テロリストと兵士

神崎

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 ドライトマトのオイル漬けは、パスタにしてもピザにしても美味しい。生のトマトよりもうま味がぎゅっと入っているような気がした。
「美味しいですね。」
 試食した累はそう言って隆を見上げた。
「あぁ。どんな料理にも使えそうだ。しかしドライトマトなんて、こっちでも売っている気がするのにどうして味が違うのか。」
 すると白い髭を蓄えた農場主は笑いながらいう。
「天日干しだからだよ。」
「天日で干してこんな味に?」
 驚いたように累はそう言う。
「あぁ。冬になれば出来ねぇけど、夏は日が出てる時間が長いからな。」
 訛りが強いので、やはり累が通訳しながら隆に伝えた。対して、農場主はこちらの言葉がわかるのだろう。累が伝えなくてもわかっているようだった。
「ねぇちゃん。味噌漬けのチーズってのもあるんだ。食ってみるか?」
 その言葉に彼女は一瞬戸惑った。前に藍がおみやげだと持ってきたものだからだったから。
「……どうした。何を食って見ろと?」
「あ……すいません。味噌漬けのチーズだそうです。」
「それは美味そうだ。是非試食をしたい。」
「おーいいぜ。酒が進むこと間違いなしだ。」
 街ではあまり手に入らない食材を見ながら、彼らはそれらをいくつかを買った。
「もしこちらのオーナーがいいといえば、こちらから連絡をします。」
「値段はいいのか?」
「えぇ。それも聞いてみますね。」
 どうしても冬になるととれる野菜が限られてくる。その中でこんなに美味しいトマトを味わえるとなると、評判になるだろう。
「明日はどこへ行くんだ。」
「その山側のところの農場です。羊の肉を売っているとか。」
「あぁ。崇のところか。あそこの羊のハムは美味しいぜ。」
「いいことを聞きました。」
「帰りは馬車を呼ぶのか?」
「えぇ。」
「送ってやるよ。ちょっと待ってな。」
 ずいぶん累のことを気に入られているようだ。
 だが気に入られているのは累だけではない。
「あんた。ほら。もう行くんならこれを持っていきな。」
 そう言って農場主の奥さんは隆に、瓶を持たせる。
「ありがとうございます。」
「いいんだよ。こんな若い人がこんなところに来ることはあまりないからね。」
「もったいないですね。こんなに美味しいモノがたくさんあるのに。」
 するとぷよっとした指を顎に当てて、奥さんはいう。
「ほら、今の人は農場なんて柄じゃないでしょう?目新しいモノばっかり飛びついてさ。」
「そうですね。」
 彼女はそう言って奥さんに同調する。それだけで上機嫌になるのだ。そのとき二頭引きの馬車がやってきた。乗っているのは牧場主。
「ほら。どこまで行くんだ。」
「街です。」
「いいぜ。さぁ乗りな。」
 普段は飼料とか、作物を乗せるものなのだろう。いすすらなく、そのまま彼らは荷台に乗り込んだ。
 こんな時にマフラーがあって良かった。屋根すらないその荷台に吹き込む風が冷たかったからだ。
「……累。寒いか?」
「いいえ。大丈夫。」
 どこまでも続く農場の作物の大半は、街へ流れ、そして大きな都市に行く。しかし今日行った農場主は、安く叩かれるのがいやで限られたところにしか卸していない。それは自分の仕事に自信があるからだ。
「自信……。」
 そうつぶやくと、隆は累を後ろから急に抱き寄せた。
「何?」
「俺が寒いんだ。」
「カイロじゃああるまいし。やめて下さいよ。」
 その言葉に気がついたのか農場主が機嫌良さそうにいう。
「何だ、新婚さんか。いいねぇ。熱々で。」
「新婚って……。」
 隆の腕の中で、累の顔が赤くなる。真実ではないのだが、恥ずかしくなったのだ。
「そういや、前に来た兄ちゃんも味噌漬けのチーズを大事そうに持って帰ったな。」
「兄ちゃん?」
「あんたに似てる男だよ。髪が長くて、うちの奴に羊の毛狩り用のはさみで切られそうになってたな。」
 藍のことだ。累の体が一瞬固くなった気がする。それがわかり、隆は彼女の体をぎゅっと抱きしめた。
「髪の長い方が見えて、奥様が羊の毛狩り用のはさみで切ろうとしたそうです。隆も切られますか?」
「やめてくれ。これ以上短いのは勘弁だ。」
 言葉で誤魔化した。藍もあの街にいるのだろうか。彼女は一瞬そう思い、その考えを払拭させるように彼に体を寄せた。

 黄の国の側近は太った男で、緑秀や藍と対照的に見えた。背も低く、どことなくつるんとしたようなイメージがある。
 何度か藍とは面識があり、そのたびに山の領有権について話し合っているように思えた。というのもその問題の山の向こうはもう黄の国であり、そこにも同じような街があるのだ。
 山があれば、さらに猟も出来るし何より国有地が増える。それをお互いがうちの国のモノだと譲らない。
「……黄森殿。歴史的から見ても、その山は青の国のモノだと思わないですか。」
「……それはそちらの国の歴史でしょう。こちらでは違う。」
 おそらくどちらも正しく、どちらが間違っているということはない。
「平行線だねぇ。」
 他人事のようにつぶやいたのは、信だった。
 するとずっと黙っていた藍が、ちらりと外を見る。そしてふと笑った。
「どうしましたか?」
 黄森がそれに気がついて彼に声をかけた。
「……いいや。どちらもうちの国のモノだと行っているのがおかしくてな。」
「紅花殿。なんということを……。」
 すると藍は足を組んで彼を見る。
「前に会合した条件を覚えているだろうか。」
 信がそう伝えると、黄森は顔色が青くなった。
「紅花殿。それは出来ない。国際的にもそれは問題だ。」
 すると彼はため息をついていう。
「何を言ったのですか。」
「何……ヒューマノイドをうちと競作で作る舞台にその山を使ったらどうだろうかという条件を突きつけただけですよ。」
「ヒューマノイドを作るだと?」
 緑秀は驚いて彼をみた。国際的にはそれを認められていないはずだ。それを堂々といっている藍の行動に、緑秀は焦ったように彼を見る。
「紅花殿……。」
「どちらにしても公になっていないだけで、作っているのだろう。あんた等が流している「薔薇」に比べれば、可愛いものだと思わないか。」
 薔薇の言葉にさらに黄森の顔色が悪くなった。
「どこまで知っているのですか。」
 緑秀も顔色が悪い。そうか。こいつも何か噛んでいるのか。紅花はそう思いながら、心の中で微笑んでいた。
「……。」
 信はこんな時の藍の表情を良く知っていた。彼がどれだけ残虐なのかということ。緑秀はおそらく街に帰れないかもしれない。その途中にある役場に連れて行かれるはずだ。
 おそらく信には緑秀を見張るようにと指示が出されるかもしれない。面倒だな。彼はそう思いながら、目の前のお茶を音を立ててすすった。
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