或る殺人者が愛した人

神崎

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突然 の 別れ

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 次の日からまた仕事で、私は忙しい毎日を過ごしていた。
 しかし同じ毎日かと思っていたが、時は少しずつ変わっていく。
 桐を批判していたあの谷屋馨という重鎮の官能小説家が、倒れてしまったのだ。原因は膵臓ガンだという。膵臓は沈黙の臓器といわれるほど、発券までに時間がかかってしまう病気だ。
 倒れるほど痛みがあるようなら、もう手遅れかもしれないと編集長も心配そうだった。
 うちにあるこの小説が遺作になるかもしれないと、内心は喜んでいるだろうに。
 それでもお見舞いには行かないといけないだろう。事情を話すと、編集長は快く私を送り出してくれた。
 花を手にして、入院している病院へ向かう。伊勢さんのお父さんやお母さんがいる病院ではなく、大きな大学病院だったのが救いだった。
「依。」
 エレベーターから降りてきたのは、桐だった。
「桐。」
「谷屋先生の見舞い?」
「そう。」
「今行かない方がいい。」
「どうして?」
「ガンは末期で、手の施しようがない。しかも肺やリンパにも転移していることがわかった。それがわかってから谷屋先生は、周りに当たりまくっている。俺も行って、随分責められた。死ねばいいのにって思ったくらいだ。」
「そんなこと言ってはいけないわ。」
「まぁな。余命は3ヶ月だろうって言ってたし、放っておいても死ぬだろ。」
「桐。」
「冗談。」
 桐の表情は変わらなかったが、内心とてもいらついていたのだろう。そこまで人を批判することはなかったのに。
「でもそんな状況なら、もう少ししていくことにするわ。小説が1本うちにストックがあるの。それが出るようだったら、見本を持って行くことにするわ。」
「それくらいがいいだろうな。」
 この花はどうしようか、そう思ったときだった。携帯電話のベルが鳴った。
「…あ、ごめん。電話だわ。」
 見たことのない番号だった。私はそれに出る。
「もしもし。」
「あぁ。佐藤依さんの携帯電話だろうか。」
「はい。」
「刑事の内海だが。」
「あぁ。内海さん。どうしました。」
 内海さんの次の言葉に、私は携帯電話を落としてしまった。
「え…。」
 嘘。嘘でしょう。
 頭の中が白くなる。
「…依?」
 座り込んでしまった私に、桐が手をさしのべた。
「依。どうしたんだ。」
 その様子を見た看護師が、近づいてくる。
「どうしました。どこか体調でも?」
「いいえ。体調は…大丈夫です。」
 ぽつりと言った言葉が、奇跡のようだ。私はその花をおいて、立ち上がるとふらふらと歩いていった。出口ではない。どこかへと。
「依。どこへ行くんだ。」
 桐が近づいてくる。しかし私はその桐も無視して、ただひたすらに歩いていった。

「伊勢は前に君が婚約者だと言っていた。それにあいつには今は「身内」と言える人がいない。両親もまだ事故で意識不明だし。君に連絡を付けたのだ。」
 一呼吸おいて、内海さんは私に言う。
「伊勢が殺された。」
 伊勢さんが担当していたのは、組織的な犯罪対策部。その中でも暴力団やヤクザを担当していた。当然のように伊勢さんはその中でも顔が割れていた。
 元々伊勢さんは仕事熱心な方で、のめり込むタイプだ。それがヤクザなんかにとって目障りだったのだろう。
 ヤクザ同士の抗争に巻き込まれたという名目で、流れ弾に打たれ彼は命を落としたのだという。
 警察病院の地下にて、伊勢さんは動かなくなっていた。数発の銃弾は彼の命を落とすのに十分だったのかもしれない。
「依。」
 桐が声をかけてくる。しかし何も答える気力はなかった。
 最後。何も私は声をかけることはできなかった。
「…佐藤さん。時間だ。」
 内海さんがそういって私をその場から出してくれた。
 桐と一緒につれてこられたのは、その病院のエントランス。冬の日差しが柔らかく届くそんな場所。人通りは少ない。当然だろう。普通の病院ではないのだから。
「本来なら伊勢の母親から、君に伊勢の遺体を会わせないでほしいと言われていたのだが…。」
「何で?」
 桐が聞いてきた。
「伊勢の母親はずっと佐藤さんを責めていてね。父親が飛行機事故で植物人間状態になったのは、佐藤さんのせいだと信じているんだよ。」
「そんなことはないだろう。事故だったんだろうし…。」
「あぁ。事故だった。だが、人が死ぬと言うことは誰かのせいにしたくなるモノなんだよ。」
「…。」
「佐藤さん。また君は自分を責めるかもしれないので言っておくが、伊勢が死んだのは殉職だ。君のせいじゃない。」
「いいえ…私のせいです。」
 私が「死に神」だから。
 伊勢さんは私に関わってしまったから。
 伊勢さんが私を愛してくれたから。
 だから伊勢さんは死んだ。
「私が…。」
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