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海はまるで花火のように炎や光が溢れる。そしてそのたびに衝撃が島にまで届いてきた。
しばらくして、黄の軍勢らしい男たちが船を島に着けてきた。
「化け物か!あいつら。」
「兵はどれくらいになった?」
「先方はほぼ全滅です!」
隣の国でありながらも言葉は全く違う。だが累も彩もその言葉は理解できるのだ。その様子からおそらく赤の軍が優勢なのだろう。
「紅花も本気だね。」
その様子を見ていた彩は、少し笑う。
「どうしてですか?」
「第一兵隊を使ってるんだろう。奴らはリアルなヒューマノイドと言われているくらい、戦闘のプロフェッショナルだ。」
「……その中心が紅花なんですね。」
家の影に身を潜めていた二人は、その黄の軍勢を見ながらため息を付いた。
「怖い?」
「いいえ。でも……自信満々というわけではありませんでした。強いとは聞いていたので。」
「……。」
「相打ちであればいいかもしれませんね。」
それでもいい。藍に会えなくなるのは寂しいが、そういう道を選んだのは彼女なのだから。
「累。だめだよ。死んではいけない。」
「……彩。」
「君の代わりはこれからさき、生み出せるかもしれない。だけど君という存在の代わりはないのだから。」
自分でいって自分で笑ってしまう。代わりはたくさん生み出せると、銘と話していたばかりなのに。
「……藍もそんなことをいっていました。」
「彼はそれだけ君を大切にしているのだろう。」
「もったいないです。さて……。」
感傷に浸っている暇はない。ナイフを握る手が血でベトベトする。それは先ほど殺した島民の血だ。
程なくして、周りが明るくなる。赤の軍が明かりを持ち込んだらしい。そっとそこを見ると、さっきのマスクの男が体に合わない短い剣を持ちながら、黄の軍を切り捨てていた。その強さにさすがに兵士も後込みし始めている。
「化け物だ。」
「くそ。何なんだ。あいつ。」
あの剣に見覚えがあった。だが今はそんなことを考えている暇はない。
「累。」
彩は確かに声をかけた。しかし彼女は引き寄せられるように、兵がいなくなった紅花に向かっていく。
「紅花!」
その声に、彼は振り返る。逆光で顔が見えない。だが彼はその姿に少し笑う。
「鼠か!」
戦闘のどさくさに紛れて、鼠が入ってくるだろうとは思っていた。彼は血で濡れたその剣でそのナイフを防ぐ。
すごい力だ。女とは思えない、いや、人間とは思えないような力だった。こんなに細いのに、どこからその力があるのだろう。
そのときふっとナイフから伝わる力が抜けた。そしてそのナイフはカランと力なく地面に落ちる。
「その声……。」
どこか切られているのだろうか。だが違う。膝を折り、うなだれたように地面を見ていた。
「まさか……。」
驚いたように彼はそのうなだれている鼠の頭巾を取った。そこから出たのは黒い長髪。誰よりも愛しい女。
「累?」
彼は頭巾をとり、膝を折って彼女を見る。同じ目線になり、彼女をみた。累だ。間違いない。
「累。どうしてここに?」
「藍……あなたが……紅花だったなんて。」
藍が紅花だとしたら、藍は銘のことを知っていた。銘のことを知っていて、彼女をあんな目に遭わせた。
累が鼠だとしたら、累は称のことを知っていた。称がどれだけ藍の心を許せるものであったかを知っていながらも、彼女は殺したのだ。
「何をぼんやりしている。戦闘中だぞ!」
黄の兵が彼女めがけて、剣を振り下ろす。しかし彼女は反射的に、ナイフを振り下ろしてその兵を切った。襲ってくる兵を、彼女は切っては捨て、さらに切っていく。それはまるで鬼神のようだった。
「累。」
累の目が赤く染まっている。いつもとは違う瞳の色だった。それは血のように赤い色で、薄く光っているように思えた。まるで別人のように思える。あんなに甘く愛し合い、彼を求める手が今は血で濡れていた。
「ショックで覚醒したんだね。」
後ろから声をかけられて藍は振り返る。そこには彩の姿があった。彼は薄く笑っている。
「あいつは何なんだ。」
「累は何度も言おうとしたんだろう?累は僕の両親の作った戦闘用ヒューマノイド。戦闘用ヒューマノイドはただ殺すことしか考えない。だから理性という感情を付けた。だけど今はそれを考えられないほど高ぶっている。ほら。今切ったのは、赤の軍だ。」
よく見れば敵味方関係なく切っているように思えた。まずい。彼女を止めなければいけない。このままでは……。
藍もぎりぎりだった。剣を持つ手を握りなおし、彼女に向かっていく。累の表情は以前と同じように見えた。表情はなく、ただの殺人マシーンのように思える。
「累!」
剣を彼は振り下ろそうとして戸惑った。その顔は累だったから。
「累……。」
戸惑っている彼の腹を彼女は蹴り飛ばす。
「ぐっ!」
思わず倒れ込んだ。すると彼女はその彼に馬乗りになり、ナイフを振りかざす。しかしその手が震えていた。
「藍……。」
微かに名前を呼んだ。そしてその瞳に涙が溜まり、流れ落ちた。ナイフは彼の顔の横で刺さり、彼女はその上で倒れ込んだ。
「雨だ!」
死体の山に雨が降る。だが彼女は彼の体の上で、意識を失った。その温もりを覚えている。何度も抱いた。何度も愛し合った。その温もり、匂い、柔らかさ、全てを知っている。
だがその温もりは嘘だった。彼女は作られた人であり、彼の命を狙うモノだった。
そして彼も彼女に命を狙われていた。
「悪いけど、返してもらう。」
彩はそういって累を藍の体から引き離し、彼女を荷物のように抱えた。
「どこへ行く。」
「君とは敵対している。それをみすみすどこへ行くなんて言うわけないだろう?」
雨は強くなる。戦闘は一時中断になり、黄の軍は島から撤退した。
そして藍もまた島から離れていった。だが来たときの意気揚々な彼とは別人のように思える。まるで敗戦者だ。
「一応追い出したのですから、気を落とさないでください。」
兵を置いていった。死んだ兵の埋葬をするためと、黄の兵が待たせ目込まないようにするためだった。
それを指示できたのが奇跡だと思う。
それくらい藍は消沈していたのだ。
朝がやってくる。白々と暗闇が明るくなっていった。今日も一日が始まる。だが彼の明日に累はいない。累はどこにもいなかった。
しばらくして、黄の軍勢らしい男たちが船を島に着けてきた。
「化け物か!あいつら。」
「兵はどれくらいになった?」
「先方はほぼ全滅です!」
隣の国でありながらも言葉は全く違う。だが累も彩もその言葉は理解できるのだ。その様子からおそらく赤の軍が優勢なのだろう。
「紅花も本気だね。」
その様子を見ていた彩は、少し笑う。
「どうしてですか?」
「第一兵隊を使ってるんだろう。奴らはリアルなヒューマノイドと言われているくらい、戦闘のプロフェッショナルだ。」
「……その中心が紅花なんですね。」
家の影に身を潜めていた二人は、その黄の軍勢を見ながらため息を付いた。
「怖い?」
「いいえ。でも……自信満々というわけではありませんでした。強いとは聞いていたので。」
「……。」
「相打ちであればいいかもしれませんね。」
それでもいい。藍に会えなくなるのは寂しいが、そういう道を選んだのは彼女なのだから。
「累。だめだよ。死んではいけない。」
「……彩。」
「君の代わりはこれからさき、生み出せるかもしれない。だけど君という存在の代わりはないのだから。」
自分でいって自分で笑ってしまう。代わりはたくさん生み出せると、銘と話していたばかりなのに。
「……藍もそんなことをいっていました。」
「彼はそれだけ君を大切にしているのだろう。」
「もったいないです。さて……。」
感傷に浸っている暇はない。ナイフを握る手が血でベトベトする。それは先ほど殺した島民の血だ。
程なくして、周りが明るくなる。赤の軍が明かりを持ち込んだらしい。そっとそこを見ると、さっきのマスクの男が体に合わない短い剣を持ちながら、黄の軍を切り捨てていた。その強さにさすがに兵士も後込みし始めている。
「化け物だ。」
「くそ。何なんだ。あいつ。」
あの剣に見覚えがあった。だが今はそんなことを考えている暇はない。
「累。」
彩は確かに声をかけた。しかし彼女は引き寄せられるように、兵がいなくなった紅花に向かっていく。
「紅花!」
その声に、彼は振り返る。逆光で顔が見えない。だが彼はその姿に少し笑う。
「鼠か!」
戦闘のどさくさに紛れて、鼠が入ってくるだろうとは思っていた。彼は血で濡れたその剣でそのナイフを防ぐ。
すごい力だ。女とは思えない、いや、人間とは思えないような力だった。こんなに細いのに、どこからその力があるのだろう。
そのときふっとナイフから伝わる力が抜けた。そしてそのナイフはカランと力なく地面に落ちる。
「その声……。」
どこか切られているのだろうか。だが違う。膝を折り、うなだれたように地面を見ていた。
「まさか……。」
驚いたように彼はそのうなだれている鼠の頭巾を取った。そこから出たのは黒い長髪。誰よりも愛しい女。
「累?」
彼は頭巾をとり、膝を折って彼女を見る。同じ目線になり、彼女をみた。累だ。間違いない。
「累。どうしてここに?」
「藍……あなたが……紅花だったなんて。」
藍が紅花だとしたら、藍は銘のことを知っていた。銘のことを知っていて、彼女をあんな目に遭わせた。
累が鼠だとしたら、累は称のことを知っていた。称がどれだけ藍の心を許せるものであったかを知っていながらも、彼女は殺したのだ。
「何をぼんやりしている。戦闘中だぞ!」
黄の兵が彼女めがけて、剣を振り下ろす。しかし彼女は反射的に、ナイフを振り下ろしてその兵を切った。襲ってくる兵を、彼女は切っては捨て、さらに切っていく。それはまるで鬼神のようだった。
「累。」
累の目が赤く染まっている。いつもとは違う瞳の色だった。それは血のように赤い色で、薄く光っているように思えた。まるで別人のように思える。あんなに甘く愛し合い、彼を求める手が今は血で濡れていた。
「ショックで覚醒したんだね。」
後ろから声をかけられて藍は振り返る。そこには彩の姿があった。彼は薄く笑っている。
「あいつは何なんだ。」
「累は何度も言おうとしたんだろう?累は僕の両親の作った戦闘用ヒューマノイド。戦闘用ヒューマノイドはただ殺すことしか考えない。だから理性という感情を付けた。だけど今はそれを考えられないほど高ぶっている。ほら。今切ったのは、赤の軍だ。」
よく見れば敵味方関係なく切っているように思えた。まずい。彼女を止めなければいけない。このままでは……。
藍もぎりぎりだった。剣を持つ手を握りなおし、彼女に向かっていく。累の表情は以前と同じように見えた。表情はなく、ただの殺人マシーンのように思える。
「累!」
剣を彼は振り下ろそうとして戸惑った。その顔は累だったから。
「累……。」
戸惑っている彼の腹を彼女は蹴り飛ばす。
「ぐっ!」
思わず倒れ込んだ。すると彼女はその彼に馬乗りになり、ナイフを振りかざす。しかしその手が震えていた。
「藍……。」
微かに名前を呼んだ。そしてその瞳に涙が溜まり、流れ落ちた。ナイフは彼の顔の横で刺さり、彼女はその上で倒れ込んだ。
「雨だ!」
死体の山に雨が降る。だが彼女は彼の体の上で、意識を失った。その温もりを覚えている。何度も抱いた。何度も愛し合った。その温もり、匂い、柔らかさ、全てを知っている。
だがその温もりは嘘だった。彼女は作られた人であり、彼の命を狙うモノだった。
そして彼も彼女に命を狙われていた。
「悪いけど、返してもらう。」
彩はそういって累を藍の体から引き離し、彼女を荷物のように抱えた。
「どこへ行く。」
「君とは敵対している。それをみすみすどこへ行くなんて言うわけないだろう?」
雨は強くなる。戦闘は一時中断になり、黄の軍は島から撤退した。
そして藍もまた島から離れていった。だが来たときの意気揚々な彼とは別人のように思える。まるで敗戦者だ。
「一応追い出したのですから、気を落とさないでください。」
兵を置いていった。死んだ兵の埋葬をするためと、黄の兵が待たせ目込まないようにするためだった。
それを指示できたのが奇跡だと思う。
それくらい藍は消沈していたのだ。
朝がやってくる。白々と暗闇が明るくなっていった。今日も一日が始まる。だが彼の明日に累はいない。累はどこにもいなかった。
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