【完結】月の行方

黄永るり

文字の大きさ
上 下
37 / 59

太守の依頼

しおりを挟む
「私の後見人は、若さまなのに」
 絶対に若さまのはず。
 混迷する王位継承問題に巻き込まないための配慮の特魔のはずなのに。
 そう思うと涙が溢れてくる。
 ルナ自身、ボード夫妻の養女になった時から、自分の魔籍を見たいと思っていた。
 だから、二年前の本科進学を待ってから、こっそり養父母に内緒で魔籍管理所に向かった。
 しかし、魔籍を持ってきてもらうはずの管理人に、
「あなたの魔籍は自由閲覧不可の場所にありました。いわゆる『特魔』ですね。もし、どうしても閲覧になりたければ、後見人と一緒にいらして下さい」
 と言われ、手ぶらで帰されたのだ。
 自分を養父母に預けたのは誰なのかを知りたかった。
 若さまだという確証を得たかった。
 もしかしたら魔籍に何か手がかりがあるのかもしれないと思っていたのに。
 それらが何もわからなかった代わりに、自分の魔籍が『特魔』に指定されていたことがわかった。
 ルナにはただそれだけで若さまが後見人なのだろうと思われた。
 現状の異母兄弟王子たちが四すくみの状態では、政治的配慮からくるものであろうことは理解できたからだ。
 それからルナは養父母に、二人に自分を預けた後見人はどんな方なのか断片的な情報でもいいから教えて欲しいと、折々の機会に触れては頼み続けた。
 養父母はそのつどルナの願いをそれなりに交わしていたのだが、どうにもやり過ごせなくなると、学校の勉強をしっかりして、期末ごとの実技を含む試験が養父が示す基準を満たしていれば、一つずつ教えていくと約束してくれた。
 一つ目の情報は、ルナの後見人は男性である。
 二つ目の情報は、後見人はルナより年上で、養父母より年下。
 三つ目の情報は、後見人は本業の仕事が忙しいので、自分では育てられないから養父母たちにルナを託した。
 一つ、一つ、養父母から後見人の情報を聞き出すのに、ルナは猛勉強した。

「それで太守は、ある御方からお前さんのことをよろしく頼むと言われたんだそうで」
「ある御方?」
 一瞬、ルナの脳裏に若さまの姿が浮かんだ。
(若さま、のわけがないか……)
 ルナのことを太守によろしく頼むと言える人物は限られている。
 若さまの可能性もなくはないが、この場合は養父母からの依頼というのが妥当に思われた。
 ルナが養女になる前に、大陸諸国に大使として赴任していた養父なら各国の王侯貴族に伝手ぐらいはあるのだろうし。
 ルナは東の城で間近に見た太守の顔を思い出した。
 実母譲りの黒髪に褐色の肌。
(ひょっとして東の太守が若さまなのだろうか?)
 四人の異母兄弟王子のなかでは、幼い頃の若さまに一番近い雰囲気を残している。
 優しくて、穏やかで、人を傷つけるような剣など持たないような。
「さて、これからのことだが、太守にお仕えしておられた錬金術師殿が何人か伴って、太守に事の顛末を報告しに向かわれた。その報告を受けられた太守は、最速で東の軍を率いてこちらに調査に訪れる手はずになっています。こうなった時のために、太守にお前さんをこっそり渡す準備はしています。それまで私の家で申し訳ありませんが、養生して下さい」
 鉱夫は丁寧にルナにそう説明すると、軽く頭を下げて部屋を出て行こうとした。
「待ってください!」
 慌ててルナは彼を引き留めた。
「何だ?」
 ルナはようやく自分自身に命の危険が差し迫っていることが理解できたし、自覚もした。
 そしていかに周囲の人間が誰一人信用できないことも。
 確かにあの東の太守ならば、ルナを隠してはくれるだろうが、側近にはあのユノーがいる。
 さらにユノーの側にはレムリアもいる。
「北に戻るわけにはいかないし……」
 まだ誰が若さまかどうかもわからない。
 北の太守の自分こそがお前の若さまだという発言も、どこまで信じて良いのかわからない。
 卒業試験よりもルナにとって大事なのは若さまのことだ。
 だとすると、南か? 西か?
「あのここからなら、東と北の領地を通らずに王都へ向かうには、一旦南に抜けたほうがいいですか?」
 零れ落ちたルナの言葉に、鉱夫は目を剥いた。
「な、何を言ってやがんだ! 俺は太守様にあんたを無事に引き渡すっていう命令を受けてんだ! ここの連中をまとめてんのはこの俺だ! その俺を信用して下さって太守様は直々に俺に頼まれたんだ」
 鉱山内で縦穴の一つが何者かの手によって勝手に埋められてしまったのだ。
 普通なら鉱夫全員引き連れて犯人捜しをして、見つかったらその犯人をその場で半死半生の目にあわせてやりたいところだ。
 だが太守からは、黒幕をあぶり出すためにもルナを助けても、見て見ぬふりをしろと命じられた。
 そして、その連中がどこに帰っていくかだけを突き止めろ、と依頼された。
 くれぐれも深追いはするな、とも釘を刺されていた。
「俺が信用ならねえってのはわかるが、せめて太守様のことだけは信じてやってくれねえかな? 俺たちみたいな鉱夫に頼らなければならねえほど、あの方にも側に信用できる人物がなかなかいねえらしいんだ」
 逞しい体躯がしょんぼりと肩をすぼめた。
「東の太守様が信じられないわけではないのですが、いろいろありすぎて人を信じられなくなってました。だから、あなたと東の太守様は信じてみようと思います」
「よかった」
 鉱夫はホッとした顔を見せた。
「なので私をこっそり南へ出して下さいませんか? 東の太守がいらっしゃるまでに」
「しかし!」
 ルナは何か言いたげな鉱夫を手で押しとどめると、最速で脳を回転させた。
「南から王都へ行くとなると……」
 その頃には、大規模な収穫祭が始まっているはずだ。
 とにかく今は、自分が生きていることを知られては困るのだ。
(どうやって王都に誰にも知られずに入れるかな?)
 王都に戻った後、誰と連絡を取るのかも大事だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

処理中です...