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偽造 の 犯人
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戸口三郎の妻は戸口がいなくなったあと、戸口からの僅かな仕送りとパートで生計を立てていた。二人の子供はまだ学生で金がかかるかららしい。
二人の子供も出来る限り協力し、バイトと学業の両立に努めていた。そして数年前、二人目の子供が大学を卒業し、妻は長い勤めを終えたように見える。
気がつけば若かった自分の顔に生きた証が刻まれ、髪は白いモノが目立っている。もう若くはない。そして生きているのは金を送ることによってわかるだけの自分の夫を思う。
もう死んだことにしよう。
長く戸棚の引き出しに置いてあった離婚届を明日、夫に郵送する。そう決めていたときだった。
「犯人は見つかったのですか。」
私は内海さんに聞いてみた。すると伊勢さんは一通の封筒を取り出し、私の前の置いた。
「中身を見てくれ。声を出さないようにな。」
「伊勢。そんなモノを一般人に見せるなんて…。」
「内海さん。もう彼女は一般人ではない。関係者でもある。見てもらう権利はありますよ。」
「しかし…。」
「あとのケアはワタシがします。」
伊勢さんはそう言って私の前にその資料をつきだした。それを開いてみる。そこには数枚の紙と、写真があった。
写真には死体が写っていた。おそらく居間であろうその一角に鴨居があり、そこに死体がぶら下がっていた。長い髪の女性で、表情まではわからない。おそらく目をふさぎたくなるような表情なのだろう。
もう一枚の写真には、その遺体の首もとが写っていた。二本の線がある。
「…他殺ですね。」
写真を見ただけでそう答える私に、二人は驚いたように私をみた。
「そう思うか。」
「えぇ。この下の首もとの線が死因でしょう。たっている状態で首を絞められた。被害者はあまり小柄なタイプでもなかったため、肩と平行にしか首を絞められなかった。死んだあとに自殺に見せかけるため、鴨居から吊し上げたと思います。」
死体を見て顔色を変えるだけではなく、分析までしているのが異様だったのかもしれない。その様子に伊勢さんすら表情を僅かに変えていた。
「犯人は小柄な人間だと思うかね。」
内海さんはそう言って私を見上げる。
「そうだと思います。」
「だがね、犯人は自首してきたのだよ。その人が次の写真だ。」
次の写真を見たとき、私の予想は大きく外れていたことを思い知らされた。
「…え?」
そこに写っていたのは一人の若い男だった。全体が写る写真には、手足の長いがっちりした背の高い男が写っている。
「…木原悟。25歳の近所の男らしい。目的は金目当てだといっていた。実際この男には多額の借金がある。そして言っていることもおかしいところはない。」
「…。」
「家からこいつの指紋も出てきた。こちらの考えでは、この男がひざを突いて戸口の妻を殺したと考えている。」
「…そうですか。私の予想は外れたのですね。大した名探偵だったこと。」
資料を封筒の中に戻し、コーヒーに口を付けようとしたときだった。
「この男に見覚えは?」
「…無いですね。」
「そうか。しかし木原の口からは君の名前が出ているのだよ。」
その言葉に私は思わずコーヒーをこぼしそうになった。
「私の?」
「あぁ。改めて写真を見て欲しい。見覚えはないだろうか。」
封筒からまた写真を撮りだした。そして写真をじっと見る。しかし彼に見覚えはない。
「無いですね。」
「しかしだね…。」
するとその会話に業を煮やしたのか、伊勢さんが口を挟んだ。
「内海さん。木原は戸口の妻を殺したと言っている。その目的は金だけではないとワタシは思う。」
木原の目的が金だけであれば、こんな手の込んだ事をするだろうか。盗みだけが目的であれば殺人をする事もないだろう。
おそらく指示をした人間がいる。私の両親を殺した戸口のように。
「指示した人間も実行犯と同じ罪に処されるべきだ。」
伊勢さんはそう言って内海さんを黙らせた。
「…。」
「依さん。」
写真をじっと見ていた私に伊勢さんは声をかけた。
「はい。」
「どうだろう。この男に会ってみないだろうか。」
「…私が?」
「伊勢。それは…。」
「実際会ってみると思い出すこともあるかもしれない。大丈夫だ。君に何があっても、ワタシが全力を持って君を守る。」
内海さんの声を遮ってまで、そして内海さんの前でも私を守るといってくれた伊勢さん。私はその写真を封筒にしまう。
「今から私は仕事です。そのあと、今日の夜、お伺いしてもいいでしょうか。」
「…何時になる。」
「19時で。」
「わかった。迎えにこよう。」
「お願いします。」
「伊勢。そんな勝手なことを…。」
コーヒーを飲み干し、伊勢さんは内海さんの方を向く。
「勝手なことかもしれませんが、事件を解決させるためにはそれが手っ取り早い。それに真犯人がそれで逃げられてしまうよりは、ましでしょう。」
「真犯人?伊勢。お前は他に犯人がいると?」
「えぇ。おそらく木原は影武者なのかもしれません。」
伊勢さんははじめからこの男が犯人だと思っていなかったのだろう。そして内海さんもそう思っていた。しかし上からの指示は早く事件を解決したいため、木原を犯人だと決めつけていた。
もしもそれが冤罪だとしたら。
そしてまた殺人事件が起きてしまったら。それこそが警察の失態になるのだろう。それだけは避けたいことだった。
二人の子供も出来る限り協力し、バイトと学業の両立に努めていた。そして数年前、二人目の子供が大学を卒業し、妻は長い勤めを終えたように見える。
気がつけば若かった自分の顔に生きた証が刻まれ、髪は白いモノが目立っている。もう若くはない。そして生きているのは金を送ることによってわかるだけの自分の夫を思う。
もう死んだことにしよう。
長く戸棚の引き出しに置いてあった離婚届を明日、夫に郵送する。そう決めていたときだった。
「犯人は見つかったのですか。」
私は内海さんに聞いてみた。すると伊勢さんは一通の封筒を取り出し、私の前の置いた。
「中身を見てくれ。声を出さないようにな。」
「伊勢。そんなモノを一般人に見せるなんて…。」
「内海さん。もう彼女は一般人ではない。関係者でもある。見てもらう権利はありますよ。」
「しかし…。」
「あとのケアはワタシがします。」
伊勢さんはそう言って私の前にその資料をつきだした。それを開いてみる。そこには数枚の紙と、写真があった。
写真には死体が写っていた。おそらく居間であろうその一角に鴨居があり、そこに死体がぶら下がっていた。長い髪の女性で、表情まではわからない。おそらく目をふさぎたくなるような表情なのだろう。
もう一枚の写真には、その遺体の首もとが写っていた。二本の線がある。
「…他殺ですね。」
写真を見ただけでそう答える私に、二人は驚いたように私をみた。
「そう思うか。」
「えぇ。この下の首もとの線が死因でしょう。たっている状態で首を絞められた。被害者はあまり小柄なタイプでもなかったため、肩と平行にしか首を絞められなかった。死んだあとに自殺に見せかけるため、鴨居から吊し上げたと思います。」
死体を見て顔色を変えるだけではなく、分析までしているのが異様だったのかもしれない。その様子に伊勢さんすら表情を僅かに変えていた。
「犯人は小柄な人間だと思うかね。」
内海さんはそう言って私を見上げる。
「そうだと思います。」
「だがね、犯人は自首してきたのだよ。その人が次の写真だ。」
次の写真を見たとき、私の予想は大きく外れていたことを思い知らされた。
「…え?」
そこに写っていたのは一人の若い男だった。全体が写る写真には、手足の長いがっちりした背の高い男が写っている。
「…木原悟。25歳の近所の男らしい。目的は金目当てだといっていた。実際この男には多額の借金がある。そして言っていることもおかしいところはない。」
「…。」
「家からこいつの指紋も出てきた。こちらの考えでは、この男がひざを突いて戸口の妻を殺したと考えている。」
「…そうですか。私の予想は外れたのですね。大した名探偵だったこと。」
資料を封筒の中に戻し、コーヒーに口を付けようとしたときだった。
「この男に見覚えは?」
「…無いですね。」
「そうか。しかし木原の口からは君の名前が出ているのだよ。」
その言葉に私は思わずコーヒーをこぼしそうになった。
「私の?」
「あぁ。改めて写真を見て欲しい。見覚えはないだろうか。」
封筒からまた写真を撮りだした。そして写真をじっと見る。しかし彼に見覚えはない。
「無いですね。」
「しかしだね…。」
するとその会話に業を煮やしたのか、伊勢さんが口を挟んだ。
「内海さん。木原は戸口の妻を殺したと言っている。その目的は金だけではないとワタシは思う。」
木原の目的が金だけであれば、こんな手の込んだ事をするだろうか。盗みだけが目的であれば殺人をする事もないだろう。
おそらく指示をした人間がいる。私の両親を殺した戸口のように。
「指示した人間も実行犯と同じ罪に処されるべきだ。」
伊勢さんはそう言って内海さんを黙らせた。
「…。」
「依さん。」
写真をじっと見ていた私に伊勢さんは声をかけた。
「はい。」
「どうだろう。この男に会ってみないだろうか。」
「…私が?」
「伊勢。それは…。」
「実際会ってみると思い出すこともあるかもしれない。大丈夫だ。君に何があっても、ワタシが全力を持って君を守る。」
内海さんの声を遮ってまで、そして内海さんの前でも私を守るといってくれた伊勢さん。私はその写真を封筒にしまう。
「今から私は仕事です。そのあと、今日の夜、お伺いしてもいいでしょうか。」
「…何時になる。」
「19時で。」
「わかった。迎えにこよう。」
「お願いします。」
「伊勢。そんな勝手なことを…。」
コーヒーを飲み干し、伊勢さんは内海さんの方を向く。
「勝手なことかもしれませんが、事件を解決させるためにはそれが手っ取り早い。それに真犯人がそれで逃げられてしまうよりは、ましでしょう。」
「真犯人?伊勢。お前は他に犯人がいると?」
「えぇ。おそらく木原は影武者なのかもしれません。」
伊勢さんははじめからこの男が犯人だと思っていなかったのだろう。そして内海さんもそう思っていた。しかし上からの指示は早く事件を解決したいため、木原を犯人だと決めつけていた。
もしもそれが冤罪だとしたら。
そしてまた殺人事件が起きてしまったら。それこそが警察の失態になるのだろう。それだけは避けたいことだった。
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