【完結】斎宮異聞

黄永るり

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喪明け

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 翌年、道雅の父・伊周これちかの喪が明けた。
「中将、道雅様はもう除服ふくぎぬなさったのでしょう?」
「さて、そのようなお話は伺ってはおりませぬが」
 中将は道雅の喪明けを、もうかなりの間、冬子には黙っていた。
 主は嘘だと勘づいてはいるようではあったが、隠し通せるまでは、と今日まで沈黙していた。
「もう隠してもだめよ。さっき兄上様たちのところの女房が噂していたもの」
 中将はため息をついた。
「宮様。また東の対屋たいのやに行かれましたね?」
 東の対屋には冬子の兄たちだけではなく、その友人の公達きんだちも訪れるので普段から一人では行ってはならないと伝えているのだが。娘の式部が黙って供をしたのだろうか。いや、斜め後ろに控えている式部は黙って首を横に振っている。
 では、他の女房が供をしたのか。
 それとも。
「ええ。行ったわよ。中将も式部も本当のことを教えてくれないんですもの」
 どうやら一人でこっそり行ったみたいだ。
「あれほど兄宮様たちの対屋へは御用がない限りは伺ってはいけません、と申し上げておりましたのに」
 中将は厳しい眼差しを冬子に向けた。
 だが当の本人は素知らぬ顔だ。
「わかってるわよ。兄上様たちの対屋には、ご友人の殿上人てんじょうびとの方々とかが訪れたりされるから、うかつに近づいてはいけないのでしょう?」
「さようにございます! もしその御方たちと宮様が出会われましたら……」
「何もなくても何かあると思われるのでしょう?」
「はい。おわかりになられていらっしゃるのでしたら、なぜ?」
 中将は、主が道雅と初めて出会った時から、さらに主の身辺には噂も含めてかなりの気を使っていた。
 それは乳母としては当然の役目ではあったのだが。
 主が成人の儀式である裳着もぎを迎えて、それなりの公達の元へ降嫁させるまでは、傷一つつけてはいけない。
「どうして黙っていたの?」
 冬子が珍しく問い詰めてくる。
 この一年もの間、道雅のことをただの一言も口に出さなかったから大丈夫だと安堵していたのに。
「どうして? 道雅様はいけないの?」
 家柄的には伊周の一件さえなければ、女一の宮の降嫁には不足のない公達だ。
 だがしかし、そういう問題でもない。
「恐れながら女御様より、宮様の御身にどのような噂も間違いも起こらぬように、とのお言葉を承っておりますので」
「母上様が?」
「はい。宮様はもう少しなされば裳着を迎えられてもおかしくはないお年です。女御様は東宮様の姫宮として恥ずかしくないよう、真っ白なままで宮様が成人あそばされるよう配慮するように、と恐れ多くも私に仰せになられました」
「それで道雅様のことを教えてくれなかったの?」
「はい。少将様のことをお話申し上げましたら、またお文やお会いになりたいと仰るのでしょう?」
 冬子はすぐには頷かずに、うつむいて黙ってしまった。
「ですから私は黙っておりました」
「じゃあ、お文のやり取りはもう中将にも式部にも頼めないのね?」
「さようにございます」
「……わかった」
 中将はほっと胸を撫でおろした。
 しかし、その次の瞬間、冬子はすっと立ち上がった。
「宮様?」
「中将と式部がだめなら、母上様に直接お願いしてくるわ!」
 衣擦れの音も勇ましく、さっさと部屋を出て行こうとした。
「宮様!」
 中将は慌てて冬子の後を追った。
 ここで女御のところへ行かれてしまっては元も子もない。
 これまでの中将親子の手引きが女御に知られてしまうのだ。
 そうなれば、どんな罰が自分と娘にふりかかるとも限らない。
「宮様!」
 式部も慌てて追いかける。
「失礼いたします」
 外から式部の声に重なるようにして女性の声が聞こえた。
「誰?」
 驚いた冬子は思わずその場で立ち止まってしまった。
「お取込み中、失礼いたします」
 再度室内に声をかけると、一人の女房が入室してきた。
 それは、女御付きの女房であった。
「どうしたの?」
 母女御がわざわざ自分付きの女房を遣わすのは珍しいことだった。
「宮様、立ったままでは失礼ですよ」
 冬子は中将に腕と肩をつかまれて無理やり奥の高座に座らされた。
「中将殿、宮様のお支度をして急ぎ寝殿にいらして下さいませ」
「何かあったのでございますか?」
「詳しいことは私にはわかりませんが、ただ、火急の使者が内裏だいりより女御様のもとへ参られまして、邸内にお住まいの御子様方にもご同席いただくようにとのことでございます」
「わかりました」
 わけのわからないまま中将は冬子の装束の支度を手伝い、娘の式部ともども支度をして寝殿に急いだ。
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