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第3章

マタ王国の内戦8

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◇◇
ティナはエミリーの手をとり、エミリーは彼女の父の手を取って、大広間から廊下へと出た。
廊下は逃げ出す人々でごった返している。

「はぐれないでね!エミリーと店主さん!」

エミリーがコクリと頷く。
ティナは人々を避ける様に、入ってきた玄関とは逆の方向へと足を向けた。
適当な部屋に入り、窓を突き破って外に出ようと彼女は考えていた。

幸い煙は玄関の方からやって来ており、反対側へは届いていない。
ティナは目の前の扉を開けて、部屋に入った。

そこに待ち受けていたのは…

「おやおや、玄関はこちらではありませんよ」

この屋敷の主人であるパブロだった。

「玄関の方は人で溢れているの。そこの窓から逃がしてくれないかしら?」

ティナは素直に打ち明けて、パブロに尋ねた。
パブロは頷くと
「それは大変ですね。もちろんいいですよ」
と窓の方に手を差し出した。

ティナは丁寧に頭を下げると、
「では、店主さんからどうぞ。次にエミリーね。
最後に私が出るから、私が来るまで待機してくれますか?」
とエミリーたちに指示した。

反対する余地もなく、二人は頷くと店主から窓の方へ向かった。

その時であった…

ズン…

鈍い音とともに店主の動きが止まる…

ドサッ…

そのまま彼は崩れるように倒れた。

「お父さん!!どうしたの!?」

店主は必死に顔をエミリーの方へ向け、
「に、逃げろ…エミリー…」
と命じた。
その顔には粒のような脂汗が浮き、口からは血を流している。
床に目を移すと、おびただしい出血…

「お父さん!!」

泣きながら父親の元へと飛び出そうとするエミリー。
そんな彼女をティナが一喝した。

「エミリー!動かないで!!」

ビクッと動きが止まるエミリーの腕を、ティナがグイッと引き寄せた。

「私の後ろにいて!」

ティナは刀を抜く。
一部始終をニヤけた顔で見ていたパブロが口を開いた。

「おやおや、私とした事が言い忘れてました。
逃げ出すのは構いませんよ…」

パブロの顔がみるみる崩れていく。
そしてついに一体の悪魔へと姿を変えた。

「生きてこの部屋を出る事が出来たらな!!」

「な…何よ…なんなのよ!」

パブロの姿を目の当たりにしたエミリーがひどく怯えている。
ティナはパブロから目を離さずにエミリーの問いに答えた。

「ヤツは人間じゃない…魔物よ!」

ティナはチラリと部屋を見渡す。
幸い、他には誰もいないようだ。
しかしティナの目線が一瞬それた隙をパブロは見逃さなかった。

「よそ見はいけませんよ!」

ブン!

彼の鋭い爪がティナを襲う。

「くっ!」

ガキン!!

ティナは何とかそれを刀で受け止めた。

「エミリー!今よ!窓まで走って!!」


「行くわ!!」

エミリーは風のように窓の方へ跳ぶように駆け出した。

「私の姿を見た者を行かせるか!!」

パブロが爪を伸ばす。
それを見向きもせずにエミリーは足に全力を込めた。

「いっけぇぇぇ!!」

グン!!

エミリーはさらに加速した。

ガッ!!

そして爪がエミリーの影をかすめて、床に突き刺さった。

「よしっ!逃げるのは得意なの!!」

バリィィィン!!!

鉄砲玉のように高速の固まりとなったエミリーが窓ガラスを突き破った。

「くっそぉ!!」

それを見たパブロが悔しがっている。
彼の動きを鋭い視線で見たティナが
「よそ見はダメよ!」
と刀で左下から右上へと薙ぎ払った。

「ちぃっ!!」

ザシュッ!!

パブロはかわしきれずに浅い傷を胸に負った。

「ぐぬぅ…」

その衝撃でパブロの上体がぐらついた。
ティナの目が光る。

グイッ!

さらに一歩踏み込み、左の足の裏に力を込める。

「せいっ!!」

腰を入れて振り上げた右斜め上から、左下へ手首を返して降り下ろす。
綺麗な剣線を描いて、パブロの首筋へと剣は吸い込まれていった。

「させるかぁ!!」

ドンッ!!

パブロは右の手ひらをティナに向けると、魔力を力任せに放った。
魔法の体をなしていないため、殺傷力はないが、ティナの細い体を突き飛ばすには十分な威力であった。

「きゃあ!」

今度はティナの態勢が大きく崩れる。

「ククク!がら空きだぞ!」

パブロは左の爪で、ぽっかり空いたティナのお腹に向けて突き刺すように襲いかかる。

ティナはその一瞬で、遠い昔の事を思い出していた。
それはまだ故郷が平和だった頃、毎日繰り返した幼馴染と師匠との稽古の日々だ。

相手の突きへの対処。
軌道を見極め、刀の腹の部分でいなしてから、踏み込む…
そして…胴を払う!

何度も繰り返させられた動きの一つ。

「天空流!秘技!流水閃(りゅうすいせん)!」

パブロの直線的に襲ってきた爪を、まずは刀の腹で軽くいなす。

カッ…

高い音を立てて、爪はいティナの右を勢いよく通り過ぎていった。

ダンッ!

腰を低くして左足を大きく踏み込んだティナ。
その左足に全霊を込めてふんばると、体が放たれた弓のように、一気に前に押し出される。
その勢いのままに、ティナは体の右下に降ろした刀を、パブロの隙だらけの横腹に向かって閃光のように薙ぎ払った。

スパッ!!

綺麗に刀が入った時ほど、無駄な音は立たない。
ほぼ無音なまま刀はティナの体の正面まで振り抜かれた。

一瞬の静寂が辺りを支配する。
しかし次の瞬間…

ブシュ~…

とパブロの鮮血が彼の脇腹から吹き出した。

しかしわずかに傷は浅かったようだ。
パブロは激痛に耐え、

「ぐぅっ!死ねぇ!!」

とティナの背中に向かって爪を降り降ろした。

ザシュッ!

爪が肉を引き裂く音がこだます。

今度はティナの背中から鮮血が吹き出した。

「ぐはぁっ!」

そのまま前のめりに倒れるティナ。
パブロはとどめを差そうティナの血に染まった爪を振り上げようとする。

「ぐぬぅ…」

しかしパブロが負った傷も思いの外重かった。
最後の一撃を繰り出す余裕は残っていなかった。

「ククク…火の海の中で苦しみうながら、この屋敷とともに果てるがいい…」

パブロはそう言い残すと、脇腹の血を抑えながら、エミリーが出ていった窓から外へと出ていった。

「く…ジェイ…ごめんなさい…」

背中のダメージが大きすぎて、もはや立つことも出来そうにない。

「あはは…参ったな…これはマズイかも…」

既に煙が部屋の中に入りはじめていた。

「ジェイ…」

ティナは薄れる意識の中で、来るはずもない彼の面影を必死に探していた。

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