホストとか、ホステスとかが住んでるところ。」
「高いんじゃないのか。」
「そうでもないよ。探せばある。」
「ふーん。そんなもんか。だったらそこまで行こうぜ。俺、帰りはタクシーで帰るわ。」
 何も考えていないのか。圭太は何を考えているのかわからないところがある。知っていて言っているのだったらたちの悪い男だ。

 K町は、ほとんどが繁華街。入り口には普通に居酒屋やバーもあり、早い時間なら家族連れの姿を見ることもある。もっとも今の時間では、サラリーマンやOLが中心だ。
「おー、真だ。」
 歩いていると真二郎が声をかけられる。この辺で真二郎はちょっとしたモノだったのだ。
「お前、目立つな。」
 イタリアンが中心の居酒屋で、三人はテーブル席に着くと圭太がそういって真二郎をからかった。
「この通りだからね。」
「お前、その髪染めてんの?」
「髪の色?残念ながら地毛でね。俺、お祖父さんがヨーロッパの人らしくて、隔世遺伝って言うのかな。父親は普通にこっちの人っぽい顔立ちなのにね。」
 真二郎の家は代々続く名家だった。先祖をたどれば人間国宝なんかがごろごろ出てくる。だが真二郎はいわゆる愛人の子供だったため、本家で育てられることはなかった。
 だがその血が入っているからと言って、真二郎は昔から厳しく育てられていた。それが綺麗な所作を今でも受け継がれているのだろう。
「ワイン頼むか。ボトルいけるか?」
「そうしよう。そっちの方が安くあがるかもね。」
 ワインの詳しいモノはわからない。だが出てきたワインは、トマトソース味の肉団子によく合っていた。
「こういうのって家では作れないわねぇ。」
「一人分だと難しいよな。俺も自炊はしてるけど、一人だとどうしてもぱっと作れるモノにするわ。」
「オーナーって、案外まめだよね。」
「食うモノくらいケチりたくねぇじゃん。美味いモノって国籍を越えるし。」
「そうだね。」
「美味しいと思うモノは、自分の体に足りないものだって言われてるわ。だからスポーツをしたあとの水が美味しいのは、水分が足りてないから。」
「そんなもんかね。」
 そのときその店に数人の女が入ってきた。どこかの風俗嬢か、キャバクラ嬢か、そんな格好をしていてとてもけばけばしい。同じ女なのに、響子はとても地味に見える。
「お前もあんな格好すればいいのに。」
 響子にもその女性たちの姿が見えたのだろう。首を横に振って言う。
「私もう二十八なんだけど。二十八でミニスカートって厳しくない?」
「まぁ、俺、がばって足を出してるのよりもちらっと見える方が好きだけどな。」
「変態。」
「あ?」
 ワインを口に入れようとグラスを手にする。そのとき一人の女性が三人のテーブルに近づいてきた。
「姉さん。」
 その言葉に、響子は顔を上げる。そこには妹である夏子がいたのだ。
「夏子。仕事終わり?」
「そう。さっきまで撮影でさ。みんなでご飯でもって思って。そちらは……あぁ。真二郎じゃない。」
 けたたましい女だ。それに響子の妹のようだが全く違う生き物に見える。膝上何センチだろうと思うミニスカートと、少しかがめば谷間の見えるシャツ。何センチあるのかわからないヒール。真二郎が一番苦手にしているタイプに見える。
「何?あんたまだ姉さんの腰巾着してんの?」
「腰巾着じゃなくて、うちのパティシエだよ。」
「うちの?あぁ。オーナーなんだ。へぇ若いのねぇ。あたし、夏子って言うんだけど、芸名は愛蜜。」
「愛……。」
 驚いた。どこかで見た顔だと思ったのは気のせいではなかった。
 まさか響子の妹が、AV女優の愛蜜だとは思ってなかったからだ。
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