89 / 289
対面
88
しおりを挟む
電話の相手は愛だった。興奮したように愛は、一気に清子に対する暴言を吐いている。普段愛は人の悪いところを決して言わない。悪いと思っていても、言い方によってはろくでもない噂を立てられるからだ。
だが今の愛はそのことを考えられないようだ。たまらず史は、清子の部屋を出てアパートの外に出た。これから何をしようとしているのか愛は知ることはないし、史が誰と居るのかもわかっていない。だからおそらくこんなことを言っているのだろう。
「きっとあの徳成さんって人にそそのかされたのよ。何も知らないような顔をして、卑しい女だわ。」
想像はしていた。清子の祖母の掃除と墓参り、そして晶の父の見舞い。それだけならこんな時間にならない。何かしている。その何かとは、セックス以外無いだろう。一度セックスをした仲なのだ。きっとしている。
「そうとは限らないよ。二人にとって育った街だ。見たいものも訪れたいところもあったはずだ。」
「でも……。」
「今は俺も久住の味方はしたくない。だが君の様子に、久住が出て行くのも何となくわかる。」
「……。」
「俺だって疑いたくないけど、それ以上に清子が参っているんだ。やってあげるのは、側にいることだけだ。そしてそれが出来るのは俺しか居ないと思う。」
「ずいぶん聖人みたいなことを言うのね。晶とあの子がセックスをしていても嫉妬しないの?あたしはするわ。」
これが男と女の差なのかもしれない。確かに怒りはあるが、あんな状態の清子に対して自分の感情に正直になったまま、感情のままに責めることなど出来るだろうか。
「だったら……君は、久住の過去の女にも嫉妬するのか?あいつ、結構言い寄られて、断らなかったからな。」
「……。」
「裸の女の写真を撮ることもあるだろうな。その女に対して嫉妬するのか?」
「そんな問題じゃないわ。あたしは……。」
「どっちにしても帰る家はそこしかないんだったら、おとなしく待っておけよ。どっちにしても俺は明日久住に会うだろうから、あいつの言い分も聞く。」
そして清子のことも聞く。本当に寝たのだろうかと。
部屋に帰ってくると、清子は部屋着に着替えてベッドに横になっていた。静かな寝息をたてているのを見て、疲れているのだろうと思った。それもそうだ。夕べはあまり寝ていない割に、今日はたくさん動いたのだろう。それに晶とセックスをしたのであればさらに疲労は蓄積されている。
史はそのベッドに腰掛けると、清子の頬にかかっている髪を避けた。そして唇を寄せようとしたとき、再び史の携帯電話が鳴った。
相手を見ると、そこには晶の名前があった。今一番声を聞きたくない相手だ。だが取らないわけにはいかないだろう。
「もしもし。」
「あ……編集長。今いい?」
「あぁ……。」
晶は車に乗り、会社の近くにある小さなアパートの一室にいた。古くてぼろいアパートで、トイレもキッチンも共同。近くに銭湯があり、風呂はそこに通うしかないようなところだった。
だが晶にとっては解約したくない部屋だった。今は仕事部屋として、愛の部屋に置けない薬剤や暗室を片隅に作っているが、昔はここで寝泊まりしていた。女を連れ込んだこともあったが、アパートの外観だけで去っていくような女ばかりだった。当然、愛もこの場所を知らない。というか、知ってもこの中にまでは入らないだろう。
「……そんなつまらないことで俺を巻き込まないでくれ。」
史はそういうと、ため息をついた。
「痴話喧嘩とでも思ってんのか?」
「それ以外何があるんだ。」
「……悪いけど清子と寝た寝てないはどうでも良い。でもあまり知らないような奴のことを平気で侮辱するのは、耐えれないな。」
「お前はだからゴシップ記者には向いてないんだ。」
「頼まれてもするかよ。」
ちょうどいい。史はそのまま窓を開けてベランダにでる。そしてドアを閉めると晶に聞く。
「お前、本当に清子と寝たのか?」
「は?」
「もしそうなら、俺も気分がいいわけがないだろう。」
「彼氏面かよ。」
確かに恋人というわけではない。だが何度か寝た。それを晶に取られるのは気分が悪いのだ。
「……寝たよ。」
その言葉に史は少しため息をつく。
「十年前な。」
「そんな昔のことを聞いてない。今日寝たのかと聞いているんだ。」
「……そんなことを聞いてどうするんだよ。清子はあんたのものじゃないだろう?」
「お前のものでもない。」
すると晶は少し黙り、史にいう。
「……誰のものでもないだろ。あいつはまだ「一人」だってことが抜けてねぇんだ。今日一緒にいてわかったよ。あいつには信用できる奴が祖母さんしか居なかったんだ。だから祖母さんを失ったとき、せめて家だけは守ろうと思ったんだろう。けど……それもあっさり取られた。身内だってそんな感じだ。信用なんか出来るわけがない。」
いつか聞いた。人は裏切るものなのだと。そう思わせたくなかったのに、そう思わせるようなことがあったのだ。
「俺は一人なんて思わせたくない。俺はあいつを忘れなかったから。」
「愛にはなんと言うんだ。」
「愛に言って良いよ。ここにいるって。でもたぶん愛は来ないだろうな。俺も帰らない。」
「自然消滅をねらっているのか?」
「……。」
「そんな別れ方をしたら、いずれ現場で鉢合わせをしたとき気まずくないか?」
「けど……あんな言い方をすると思ってなかった。」
「誰もが傷つかない言い方なんか出来るわけがないだろう。女をなんだと思っているんだ。腫れ物に触るように、お前を扱うわけがない。どこまで王様の気分なんだ。」
たまらずに言ってしまった。そんな甘っちょろい言葉がでるとは思ってなかったから。
「いいわけ。」
「え?」
「とにかく、俺は愛とは離れたい。だから愛に場所を聞かれたらここの場所を言ってもいいし、止めない。けど、愛はここに来ないと思う。俺も戻る気はない。そう言っておいてくれないか。」
晶はそれだけをいうと、電話を切った。そしてため息をつく。
モノが多いだけで掃除は出来ている。布団もこの間干したばかりだ。その布団の上で横になる。すると数時間前の出来事が腕に戻ってくるようだった。
柔らかくて細くて、入れ込む度に赤くなり声を上げる清子の体が愛しい。
「晶……。」
名前を呼ぶ声が甘い。それを思いながら、晶もまた眠りについた。
だが今の愛はそのことを考えられないようだ。たまらず史は、清子の部屋を出てアパートの外に出た。これから何をしようとしているのか愛は知ることはないし、史が誰と居るのかもわかっていない。だからおそらくこんなことを言っているのだろう。
「きっとあの徳成さんって人にそそのかされたのよ。何も知らないような顔をして、卑しい女だわ。」
想像はしていた。清子の祖母の掃除と墓参り、そして晶の父の見舞い。それだけならこんな時間にならない。何かしている。その何かとは、セックス以外無いだろう。一度セックスをした仲なのだ。きっとしている。
「そうとは限らないよ。二人にとって育った街だ。見たいものも訪れたいところもあったはずだ。」
「でも……。」
「今は俺も久住の味方はしたくない。だが君の様子に、久住が出て行くのも何となくわかる。」
「……。」
「俺だって疑いたくないけど、それ以上に清子が参っているんだ。やってあげるのは、側にいることだけだ。そしてそれが出来るのは俺しか居ないと思う。」
「ずいぶん聖人みたいなことを言うのね。晶とあの子がセックスをしていても嫉妬しないの?あたしはするわ。」
これが男と女の差なのかもしれない。確かに怒りはあるが、あんな状態の清子に対して自分の感情に正直になったまま、感情のままに責めることなど出来るだろうか。
「だったら……君は、久住の過去の女にも嫉妬するのか?あいつ、結構言い寄られて、断らなかったからな。」
「……。」
「裸の女の写真を撮ることもあるだろうな。その女に対して嫉妬するのか?」
「そんな問題じゃないわ。あたしは……。」
「どっちにしても帰る家はそこしかないんだったら、おとなしく待っておけよ。どっちにしても俺は明日久住に会うだろうから、あいつの言い分も聞く。」
そして清子のことも聞く。本当に寝たのだろうかと。
部屋に帰ってくると、清子は部屋着に着替えてベッドに横になっていた。静かな寝息をたてているのを見て、疲れているのだろうと思った。それもそうだ。夕べはあまり寝ていない割に、今日はたくさん動いたのだろう。それに晶とセックスをしたのであればさらに疲労は蓄積されている。
史はそのベッドに腰掛けると、清子の頬にかかっている髪を避けた。そして唇を寄せようとしたとき、再び史の携帯電話が鳴った。
相手を見ると、そこには晶の名前があった。今一番声を聞きたくない相手だ。だが取らないわけにはいかないだろう。
「もしもし。」
「あ……編集長。今いい?」
「あぁ……。」
晶は車に乗り、会社の近くにある小さなアパートの一室にいた。古くてぼろいアパートで、トイレもキッチンも共同。近くに銭湯があり、風呂はそこに通うしかないようなところだった。
だが晶にとっては解約したくない部屋だった。今は仕事部屋として、愛の部屋に置けない薬剤や暗室を片隅に作っているが、昔はここで寝泊まりしていた。女を連れ込んだこともあったが、アパートの外観だけで去っていくような女ばかりだった。当然、愛もこの場所を知らない。というか、知ってもこの中にまでは入らないだろう。
「……そんなつまらないことで俺を巻き込まないでくれ。」
史はそういうと、ため息をついた。
「痴話喧嘩とでも思ってんのか?」
「それ以外何があるんだ。」
「……悪いけど清子と寝た寝てないはどうでも良い。でもあまり知らないような奴のことを平気で侮辱するのは、耐えれないな。」
「お前はだからゴシップ記者には向いてないんだ。」
「頼まれてもするかよ。」
ちょうどいい。史はそのまま窓を開けてベランダにでる。そしてドアを閉めると晶に聞く。
「お前、本当に清子と寝たのか?」
「は?」
「もしそうなら、俺も気分がいいわけがないだろう。」
「彼氏面かよ。」
確かに恋人というわけではない。だが何度か寝た。それを晶に取られるのは気分が悪いのだ。
「……寝たよ。」
その言葉に史は少しため息をつく。
「十年前な。」
「そんな昔のことを聞いてない。今日寝たのかと聞いているんだ。」
「……そんなことを聞いてどうするんだよ。清子はあんたのものじゃないだろう?」
「お前のものでもない。」
すると晶は少し黙り、史にいう。
「……誰のものでもないだろ。あいつはまだ「一人」だってことが抜けてねぇんだ。今日一緒にいてわかったよ。あいつには信用できる奴が祖母さんしか居なかったんだ。だから祖母さんを失ったとき、せめて家だけは守ろうと思ったんだろう。けど……それもあっさり取られた。身内だってそんな感じだ。信用なんか出来るわけがない。」
いつか聞いた。人は裏切るものなのだと。そう思わせたくなかったのに、そう思わせるようなことがあったのだ。
「俺は一人なんて思わせたくない。俺はあいつを忘れなかったから。」
「愛にはなんと言うんだ。」
「愛に言って良いよ。ここにいるって。でもたぶん愛は来ないだろうな。俺も帰らない。」
「自然消滅をねらっているのか?」
「……。」
「そんな別れ方をしたら、いずれ現場で鉢合わせをしたとき気まずくないか?」
「けど……あんな言い方をすると思ってなかった。」
「誰もが傷つかない言い方なんか出来るわけがないだろう。女をなんだと思っているんだ。腫れ物に触るように、お前を扱うわけがない。どこまで王様の気分なんだ。」
たまらずに言ってしまった。そんな甘っちょろい言葉がでるとは思ってなかったから。
「いいわけ。」
「え?」
「とにかく、俺は愛とは離れたい。だから愛に場所を聞かれたらここの場所を言ってもいいし、止めない。けど、愛はここに来ないと思う。俺も戻る気はない。そう言っておいてくれないか。」
晶はそれだけをいうと、電話を切った。そしてため息をつく。
モノが多いだけで掃除は出来ている。布団もこの間干したばかりだ。その布団の上で横になる。すると数時間前の出来事が腕に戻ってくるようだった。
柔らかくて細くて、入れ込む度に赤くなり声を上げる清子の体が愛しい。
「晶……。」
名前を呼ぶ声が甘い。それを思いながら、晶もまた眠りについた。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる