テロリストと兵士

神崎

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 紫色の水が波打ち、少しずつ紫色の水が無くなっていく。そして累は水からそのカプセルから出てきた。髪からまだ紫色の水が滴っているが、頭はぼんやりしているらしくタオルを持っている隆の方にも目をくれなかった。
 その様子に京が、累に近づいて肩に触れた。
「跡しか残ってませんね。」
 普通の人間なら死ぬような怪我だったはずだ。だが彼女は数時間だけこの水に浸かっていただけで傷も痛みもなくなっている。それが人間だと言うことなのかもしれない。
「累。」
 声をかけられてやっと累は隆の方を見た。だがすぐに視線を逸らす。
「……どうしました?」
 京は様子を見ている累を不思議そうな表情で彼女をみる。すると累はぽつりと言った。
「……治療を見られていたんですね。」
 隆のことをいっているのだろう。京は表情を変えずにそれに答えた。
「えぇ。ずっと心配そうでしたよ。」
 気を使ったのか、累にそう告げた。しかし彼女は隆の方を見ない。
「累。」
 溜まらす隆は声をかけた。それでも彼女は隆の方を見ない。
「……どうしました?ずっと付いていたのに。」
「……人間ではないことを実感させたのかもしれないと思って……。」
 その言葉に隆ははっとさせられた。
「……累。」
「いいんです。人間ではあり得ないでしょう?こんな水に浸かっているだけで銃で撃たれた傷すら無くなってしまうのですから。」
 好きだ、愛していると口で言っても人間ではないのだから。それを実感させたに違いない。それで離れていってしまうかもしれないのだ。
「累さん。」
 フォローしようと京は言葉を発しようとした。しかしそれを隆は止めた。
「驚いたのは事実だ。」
「隆……。」
 びくっと体が震える。
「だがそんなことで離れないだろう。」
「そんなこと?」
 その言葉に累はやっと隆をみる。
「人間離れしていたのは前から知っている。その一つをまた見ただけだ。」
「……隆……。」
「お前の体は便利だな。あんなに死にそうだったのに、跡形もなく元通りだ。」
 そう言って彼は彼女に近づき、タオルを手渡した。そしてその傷口に指をはわせた。まるで昔からの夫婦のように。
 そんな二人が羨ましかった。日々大きくなるお腹の中に王の子供がいるにも関わらず、まだ京はそれを公にできない。無事に生まれるまで、そして何の障害もない子供が産まれるまで、彼女はまだ「妻」だと名乗れないのだ。
「……シャワー浴びますか?浴びるなら、看護師に連絡して病室のシャワーを使わせてもらいましょう。」
「あ、簡単に着るモノがあれば、それで帰ります。」
 その言葉に京は時計をみる。もう日が昇る時間だ。隆を休ませたいと思っているのだろう。互いが互いを思いやるのは、本当にいいカップルのようだ。藍はこの間につけ込むことはできないと思っていた。しかし彼はまだ忘れられない。だから隆と累を取り合ったのだという。まるで獣だ。だが累は隆しか見ていないように思える。
「着てきたモノは血塗れだったので、捨ててしまいました。これで良ければ、貸しますけど。」
 タオルで体を拭きながら、累はワンピースを手にした。それは見覚えのある白いワンピースのように見える。精神病者が入院するためのワンピースだった。
 本来病衣はズボンと前あきのシャツなのだが、何を使ってでも彼らは首を吊ろうとすることもあるため基本、紐のついているような服は着させないし、紐になりうるモノを着させない。
「ありがとうございます。」
 だが累はそれを気にすることなく、吹き終わった体にワンピースの袖を通す。

 累と隆は最上階のその部屋を出て、階下に降りる。するとそこには兵士がうろうろしていた。真夜中なのに、その兵士の数に看護師は迷惑そうにそれを遠巻きに見ている。患者に悪影響があるかもしれないと思ったのだろう。
「何かあったのですかね。」
「あぁ。」
 累の足が止まる。灰音を撃ったとき真の姿を見たのは知っているだろうが、藍があのあとやってきて彼女をここに連れてきたことや、真を確保し入院している信の側に連れてきたことなど、彼女は知らないのだから。
 藍がここにいることすら知らないだろう。だから不思議そうに彼女はその風景を見ていたのだ。
「累。」
 何があったのかは隆も知らない。だがきっと藍に累が見つかれば、累をまた引き込もうとするだろう。そして累もそれに首を突っ込む。すると危険舐めに会うのは目に見えていた。
 もう帰ろう。
「行こう。」
 手を引いて、彼は彼女を階下に連れて行こうとした。そのときだった。
「累。」
 藍の声がして彼女は振り返った。
「藍。何かありましたか?」
「……真と信が殺された。」
 その言葉に彼女の顔色が悪くなった。
「俺が目を離した隙だ。一瞬だった。話がもっと聞けると思ったのだが……。」
「灰音の仕業ではないんですよね。」
「その話だが……。」
 話をしようとした藍を遮るように、隆は彼女の前に立つ。
「藍。今、ここで話すことじゃないだろう。累の体もまだ本調子じゃない。無理させるのが、あんたのやり方か?」
 その言葉に藍はぐっと言葉を飲んだ。確かにもう一人の灰音がまだいる可能性もある。なのにこの話は不用意にすることではない。
「紅花殿。」
 後ろから声がかかる。彼は舌打ちをして声をかけた。
「今行く。」
 そして累の方を見る。
「累。気をつけて過ごせ。」
「え?」
「真と信だって普通の人間じゃない。手負いでも腕は立つ。だが殺されたんだ。累だけじゃない。隆。あんたもだ。」
「……。」
「自信はあるのかもしれないが、それ以上の腕の持ち主も世の中にごろごろしているってことだ。」
 そう言って藍は呼ばれた方へ走って行ってしまった。
「……どうして殺されたのですかね。」
「累。」
 彼は彼女の手を握りなおして、階段へ向かった。
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