87 / 95
小話
小話 勇者、ですよね? その1
しおりを挟む
レナス視点の小話です。
********************************************
部屋を出て食堂に向かったレナスは、通りかかったグリードの部屋から声がしているのに気付いた。
だがそれはグリードの声ではない。……精霊の声だ。
常人には聞こえない、精霊の加護を受けた人間と、その加護を受けた人間の血を引く者しか聞くことのできない声なき声。
その彼らの声が、グリードの部屋から聞こえていたのだ。
かなりの数の精霊がいるらしく、レナスの耳には非常ににぎやかに聞こる。だが、実際は物音ひとつしてない静寂の空間だ。
この声を聞けるのは、加護を受けたグリードと、勇者の血を引く自分と、精霊と人間の合いの子と呼ばれるエルフ族のルファーガだけだった。
だけど、いつも精霊はグリードに群がって話しかけてはいるが、この数は多すぎる。
怪訝に思ったレナスはグリードの部屋の前で足を止めて、中の会話にそっと耳を傾けた。
シュワルゼを発って三日後、勇者一行はシュワルゼの東側に隣接した国、ローゼンの首都にいた。
ここには大陸中に網をはっている有名な情報屋がいて、まずは彼から魔王に関しての情報を得るために訪れたのだ。
午後も遅くに都にたどり着いた彼らは、件の情報屋には明日出向くとしてひとまず宿を取って休むことにした。
一息ついた後、宿に隣接した食堂で情報収集でもしようと思い立ったレナスは部屋を出て、そしてその光景にぶち当たったのだった。
『あのね、彼女はお茶を入れるのが得意なのよ。姫様はいつも美味しい美味しいって言って飲んでるの』
『非番の日はいつも街に繰り出して、お茶の葉を買い求めているらしい。街娘のふりをして値切るのが得意だ』
『値切りに成功した時は、今日もいい仕事したわ、モブ万歳ってよく呟いているよ』
『一番仲の良い同僚はベリンダって子。婚約と同時に退職が決定してるからアーリアは寂しがってるみたい』
『そのうち自分も結婚退職することになるのねぇ』
などという会話が聞こえてきて、レナスは中で何が起こっているのかを理解した。
つまり、グリードは精霊を使って初恋の相手の情報を収集しているのだ。
恋をすれば相手のこと知りたくなるもの。
今まで誰にも無関心だったグリードだが、ようやく人並みの感覚を身につけたのだな。
そう思ってレナスは嬉しくなって扉の外で笑顔になった。
だけどその笑顔が凍りついたのは直後のこと。
『あのね、アーリアのスリーサイズはね、上から○×△なの!』
一瞬、我が耳を疑うレナス。
スリーサイズ……!?
『もう少し胸と身長が欲しいってよく言っているわ』
『姫の胸を見てこっそりため息ついているときがあるぞ』
『貧乳ってわけじゃなくて、それなりにあるのにね胸のサイズ。まぁ大きくはないけど』
『グリード、頑張って彼女の胸を大きくしてあげてね!』
なんだか会話があやしい方向に行き始めている。
グリードの役に立とうと必死な精霊の報告がどんどんエスカレートしていってるのだ。
これって……ヤバイのではないだろうか。
レナスは冷汗をかきながら思った。
例の彼女だってスリーサイズやらの個人情報がこんなところで曝露されていたと知ったら……。
ドン引くか激怒するかどっちかだ。
これを知って嬉しがる女は居ない。
現に今自分だって引いちゃってる。
……だがこれでもちろん終わりではなかった。
『あのねぇ、アーリアの初潮は十一歳の時なの』
その言葉にレナスは固まった。
『そうそう。龍弦月の十日目だった!』
『血が出ているのを知って真っ青になってお母さんの所へ飛んでいったのよね』
あわあわあわとレナスは扉の外側で一人焦っていた。
なんちゅー会話を……!
これを知ったら例の彼女は卒倒するか、最悪憤死するかもしれない。
いずれにせよ、グリードの想いに応える可能性はなくなるだろう。
それは人類の為にならない。止めなければと、レナスは使命感に燃えた。
それにここら辺で止めないと、人間として大切な何かを失う気がする。自分もグリードも。
そう思ったレナスが扉に手を掛けた時だった。
別の精霊の声がまたもや問題発言をかましたのは――――。
『グリードに取っておきの情報教えてあげる! あのねぇ、アーリアのこと好きだという男性いるんだよ。彼女のすぐ近くに!』
レナスは扉に手をかけた状態で再び固まった。
冷汗が噴出してくる。じっとりとした嫌な汗だ。
オイオイオイ! 人類のためにそんな情報はいらないから!
楽しい話題だけ持ってきてくれればいいから!
空気読んでお願い!
そんなレナスの必死の願いも虚しく冷たい声が部屋に響いた。
「……誰ですか、それは」
********************************************
部屋を出て食堂に向かったレナスは、通りかかったグリードの部屋から声がしているのに気付いた。
だがそれはグリードの声ではない。……精霊の声だ。
常人には聞こえない、精霊の加護を受けた人間と、その加護を受けた人間の血を引く者しか聞くことのできない声なき声。
その彼らの声が、グリードの部屋から聞こえていたのだ。
かなりの数の精霊がいるらしく、レナスの耳には非常ににぎやかに聞こる。だが、実際は物音ひとつしてない静寂の空間だ。
この声を聞けるのは、加護を受けたグリードと、勇者の血を引く自分と、精霊と人間の合いの子と呼ばれるエルフ族のルファーガだけだった。
だけど、いつも精霊はグリードに群がって話しかけてはいるが、この数は多すぎる。
怪訝に思ったレナスはグリードの部屋の前で足を止めて、中の会話にそっと耳を傾けた。
シュワルゼを発って三日後、勇者一行はシュワルゼの東側に隣接した国、ローゼンの首都にいた。
ここには大陸中に網をはっている有名な情報屋がいて、まずは彼から魔王に関しての情報を得るために訪れたのだ。
午後も遅くに都にたどり着いた彼らは、件の情報屋には明日出向くとしてひとまず宿を取って休むことにした。
一息ついた後、宿に隣接した食堂で情報収集でもしようと思い立ったレナスは部屋を出て、そしてその光景にぶち当たったのだった。
『あのね、彼女はお茶を入れるのが得意なのよ。姫様はいつも美味しい美味しいって言って飲んでるの』
『非番の日はいつも街に繰り出して、お茶の葉を買い求めているらしい。街娘のふりをして値切るのが得意だ』
『値切りに成功した時は、今日もいい仕事したわ、モブ万歳ってよく呟いているよ』
『一番仲の良い同僚はベリンダって子。婚約と同時に退職が決定してるからアーリアは寂しがってるみたい』
『そのうち自分も結婚退職することになるのねぇ』
などという会話が聞こえてきて、レナスは中で何が起こっているのかを理解した。
つまり、グリードは精霊を使って初恋の相手の情報を収集しているのだ。
恋をすれば相手のこと知りたくなるもの。
今まで誰にも無関心だったグリードだが、ようやく人並みの感覚を身につけたのだな。
そう思ってレナスは嬉しくなって扉の外で笑顔になった。
だけどその笑顔が凍りついたのは直後のこと。
『あのね、アーリアのスリーサイズはね、上から○×△なの!』
一瞬、我が耳を疑うレナス。
スリーサイズ……!?
『もう少し胸と身長が欲しいってよく言っているわ』
『姫の胸を見てこっそりため息ついているときがあるぞ』
『貧乳ってわけじゃなくて、それなりにあるのにね胸のサイズ。まぁ大きくはないけど』
『グリード、頑張って彼女の胸を大きくしてあげてね!』
なんだか会話があやしい方向に行き始めている。
グリードの役に立とうと必死な精霊の報告がどんどんエスカレートしていってるのだ。
これって……ヤバイのではないだろうか。
レナスは冷汗をかきながら思った。
例の彼女だってスリーサイズやらの個人情報がこんなところで曝露されていたと知ったら……。
ドン引くか激怒するかどっちかだ。
これを知って嬉しがる女は居ない。
現に今自分だって引いちゃってる。
……だがこれでもちろん終わりではなかった。
『あのねぇ、アーリアの初潮は十一歳の時なの』
その言葉にレナスは固まった。
『そうそう。龍弦月の十日目だった!』
『血が出ているのを知って真っ青になってお母さんの所へ飛んでいったのよね』
あわあわあわとレナスは扉の外側で一人焦っていた。
なんちゅー会話を……!
これを知ったら例の彼女は卒倒するか、最悪憤死するかもしれない。
いずれにせよ、グリードの想いに応える可能性はなくなるだろう。
それは人類の為にならない。止めなければと、レナスは使命感に燃えた。
それにここら辺で止めないと、人間として大切な何かを失う気がする。自分もグリードも。
そう思ったレナスが扉に手を掛けた時だった。
別の精霊の声がまたもや問題発言をかましたのは――――。
『グリードに取っておきの情報教えてあげる! あのねぇ、アーリアのこと好きだという男性いるんだよ。彼女のすぐ近くに!』
レナスは扉に手をかけた状態で再び固まった。
冷汗が噴出してくる。じっとりとした嫌な汗だ。
オイオイオイ! 人類のためにそんな情報はいらないから!
楽しい話題だけ持ってきてくれればいいから!
空気読んでお願い!
そんなレナスの必死の願いも虚しく冷たい声が部屋に響いた。
「……誰ですか、それは」
10
お気に入りに追加
1,807
あなたにおすすめの小説
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?
藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」
9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。
そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。
幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。
叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。
レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。
【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。
そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。