【完結】斎宮異聞

黄永るり

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新たなる生活

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 冬子の側には、新たに母から遣わされた少納言という女房が仕えることになった。
 少納言は冬子の文のやり取りやその内容までも監視し、常に冬子の傍らにあって就寝時も御帳台から離れることはなかった。
 そして冬子に何か変化があれば、たちどころに皇太后の元へ文を書き送って知らせていた。
 冬子には息をつく間も与えてはくれなかった。
 道雅や中将と式部がその後どうなったのかも知る術がない。
 覚えていた道雅の香りと温もりは、春の雪解けと共に次第に冬子の記憶から薄れていった。
 最初こそ冬子の嘆きは深かったものの、次第に側に侍している少納言の目から見ても、落ち着いたように見えてきた。
 そして穏やかになった冬子の姿は、院にも皇太后にも伝えられた。
 院も一時の感情で娘に厳しい仕置きをしてしまったことを後悔され、ほとぼりが冷めた頃に、大臣家の子息の元に降嫁させようかともお考えになられていた。
「宮様、本日は皇太后様から宴のお招きを受けましたよ」
「宴?」
「はい。院の御所の桜が今を盛りと咲き誇っておられますそうで。宮様にもぜひ、いらして頂くようにとのことでございます。兄宮様や妹宮様もお揃いになられるそうでございますよ。久しぶりにご家族の皆様でお語らいになられてはいかがでございますか?」
 院の御所で私的に花見の宴が催されるらしい。
 これまでも何かにかこつけて母からは宴の誘いや、私的な寺社参拝に誘われたりもしていたが、冬子は片っ端から断っていた。
 しかし、今日の花見の宴だけは断れないような強制的な母の意向を感じた。
「そうね。宴のお招きに預かろうかしら」
 珍しくそう答えた。
「そうなさいませ」
 少納言の顔はほっとしたような顔になる。
 正直、冬子の頑なさにほとほと手を焼いていたのだ。
「でも宴の場所には、きっと私が降嫁するに相応しい公達とやらが、兄上様の友人ということで何人か参られておられるのでしょうね」
 途端に少納言は頬を引きつらせる。
 全てのことに幼くて、世の中のことに疎かった冬子が、皇太后の宴に含まれた内意を理解していたとは。
 驚き交じりの少納言の視線を受けて、冬子は淡い笑みを浮かべた。
「それくらいのこと私にもわかります。このまま慣例に従い、伊勢の斎宮を務めた私が独り身であれば困るのでしょう? 父上様が」
 古来より伊勢に下った斎宮は、帰京しても神に仕えたということで生涯独身で過ごすという慣例があった。しかし、稀に時の帝や院の許しを得て、帝の元へ入内したり、公卿の元へ降嫁したりすることもあった。
「いつまた私が妻子ある殿方を通わせるかわかりませんものね。それならいっそ、それ相応の家柄の子息の元に降嫁させたほうが賢明ですものね」
「宮様……」
 冬子は母の招きを受けて院の御所の花見の宴に参上することにした。
 久しぶりに両親の顔を見たかったということもあったが、もう冬子には母の誘いを断る気力も、無理を通して道雅のもとへ走る勇気もなかったのだ。
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