不完全な人達

神崎

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プロポーズ

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 清子が「pink倶楽部」のオフィスを出て行くのは定時の少し前。こっちで自分の仕事を終わらせるとさっさと一階のIT部門へ行ってしまう。その後ろ姿を見て、史は少しため息をついた。清子と居ることができるのは嬉しい。だが最低限の言葉しか交わすことなく、仕事が終わったらさっさと一階に帰ってしまうのだ。
「あー。くそ。」
 家具や家電を処分して荷物をまとめたいのに、仕事をしながらではなかなか進まない。次の休みにでもばっとやってしまおうか、そう思ったときだった。
「えー?明神さん引っ越したの?」
 香子は一足先に引っ越しを終わらせたらしい。正月の間に仁の両親と自分の両親に挨拶へ行き、さっさと仁の所に転がり込んだのだという。うらやましい。仁は割と直感で動くところがある。だからやると言ったらすぐ行動するのだ。だから大学で音楽を学び海外へ留学をすると宣言したときも、直感だった。
 だがそこで痛い目にあったのも事実だ。
「結婚するの?」
「ううん、まだ。」
 仁は夏にここから少し離れた小さな街でライブハウスのオーナーをするらしい。今バーに勤めている男も同様だった。
 香子は春にこの課を去る。そして会社からも去るらしい。そして次の職は、仁が勤める街にある地方紙が発行しているタウン誌らしい。
 良くも悪くも香子とはライバルになるのだろう。だがこちらが出しているタウン誌は、気合いが入っている。だからこそ、編集長に史を据えたいと思っているのだろう。顔が広く、柔らかく、そして妥協を許さない姿勢が買われているらしい。
「編集長が何かすごい落ちてる。」
 明神の隣にいた女がそれに気が付いて、史をみる。
「え?」
「あれだろ?徳成さんがずっと居ないし、居てもすぐ仕事だし、終わったらすぐに一階に戻るもんな。」
「疲れてセックスもできないんだろ?」
 下品な笑いが起きて、史も少し笑う。そういえばずっとセックスをしていない。三十一日に無理矢理したようなセックスが最後だ。恋人になればいつでも出来ると思っていたのは、甘い考えだと思った。
「引っ越しもままならなくてね。」
「あー。同居したいって言ってましたね。でもまだしてないんですか?」
「忙しくて。」
 このままでは清子があの街へ行くまで何も出来ない。引っ越しすら出来ないのだから。

 そのころ、清子はIT部門のオフィスに戻り、やっと作業を終わらせた。向こうには朝倉の姿もある。朝倉もやっと仕事が終わったらしい。
 清子派からのカップを手にすると、給湯室へ向かった。そして自分のカップを洗うと水気を切り、さっさとそこを出ようとしたときだった。
「徳成さん。これも洗っておいてくれないかな。」
 さっき洗い終わったのに。そう思いながら清子は朝倉のカップを手にすると、また水場に立つ。
「今日は終わってどこに?」
「大学です。知り合いの研究室に用事があって。」
「ふーん。我孫子さんの所?」
 その言葉に清子は手を止めた。我孫子の名前を出したことはないのにどうして知っているのだろう。
「どうして……。」
「君のやり方が、我孫子さんのやり方によく似ているから。それに我孫子さんの講習は、俺も受けたことがあるから。」
「そうでしたか。」
「すごいよね。あの歳で、最新のものを学ぼうとするのって。」
「そうですね。そういうところは尊敬できます。」
「その我孫子さんもくわえ込んでいるの?」
 くわえ込むというのは、セックスをしているという事だろう。清子はその言葉に水を止めて、カップの水気をとった。
「我孫子さんとは師弟のような関係です。男と女だからと言って何もありません。」
「ふーん。昔とは違うんだね。」
「どう言うことですか?」
 すると朝倉は少し笑っていった。
「息子だからね。」
「え?」
「前の奥さんの子供。朝倉姓は、母親の名字だ。」
「あぁ……そうだったんですか。ずっと放浪していたとか。」
「そう。各地のIT事情を見てきた。」
 だから発想が自由なのか。そういえばこの人から聞いた情報なんかも、我孫子の糧になっている。
「で、父の所に何をしに?」
「……正月に、うちの課のものが自動車事故に巻き込まれまして、パソコンもカメラもハードディスクもすべてがぐちゃぐちゃになったと思ってました。でもハードディスクの内部までは傷が少しあるくらいだったので、復元できないかと。」
「なるほどね。そんなに復元させたいものなの?」
「そうかもしれませんね。私にはわかりませんが。」
 確かにそれを復元するためには専用の機材が必要だろう。だがそこまでして何を復元させたいのか気になる。
「俺も行っていい?」
「さぁ……本人に聞いてみたらどうでしょう。」
 復元したいといっているのは晶だ。晶がいいといえば別にかまわないだろう。
 清子は給湯室をでると、コートを羽織った。そしてオフィスの外に出て行く。その後ろを朝倉も付いていった。
「待ち合わせしている?」
「ゲートの近くにいますから。」
 ゲートをくぐり喫煙所を見ると、晶の姿があった。清子もその中に入っていくと、晶は少し笑った。
「お、お疲れ。十九時だって……。」
 だがその後ろについて来た男に晶は少し言葉を詰まらせた。
「尊。」
「何だ。徳成さんに頼んでいるのは晶だったのか。」
 二人は古くからの知り合いだった。
 晶は世界を飛び回って写真を撮り、朝倉は世界を回ってITの情報を仕入れていた。
「お前の方が少し年上だっけ。」
「あぁ。そうだっけ。三十だからな。」
「それにしても何でこんな会社に入ってんだよ。会社に縛られるのやだっていってたじゃん。」
 清子は煙草に火を付けて、その会話を聞いていた。
「別に理由はない。フリーでやると金はまるっと自分のものだけど、その分、体を壊したら収入はゼロだからな。」
「確かに。俺もそんな感じで入ったんだよ。清子の上司?」
「そうですよ。」
 すると朝倉も煙草を取り出して、晶にいう。
「何か、あれだな。晶もあのホテルでさ「この地球上で一番綺麗なものを撮りたい」って言ってたのに、何でエロ雑誌なんかに……。」
 すると晶は少し笑っていった。
「綺麗なものは自然物だろ?その一番綺麗なのは、人間の体じゃねぇか。」
「体?あんなホルスタインみたいな乳がどこがいいんだ。」
 すると晶は清子の耳元でいう。
「こいつ貧乳好きだぞ。」
「ロリコンかもしれませんね。」
 それが聞こえたのか、朝倉はそれを否定した。
「違う。決してロリコンなんかじゃない。」
「そーかな?尊ってさ、外国のほら砂漠の地域に行った時さ、現地の女の子に「うちの婿に来て」って言われてまんざらでもなさそうだったじゃん。」
 その言葉に朝倉は煙がむせそうになった。
「女の子?」
「十歳くらいの。あっちの方ではその辺くらいから婿探しするからさ。」
「なるほど。で、何で断ったんですか?」
 すると朝倉はムキになったようにいった。
「十歳の子供に欲情するか。」
「しそうだよな。」
「全く……駄目ですよ。この国では未成年は犯罪ですから。」
「だから、違うって。だから昔の知り合いに会うのイヤだったんだ。」
 少し人間らしいところがあった。清子はそう思いながら、煙草の灰を落とした。
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