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第一話

第一話 神崎若葉 キグジョ誕生! ⑤

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◇◇

  御神輿となって運営本部に担ぎ込まれた私は、物陰に隠れるように移ると、りゅっしーの着ぐるみを脱いで体を休めていた。
 そこにやってきたのはパパだった。

「おうおう! あんまりシケた面ばかりしてんな! せっかくの可愛い顔がだいなしだぜ!」

 むすっとした顔をしてむくれている私に、買ってきたスポーツドリンクのペットボトルを差し出している。
 娘の危機を救った達成感からだろうか、どこか晴れ晴れとしたパパの笑顔を見て、私はますます頬を膨らませた。
 
「もう、勝手なことばかり言って!」

 ジュースをかっさらうようにして受け取ると、ごくっごくっと一気に飲み干した。
 それを見たパパは「おお! いい飲みっぷりだ!」と目を細くして喜んでいる。
 しかしキンキンに冷えたジュースが火照った体に沁み渡っても、心の中は沸騰したままだった。
 
「パパ! これで分かったでしょ! 私にりゅっしーは務まらないって!」

 さんざん失態を犯した挙げ句、子どもたちに担がれて退場していったゆるキャラなんて前代未聞だ。
 情けない自分と、最初から無茶な仕事を私に任せたパパに憤っていたし、同時に申し訳なさで胸がいっぱいだった。

「パパたちが一生懸命考えた設定も壊しちゃったし……。ごめんなさい……」

 私は「クビ」を宣告させるものだと覚悟しながら、パパの言葉を待つ。
 だが、ふっと口元を緩めたパパは、私の頭に大きな手を乗せて、予想外の言葉を口にしたのだった。

「あやまることなんかねえよ。若葉はなにか勘違いしているようだが、少なくとも俺はおまえに『りゅっしー』をやってもらえてよかったと、心から思ってるぜ」

「えっ……!? どういうこと?」

 パパの言っている意味がまったく理解できずに目を丸くして問いかけると、パパはゆったりとした口調で答えた。

「いいか、若葉。仕事ってのは『目標を達成できたか』ってのが、なによりも大切なんだぜ。どんなに器用にりゅっしーの役をこなせたって、目標を達成できなかったら何の意味もねえ」

「りゅっしーの仕事の目標ってなに?」

「そりゃあ、若葉。着ぐるみの目標って言ったら、今も昔もたった一つしかねえだろ」

「だからそれはなんなの!? もったいぶらずに教えてよ」

「だったら、耳をすませてみろ。若葉の耳には何が聞こえてくる?」

 私は半信半疑のまま、パパの言う通りに周囲の音に耳をすませた。
 すると聞こえてきた『声』に、目を大きく見開いてしまった。


「ねえ、ママ! りゅっしーは!? りゅっしーに会いたい!」
「りゅっしーは帰っちゃったの? りゅっしー戻ってくるよね!」
「りゅっしぃぃぃぃ!!」


 それは退場してしまったりゅっしーの再登場を求める、大勢の子どもたちの声だったのだ。

「パパ……。これって……」

 言葉を失ってしまった私に対して、パパはにやっと口角を上げて言った。

「りゅっしーのゴールは、子どもたちとの『絆』。それ以外、何があるんだ? さあ、どうする? 若葉」

「どうするって、どういうこと?」

「……ったく、おまえは相変わらずママに似て鈍いな。子どもたちの期待に応えるか、それとも逃げ出すか。どっちにするんだ、って聞いてんだよ!」


 パパの与えた選択肢は、呆然としていた私の頬をビタンと叩く張り手のようだ。
 私ははっと我に返った。
 そして、迷うはずもない選択を口にした。

「私は一度だって逃げ出したことなんてないのを、パパが一番知っているでしょ!」

 頬を膨らませている私の頭を、パパは目を細めてもう一度なでた。

「ははっ! そうだったな! よしよし、じゃあ、もう少し休んでから行ってこいや」
「もうじゅうぶんに休んだわ!」

 私が意地になって言うと、パパは私の肩に手を置いて真面目な顔になる。

「いや、ダメだ。ちゃんと体を休めてからにしろ。ただでさえ、無茶したんだ。あと一〇分はじっとしてろ」

「でも、子どもたちが待ってるし……」

「バカヤロウ。ガキどもが『辛抱』ってのを覚えるちょうどいい機会じゃねえか。それよりもこれだけは守ってくれ。りゅっしーの中に入るのは長くて二〇分。その後は同じ二〇分の休憩を挟むこと。いいな」

 パパのいつにない真剣な表情を見て、私の体のことを心配してくれているのがひしひしと伝わってくる。
 私は気恥ずかしくなって、ぷいっとそっぽを向くと小声で答えた。

「……うん。分かった」

「うむ、ならいい。あと一〇分したら健ちゃんをここに寄こすから。それまでは、ぼーっとしてな」

「はい」

 私が大人しく言うことを聞いたのを確認したパパは、その場から立ち去ろうと私に背を向けた。
 しかしその直後、とんでもないことを口にしたのである。

「そう言えば、若葉の友達が、さっき運営本部に来てたぞ」

 ぼーっとしかけたところで、まるでハンマーで頭をガツンと叩くような衝撃的な一言だ。

「ちょ、ちょ、ちょっと! 誰なの!?」

 私の声が裏返ったのが可笑しかったのか、パパはちらりと私の方を振り返って答えた。

「名前なんだったかなぁー。いつもの二人だよ。たしか……」

「たまちゃんとマユ!」

「そうそう! その二人だ! はははっ! この頃は物覚えが……」
「ちょっと! パパ! 二人にバラしてないでしょうね!? 私のこと!」

 パパの言葉をさえぎった私は、ぐいっと身を乗り出して問い詰める。
 パパは私の気迫に面食らいながら、しどろもどろに答えた。

「お、おう。大丈夫だ。安心しな。適当に誤魔化して帰したよ」

「本当でしょうね?」

「パ、パパの言うことが信じられねえってことかい?」

「……ふーん、ならいいけど。でも、ぜぇぇったいにバラさないでよね!」

「お、おう。分かってるって! もしどうしてもバレそうになったら、ここへ帰ってこい。そして、今日はもうしまいにして構わねえよ。お前に恥かかせてまで、やってくれとは言えねえからな」

 私の鬼気迫る表情から目をそらしたパパは、逃げるようにしてその場を立ち去っていった。

「人のことを御神輿にしておいて、よく言うわ! ……とにかく、二人にバイトのことが見つかったら、もう学校に行けなくなっちゃうよ。恥ずかしくて……」

 ちなみに『たまちゃん』は、福澤 珠美(ふくざわ たまみ)。
 そして『マユ』は、青羽 麻夕子(あおば まゆこ)。
 二人とも私とは幼稚園の頃からの親友で、小学校と中学校だけではなく、高校も同じ坂戸北高校に通っている。
 
 おっとり屋さんのたまちゃんならともかく、社交的で友達も多いマユに、今の私の姿が知れたらそれこそ一大事だ。
 
「とにかくもう目立つことはやめよう」

 私はそう心に誓った。
 そして、相変わらず悪寒の走る笑みを浮かべてこっちにやってきた健一おじさんに手を振った後、再びりゅっしーの中へと入っていったのだった。
 
 
 まさか、これから三〇分もしないうちに、大変な事態になるとも知らずに――
 
 
 
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