【完結】色染師

黄永るり

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最後の手段①

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 鎌倉彩明学園の生徒も卒業生でも関東本部が決めた色染師のペアを強制的に解消することができる方法が一つだけある。
 それは東慶寺に行くことだった。
 北鎌倉駅からほど近い寺で、かつては女性の縁切寺として有名な場所だ。

 どうしても本部に決められた相手が無理! となった場合の最後の救済措置として、現役の鎌倉彩明学園の生徒である場合は、制服を着用したまま東慶寺の境内に入ることだった。
 それで正式に解消となる。
 その権限は央色家が各色染師たちに与えた最終手段だ。ただし、央色本家や本家に繋がる五大色一族という分家の人間は適用外らしいが。

 何はともあれ、若葉は本家の人間でもなければ分家の人間でもないので、この救済システムは適用できるはずだ。
 そう思った若葉は、ナイス考えでナイス忖度だと思った。
 それに東慶寺に駆け込んで正式に解消となった前例はいくつか入学時に聞かされていた。

 ただし、行く前にその決断をする前に、必ずコンビを組んでる相手かそれが難しい場合は、担任、副担任などの学園スタッフに相談することという説明もあったはずだが、この時の若葉の脳裏には全く浮かんでいなかった。
 そこまで若葉の思考は追い詰められていた。

 こんな素晴らしい案を思いついたならすぐに決行しようと、そのまま学校帰りにいつもの江ノ電には乗らずにJRで一駅の北鎌倉駅で降りた。
 北鎌倉駅から登校してる生徒もいるし、他の学校の生徒も当然乗り降りしているので、誰も若葉の行動を怪しむものはいない。

(もうすぐ私も李先輩も自由になれる~。そうなったら、紫陽花シーズン封滅しまくるぞ~)
 そう思い込んでいる若葉は、自分の行動が後にどんな騒動になるかもわかっていなかった。
 線路沿いの道をウキウキで歩いていく。
 ちょっと湿った梅雨前の風も何か今日は心地よく感じられた。
 ほどなく東慶寺の門前にたどりついた。

 江戸時代は、今の道路沿いにある石柱の間に、自分の身に着けてるものでもとにかく投げ入れれば縁切り成立だったらしいが、現代の色染師の縁切りはそこの間を通ってさらに目の前の石段を上がって、茅葺き屋根の山門を制服姿でくぐったら成立する。
(よし!)
 そう思って見上げると、その石段に赤毛の若い男性が座っていた。
 しかも、その手には使い込んだ木刀を持っている。

(誰? ヤンキー?)
 つなぎの作業着みたいな服を着ているから、どこかの工場で働いている人にも見える。
(ここでケンカでもするのかな? 因縁とかつけられたら嫌だな)
 びくびくしながらも、若葉は他の参拝者と同様に男を避けて階段の左側から上がって行こうとした。
(声、掛けられませんように。私は一般の参拝客です~)
 心の中で祈りながら石段を上がっていく。
 その姿を見た男は、ふらっとそこで立ち上がって若葉の前に木刀を水平に持って通せんぼのような構えをした。
「え?」
 恐る恐る男を見上げた。

「私立鎌倉彩明学園高等部校則第七条だったかな? 東慶寺に駆け込むときは、自分のパートナーかもしくは担任、副担任などの学園高等部のスタッフに相談してからにすることってあったと思うんだけど、まあ俺もそんな決まりがあったなんて蒼が駆け込み未遂をしたときに始めて知ったんだけど、お前も知らなかったのか?」
 そう言いながら男性は若葉をじろりと見た。
(こ、恐い……)
 本能的に若葉は危険を察知した。 
 嫌な予感がする。

 男性は立ち上がるとまさにどこかの寺にある山門を守っている仏像のように大きく見える。
 若葉が下から上がってきたから、さらに身長さがあるわけだが。
 しかも体格もプロレスラーとまではいかないが、なかなかがっちりした体型である。
 若葉なんかひょいと簡単に持ち上げられて遠くへ飛ばされてしまいそうだ。

「あの」
 その視線を受けて若葉の高揚していた気持ちが一瞬にしてしぼんでしまった。
 楽しい嬉しいのドキドキではなくて、命の危険を感じるドキドキに一瞬で変化してしまった。
「どうして?」
 としか言えなかった。
 念のために放課後、個人のスマホも学校指定のスマホも全て電源を切っていたのに。

「スマホの電源切ったのにとか思ってるだろ? 残念だったな。央色家はそんなに甘い家じゃない。北鎌倉駅から通学する生徒も含めて、そもそも北鎌倉駅に彩明の制服姿があれば、だれが乗り降りしたかわかるように央色家というか関東本部に全てのデータが送られるようになっているし、その中でも東慶寺に繋がっている道は目の前の国道も含めて、半径数キロ圏内には央色家の特別な結界がはってある」
「もしかして?」

「そうだ。関東本部の許可なく東慶寺に行こうとする大馬鹿者がいたら、ただちに止めるためだ。そのために東慶寺の門前には、俺みたいな色染師が交代で見張り番をしているんだ。たまたま今日この時間が俺だったわけだ。お前、なかなかついてるぞ」
「どうして? たった一つの手段なのに!」
 若葉は、ニヤニヤしながら明るくそう話しかけてくる大男にどうしようもなくムカついてきた。
 せっかく良い案が浮かんだのに、どうしていつも大人は邪魔しようとするのだ。

「央色家が受けた呪いの一つに一般家庭で生まれる色染師の候補者も生まれにくくなるっていうのは知ってるよな?」
 若葉は黙って頷いた。
 確かその呪いは、関ケ原の戦いで目覚めた色武天がその後の大坂夏の陣、冬の陣で封滅された時の呪いだと授業で習った。

「今もその呪いは解けることなく続いている。だから、央色家は色染師の養成にはめちゃくちゃ力を入れているし、少しでも候補者が高等部卒業後は、本業と色染師を掛け持ちしてもらえるように徹底的にお金も時間もかけてる」

 男の言う通り、そこに関してはどこからそんなお金が出てくるのだろう? というくらいの手厚さだ。そもそも高校進学も、家計的に私立は苦しいというような家庭なら、学費を完全免除したり、一部免除したりなどなど色々入学に際しての便宜を図ってくれている。進学校に希望していた生徒なら、入学後も進学校並みの勉強ができるように、希望者には工夫された特別授業が設けられている。大学進学も系列の大学に進学しなくても、希望者の成績次第では補助してくれるという破格の制度もあったりする。

 さらには就職先も央色家や五大色家が経営する関連会社に希望すれば優先的に入社できるコネ制度もあったりする。さらにもし、他に就職したい会社があったとしても央色家や関東本部に申請すれば、うまい具合に入社できるように助けてくれるゴリ押しサポーター制度もあったりする。公務員希望者にも手厚い試験バックアップ制度もあったりするらしい。

 ここまで至れり尽くせりでやられてしまっては、保護者も子供の受験と入学を認めないわけにはいかなかった。噂では貧困家庭の生活援助もこっそり学園がしているらしい。しかも、高等部在籍中だけではなく系列大学であってもなくても大学に進学してからも援助してもらえるらしい。
 とにかく本部としては数少ない能力者をきちんと養成して、社会人になってからも何らかの色染師の仕事にはかかわってほしいのだ。

 戦力を落としたくないのだ。
 色六天の残り二体を完全封滅させるまでは。

「でも、東慶寺に駆け込んだからって色染師をやめるわけでもパワーというか能力がなくなるわけでもないですよね?」
「そうだ」
「だったら良いじゃないですか!」
「それがそうもいかないんだよなあ」

 男性の木刀に促されて若葉はひとまず石段を下りた。
 明らかに石段で話している二人は参拝者の邪魔になっていた。
 石段を下りて、石柱のところまでいくと若葉は背後を振り返った。

「東慶寺に駆け込んでも確かに能力がなくなるわけでもない」
「だったら……」
「これはまだ授業では習ってなかったかな? 二年か三年で言われる話だったかな? 系統っていうのがあるんだ俺ら色染師には」
「系統?」
 それは若葉にとっては初耳だった。

「二年の時は同級生とパートナーになるけど、一年の時は三年とパートナーを組むよな?」
「はい」
 男女ペアになることもあれば、同性ペアになることもある。
 すべては央色家の関東本部のトップが決めたままになる。
 好き嫌いがそのパートナー間で発生しても関係ない。
 だからこそ、東慶寺という名の救済制度というものが存在しているはずなのだが。

「ということはお前も三年になったら一年生とペアを組むし、李蒼騎にも蒼騎を指導した色染師がいたということだ。そしてさらにその指導した人物を指導した人物もいる。そうやって歴代先輩が教えるということでそれぞれ『系統』ってものが続いている。その系統の中には当然央色本家の人間や分家筋の人間も組み込まれている」
「でしょうね」
「実際俺やお前みたいに央色本家の人間でもなければ分家筋の人間でもない色染師はいるが、実はこの系統ってやつで本家や分家の人間たちと結局は、どこかかんかで繋がっているということになっているそうだ」
「え?」

「で、俺も聞いた話で本当にそうなるかはわからないが、仮にその系統で縁切りが成立したりすると、それがその系統に繋がる本家や分家の人間の能力や、下手したら当主の能力すら低下しかねないことになるんだそうだ」
「嘘……」
「お前は自分は関係ないって思ってたかもしれないが、お前も十分関わってるんだよ。央色家と」

「でも、縁切りした生徒や卒業生も過去にいたと聞きましたけど」
「それは本家の情報操作だ」
「情報操作?」
「分家の不祥事で処分する必要があったり、分家のほうが本家より力を持ち始めた時に、分家の力を削ぐために強制的に縁切りさせたり、その系統の人間で利用できそうなペアがいたら縁切り許可だしたりしての縁切りだ。本来なら自由に縁切りなんて不可能な話らしいぞ」

「おかしくないですか?」
「なにが?」
「だって色染師の数を減らしたくないし、能力者もちゃんと養成したいのなら、分家の力を削ぐためとか」
 なんのために養成しているのかわからない。
 この時、若葉は央色家に対して初めて違和感を感じた。

「まあ普通に考えたらな」
「だったら」
「でも、それが央色家のやり方だ。文句があるんなら央色家の人間に言え」
 男性が木刀でさした若葉の背後に、いつの間にか一人の若い女性が立っていた。
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