灰色彩度

カイリ

　その日は、母からいつもより帰りが遅くなるということで、閉店ギリギリまでカフェでお世話になることになった。

　一人で何となく教科書を開いて眺めていると、紺乃の肩に声を掛けてくる男がいた。
　オーナーではないことは明らかだった。

（聞いたことない声だな）
　そう思って振り返ると、そこには紺乃より少し年上の男性が立っていた。

　白いシャツに黒のカーディガンを羽織り、細身のグレーのパンツを履いている。
　こざっぱりとした清潔そうな印象を与えている。

「誰、ですか？」
　ここはオーナーが目を光らせている場所だから、何かあってもオーナーか誰かが必ず助けてくれる。
　紺乃はそう思いながら男を見た。

「あの、俺、大学生で、早乙女カイリって言います」
「はあ……」
　紺乃は頷きながらも怪訝な顔をした。

（誰？）
　どこかでこの男に会ったことがあったのだろうか。
　脳内の記憶を慎重に辿ってみたがヒットしなかった。

「突然すみません！　俺と付き合って下さい！」

「はい！　ストップ！　そこまで！」
　紺乃が何か反応する前に、オーナーが割って入ってきた。

「この子は母親に頼まれて私が預かってる子なの。下手な手出しは許さないし、大人しく帰らないなら警察に電話します」
「え？　いや、俺そんなつもりは」
「じゃあどんなつもりで中学校の制服を着たこの子に告白したの？」
　じろっとオーナーに睨みつけられて、カイリと名乗った男はたじろいだ。

「え？　中学生？　てっきり俺は高校生かな？　って」
「まあ？　それで褒めたつもりなの？　ますます怪しい」
「す、すみません！」
　カイリは頭を下げると、慌てて飲んでいたコーヒー代を払って店を出て行った。

（何だったんだろう？）
　紺乃は心中で首を傾げた。

「紺乃ちゃん、ああいう男はダメだからね」
「は、はい」
　オーナーに念押しされて思わず紺乃は頷いてしまった。
　初めての告白される体験は、オーナーの手によってあっさり終わってしまった。