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王都へ
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結界を張って二日後、シャストラとアランカーラ一行はスーリヤ村をマルガとパタに任せて、王都へと下山した。
国境警備も兼ねて村にいた兵士のうち、半分をそのまま残していくことにした。
結界があるとはいえ、当面は、ドラヴィダ軍の動向が気になるからだ。
残り半分の兵士はアランカーラの輿を中心に、王妃と王子一行の護衛の任についた。
クティーは、マンダナと一緒に輿の後を歩いていた。
「これでやっと私も王都へ帰れるわ」
「マンダナさんは、どれくらい前から王妃さまのお側にいらっしゃったのですか?」
「十三歳からだから、六年くらいかしら? それでも王妃さまが軟禁されておられた半分以上はお仕えしていたということになるわね。前のお側仕えの古参の侍女が亡くなったから私が選ばれたの。自分の身を守れるだけでなく、王妃さまのこともお守りできるような者でなくては王妃さまのお側にはいられないから」
「そうだったんですね」
「そうなの。私はこれでも王都へ戻れば王をお守りする大将軍の娘なのよ。だから、少しは武術に自信があるの」
得意満面の笑みで話している。
「あの、マンダナさん」
「なに?」
「一つお聞きしたかったことがあるのですが?」
それはずっとクティーが謎に思っていたことだった。
「どうしてドラヴィダの王は、国境を越えて王妃さまを国へ連れ帰ることが出来なかったのでしょうか?」
それとどうして王妃を無理やり側室にしなかったのか?
「ドラヴィダ王は、王妃さまを無理やりどうにかすることは出来なかったの。王妃さまには、誰であってもダルシャナの王さま以外は指一本触れられないの」
「なぜですか?」
「それが火神アグニの守護だから、かしら。そしてドラヴィダは大陸最大の国だけど、新興国で神に守られた国ではない。だから、神に守護された国の王とその家族のことは、害することが出来ないの。ドラヴィダの王はそのことを知らない。知らないからこそ、王妃さまを誘拐するという暴挙に出たのよ」
「それで?」
「それで王妃さまを連れていく道中で、何度か王妃さまを自分のものにしようとしたけど、ことごとく失敗したらしいわ」
王妃を組み敷き我が物にしようとした時、ドラヴィダ王の衣服から自然と火の手があがるのだ。
最初はボヤ程度だったのだが、徐々に火は勢いを増していく。
ついには、ドラヴィダ王は、ダルシャナ王妃を側室にすることを諦め、とりあえずは王妃を連れてスーリヤ村から国境を越えようとした。
「だけど、王妃さまは国境を越えられなかった。というより、国境を越えようとした瞬間、ドラヴィダ王も周囲の人間も瞬く間に炎に包まれてしまったの。そこで慌てて王妃さまの乗った輿を村の入り口で降ろすと、炎が収まったの。何度試してみても炎が襲ってくるので、ドラヴィダ王は王妃さまをスーリヤ村から連れ出すことを諦めたの」
そしてダルシャナ王妃の十年にわたる軟禁生活が始まり、スーリヤ村の半分をドラヴィダ王国に領有されることになってしまったのだった。
「傑作な話、ドラヴィダ王は女一人連れ出せなかったって笑い者になるのは嫌だから、この話を他言無用にして、秘密をもらしたものは厳罰に処すことになったの。だから、ドラヴィダに住んでいる民のほとんどはこの話を知らないと思うわ。もちろんドラヴィダ以外の国も知らないと思うけど」
確かにクティーはこの話を全く知らなかった。
麓の町の宿屋で働いていたというのに。
ダルシャナ王妃がスーリヤ村で軟禁状態にあったことすら知らなかった。
それだけドラヴィダの情報統制は厳しかったということなのだろう。
「そんなことがあったんですね」
「そうなの。でも、これでやっと王妃さまは本当の王妃さまのお仕事が出来るようになるわ。王さまもきっとご快復なさるでしょうし。王子さまはアグニの器を持ち帰ることが出来たから、ほどなく王太子になられるでしょうし」
「そうですね」
「それで、クティーはどうするの?」
「え?」
「王都でカレー屋さんでもするの?」
「あ、はい。どうしようかなあと思って」
「やらないの? やりたくないとか?」
マンダナはクティーの顔を覗き込んでくる。
「そうではなくて…」
クティーは迷っていたのだ。
今後のことで。
「まだ何も決めていないんです。宿を出るときは、自由になれたのが嬉しいのと、いつでも好きな時に好きなカレーが作れるって思っていたんですけど……」
「けど?」
「今回のことで、どうしようかなあと気持ちが揺らいでるんです」
これまで決して使うことのなかった大地の神の力。
その力を使って誰かの役に立てた。
祖母の厳しい遺言から、大地の神の力を使うことにどこかためらいもあった。
だけどその力でダルシャナの王妃と王子を助けることができた。
少なくとも自分の力が、その一助となれたのだ。
クティーの中に今までにない充実感が湧きあがってきていた。
そしてそれは単なるカレー職人を希望していたクティーの気持ちを変化させた。
(シャストラさまの側で私の力が役に立てるのなら、カレー職人よりもやりがいがあるかもしれない)
この思いは、まだ誰にも伝えてはいないが。
「そう。迷ってるのなら、シャストラさまに直接お伝えしたらどうかしら?」
「え?」
「もうすっかり顔なじみなんだから、王都に入る前にでも今のあなたの気持ちを伝えたら?」
「で、でも」
「シャストラさまの従者とも顔なじみだし。例え、あなたがシャストラさまに近づいても誰にも止められないわよ」
「それはそうですが」
「ダルシャナの王子さまがあなたの悩みをきっと解決して下さるはずよ」
マンダナは意味深な微笑を浮かべる。
「ものすごーく身分の違いを感じるのは、王都へ戻ってからになると思うけど、道中ならこっそり話に行けるわよ。遠慮せずに行っちゃいなさいよ」
マンダナに促されて、クティーは思わず頷いてしまった。
王宮に王妃と王子が入ってしまえば、庶民のクティーが気安く顔を合わせることも話しかけることもできなくなってしまうだろう。
仰々しい侍従や侍女たちにかしずかれていない今の方が声をかけやすい。
グラハに頼めばすぐのはずだ。
国境警備も兼ねて村にいた兵士のうち、半分をそのまま残していくことにした。
結界があるとはいえ、当面は、ドラヴィダ軍の動向が気になるからだ。
残り半分の兵士はアランカーラの輿を中心に、王妃と王子一行の護衛の任についた。
クティーは、マンダナと一緒に輿の後を歩いていた。
「これでやっと私も王都へ帰れるわ」
「マンダナさんは、どれくらい前から王妃さまのお側にいらっしゃったのですか?」
「十三歳からだから、六年くらいかしら? それでも王妃さまが軟禁されておられた半分以上はお仕えしていたということになるわね。前のお側仕えの古参の侍女が亡くなったから私が選ばれたの。自分の身を守れるだけでなく、王妃さまのこともお守りできるような者でなくては王妃さまのお側にはいられないから」
「そうだったんですね」
「そうなの。私はこれでも王都へ戻れば王をお守りする大将軍の娘なのよ。だから、少しは武術に自信があるの」
得意満面の笑みで話している。
「あの、マンダナさん」
「なに?」
「一つお聞きしたかったことがあるのですが?」
それはずっとクティーが謎に思っていたことだった。
「どうしてドラヴィダの王は、国境を越えて王妃さまを国へ連れ帰ることが出来なかったのでしょうか?」
それとどうして王妃を無理やり側室にしなかったのか?
「ドラヴィダ王は、王妃さまを無理やりどうにかすることは出来なかったの。王妃さまには、誰であってもダルシャナの王さま以外は指一本触れられないの」
「なぜですか?」
「それが火神アグニの守護だから、かしら。そしてドラヴィダは大陸最大の国だけど、新興国で神に守られた国ではない。だから、神に守護された国の王とその家族のことは、害することが出来ないの。ドラヴィダの王はそのことを知らない。知らないからこそ、王妃さまを誘拐するという暴挙に出たのよ」
「それで?」
「それで王妃さまを連れていく道中で、何度か王妃さまを自分のものにしようとしたけど、ことごとく失敗したらしいわ」
王妃を組み敷き我が物にしようとした時、ドラヴィダ王の衣服から自然と火の手があがるのだ。
最初はボヤ程度だったのだが、徐々に火は勢いを増していく。
ついには、ドラヴィダ王は、ダルシャナ王妃を側室にすることを諦め、とりあえずは王妃を連れてスーリヤ村から国境を越えようとした。
「だけど、王妃さまは国境を越えられなかった。というより、国境を越えようとした瞬間、ドラヴィダ王も周囲の人間も瞬く間に炎に包まれてしまったの。そこで慌てて王妃さまの乗った輿を村の入り口で降ろすと、炎が収まったの。何度試してみても炎が襲ってくるので、ドラヴィダ王は王妃さまをスーリヤ村から連れ出すことを諦めたの」
そしてダルシャナ王妃の十年にわたる軟禁生活が始まり、スーリヤ村の半分をドラヴィダ王国に領有されることになってしまったのだった。
「傑作な話、ドラヴィダ王は女一人連れ出せなかったって笑い者になるのは嫌だから、この話を他言無用にして、秘密をもらしたものは厳罰に処すことになったの。だから、ドラヴィダに住んでいる民のほとんどはこの話を知らないと思うわ。もちろんドラヴィダ以外の国も知らないと思うけど」
確かにクティーはこの話を全く知らなかった。
麓の町の宿屋で働いていたというのに。
ダルシャナ王妃がスーリヤ村で軟禁状態にあったことすら知らなかった。
それだけドラヴィダの情報統制は厳しかったということなのだろう。
「そんなことがあったんですね」
「そうなの。でも、これでやっと王妃さまは本当の王妃さまのお仕事が出来るようになるわ。王さまもきっとご快復なさるでしょうし。王子さまはアグニの器を持ち帰ることが出来たから、ほどなく王太子になられるでしょうし」
「そうですね」
「それで、クティーはどうするの?」
「え?」
「王都でカレー屋さんでもするの?」
「あ、はい。どうしようかなあと思って」
「やらないの? やりたくないとか?」
マンダナはクティーの顔を覗き込んでくる。
「そうではなくて…」
クティーは迷っていたのだ。
今後のことで。
「まだ何も決めていないんです。宿を出るときは、自由になれたのが嬉しいのと、いつでも好きな時に好きなカレーが作れるって思っていたんですけど……」
「けど?」
「今回のことで、どうしようかなあと気持ちが揺らいでるんです」
これまで決して使うことのなかった大地の神の力。
その力を使って誰かの役に立てた。
祖母の厳しい遺言から、大地の神の力を使うことにどこかためらいもあった。
だけどその力でダルシャナの王妃と王子を助けることができた。
少なくとも自分の力が、その一助となれたのだ。
クティーの中に今までにない充実感が湧きあがってきていた。
そしてそれは単なるカレー職人を希望していたクティーの気持ちを変化させた。
(シャストラさまの側で私の力が役に立てるのなら、カレー職人よりもやりがいがあるかもしれない)
この思いは、まだ誰にも伝えてはいないが。
「そう。迷ってるのなら、シャストラさまに直接お伝えしたらどうかしら?」
「え?」
「もうすっかり顔なじみなんだから、王都に入る前にでも今のあなたの気持ちを伝えたら?」
「で、でも」
「シャストラさまの従者とも顔なじみだし。例え、あなたがシャストラさまに近づいても誰にも止められないわよ」
「それはそうですが」
「ダルシャナの王子さまがあなたの悩みをきっと解決して下さるはずよ」
マンダナは意味深な微笑を浮かべる。
「ものすごーく身分の違いを感じるのは、王都へ戻ってからになると思うけど、道中ならこっそり話に行けるわよ。遠慮せずに行っちゃいなさいよ」
マンダナに促されて、クティーは思わず頷いてしまった。
王宮に王妃と王子が入ってしまえば、庶民のクティーが気安く顔を合わせることも話しかけることもできなくなってしまうだろう。
仰々しい侍従や侍女たちにかしずかれていない今の方が声をかけやすい。
グラハに頼めばすぐのはずだ。
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