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56 進むべき道とは③

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「燃え尽きたよ~」

 王宮の舞踏場にて、私はしゃがみ込んだ。あのお方のおかげで、精神的にクタクタだ。

「アリス、お疲れ様。かつての英雄を彷彿とさせる勇ましさだったよ」

「レオンこそ、大活躍だったね」

 お互いに讃えあっていると、連絡や調整を済ませたローズが戻ってきた。

「アリス、レオン、相談がありますの。お時間をいただけまして?」

 緊張感を漂わせるローズに、まだ戦いは終わっていないことを思い出した。両手で頬を「パン!」と叩き、気合いを入れて立ち上がる。

「いいわ! 何?」

「実を申しますと、異形の存在は数ヶ月前から、隣国で確認されておりましたの」

「え」

「討伐しなかったのかい?」

「ユル様が試みたものの、再生能力が高くて手に負えなかったそうですわ。それに、フラフラと歩くだけで、人や家畜を襲わないことから、害がないと判断されましたの。それでも、監視は続けていたそうですわ」

「なるほど。ユル様の国で発生したものが、なぜか国境を越えて、学園に侵入したというわけか」

「理由はあるの?」

「それは、まだ分かり……」

「俺への恨みを晴らしたいのだろう」

 ローズの話に被せてきた者がいたが、辺りを見回しても姿はない。この無礼な物言いといい、聞いたことのある声といい、考えつくのはあの人だ。
 
「もしかして、ユル様?」

 ローズは私を見てため息をつくと、指輪に話しかける。

「私なりに、順序立ててお話しておりますの。勝手に割り込まないでくださいませ」

「非常のときだ、大目に見ろ。あまり時間がない。俺から説明させてくれ」

「ああ、そういうことですか。では、ユル様のお話をお伺いしましょう」

 レオンは瞬時に状況を理解し、次の展開を求めるが、私にはさっぱりだ。

「適応能力の差かな!? 話についていけないよ!」

「ユル様、お気になさらず。ご説明を」

「放置!?」

「アリス、一旦、落ち着こうか」

 自分だけが理解できていないのは、何とも悔しいことではあるが、話を進めるために口を閉じる。

「お前たちも知っているように、傍流の俺が国を平定するためには、多くの反対勢力と戦う必要があった。
 政権を交代した以降も、しつこく俺の命を狙う者や、昔の俺が大いに世話になった者は、皆まとめて地下牢に放り込んでおいたのだ。アリスに言っただろう。ころしていないと。まあ、あの劣悪な環境なら、そのうちしぬだろうとは思っていたがな」

 当然のことのように言うが、相当ひどい内容ではないか。そんな仕打ちが受け入れられる人など、いるわけがない。牢の状況を想像するだけで、つらくなる。

「その人たちが反旗を翻したのですか。それにしても、瀕死の彼らがよく脱獄できましたね」

「いや、人であることを放棄し、魔物となった」

 今、さらりとすごいことを言ったぞ。厳しい表情をしていたレオンから、表情がなくなった。

「魔物を使役しているのではなく、自らを魔に堕としたと?」

 命懸けの復讐なんて、どんな気持ちか想像もできない。いかに自分が能天気に生きて来たかを思い知る。

「それでも、分かりませんわ。一矢報いたいならば、国内にいるユル様を狙うはずですのに。なぜ、ここへ現れましたの?」

「……それは、その」

 ローズの追求に、ユルが言い淀んだ。身に覚えがあるらしい。レオンの目が光る。

「もしかして、彼らに自慢話を聞かせたのではないですか? 例えば、アリスやローズとのエピソードを、五割り増しで」

 それは半分嘘ではないか。
 いくらユルでも、絶望の淵にいる人に対して、そこまで非道な真似はしないだろう。

「……許せ。そのくらいの嫌がらせをしてもいいと思ったのだ」

「図星かな!?」

「なるほど。彼らは、ユル様が一番苦しむ方法を選択したのか」

「ユル様っ! いかなる理由があろうと、我が国の民を危険にさらすことは許せませんわ!」

 滅多に感情的にならないローズが、烈火の如く怒る。

「……弁解のしようもない」

 ローズの異変に周りの生徒も気付き始め、少しずつ人が集まって来ている。

「みんなが聞いているよう」

「構いませんわ。皆さまには、知る権利がありますもの。ユル様には、後できっちり責任をとっていただきますわ」

 それはもちろんだが、私にはどうしても分からないことがある。

「彼らの狙いが、私とローズだとして、どうやって探すつもりかな?」

「探す必要はないよ。皆ごろしにすれば済むからね」

「では、学園の制服を覚えられたら、登下校中も狙われますわね」

 レオンが真顔で恐ろしいことを言い、ローズも負けずに最悪の事態を想定している。

「ええっ。そうなると、全ての魔物が討伐されるまで、ここでの避難生活は続くのかな!?」

「そうなるよね」

「仕方ありませんわ」

「でも……」

 初等部の生徒たちは幼いため、長期間は避けたい。そもそも、ユルの国でも倒せなかったのに、我々が対抗できるのだろうか。周りの生徒を見ると、完全に怯えていた。

(ですよね)

 みんな怖いのだから、上級生の私が弱気になってはダメだ。気持ちで負けたら現実でも勝てるわけがない。

「よーし! 早く解決して、みんなを家に帰してあげよう!」

「アリスの言う通りですわ! こちらも、負け戦をするつもりはありませんわよ。ただいま、国中の戦力を学園に集めておりますの」

「俺からも良い報告がある。光の民にも、ご協力いただけるぞ」

「え」

 ユル様から、信じられない話が飛び出した。光の民とは、神に愛された奇跡の一族だ。

 彼らは、常に旅をしているため、どこにいるか分からないし、お目にかかれる機会は数年に一度、あるかないかだ。

 それなのに、このタイミングで学園に来てくれるというのか。

「通常の武力では、お手上げだからな。交渉は大変だったが、若手のホープであるサラ様が来てくださる。今、飛竜に乗って一緒に向かっているから、もう少し耐えてくれ」

「分かりました。僕らにも、できることはありますか?」

「聞いてみよう」

 レオンの質問を聞くため、指輪の向こうではユルが大声で叫んでいた。違う飛竜に乗っているため、会話がしづらいらしい。

 自分の居場所は自分で守りたい気持ちは、よく分かる。私も、何もせずに待っているのは落ち着かない。

「武器や食糧の運搬とか、情報収集ならできるよ」

 私が参戦の意思表明をした途端、二人は拒絶の体制に入った。

「遠慮するよ。アリスが来ると、みんなの気が散るからね」

「その通りですわよ。ここで後輩の面倒を見ている方が、よほど役に立てますわ」

「……あしでまとい」

 しょぼんとしていると、ユル様の声がした。

「えーと、伝えるぞ。サラ様は、甘くて美味しいお菓子をご所望だ。終わったらすぐにお召し上がりになりたいそうで、今から準備して欲しいとおっしゃっている。……頼めるか?」

 三人で顔を合わせてキョトンとする。

「戦力の応援は、必要ありませんの?」

「まあ、そういうことだ。学生諸君は、お茶会の準備に励め」

「ちょっとよく分からないけれど、もしかして、奇跡を起こすには糖分が必要なのかな?」

「あははは! すごいな! サラ様は、戦いに負ける気なんてないんだ!」

 レオンの言葉に、ローズは勝利を確信したように微笑んだ。

「ユル様! 王家の威信に欠けて、最高級のお菓子をご用意いたしますと、お伝えくださいませ!」

 彼女の力強く明るい声が、舞踏場に響いた。遠巻きに見ていた生徒たちから、ワッと歓声が上がり、ローズは彼らの方を向く。

「皆さま! お聞きになりましたわね! サラ様が駆け付けてくださいますわ! 我々の勝利は目前です! もう、恐れることはありませんわ! さあ、我々の意地にかけて、最高のお茶会にいたしますわよ!」

「おおーっ!!」

 戦いの場に赴かなくとも出来ることはある。私たちには、私たちの戦いがあるのだ。

 一致団結した私たちは、かつてない規模のお茶会を開催するため、大喜びで準備に入った。先ほどとは打って変わって、みんなの顔が明るい。

「ここまで計算していたとしたら、サラ様はすごいね」

 レオンが呟く。

「うん、そうだね」

 まだ見ぬサラ様に、私は期待は膨らむばかりだった。
 
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