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新しいカフェが住宅街の一角に出来た。古い洋風の建物は、元々古道具屋だったらしい。そのアンティークの時計がオーナーである新山圭太は、わりと好きだった。クローバーの飾りをつけているところから屋号も「clover」と名前を付けたくらい気に入っている。
手巻きの時計は一日一度ネジを巻く必要があるが、それがまたいい味を出していた。それを掃除しながら、圭太は少し笑っていた。
開店前の店内はコーヒーの匂いと、ケーキの甘い匂いが立ちこめる。ここは基本ケーキ屋になるのだろう。希望すればケーキを持ち帰ることも出来るし、コーヒーも持ち帰りは可能だ。
「真二郎。今日のケーキ出してくれる?」
「うん。今焼けた。」
喫茶を楽しむための机やテーブルがある店内。その一角に喫茶のコーナーがある。そこに響子がコーヒーなどの飲み物を入れ、その奥にキッチンスペースがある。そこに真二郎がいてデザートや軽食を作っているのだ。
長い髪をまとめて白い帽子をかぶっている真二郎が、そのキッチンスペースから顔をのぞかせて、手にケーキが乗った皿を響子に手渡す。
「ベリーのケーキ?」
「上はムースになってる。最近暑いからね。こういうさっぱりしたものがでると思うよ。」
「わかったわ。今日はこっちのコーヒーをケーキセットに合わせるわ。オーナー。味を見てくれる?掃除が終わったらで良いから。」
真二郎はそれを聞いてまたキッチンに戻る。そして圭太はカウンターに近づくと、淹れてくれたコーヒーとケーキを一口ずつ口に入れた。
「うん。良いと思う。」
「毎日そう言っているわよね。詳しい味の違いなんかわかるの?」
「俺をなんだと思ってんだ。」
「あぁそうね。「ヒジカタコーヒー」でナンバーワンの売り上げ実績を持つんだっけ?それでも甘いものは苦手なんて、手に負えないわ。早く千鶴が来てくれないかな。」
「うるさいな。」
数ヶ月一緒にいれば、響子のこの毒舌にも慣れてきた。いちいち起こるのも面倒だ。それに営業中になれば、響子は何も語らない。ただ黙々とコーヒーや紅茶を入れたり、オーダーされたケーキを盛りつけたりしている。
「おはようございます。」
開店前に来るのは、パート勤務をしている御影千鶴だった。十一時開店のこの店で十七時まで千鶴はここにいるのだ。フロアにいるのは基本圭太しかいない。なのでそのヘルプをしているのだ。
「千鶴さん。ケーキとコーヒーの味を見てくれないかしら。」
「わぁ。今日のケーキすごい美味しそう。いつもだけど、コーヒーの匂いも良いし。」
バッグを手にしたまま千鶴はケーキにフォークを刺して口に入れる。
「美味しい。ムースが柔らかくて甘酸っぱくて、コーヒー薄めだから邪魔もしないし。響子。今日は紅茶の方が出るかもしれないわ。」
「そうね。今日の発注で紅茶を多めに入れるわ。さすが女性ね。詳しい味の解説もしてくれるし。」
すると圭太は不機嫌そうに響子にいう。
「うるさいな。味音痴みたいなことをいわないでくれよ。」
「大体何で甘いものが苦手な割に、何でケーキ屋を出そうと思ったのかしら。」
「あーもう。こういう住宅街にはこういう店がはやるんだよ。ほら。これ見ろよ。」
タウン誌を広げて、二人に見せる。そこには「clover」の紹介記事が載っていた。
「この記事かいた人ってあの女性記者でしょ?」
「真二郎を狙ってた感じがあったわね。」
こそこそと響子と千鶴が話していると、圭太は不機嫌そうにタウン誌をしまう。
「良いから千鶴。もう着替えて来いよ。」
「はーい。あ、オーナー。今日私、十六時であがって良い?」
「どうしたんだよ。」
「真昼が今日、幼稚園の遠足で早く帰ってくるのよ。迎えに行かなきゃ。」
「あーそう。わかった。」
シングルマザーの千鶴はこういうところが不便かもしれない。だが千鶴の接客は悪くない。接客をしていれば、女性の機嫌も男の機嫌も損ねない方がいいのだ。それが響子には出来ない。何でも正直に言えるのは、悪いことではないがメリットは少ない。
薄くジャズが流れる店内にコーヒーの匂いが立ち上る。ゆっくりじっくりと淹れるコーヒーは、今日も評判が良いようだ。
「別の飲み物みたいね。とても美味しいコーヒーだったわ。それにケーキも美味しかった。また来るわね。」
どこかの社長の奥さんだろうか。そんな人も黙って帰ってしまう。こういう客を捕まえるととてもあとが楽なのだ。
「すいません。ブレンド、テイクアウトできます?」
「はい。少々お待ちください。」
カウンターの向こうでは、響子がコーヒーを淹れている。その手つきは、とても慣れていて昔からそれをしていたというのが真実味を増す。
「テイクアウトのフレンドワン。」
「了解。」
ほとんどホールの人とは話をしない。客であれば尚更だ。無表情にコーヒーを淹れる響子の姿に、最初は客も気になっていたようだが口を開けばトラブルになるのは目に見えている。なので、何もいわないのは返って都合が良い。
「クレープ二上がり。」
盛りつけをするのは響子だが、響子の手が放せないときはキッチンにいる真二郎が盛りつけをする。逆に真二郎が手が放せないときは響子が手伝うこともある。
キッチンとバーカウンターは持ちつ持たれつの関係で、千鶴や圭太が手を出すことはなかった。
そして何よりも真二郎がキッチンから出てくると、客がわっと盛り上がる。この世のものかというくらい綺麗な顔立ちをしている男なのだ。圭太だって悪くはないが、真二郎に比べれば見劣りはする。それが少し悔しかったが、真二郎は表にあまり出たくないとフロアには一切でない。カウンターの向こうは二人の世界だ。
「っていうよりも、二人の職場でしょう?」
客が落ち着いたフロアでテーブルを拭きながら、千鶴は圭太に言った。
「だけどさぁ。手伝おうかっていっても「素人が手を出さなくても良い」なんて言われたら、ムキになるだろう?」
「そりゃそうだよ。だってずっと二人か三人で店をしてたんだから、私たちよりも長いキャリアがあるわけだし。」
「そんなもんかね。」
それだけの関係ではないと思う。二人は口には出さないが、ただの関係ではない。
店を閉めて帰るとき、二人はいつも同じ方向に帰る。繁華街の方向。近所に住んでいるというが、二人とも住んでいる詳しい場所は知らないし、行ったこともない。
幼なじみだという二人。真二郎が綺麗な顔をしているので気がつかないが、響子だって顔立ちは悪くないのだ。むしろ美人な方だろう。
だが口を開けばあんな性格なので、女として見れないだけだ。
手巻きの時計は一日一度ネジを巻く必要があるが、それがまたいい味を出していた。それを掃除しながら、圭太は少し笑っていた。
開店前の店内はコーヒーの匂いと、ケーキの甘い匂いが立ちこめる。ここは基本ケーキ屋になるのだろう。希望すればケーキを持ち帰ることも出来るし、コーヒーも持ち帰りは可能だ。
「真二郎。今日のケーキ出してくれる?」
「うん。今焼けた。」
喫茶を楽しむための机やテーブルがある店内。その一角に喫茶のコーナーがある。そこに響子がコーヒーなどの飲み物を入れ、その奥にキッチンスペースがある。そこに真二郎がいてデザートや軽食を作っているのだ。
長い髪をまとめて白い帽子をかぶっている真二郎が、そのキッチンスペースから顔をのぞかせて、手にケーキが乗った皿を響子に手渡す。
「ベリーのケーキ?」
「上はムースになってる。最近暑いからね。こういうさっぱりしたものがでると思うよ。」
「わかったわ。今日はこっちのコーヒーをケーキセットに合わせるわ。オーナー。味を見てくれる?掃除が終わったらで良いから。」
真二郎はそれを聞いてまたキッチンに戻る。そして圭太はカウンターに近づくと、淹れてくれたコーヒーとケーキを一口ずつ口に入れた。
「うん。良いと思う。」
「毎日そう言っているわよね。詳しい味の違いなんかわかるの?」
「俺をなんだと思ってんだ。」
「あぁそうね。「ヒジカタコーヒー」でナンバーワンの売り上げ実績を持つんだっけ?それでも甘いものは苦手なんて、手に負えないわ。早く千鶴が来てくれないかな。」
「うるさいな。」
数ヶ月一緒にいれば、響子のこの毒舌にも慣れてきた。いちいち起こるのも面倒だ。それに営業中になれば、響子は何も語らない。ただ黙々とコーヒーや紅茶を入れたり、オーダーされたケーキを盛りつけたりしている。
「おはようございます。」
開店前に来るのは、パート勤務をしている御影千鶴だった。十一時開店のこの店で十七時まで千鶴はここにいるのだ。フロアにいるのは基本圭太しかいない。なのでそのヘルプをしているのだ。
「千鶴さん。ケーキとコーヒーの味を見てくれないかしら。」
「わぁ。今日のケーキすごい美味しそう。いつもだけど、コーヒーの匂いも良いし。」
バッグを手にしたまま千鶴はケーキにフォークを刺して口に入れる。
「美味しい。ムースが柔らかくて甘酸っぱくて、コーヒー薄めだから邪魔もしないし。響子。今日は紅茶の方が出るかもしれないわ。」
「そうね。今日の発注で紅茶を多めに入れるわ。さすが女性ね。詳しい味の解説もしてくれるし。」
すると圭太は不機嫌そうに響子にいう。
「うるさいな。味音痴みたいなことをいわないでくれよ。」
「大体何で甘いものが苦手な割に、何でケーキ屋を出そうと思ったのかしら。」
「あーもう。こういう住宅街にはこういう店がはやるんだよ。ほら。これ見ろよ。」
タウン誌を広げて、二人に見せる。そこには「clover」の紹介記事が載っていた。
「この記事かいた人ってあの女性記者でしょ?」
「真二郎を狙ってた感じがあったわね。」
こそこそと響子と千鶴が話していると、圭太は不機嫌そうにタウン誌をしまう。
「良いから千鶴。もう着替えて来いよ。」
「はーい。あ、オーナー。今日私、十六時であがって良い?」
「どうしたんだよ。」
「真昼が今日、幼稚園の遠足で早く帰ってくるのよ。迎えに行かなきゃ。」
「あーそう。わかった。」
シングルマザーの千鶴はこういうところが不便かもしれない。だが千鶴の接客は悪くない。接客をしていれば、女性の機嫌も男の機嫌も損ねない方がいいのだ。それが響子には出来ない。何でも正直に言えるのは、悪いことではないがメリットは少ない。
薄くジャズが流れる店内にコーヒーの匂いが立ち上る。ゆっくりじっくりと淹れるコーヒーは、今日も評判が良いようだ。
「別の飲み物みたいね。とても美味しいコーヒーだったわ。それにケーキも美味しかった。また来るわね。」
どこかの社長の奥さんだろうか。そんな人も黙って帰ってしまう。こういう客を捕まえるととてもあとが楽なのだ。
「すいません。ブレンド、テイクアウトできます?」
「はい。少々お待ちください。」
カウンターの向こうでは、響子がコーヒーを淹れている。その手つきは、とても慣れていて昔からそれをしていたというのが真実味を増す。
「テイクアウトのフレンドワン。」
「了解。」
ほとんどホールの人とは話をしない。客であれば尚更だ。無表情にコーヒーを淹れる響子の姿に、最初は客も気になっていたようだが口を開けばトラブルになるのは目に見えている。なので、何もいわないのは返って都合が良い。
「クレープ二上がり。」
盛りつけをするのは響子だが、響子の手が放せないときはキッチンにいる真二郎が盛りつけをする。逆に真二郎が手が放せないときは響子が手伝うこともある。
キッチンとバーカウンターは持ちつ持たれつの関係で、千鶴や圭太が手を出すことはなかった。
そして何よりも真二郎がキッチンから出てくると、客がわっと盛り上がる。この世のものかというくらい綺麗な顔立ちをしている男なのだ。圭太だって悪くはないが、真二郎に比べれば見劣りはする。それが少し悔しかったが、真二郎は表にあまり出たくないとフロアには一切でない。カウンターの向こうは二人の世界だ。
「っていうよりも、二人の職場でしょう?」
客が落ち着いたフロアでテーブルを拭きながら、千鶴は圭太に言った。
「だけどさぁ。手伝おうかっていっても「素人が手を出さなくても良い」なんて言われたら、ムキになるだろう?」
「そりゃそうだよ。だってずっと二人か三人で店をしてたんだから、私たちよりも長いキャリアがあるわけだし。」
「そんなもんかね。」
それだけの関係ではないと思う。二人は口には出さないが、ただの関係ではない。
店を閉めて帰るとき、二人はいつも同じ方向に帰る。繁華街の方向。近所に住んでいるというが、二人とも住んでいる詳しい場所は知らないし、行ったこともない。
幼なじみだという二人。真二郎が綺麗な顔をしているので気がつかないが、響子だって顔立ちは悪くないのだ。むしろ美人な方だろう。
だが口を開けばあんな性格なので、女として見れないだけだ。
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