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第1章 天然勇者の依頼事
勇者見参!
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◇◇
勇者――その存在は唯一無二。魔王が出現したこの世界にとって、希望の星であり、尊敬のまなざしを一手に集める権利を有するただ一人の人間のことだ。
勇者の資格を持つその男も、例外ではなかった。
彼の行くところに人が集まり、彼は民衆たちの期待に応えるべく、魔物たちとの戦いに身をおいていた。
そんな彼が、とある事情を抱えてセントポリスの街にたどり着いたのは、その日の夕方になってからの事だった…
彼との運命的な出会いこそが、俺の人生を大きく狂わせる事になったのだ…
◇◇
そんな勇者の出会いから遡ること、数分前―
俺はクララが彼女特製のジュースを持ってくるのを、不機嫌な顔をしながら待っていた。
「サイゾーちゃん、そんなブサイクな顔をしていると、本当にブサイクになっちゃうわよ?」
「うるせえ!どうせ俺は仕事もない、姉ちゃんの荷物持ちしか能のないブサイクな人間ですよ!」
「あらあら…なんでそんなに不機嫌なのかしら?」
この人…それを本気で言っているとしたら、「お前はバカか?」と一言いいたくなる。
もちろんそんな爆弾を放り込むほどの勇気はない。
俺はプイっと顔をそむけてその「不機嫌の元凶」から視線をそらしていた。
しばらく待っていると、クララが少し緊張した面持ちで、俺たちにジュースを持って戻ってきた。
そのジュースに視線を移すと、そこには多くの果実がゴロゴロと入っていて、炭酸がシュワシュワと泡を出しては弾けている。いかにも爽やかな飲み物がグラスいっぱいに注がれていた。
見た目は最高!では、肝心の味はどうか…
俺は添えられたストローも使わずに、腰に手を当てて、グラスを口に傾けると、一気に飲みほし、果実も口の中へ放り込んだ。
「な、なにぃ!!」
俺に衝撃が走り、思わず口から驚きがもれる。
「ど、どうかな?」
心配そうに俺の顔を覗き込むクララ。
「クララ…これは…」
それは素晴らしいものだった。
フルーツの甘みと酸味が絶妙にマッチし、炭酸が喉越しの良さを演出している。飲んだ瞬間にトロピカルな南国の風景が、俺の脳裏を埋め尽くした。
「うめぇぇぇ!うまいぞ!クララ!!」
疲労困憊であった俺の気力が一気にみなぎってきた。そのジュースのあまりの出来に、俺は猛烈に感動して思わず彼女の手を取り、両手で握りしめた。
「そ、そう?あ、ありがとう」
やはり神は俺を見捨ててなどいなかったのだ。
鬼の姉ちゃんの傀儡となって、街を右から左まで重い荷物を抱えて這いずりまわったのも、今まさにこの瞬間の感動を演出するスパイスに成り下がった。
俺はあまりの感動に、彼女の手を取ったまま小躍りを始めてしまった。
「ちょ…ちょっと!サイゾー!」
顔を赤らめながら、抗議するクララであったが、そんなことなどお構いなしに俺と彼女のダンスは続いた。俺の気分が最高潮に達したその時…
ムズ…
俺の首根っこが何者かの大きな力で掴まれたと思った瞬間、俺はその力によって引っ張り上げられてしまった。
「うわぁぁぁ!!」
足をジタバタさせて抵抗するが、俺を掴む馬鹿力の前には全くの無駄なようだ。
すると耳元で、大きなダミ声で雷が落ちた。
「俺の妹に手を出すとは、いい根性しているな!こわっぱが!!」
「俺の妹」だって…!?まさか…
俺が言葉に出そうとした瞬間、
「あら?その声はベルナルドかしら?私の可愛い弟に手を出すなんて…」
と、ジュースのストローをいじって座ったままの、姉ちゃんが穏やかに口を出した。
俺が影になって、俺の首を掴んでいる男の顔までは確認出来ないらしい。しかしその特徴ある声で、姉ちゃんには誰だか分かったようだ。
それは、クララの兄であるベルナルドを名指ししていた。
ただ…その口調が穏やか過ぎる…
それはまるで、嵐の前の静けさのように…
「げっ!?その声はまさか…!?」
耳元のダミ声は、先ほどまでの威勢がどこに行ってしまったのやら、ベルナルドは小動物のような弱々しい声でとまどっている。
その瞬間だった。
目の前の姉ちゃんの姿が消えたと思うと、俺の真隣に立ち、手にしたストローの先を、俺の背後のベルナルドの目に突き立てた。
「いい根性してるじゃない?ベルナルド」
「じょ…冗談に決まってるだろ…サユリ…」
ドサッ…
俺は無造作に床に落とされた。
「いてぇな!しこたま腰を打っただろ!!」
俺は座ったまま、ベルナルドに文句をつけてやろうと振り返った。
そこには身長2mの、まさにマッチョの一言しか表しようもない大男が、顔面蒼白で立っていた。
特徴のある茶色に天然パーマの髪型で、頬には大きな傷、妹同様に少しだけ、そばかすの跡がある。
頭以外の全身を鉄の鎧に固めたその姿は、歴戦の戦士と呼ぶにふさわしいいでたちであった。
スッパァーン!
俺が口を開こうとしたその瞬間、再び姉ちゃんの平手うちが、俺の後頭部に炸裂した。
意識が飛んだことを示すように、周囲がブラックアウトしたかと思うと、またまたじいちゃんが笑顔で手を伸ばしてくる…が、これにつかまったら最後、俺は天に召されてしまう!
危ういところで、俺は踏みとどまって、意識を取り戻した。
「あんたも調子に乗らないの!クララちゃんが顔を真っ赤にさせて困っちゃってるじゃない!」
ふとクララの方を見ると、真っ赤に沸騰させた顔をうつ伏せにして、上目で俺の方を見ていたが、俺の視線を感じると、いじらしくすぐに視線をそらした。
その様子は心なしか喜びを感じるのだが、そんなにジュースをほめられたのが嬉しかったのか?
不思議そうにしている俺をちらりと見た姉ちゃんが、クララの側に寄って、耳元で小声でささやく。
「今日はサイゾーちゃんのお仕事を探しにきたの。
まともに仕事も出来ないようじゃ、恋人すら作れないからね~」
「おい!待て!俺がいつ彼女を作ろうが、俺の勝手だろ!?姉ちゃんにそんな事まで指図する権利なんてないはずだ!」
こんな事まで姉ちゃんに決められていたら、そのうち嫁さんまで彼女に決められてしまう。そうなったら、俺の人生は操り人形だ。
それだけは絶対に阻止しなくちゃならん!
ここが勝負所だ!
俺は必死に抗議した。
「権利?そうね、私にそんな権利はないわ」
お!これは俺の抗議が実を結んだのか!?
流石に「外面モード」の姉ちゃんなら、押し切れる!
…が、俺の勢いまかせの抗議など通用するような相手ではない事を、俺はすっかり忘れていた。
さらに畳み掛けようと口を開こうとした瞬間、姉ちゃんの方が間髪いれずに続けた。
「でも、仕事もせずにゴロゴロしてるだけの男なんて、彼氏にしたくないわよね~?クララちゃん」
急に話を振られたクララがまごつく。
「え?わたし?え、えーっと…」
「クララちゃんだって彼氏には、家でゴロゴロしてる愚か者より、きちんと汗水たらして働いている勤勉者でいて欲しいでしょ?」
「そ、それはそうです!だから、サイゾーにもちゃんと働いて欲しい…というか…」
「あら?クララちゃん、それじゃあまるで、サイゾーちゃんの彼女みたいね、ふふふ」
いやらしく笑顔を見せる姉ちゃんに、クララは頭から湯気が出るほどに顔を沸騰させて、手と首を高速に横に振ってその発言を否定している。
「それに、サイゾーちゃん」
「なんだよ?」
「仕事してないとモテないわよ~。現にサイゾーちゃんは彼女なんて出来たことないでしょ?」
姉ちゃんの直球の一言が、俺のハートのど真ん中を綺麗に射抜いた。
くっそぉ!言葉の暴力だ!
暴力反対!
俺は破壊された心の痛みによる涙を懸命にこらえながら、
「そりゃ…彼女出来たことなんてないけどさ…」
と、つぶやくのが精一杯だった。
「ほっ…それはよかった…」
「なぜクララが、そこで安堵する?」
「べ…別に、なんでもないわよ!私があんたにぴったりな仕事を見繕ってあげるんだから!覚悟しなさい!」
なんだかよく分からないが、威勢よくたんかを切ったクララは、そのままギルドの仕事紹介をするカウンターで、依頼表の束に目を落とし始めた。その目は血走って、伝票をめくるスピードは嵐が通り過ぎるように、荒々しく、すさまじいスピード感で、彼女の必死さがダイレクトに伝わってくるようだった。
その様子を見て、姉ちゃんは「よしよし」とうなずいている。
これも姉ちゃんの策略だったのか…クララよ、早くこの女の正体に気付かないと、お前は馬車馬のように姉ちゃんのために働かされるぞ…俺は同情するような視線をクララに向けた。
「サイゾーちゃん。余計なことを『バラしたら』…ふふふ、分かってるわよね?」
姉ちゃん、早く嫁入りして、俺に向けられたその殺意を旦那に向けてくれないかなぁ…
「ふふふ、安心して。サイゾーちゃんは、ずっと私のものなんだから…」
おい、おい、おい、おい、お~~~~い!!
なんかサラっと怖いこと言ったんですけど!?
このブラコン!死ね!死ね!死んでしまえ!
「ふふふ、私が死ぬときは…サイゾーちゃんも道連れにしてあげるんだから。一人ぼっちになるのは、嫌でしょ?」
「…」
ん…?ところで…さっきから俺は一言も発していないのに、なんで姉ちゃんは的確に返してくるんだ…?
俺は、心底恐ろしくなって、姉ちゃんの方を見た。
姉ちゃんはその視線をクララに向けて、微笑んでいる。
しかし…一瞬…
俺だけに分かるようにニタァと不気味な笑みを浮かべた…
ぎゃぁぁぁぁぁ!!!ホラーだ!もはやホラーだよ!!
そんな俺の心の中のパニックなどお構いなしに、先ほどから空気のような存在になっている相手に向けて、姉ちゃんが口を開いた。
「ところで、ベルナルド。あんた何しに来たのよ?まさか妹可愛さに旅を途中で投げ出して、ここまでやってきたんじゃないでしょうね?このシスコン」
それ、姉ちゃん…自分の事だと思うんですけど…
とは、もちろん言えずに、姉ちゃんの次なる矛先となった、哀れな子羊…もといベルナルドの方へ、俺は視線を移した。
彼は、ムッとした表情で腕を組んでいる。
ちなみにベルナルドは、姉ちゃんと同い年で、いわば姉ちゃんにとっての幼馴染だ。
今はとある事情で世界中を旅している。
「違う!俺は付き添いでここへ来ただけだ!」
「ほう…ってことは、あの人がここに来ているのね?」
姉ちゃんの高い鼻が、少しだけふくらんだ。この仕草…金だ。金の臭いを鋭く察知した顔。
そう俺の姉ちゃんは、金を使うのが大好きだが、それ以上に、金をまきあげる…もとい、稼ぐのは、もっと好きなのだ。むしろ、人から金を奪い尽くすことに生きがいを感じていると言っても過言ではない。
その姉ちゃんの癖が、「金をまきあげるチャンスを感じると鼻がふくらむ」というものだ。
そして、その哀れな獲物は、次の瞬間に勢いよく、ギルドの扉を開けて入ってきた。
その輝く笑顔は世界平和の象徴。威風堂々、その姿を拝むだけでも涙を流す老人もいる。
「やあ!!こんにちは!!僕はクリフ・グッド。この世界を平和に導く、勇者だ!よろしく!」
誰に言うでもなく、中にいる全員に聞こえるような大きな透き通った声で、そう自己紹介をした。
誰も頼んでいないのに…
この時点で俺は気付いていた。
「あ!この人痛いタイプの人だ」
と…
ここは触らぬ神にたたりなし、華麗にスルーするのが一番だと俺は直感していたのだが、隣の姉ちゃんは全く異なっていたようだ。
姉ちゃんの瞳がこれまでになく輝いている…お金のマークが浮かび上がって…
◇◇
人物紹介②
名前:ベルナルド・ノール
性別:男
年齢:25
職業:戦士
能力:筋力バカ
腕力:SS
素早さ:D
魔力:F
体力:S
器用さ:D
運:E
武器:大剣
得意技:叩く、殴る
身長:190cm
体重:110kg
体型:マッチョ
名前:クララ・ノール
性別:女
年齢:18
職業:受付
体型:育ちきっていないが、服装のおかげで大人びてみえる
服装:受付嬢の制服
顔立ち:兄に全く似ていない、可愛い顔立ち、そばかすが残る
髪型:ゆるふわロング、茶色
勇者――その存在は唯一無二。魔王が出現したこの世界にとって、希望の星であり、尊敬のまなざしを一手に集める権利を有するただ一人の人間のことだ。
勇者の資格を持つその男も、例外ではなかった。
彼の行くところに人が集まり、彼は民衆たちの期待に応えるべく、魔物たちとの戦いに身をおいていた。
そんな彼が、とある事情を抱えてセントポリスの街にたどり着いたのは、その日の夕方になってからの事だった…
彼との運命的な出会いこそが、俺の人生を大きく狂わせる事になったのだ…
◇◇
そんな勇者の出会いから遡ること、数分前―
俺はクララが彼女特製のジュースを持ってくるのを、不機嫌な顔をしながら待っていた。
「サイゾーちゃん、そんなブサイクな顔をしていると、本当にブサイクになっちゃうわよ?」
「うるせえ!どうせ俺は仕事もない、姉ちゃんの荷物持ちしか能のないブサイクな人間ですよ!」
「あらあら…なんでそんなに不機嫌なのかしら?」
この人…それを本気で言っているとしたら、「お前はバカか?」と一言いいたくなる。
もちろんそんな爆弾を放り込むほどの勇気はない。
俺はプイっと顔をそむけてその「不機嫌の元凶」から視線をそらしていた。
しばらく待っていると、クララが少し緊張した面持ちで、俺たちにジュースを持って戻ってきた。
そのジュースに視線を移すと、そこには多くの果実がゴロゴロと入っていて、炭酸がシュワシュワと泡を出しては弾けている。いかにも爽やかな飲み物がグラスいっぱいに注がれていた。
見た目は最高!では、肝心の味はどうか…
俺は添えられたストローも使わずに、腰に手を当てて、グラスを口に傾けると、一気に飲みほし、果実も口の中へ放り込んだ。
「な、なにぃ!!」
俺に衝撃が走り、思わず口から驚きがもれる。
「ど、どうかな?」
心配そうに俺の顔を覗き込むクララ。
「クララ…これは…」
それは素晴らしいものだった。
フルーツの甘みと酸味が絶妙にマッチし、炭酸が喉越しの良さを演出している。飲んだ瞬間にトロピカルな南国の風景が、俺の脳裏を埋め尽くした。
「うめぇぇぇ!うまいぞ!クララ!!」
疲労困憊であった俺の気力が一気にみなぎってきた。そのジュースのあまりの出来に、俺は猛烈に感動して思わず彼女の手を取り、両手で握りしめた。
「そ、そう?あ、ありがとう」
やはり神は俺を見捨ててなどいなかったのだ。
鬼の姉ちゃんの傀儡となって、街を右から左まで重い荷物を抱えて這いずりまわったのも、今まさにこの瞬間の感動を演出するスパイスに成り下がった。
俺はあまりの感動に、彼女の手を取ったまま小躍りを始めてしまった。
「ちょ…ちょっと!サイゾー!」
顔を赤らめながら、抗議するクララであったが、そんなことなどお構いなしに俺と彼女のダンスは続いた。俺の気分が最高潮に達したその時…
ムズ…
俺の首根っこが何者かの大きな力で掴まれたと思った瞬間、俺はその力によって引っ張り上げられてしまった。
「うわぁぁぁ!!」
足をジタバタさせて抵抗するが、俺を掴む馬鹿力の前には全くの無駄なようだ。
すると耳元で、大きなダミ声で雷が落ちた。
「俺の妹に手を出すとは、いい根性しているな!こわっぱが!!」
「俺の妹」だって…!?まさか…
俺が言葉に出そうとした瞬間、
「あら?その声はベルナルドかしら?私の可愛い弟に手を出すなんて…」
と、ジュースのストローをいじって座ったままの、姉ちゃんが穏やかに口を出した。
俺が影になって、俺の首を掴んでいる男の顔までは確認出来ないらしい。しかしその特徴ある声で、姉ちゃんには誰だか分かったようだ。
それは、クララの兄であるベルナルドを名指ししていた。
ただ…その口調が穏やか過ぎる…
それはまるで、嵐の前の静けさのように…
「げっ!?その声はまさか…!?」
耳元のダミ声は、先ほどまでの威勢がどこに行ってしまったのやら、ベルナルドは小動物のような弱々しい声でとまどっている。
その瞬間だった。
目の前の姉ちゃんの姿が消えたと思うと、俺の真隣に立ち、手にしたストローの先を、俺の背後のベルナルドの目に突き立てた。
「いい根性してるじゃない?ベルナルド」
「じょ…冗談に決まってるだろ…サユリ…」
ドサッ…
俺は無造作に床に落とされた。
「いてぇな!しこたま腰を打っただろ!!」
俺は座ったまま、ベルナルドに文句をつけてやろうと振り返った。
そこには身長2mの、まさにマッチョの一言しか表しようもない大男が、顔面蒼白で立っていた。
特徴のある茶色に天然パーマの髪型で、頬には大きな傷、妹同様に少しだけ、そばかすの跡がある。
頭以外の全身を鉄の鎧に固めたその姿は、歴戦の戦士と呼ぶにふさわしいいでたちであった。
スッパァーン!
俺が口を開こうとしたその瞬間、再び姉ちゃんの平手うちが、俺の後頭部に炸裂した。
意識が飛んだことを示すように、周囲がブラックアウトしたかと思うと、またまたじいちゃんが笑顔で手を伸ばしてくる…が、これにつかまったら最後、俺は天に召されてしまう!
危ういところで、俺は踏みとどまって、意識を取り戻した。
「あんたも調子に乗らないの!クララちゃんが顔を真っ赤にさせて困っちゃってるじゃない!」
ふとクララの方を見ると、真っ赤に沸騰させた顔をうつ伏せにして、上目で俺の方を見ていたが、俺の視線を感じると、いじらしくすぐに視線をそらした。
その様子は心なしか喜びを感じるのだが、そんなにジュースをほめられたのが嬉しかったのか?
不思議そうにしている俺をちらりと見た姉ちゃんが、クララの側に寄って、耳元で小声でささやく。
「今日はサイゾーちゃんのお仕事を探しにきたの。
まともに仕事も出来ないようじゃ、恋人すら作れないからね~」
「おい!待て!俺がいつ彼女を作ろうが、俺の勝手だろ!?姉ちゃんにそんな事まで指図する権利なんてないはずだ!」
こんな事まで姉ちゃんに決められていたら、そのうち嫁さんまで彼女に決められてしまう。そうなったら、俺の人生は操り人形だ。
それだけは絶対に阻止しなくちゃならん!
ここが勝負所だ!
俺は必死に抗議した。
「権利?そうね、私にそんな権利はないわ」
お!これは俺の抗議が実を結んだのか!?
流石に「外面モード」の姉ちゃんなら、押し切れる!
…が、俺の勢いまかせの抗議など通用するような相手ではない事を、俺はすっかり忘れていた。
さらに畳み掛けようと口を開こうとした瞬間、姉ちゃんの方が間髪いれずに続けた。
「でも、仕事もせずにゴロゴロしてるだけの男なんて、彼氏にしたくないわよね~?クララちゃん」
急に話を振られたクララがまごつく。
「え?わたし?え、えーっと…」
「クララちゃんだって彼氏には、家でゴロゴロしてる愚か者より、きちんと汗水たらして働いている勤勉者でいて欲しいでしょ?」
「そ、それはそうです!だから、サイゾーにもちゃんと働いて欲しい…というか…」
「あら?クララちゃん、それじゃあまるで、サイゾーちゃんの彼女みたいね、ふふふ」
いやらしく笑顔を見せる姉ちゃんに、クララは頭から湯気が出るほどに顔を沸騰させて、手と首を高速に横に振ってその発言を否定している。
「それに、サイゾーちゃん」
「なんだよ?」
「仕事してないとモテないわよ~。現にサイゾーちゃんは彼女なんて出来たことないでしょ?」
姉ちゃんの直球の一言が、俺のハートのど真ん中を綺麗に射抜いた。
くっそぉ!言葉の暴力だ!
暴力反対!
俺は破壊された心の痛みによる涙を懸命にこらえながら、
「そりゃ…彼女出来たことなんてないけどさ…」
と、つぶやくのが精一杯だった。
「ほっ…それはよかった…」
「なぜクララが、そこで安堵する?」
「べ…別に、なんでもないわよ!私があんたにぴったりな仕事を見繕ってあげるんだから!覚悟しなさい!」
なんだかよく分からないが、威勢よくたんかを切ったクララは、そのままギルドの仕事紹介をするカウンターで、依頼表の束に目を落とし始めた。その目は血走って、伝票をめくるスピードは嵐が通り過ぎるように、荒々しく、すさまじいスピード感で、彼女の必死さがダイレクトに伝わってくるようだった。
その様子を見て、姉ちゃんは「よしよし」とうなずいている。
これも姉ちゃんの策略だったのか…クララよ、早くこの女の正体に気付かないと、お前は馬車馬のように姉ちゃんのために働かされるぞ…俺は同情するような視線をクララに向けた。
「サイゾーちゃん。余計なことを『バラしたら』…ふふふ、分かってるわよね?」
姉ちゃん、早く嫁入りして、俺に向けられたその殺意を旦那に向けてくれないかなぁ…
「ふふふ、安心して。サイゾーちゃんは、ずっと私のものなんだから…」
おい、おい、おい、おい、お~~~~い!!
なんかサラっと怖いこと言ったんですけど!?
このブラコン!死ね!死ね!死んでしまえ!
「ふふふ、私が死ぬときは…サイゾーちゃんも道連れにしてあげるんだから。一人ぼっちになるのは、嫌でしょ?」
「…」
ん…?ところで…さっきから俺は一言も発していないのに、なんで姉ちゃんは的確に返してくるんだ…?
俺は、心底恐ろしくなって、姉ちゃんの方を見た。
姉ちゃんはその視線をクララに向けて、微笑んでいる。
しかし…一瞬…
俺だけに分かるようにニタァと不気味な笑みを浮かべた…
ぎゃぁぁぁぁぁ!!!ホラーだ!もはやホラーだよ!!
そんな俺の心の中のパニックなどお構いなしに、先ほどから空気のような存在になっている相手に向けて、姉ちゃんが口を開いた。
「ところで、ベルナルド。あんた何しに来たのよ?まさか妹可愛さに旅を途中で投げ出して、ここまでやってきたんじゃないでしょうね?このシスコン」
それ、姉ちゃん…自分の事だと思うんですけど…
とは、もちろん言えずに、姉ちゃんの次なる矛先となった、哀れな子羊…もといベルナルドの方へ、俺は視線を移した。
彼は、ムッとした表情で腕を組んでいる。
ちなみにベルナルドは、姉ちゃんと同い年で、いわば姉ちゃんにとっての幼馴染だ。
今はとある事情で世界中を旅している。
「違う!俺は付き添いでここへ来ただけだ!」
「ほう…ってことは、あの人がここに来ているのね?」
姉ちゃんの高い鼻が、少しだけふくらんだ。この仕草…金だ。金の臭いを鋭く察知した顔。
そう俺の姉ちゃんは、金を使うのが大好きだが、それ以上に、金をまきあげる…もとい、稼ぐのは、もっと好きなのだ。むしろ、人から金を奪い尽くすことに生きがいを感じていると言っても過言ではない。
その姉ちゃんの癖が、「金をまきあげるチャンスを感じると鼻がふくらむ」というものだ。
そして、その哀れな獲物は、次の瞬間に勢いよく、ギルドの扉を開けて入ってきた。
その輝く笑顔は世界平和の象徴。威風堂々、その姿を拝むだけでも涙を流す老人もいる。
「やあ!!こんにちは!!僕はクリフ・グッド。この世界を平和に導く、勇者だ!よろしく!」
誰に言うでもなく、中にいる全員に聞こえるような大きな透き通った声で、そう自己紹介をした。
誰も頼んでいないのに…
この時点で俺は気付いていた。
「あ!この人痛いタイプの人だ」
と…
ここは触らぬ神にたたりなし、華麗にスルーするのが一番だと俺は直感していたのだが、隣の姉ちゃんは全く異なっていたようだ。
姉ちゃんの瞳がこれまでになく輝いている…お金のマークが浮かび上がって…
◇◇
人物紹介②
名前:ベルナルド・ノール
性別:男
年齢:25
職業:戦士
能力:筋力バカ
腕力:SS
素早さ:D
魔力:F
体力:S
器用さ:D
運:E
武器:大剣
得意技:叩く、殴る
身長:190cm
体重:110kg
体型:マッチョ
名前:クララ・ノール
性別:女
年齢:18
職業:受付
体型:育ちきっていないが、服装のおかげで大人びてみえる
服装:受付嬢の制服
顔立ち:兄に全く似ていない、可愛い顔立ち、そばかすが残る
髪型:ゆるふわロング、茶色
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