7 / 37
第一話
第一話 神崎若葉 キグジョ誕生! ⑦
しおりを挟む背を向けたまま手を振るりゅっしーを見て、子どもたちにも私の意図が通じたのだろうか。
「りゅっしー! 行かないでー!」
「りゅっしー!」
という悲鳴のような声が、りゅっしーの大きな背中や尻尾に突き刺さる。
ただ、私はこれ以上りゅっしーでいられない。
なぜなら正体がバレてしまうのは時間の問題なのだから。
私は後ろ髪引かれる気持ちに喝を入れた。
――心を鬼にするのよ、神崎若葉!
……が、私は心の声に従って、無意識に行動してしまう節がある自分を、すっかり忘れていのだった――
勝手に体の向きが正面からそれていく……。
同時に目の前に迫っていた運営本部がゆっくりと視界からそれていった。
――バカ! 私のバカ! なんで……。
『神崎若葉の理性』が必死に諌めてきたが、景色が移り変わっていくのは止まらない。
あれほど嫌がっていた『りゅっしーの中の人』ではないか。
このまま運営本部に戻って、パパに頭を下げれば、もうこんな蒸し暑い思いをしなくてもすむのよ!
それなのになぜ、『神崎若葉の理性』に逆らって行動しているの!?
自分でもまったく理解におよばない、強い力が働いていた。
そしてついに、背を向けていたものと向き合ったのだった――
その瞬間、視界にぶわっとまばゆい子どもたちの笑顔が飛び込んできた。
「わあっ!!」
面食らっているうちに、子どもたちの歓喜の声が地響きのように足の裏に伝わってくる。
「りゅっしぃぃぃ!!」
その勢いは足元でとどまらずに、頭上まで電撃のように駆けめぐった。
途端に強くひっぱられるかのように、子どもたちに向かって歩き始めた。
まるで子どもたちと、見えない『鎖』につながれているようだ。
ただ、私はその『鎖』の正体に気付いていた。
それは……。
――りゅっしーと子どもたちとの『絆』……!
最初は『変なの』と、私に冷たい視線を浴びせていた子どもたち。
そして、そんな子どもたち相手にどう接していいか分からずに、ただうろたえていた私。
決して『絆』が結ばれることはないだろうと思われた両者。
しかし、パパたちの商店街の未来を想う気持ちと、突然吹いた五月の風が『勇気』を生んだ。
私はガムシャラにおどけてみせた。
子どもたちは、こわごわ近寄って私に笑顔を向けた。
互いにたった一歩だけ歩み寄ろうとした勇気が『絆』を作り、そして今、強く、固く結ばれようとしていたのだった。
――りゅっしーのゴールは、子どもたちとの『絆』。それ以外、何があるんだ?
パパの言葉が頭に浮かぶと、許しをこわねばならぬ者に問いかけた。
――もし……。もし、子どもたちとの『絆』を結ぶためなら、心のままに行動しても許してくれるかな?
それは、親友たちの目に恐怖を感じている『神崎若葉の理性』であった。
正体がバレるのは絶対に嫌だけど、それ以上に自分の心に嘘はつきたくない。
今は、りゅっしーのゴールを果たすため……つまり自分の与えられた仕事をまっとうするために、一心不乱に頑張ってみたい。
――私は私が望んだ仕事をしたいの!!
一歩、また一歩と子どもたちに近付いていくと、『理性』はどこかへ消え去っていき、りゅっしーと一体になっていく不思議な感覚におちいっていった。
そして、いよいよ子どもたちの目の前まで戻ってくると……。
私は、完全にりゅっしーと一つになっていた――
バッ!!
高々と右の拳を天に掲げると同時に、足元では軽快なステップを踏み始める。
そして次に私は手拍子を求めるように、自分の手をテンポよく何度も叩き始めた。
パンッ! パンッ! パンッ!
と、子どもたちと周りの大人たちが手拍子を始める。
「りゅっしー!!」
子どもたちの手拍子とりゅっしーのステップが一体になったところで、私のステージが幕を上げた。
「ワアアアアッ!!」
子どもたち大歓声がりゅっしーの動きを加速させていく。
ダンスなんて習ったことはない。
だから他人から見たら、ハチャメチャでヘンテコな踊りだっただろう。
でもダンスの良し悪しなんか、りゅっしーと子どもたちが『絆』を結ぶには関係ないと思うの。
大切なのはお互いの心を通わせようとする気持ちなんだから。
ダンスを終えたりゅっしーが決めのポーズを取ると、子どもたちの声援がどこまでも続く青い空を震わせた。
この瞬間、私の心の中には、真夏のような眩しい太陽がさんさんと輝いていたのだった――
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる