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62 みんなの未来①

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「私でいいのですか?」 

(いかん、不安が勝ってしまった)

 困惑した顔のラウル様が、私の手を取る。

「そう思うのはなぜか、教えてもらっても?」

 怒ることも責めることもなく、私の考えを聞いてくれようとしている。誠意を持って答えたいと、その手を握り返す。

「今の私では、お役に立てません。もっと勉強して、自分の価値を高めたいのです」

「ユル様と自分を比べて自信をなくしたのなら、それは違うと言わせてほしい。そもそも、年齢や経験値が違うのだよ?」

「分かっています」

「いや、分かっていない。君は謙遜しているが、同じ年齢の御令嬢より一足先に社会活動に参加しているではないか。力不足を感じるのは、状況を正しく認識している証拠だ。能力は十分あるよ。ないのは、本人の自覚だと俺は思う。違うかな?」

「買い被りすぎです! 私は世の中のことを、まるで分かっていません!」

 私が世間知らずなのは本当だ。婿取り大会や敗者復活戦を知らされずに育ち、自分の手の及ばぬところで多くの若者が努力に明け暮れたことに、今もなお罪悪感を抱いているのだ。

「トラウマになっているのか?」

「そうかもしれません」

「君の責任ではないのに?」

 結婚を恐れるのも、何年も頑張ってきた彼らに引導を渡すようで心苦しい。かと言って、全員と婚約を結ぶなど、現実的に不可能だ。

「可哀想に」

 そう呟くと、ラウル様は立ち上がり、私を抱きしめた。

「君は、もともと天真爛漫な少女だった。この一年で、随分大人びて、思慮深くなったね。それを成長と捉えるか、不幸なことだと受け止めるかは君次第だろうが、俺はどんなアリスも愛おしいんだよ」

(な!?)

「ちなみに言わせてもらうが、ユル様が君を補佐にしたのは、自分のいいところを見せたかったからだよ。まんまと策にはまるなんて。素直すぎるのも考えものだな」

 頭の上から優しい声がして、フワフワする。言葉の洪水に溺れそうだ。

「また会えたら、言えなかったことを伝えるという約束は覚えているかな?」

 ビックリしている間もなく、話が変わって行く。そういえば、そんなことを言っていたかもしれないと、記憶を呼び起こす。

「……はい」

「俺たちが、初めて出会った日を覚えているかな?」

 そんなのは、婚約式に決まっている。私の記憶力を舐めないでもらおう。

「……一年前です」

「ブー、ハズレ。ペナルティとして、キス一回」

 ラウル様は、ものすごくいい顔をして笑う。

「えっ、ルールの後出しとは卑怯……」

 文句を言うことも許されなかった。彼の唇が私の口を塞いだから。

「答えは、八年前でした。人前ではないからキスは許されるという解釈のもと、次の問題へ進むよ」

 それは屁理屈と言うもので、互いの了承を得ないペナルティを課すなど、無茶苦茶だ。

「誰かに見られたら困ります!」

「おや、見ていないならいいのかな?」

 絶句する私を見て、彼はにっこり笑う。キスが嫌なわけではないと受け止められる発言をしたことに気付いて、恥ずかしくてたまらない。

「もういい加減、素直になってもいいのに。でも、頑固なところも可愛いと思うのは、惚れた者の弱みだな。
 次の問題だよ。十歳の君が、俺にしてくれたことは、なーんだ? ヒントをあげよう。下校中に起きた出来事だよ」

「下校中?」

 またもや難題だ。そもそも、八年前に出会ったことすら覚えていないのに、その時の私が何をしたかなんて、分かるはずがない。それが分かって出題するなんて、面白がっているに違いない。

「はい、時間切れ」

「そんなっ!」

 考えさせる気もないのか。

「どうせ分からないのだから、さっさと打ち切るよ。俺にとっては大切な思い出なのだが、覚えていないのなら、仕方ない。ペナルティは俺にとってご褒美以外の何物でもないのだから、全く記憶にない君には感謝しなくてはならないな」

 またもやペナルティを与えられ、完全に頭がショートした。ゆでダコのように顔を真っ赤にして、プルプル震えることしかできない。

「いじめっ子から、俺を助けてくれたんだよ。さあ、次の問題だ。その時の二人の関係は、何から何になったかな?」

 関係とは!?

「昔の私、一体、何をしてくれたの!?」

 目を潤ませながら過去の自分に抗議していると、ラウル様は破顔した。

「降参だね」

 半ば投げやりになった私は、三度目のペナルティを受け入れた。

「俺たちは先輩後輩の間柄から、友だちになったんだよ」

「同じ学園!?」

「無理もない。君は護衛による鉄壁の防御の中にいたし、友だち百人を目標に、次々と声をかけていたら」

「私、何も知らなくて、覚えていなくて。……ごめんなさい」

 いくら子どものしたこととはいえ、奔放すぎるだろう。反省しきりの私を、彼は優しく抱きしめる。

「君が心の支えになってくれたから、今の俺があるのだよ。役に立たないなんて寂しいことは言わないでくれないかな。前にも同じことを言ったはずだよ。その気持ちに偽りはない。どうか信じてほしい」

 彼のことは信じている。
 信じられないのは、未熟な自分だ。

「アリスが進学したいなら、俺は応援しよう」
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