或る殺人者が愛した人

神崎

文字の大きさ
上 下
18 / 42

死に神 の 恋

しおりを挟む
 仕事の打ち合わせが終わり、私は会社に戻る。ちょうど、昼休憩の時間だ。携帯電話を見ると、伊勢さんからの着信が入っていたことに気がついた。
「もしもし。」
 電話を折り返すと、伊勢さんはすぐに出た。
「仕事中だっただろう。大丈夫だろうか。」
「えぇ。大丈夫です。今休憩中ですから。伊勢さんこそ、今起きたのでは?」
「いや、1時間前くらいに起きた。」
「そうでしたか。」
「今日、来てくれるのだろう?」
 そうだった。それを思い出し、私は全身が赤くなる感覚に襲われた。
「はい。」
「何時に仕事が終わるだろうか。」
「定時なら17時ですが、だいたい19時くらいです。」
「わかった。ではそれくらいに、君の会社の向かいの喫茶店で待ち合わせよう。」
「…え?」
「いつか行った店のケーキをテイクアウトしたいのでね。君にも選んで欲しいのだよ。」
「あぁ…わかりました。」
 甘いモノに目がない伊勢さんらしい言葉だ。
「フフ…。そう言う言い訳なら大丈夫だろうか。」
「言い訳?」
「本来の理由を言うには、明るすぎるのでね。」
 ますます顔が赤くなるようだ。
「なるたけ早く終わらせます。」
「待っている。」
 電話を切ると、頬が赤くなっているのがわかる。周りに人がいなくて良かった。みんなお昼休憩に行っているのだ。ため息をついて、私はデスクに座り込んだ。そしてコンビニで買ったパンとお茶、サラダを取り出す。

 その後、仕事を早めに終わらせると、奇跡的に定時で上がることが出来た。
「珍しいね。佐藤さんが定時で上がれるなんて。」
「まだ校了まで時間がありますからね。こんなモノでしょうか。それでなくても残業が多すぎると、この間上から言われましたし。」
「まぁ、佐藤さんは仕方ないかもしれないね。「東雲」先生のこともあるし。」
「…。」
 先輩に別れを告げ、エレベーターに乗り込んだ。普段ならそれほどいないエレベーターだが、今日は数人の人が乗っている。
 私は携帯電話を取り出し、伊勢さんにメールをした。「定時で上がれました」と。
 そしてエレベーターは1階にたどり着く。会社を出ると、みんな一斉に駅の方へ向かっているようだった。この近辺はビジネス街なので、みんな電車かバスで通勤しているのだろう。いつもなら私もその中の一人になるはずだった。
 しかし今日は違う。向かいにある喫茶店のドアを開いた。そして前にも伊勢と座っていたあの席に座り、コーヒーを頼んだ。
 店内を見渡しても伊勢さんの姿はない。まだ来ていないのだろう。
 私はバックの中から、携帯電話を取り出してそれを見る。するとメールが1件入っていた。
「17時30分頃にたどり着く。」
 あと15分くらいだ。その間、私はバックから本を取りだした。それは桐の叔父さんである「中村仁」の本で「死神」という本だった。
 内容は交通事故で両親を失った女性が、成長し、恋人を作るが、次々とその恋人たちは変死をする。まるで彼女自身が死に神のようだと思うそんな内容だった。
 自分の姿がまるで映し出されたような内容だと思って、中村仁の本だったらいろいろ読んでいたが、これだけはどうしても読む気になれなかったのだ。しかし両親を殺した相手がやっと捕まったことにより、私はこの本を読む気になった。
 すべては伊勢さんのお陰なのかもしれない。
「いつも君は本を読んでいるときはいい顔をしている。」
 声をかけられ、私は視線を上げる。するといつの間にか向かい合わせに伊勢さんがいた。
「伊勢さん…いつの間に?」
「さっき来たばかりだ。あ、ワタシにもコーヒーをもらおうか。」
 ウェイトレスに伊勢さんはそれを告げる。そして私が読んでいた本を手に取る。
「…「死に神」か。中村仁の本だ。」
「ずっと…読む気になれなかったけれど…やっと読めるようになったんです。」
「自分と重なるか。」
「えぇ。」
「心配することはない。」
 コーヒーが運ばれてきて、伊勢さんはそれに砂糖やミルクを入れる。
「ワタシは君よりも先に死ぬかもしれないが、それはきっと寿命だ。」
「伊勢さん…。」
「歳の差がいくつあると思っている。もう世間ではワタシの年齢を中年というのだよ。」
「中年…。」
 その言葉に思わず私は笑ってしまった。
「何がおかしい?」
「いいえ。伊勢さんが中年だなんて、少し可笑しくて。」
 私の中年のイメージは、私の部署の部長みたいな人だ。風が吹いたら散っていくような薄い髪とでっぷりと太った体型。それが中年のイメージだ。
 対して伊勢さんは太ってもいないし、どちらかというと筋肉質。髪も薄くなる気配はない。きちんと整えてられている髪型は、まるで50年代の映画から出てきたようだった。
「お父さんもそんな感じでしたね。」
「あぁ。しかしあの人はずっと努力をしていた。少しでも気を抜けばすぐ太るからと、甘いモノは好きなのだが週一度だけだと自分で決めていたし、食べた次の日はその分走ったりしていた。ワタシには真似が出来ない。」
 伊勢さんのストイックさは、きっとお父さん譲りなのかもしれない。
 不思議なものだ。ずっと…20年間、ずっと側にいたのに、まだ知らないことがある。その一つ一つを知ることがとても嬉しかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

処理中です...