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数日前、王の側近の妻が子供を産んで死んだという。累はその噂を客から聞いた。おそらくこの側近もいずれ殺さないといけないのだろう。
妻が死んだという事は彼の周りが弱っているに違いない。緑の家臣を殺すなら今ではないのだろうか。そう思っていたが彩はそれを未だに口に出さない。時ではないのかもしれない。そう思いながら彼女は今日もリアカーに大量の食料を積み込んで店に向かっていた。
すると店の前に人影が見えた。それをよく見ると銘の姿で、少しほっとした。きっと藍ならもっとほっとしたかもしれない。彩なら「またしないといけないのか」と思ったかもしれないが。
「銘。どうしましたか。こんな朝早くに。」
「……累。上で寝かせてくれない?」
「自分の部屋はどうしました?」
「最近ストーカーがいて、帰れないのよ。」
「ストーカー?」
「そうよ。ねぇ。一日か二日で良いから置いてくれない?」
「えぇ。かまいませんよ。大変ですね。」
リアカーに輪留めをして、累は銘を連れて二階に上がる。鍵を開けると、彼女を中にいれた。
「ストーカーとは大変ですね。どうでしょうか。私が「仕事」をしてもかまいませんが。」
「彩が指示しないのにそれはできないでしょ?それに殺すだけならあたしでも出来るわ。証拠をがっつり残しちゃうかもしれないからしないだけでさ。」
なんだか意地になっている気がした。だがその言葉を聞き流し、彼女はバスルームへ行きタオルを出した。
「シャワーが浴びたいなら、ご自由にどうぞ。では私は仕込みがありますので。」
あまり天気のいい日ではなかったので、今日は魚が大したものがなかった。だから今日は仕込んでおいた鰺の開きを出すことにしようと思っていた。
肉はこの間、称からもらったスパイスをつけ込んだ鶏肉がある。だから今日は小鉢と味噌汁くらいなのだ。
「累。」
タオルを受け取った銘はそれを顔に持ってきて、累を見る。のばしっぱなしの黒い髪。美人だとは思うが、それにしては小柄だ。胸だって小さい。こんな女を彩は嬉しそうに抱くのか。どんな顔をして抱くのだろう。気にはなるが、何も聞けない。
「どうしました?」
「彩は昨日来ていなかったの?」
「えぇ。しょっちゅう来ているわけではありませんから。」
「しょっちゅう来てるじゃない。」
「そう見えますか。」
なんだか今日の銘はいらいらしているように見える。ストーカーとやらにいらついているのかもしれない。それともおなかが空いているのだろうか。靴を履きかけて、彼女は台所へ向かう。小さな冷蔵庫の中には、作り置きしておいたきんぴらゴボウとひじきの煮付けがある。それを取り出すと、冷凍庫からご飯を取り出した。
「食事でもしますか。」
「いらないわ。お酒飲んでたし。」
酔っていたのか。だから不安定なのかもしれない。彼女はそう思い、そのご飯を冷凍庫にまたいれた。
「では仕込みがあるので何かあったら下に来てください。」
まだ銘は何か言いたそうだったが、酔っているときに聞いても仕方ないだろう。そう思い累は外に出て行った。もう夜はすっかり明けている。下に降りると、店の鍵を開けてドアを開けると荷物を中にいれた。
「やぁ。」
不意に声をかけられた。それは称だった。
「……おはようございます。早いですね。」
「あぁ。今日は外国からの船が来ていたからね。検疫なんかをしていた。」
そう言えばそう言う仕事だったのだ。それにしてはどうしてあんな寺の護衛などをしていたのだろう。それを聞くわけにはいかないが。
「今日のメニューは何かな。」
「鰺の開きですね。それから、この間いただいたスパイスを鶏肉につけ込んでます。それを揚げてみようかと。」
「美味しそうだね。それにどんな味がするのか気になるところだ。美味しかったら、本格的に輸入してみようと思っていたし。」
「そうでしたか。なんかすいません。そんな本格的になる前に使わせてもらって。」
「いいんだ。私は料理が出来ないし、どんな感じで仕上がるのか君が仕上げた方が良いと思ってね。」
「……奥様がいらっしゃいましたよね。どうして奥様に頼まないんですか?」
「妻はこの間亡くなったよ。」
「え?」
「子供の命と引き替えって事だ。」
想像もしていなかったことだ。言ったことを後悔する。
「すいません。なんか……無神経なことを聞いて。」
「いいんだ。吹っ切れてることだし。」
早すぎる気がするが、そんなモノなのかもしれない。
「累さん。」
「はい?」
名前を呼ばれたのは初めてだろうか。しかもそんな呼び方をするのは彼だけだ。少しどきりとした。
「どうしました?」
「……いや。藍とはうまくやっているのかな。」
「藍さんですか?えぇ。ここの所見てませんが、お客様で見えてくださってます。それが何か?」
「隠さなくてもいい。聞いていることだから。」
その言葉に少し彼女の表情が変わった気がした。そして彼女は少しうつむく。それが少し色っぽい気がした。
「そうですね……。ご友人だとか……藍から聞いています。」
さっきまで「さん」と呼んでいたのに、今は呼び捨てで呼ぶ。それが彼女との距離がよくわかるようだった。
「奴はね、あまり愛に恵まれなかったんだ。君がいてくれて良かったよ。」
「……そうでしょうか。」
人間ではない自分を抱いているのは、きっと人形を抱いているのと同じだろう。彼はそれを知らないのに幸せなのだろうか。そう思うと不安になってくる。
「あぁ。彼のことで困ったことがあったら、いつでも言ってきてもらって良いよ。何かあるかな。」
「……そうですね。」
まさかそのことについて相談できるわけがない。彼女は少し考え、ぽつりという。
「私で満足しているのかわかりません。」
「は?」
わずかに頬が赤くなる。そして彼女は首を激しく振った。
「いいえ。何でもないです。聞かなかったことにしてください。」
可愛い人だ。そんなことを気にしていると思ってもなかった。思わず笑ってしまう。
「今度は私とデートをする?」
「奥様が亡くなったばかりなんですよね。」
「あぁ。少し遠くなら、奥さんが亡くなったばかりなのに他の女性とデートをしているなんて、誰も気が付かないよ。」
「からかわないでください。」
彼女はそう言って、また荷物を店内に運んだ。
妻が死んだという事は彼の周りが弱っているに違いない。緑の家臣を殺すなら今ではないのだろうか。そう思っていたが彩はそれを未だに口に出さない。時ではないのかもしれない。そう思いながら彼女は今日もリアカーに大量の食料を積み込んで店に向かっていた。
すると店の前に人影が見えた。それをよく見ると銘の姿で、少しほっとした。きっと藍ならもっとほっとしたかもしれない。彩なら「またしないといけないのか」と思ったかもしれないが。
「銘。どうしましたか。こんな朝早くに。」
「……累。上で寝かせてくれない?」
「自分の部屋はどうしました?」
「最近ストーカーがいて、帰れないのよ。」
「ストーカー?」
「そうよ。ねぇ。一日か二日で良いから置いてくれない?」
「えぇ。かまいませんよ。大変ですね。」
リアカーに輪留めをして、累は銘を連れて二階に上がる。鍵を開けると、彼女を中にいれた。
「ストーカーとは大変ですね。どうでしょうか。私が「仕事」をしてもかまいませんが。」
「彩が指示しないのにそれはできないでしょ?それに殺すだけならあたしでも出来るわ。証拠をがっつり残しちゃうかもしれないからしないだけでさ。」
なんだか意地になっている気がした。だがその言葉を聞き流し、彼女はバスルームへ行きタオルを出した。
「シャワーが浴びたいなら、ご自由にどうぞ。では私は仕込みがありますので。」
あまり天気のいい日ではなかったので、今日は魚が大したものがなかった。だから今日は仕込んでおいた鰺の開きを出すことにしようと思っていた。
肉はこの間、称からもらったスパイスをつけ込んだ鶏肉がある。だから今日は小鉢と味噌汁くらいなのだ。
「累。」
タオルを受け取った銘はそれを顔に持ってきて、累を見る。のばしっぱなしの黒い髪。美人だとは思うが、それにしては小柄だ。胸だって小さい。こんな女を彩は嬉しそうに抱くのか。どんな顔をして抱くのだろう。気にはなるが、何も聞けない。
「どうしました?」
「彩は昨日来ていなかったの?」
「えぇ。しょっちゅう来ているわけではありませんから。」
「しょっちゅう来てるじゃない。」
「そう見えますか。」
なんだか今日の銘はいらいらしているように見える。ストーカーとやらにいらついているのかもしれない。それともおなかが空いているのだろうか。靴を履きかけて、彼女は台所へ向かう。小さな冷蔵庫の中には、作り置きしておいたきんぴらゴボウとひじきの煮付けがある。それを取り出すと、冷凍庫からご飯を取り出した。
「食事でもしますか。」
「いらないわ。お酒飲んでたし。」
酔っていたのか。だから不安定なのかもしれない。彼女はそう思い、そのご飯を冷凍庫にまたいれた。
「では仕込みがあるので何かあったら下に来てください。」
まだ銘は何か言いたそうだったが、酔っているときに聞いても仕方ないだろう。そう思い累は外に出て行った。もう夜はすっかり明けている。下に降りると、店の鍵を開けてドアを開けると荷物を中にいれた。
「やぁ。」
不意に声をかけられた。それは称だった。
「……おはようございます。早いですね。」
「あぁ。今日は外国からの船が来ていたからね。検疫なんかをしていた。」
そう言えばそう言う仕事だったのだ。それにしてはどうしてあんな寺の護衛などをしていたのだろう。それを聞くわけにはいかないが。
「今日のメニューは何かな。」
「鰺の開きですね。それから、この間いただいたスパイスを鶏肉につけ込んでます。それを揚げてみようかと。」
「美味しそうだね。それにどんな味がするのか気になるところだ。美味しかったら、本格的に輸入してみようと思っていたし。」
「そうでしたか。なんかすいません。そんな本格的になる前に使わせてもらって。」
「いいんだ。私は料理が出来ないし、どんな感じで仕上がるのか君が仕上げた方が良いと思ってね。」
「……奥様がいらっしゃいましたよね。どうして奥様に頼まないんですか?」
「妻はこの間亡くなったよ。」
「え?」
「子供の命と引き替えって事だ。」
想像もしていなかったことだ。言ったことを後悔する。
「すいません。なんか……無神経なことを聞いて。」
「いいんだ。吹っ切れてることだし。」
早すぎる気がするが、そんなモノなのかもしれない。
「累さん。」
「はい?」
名前を呼ばれたのは初めてだろうか。しかもそんな呼び方をするのは彼だけだ。少しどきりとした。
「どうしました?」
「……いや。藍とはうまくやっているのかな。」
「藍さんですか?えぇ。ここの所見てませんが、お客様で見えてくださってます。それが何か?」
「隠さなくてもいい。聞いていることだから。」
その言葉に少し彼女の表情が変わった気がした。そして彼女は少しうつむく。それが少し色っぽい気がした。
「そうですね……。ご友人だとか……藍から聞いています。」
さっきまで「さん」と呼んでいたのに、今は呼び捨てで呼ぶ。それが彼女との距離がよくわかるようだった。
「奴はね、あまり愛に恵まれなかったんだ。君がいてくれて良かったよ。」
「……そうでしょうか。」
人間ではない自分を抱いているのは、きっと人形を抱いているのと同じだろう。彼はそれを知らないのに幸せなのだろうか。そう思うと不安になってくる。
「あぁ。彼のことで困ったことがあったら、いつでも言ってきてもらって良いよ。何かあるかな。」
「……そうですね。」
まさかそのことについて相談できるわけがない。彼女は少し考え、ぽつりという。
「私で満足しているのかわかりません。」
「は?」
わずかに頬が赤くなる。そして彼女は首を激しく振った。
「いいえ。何でもないです。聞かなかったことにしてください。」
可愛い人だ。そんなことを気にしていると思ってもなかった。思わず笑ってしまう。
「今度は私とデートをする?」
「奥様が亡くなったばかりなんですよね。」
「あぁ。少し遠くなら、奥さんが亡くなったばかりなのに他の女性とデートをしているなんて、誰も気が付かないよ。」
「からかわないでください。」
彼女はそう言って、また荷物を店内に運んだ。
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