27 / 27
帰るべき場所
しおりを挟む
商館ではすでに二人分の荷造りが終わっていた。
「すぐに戻るぞ」
「砦に?」
「そうだ」
サファルは絨毯を丸めてラクダの背に積みつけた。
「どうして?」
「どうして? もう目的は果たしただろう?」
「まあ、そう言えばそうだけど」
ナシャートに求婚していた商人バーティルは、ティジャーラ公国の大公ジャディードだった。
バーテイルは詐欺師ではなかったが、商人でもなかった。
ナシャートは彼に嘘をつかれていた。
求婚もナシャートを介してリマール族を支配するため。
愛情からのものではなかった。
「大公の記憶も消したしな」
「そうだね」
記憶を消されてしまった以上、大公がナシャートと一族を追いかけてくることはないだろう。
「ジンニーヤって本当にいたんだね」
おとぎ話でしか存在しないと思っていた煙の精霊。
「あの大公が手に入れたかったものは、俺たちが潜在的に持っている『物に女神イステーリャの力を与える力』だ。魔法のランプ、空飛ぶ絨毯、黒檀の馬とか。ああいう昔話に出てくる不思議な道具は、大概、俺たち一族のご先祖さまが創られたものだ」
「その道具ってあの砦のどこにあったの?」
「北棟の物置部屋にある。多すぎて、第二物置部屋を検討中だ。そろそろ百個目の力作が出来るらしいから。目録作成も検討中だ」
「え? 今まで目録もなかったの?」
「まあな。創ることには力をいれるんだが、目録を作ることも、整理整頓して書庫の本のように片付けることも、道具を手入れすることも、今まで誰も率先してやってこなかった。そういうことに興味がなかったんだろうな」
ナシャートは唖然とした。
何だか末恐ろしいことを聞かされてしまったような。
「じゃあ、まず目録作りからお手伝いしようかな。それと道具の手入れと掃除も」
「好きにしろ。どうせ、ナシャルはしばらく砦からは出られないからな」
「なぜ?」
「一族の知識を叩きこまれるまでは、当分勝手に出してはもらえない」
「そうか」
「理解できたなら行くぞ」
ラクダの轡を渡される。
「あの、私たちの婚約は?」
「一族以外で好きな男が現れたらいつでも言え。今回のように一族に害がないか確認した上で、いつでも解消してやる」
ナシャートは目を丸くした。
大公とのことがあったのに、そこまでサファルにまだ譲歩してもらえるとは。
正直、思ってもみなかった。
彼には驚かされてばかりだ。
「ありがとう」
この旅でようやく心からサファルに感謝の言葉を伝えられた。
「それじゃあ、私からも一つ」
「何だ?」
「サファルも好きな子ができたら、いつでも勝手に婚約解消してくれていいから」
これで対等な取引になった。
「本気か?」
「うん。本気」
サファルはしばし無言でナシャートを見つめた。
たっぷり間を開けてからサファルはようやく口を開いた。
「ナシャルにとっては残念に思うかもしれないが、俺からは解消しない」
「それは一族の掟に反するから?」
「まあ、それもある」
「それも?」
「今の俺自身、別に無理に解消する気もないからかな」
「解消する気にならない?」
それは、つまりどういうことなのだろうか。
ナシャートの顔に疑問が浮かぶ。
「もうしばらく様子を見るってことだ」
そう言いながら、サファルはラクダの轡を軽く引っ張った。
「ほら行くぞ。さっさとついてこい! 夜明けと同時に都の外門を出るぞ」
サファルは振り返らずにそのままラクダとともに歩きだす。
その背中を微笑ましく見つめながら、無言でナシャートは従った。
「私、ここまで迷惑をかけたけどサファルに嫌われてなかったんだね」
「俺に迷惑をかけてくるナシャルの面倒を見るのが俺の役目らしいからな。腹は括った」
サファルのつれない返事にもナシャートは笑みを浮かべたまま。
「だったら、もうナシャルじゃなくてナシャートでいいからね」
「そうか」
これまた興味のなさそうな返事だったが、ナシャートは全然気にならなかった。
黄砂の砂上で日の出を待っている人間が二人いた。
ゆっくりと昇ってくる太陽の光に照らされて、砂色の砦が現れる。
「さあ帰ろう」
「はい」
二人と二頭のラクダは、開ききった砦の門に吸い込まれていった。
「すぐに戻るぞ」
「砦に?」
「そうだ」
サファルは絨毯を丸めてラクダの背に積みつけた。
「どうして?」
「どうして? もう目的は果たしただろう?」
「まあ、そう言えばそうだけど」
ナシャートに求婚していた商人バーティルは、ティジャーラ公国の大公ジャディードだった。
バーテイルは詐欺師ではなかったが、商人でもなかった。
ナシャートは彼に嘘をつかれていた。
求婚もナシャートを介してリマール族を支配するため。
愛情からのものではなかった。
「大公の記憶も消したしな」
「そうだね」
記憶を消されてしまった以上、大公がナシャートと一族を追いかけてくることはないだろう。
「ジンニーヤって本当にいたんだね」
おとぎ話でしか存在しないと思っていた煙の精霊。
「あの大公が手に入れたかったものは、俺たちが潜在的に持っている『物に女神イステーリャの力を与える力』だ。魔法のランプ、空飛ぶ絨毯、黒檀の馬とか。ああいう昔話に出てくる不思議な道具は、大概、俺たち一族のご先祖さまが創られたものだ」
「その道具ってあの砦のどこにあったの?」
「北棟の物置部屋にある。多すぎて、第二物置部屋を検討中だ。そろそろ百個目の力作が出来るらしいから。目録作成も検討中だ」
「え? 今まで目録もなかったの?」
「まあな。創ることには力をいれるんだが、目録を作ることも、整理整頓して書庫の本のように片付けることも、道具を手入れすることも、今まで誰も率先してやってこなかった。そういうことに興味がなかったんだろうな」
ナシャートは唖然とした。
何だか末恐ろしいことを聞かされてしまったような。
「じゃあ、まず目録作りからお手伝いしようかな。それと道具の手入れと掃除も」
「好きにしろ。どうせ、ナシャルはしばらく砦からは出られないからな」
「なぜ?」
「一族の知識を叩きこまれるまでは、当分勝手に出してはもらえない」
「そうか」
「理解できたなら行くぞ」
ラクダの轡を渡される。
「あの、私たちの婚約は?」
「一族以外で好きな男が現れたらいつでも言え。今回のように一族に害がないか確認した上で、いつでも解消してやる」
ナシャートは目を丸くした。
大公とのことがあったのに、そこまでサファルにまだ譲歩してもらえるとは。
正直、思ってもみなかった。
彼には驚かされてばかりだ。
「ありがとう」
この旅でようやく心からサファルに感謝の言葉を伝えられた。
「それじゃあ、私からも一つ」
「何だ?」
「サファルも好きな子ができたら、いつでも勝手に婚約解消してくれていいから」
これで対等な取引になった。
「本気か?」
「うん。本気」
サファルはしばし無言でナシャートを見つめた。
たっぷり間を開けてからサファルはようやく口を開いた。
「ナシャルにとっては残念に思うかもしれないが、俺からは解消しない」
「それは一族の掟に反するから?」
「まあ、それもある」
「それも?」
「今の俺自身、別に無理に解消する気もないからかな」
「解消する気にならない?」
それは、つまりどういうことなのだろうか。
ナシャートの顔に疑問が浮かぶ。
「もうしばらく様子を見るってことだ」
そう言いながら、サファルはラクダの轡を軽く引っ張った。
「ほら行くぞ。さっさとついてこい! 夜明けと同時に都の外門を出るぞ」
サファルは振り返らずにそのままラクダとともに歩きだす。
その背中を微笑ましく見つめながら、無言でナシャートは従った。
「私、ここまで迷惑をかけたけどサファルに嫌われてなかったんだね」
「俺に迷惑をかけてくるナシャルの面倒を見るのが俺の役目らしいからな。腹は括った」
サファルのつれない返事にもナシャートは笑みを浮かべたまま。
「だったら、もうナシャルじゃなくてナシャートでいいからね」
「そうか」
これまた興味のなさそうな返事だったが、ナシャートは全然気にならなかった。
黄砂の砂上で日の出を待っている人間が二人いた。
ゆっくりと昇ってくる太陽の光に照らされて、砂色の砦が現れる。
「さあ帰ろう」
「はい」
二人と二頭のラクダは、開ききった砦の門に吸い込まれていった。
0
お気に入りに追加
10
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
神の子扱いされている優しい義兄に気を遣ってたら、なんか執着されていました
下菊みこと
恋愛
突然通り魔に殺されたと思ったら望んでもないのに記憶を持ったまま転生してしまう主人公。転生したは良いが見目が怪しいと実親に捨てられて、代わりにその怪しい見た目から宗教の教徒を名乗る人たちに拾ってもらう。
そこには自分と同い年で、神の子と崇められる兄がいた。
自分ははっきりと神の子なんかじゃないと拒否したので助かったが、兄は大人たちの期待に応えようと頑張っている。
そんな兄に気を遣っていたら、いつのまにやらかなり溺愛、執着されていたお話。
小説家になろう様でも投稿しています。
勝手ながら、タイトルとあらすじなんか違うなと思ってちょっと変えました。
両親が勇者と魔王だなんて知らない〜平民だからと理不尽に追放されましたが当然ざまぁします〜
コレゼン
ファンタジー
「ランス、おまえみたいな適なしの無能はこのパーティーから追放だ!」
仲間だと思っていたパーティーメンバー。
彼らはランスを仲間となどと思っていなかった。
ランスは二つの強力なスキルで、パーティーをサポートしてきた。
だがそんなランスのスキルに嫉妬したメンバーたちは洞窟で亡き者にしようとする。
追放されたランス。
奴隷だったハイエルフ少女のミミとパーティーを組み。
そして冒険者として、どんどん成りあがっていく。
その一方でランスを追放した元パーティー。
彼らはどんどん没落していった。
気づけはランス達は、元パーティーをはるかに凌駕していた。
そんな中、ある人物からランスは自身の強力なスキルが、勇者と魔王の固有のスキルであることを知らされる。
「え!? 俺の両親って勇者と魔王?」
ランスは様々な争いに次々と巻き込まれていくが――
その勇者と魔王の力とランス自身の才によって、周囲の度肝を抜く結果を引き起こしてゆくのであった。
※新たに連載を開始しました。よければこちらもどうぞ!
魔王様は転生して追放される。今更戻ってきて欲しいといわれても、もう俺の昔の隷属たちは離してくれない。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/980968044/481690134
(ページ下部にもリンクがあります)
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
男気ゴリラが大暴れ!恋する魔法少女リーザロッテは今日も右往左往!
ニセ梶原康弘
ファンタジー
『昨日より今日、今日より明日、きっと素敵な何かが待っている…』
流浪の底辺魔法少女リーザロッテは空腹で行き倒れていたところを王子様に助けられ一目惚れ。だが彼の国は横暴な隣国の前に風前の灯火だった。その上、隣国で暗躍する魔法少女も彼に熱烈求愛!
果たしてリーザロッテは愛する彼の国を救い、シンデレラになれるのか?
明日を信じる彼女に奇跡を授けるのは…読者のあなたかも知れない
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシャリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
公爵令嬢ルナベルはもう一度人生をやり直す
金峯蓮華
恋愛
卒業パーティーで婚約破棄され、国外追放された公爵令嬢ルナベルは、国外に向かう途中に破落戸達に汚されそうになり、自害した。
今度生まれ変わったら、普通に恋をし、普通に結婚して幸せになりたい。
死の間際にそう臨んだが、気がついたら7歳の自分だった。
しかも、すでに王太子とは婚約済。
どうにかして王太子から逃げたい。王太子から逃げるために奮闘努力するルナベルの前に現れたのは……。
ルナベルはのぞみどおり普通に恋をし、普通に結婚して幸せになることができるのか?
作者の脳内妄想の世界が舞台のお話です。
レディース異世界満喫禄
日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。
その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。
その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる