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52 カトリーヌ①
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案内された応接室には、お茶会の用意がしてあった。ユルは他国の王であるため上座へ通され、ローズ、レオンの順で着席していく。しきたりとはいえ、ユルから離れた席なのは嬉しい。この時ばかりは、面倒なマナーを作り出してくれたご先祖さまに感謝した。
本当はラウル様も同席できるとよいのだけれど、職務中ということで護衛に徹するそうだ。つまり、側にいてくれるけれど、基本的に発言はしない。
それが、心細い。そう思うほど、ラウル様は私の中で大きな存在になっていたのだと気付く。あれほど嫌っていたのに、不思議なものだ。
(一緒に過ごしてみてわかったのだけれど、本来の彼は、真面目で誠実な青年だったのよね)
呪いから解き放たれてからというもの、積極的に気持ちを伝えてくれるのだが、困ったことに、とても良い人なのだ。顔はもともとタイプだし、お強いし、性格までいいなんて、非の打ち所がない。呪いの妨害がなければ、とっくに恋に落ちていたに違いない。
(でも、あれだけ大騒ぎしておいて、やっぱりラウル様がいいだなんて、虫のいい話よね)
その罪悪感が、気持ちにブレーキをかけていた。ラウル様と仲良くしたい気持ちと、傷付いた過去の自分、そして世間体や意地が、彼を選ぶことを許してくれない。素直になれたら、どんなに楽だろうか。
ふと、後ろに控えている彼を見る。母と親友二人がいるとはいえ、ユルの恐ろしさは底が知れない。不安な私の心が分かったのか、ラウル様はさりげなく近づき、そっと顔を寄せた。
「大丈夫だ。ここにいる」
その言葉を残すと、先ほどよりも距離を縮めてくれた。彼と目を合わせて、頑張りますと気持ちを送ると、柔らかい笑みをくれる。
「あら、目と目で通じ合う間柄になりましたの? 四六時中ご一緒ですもの、当然ですわね」
ローズの言葉を受け、正気に戻る。
(あかん、人前だった)
一気に現実に戻されて、恥ずかしさが込み上げる。
「ローズ! 僕だって、アリスのことは何だって分かるよ!」
確かに。
長い月日を共に過ごしてきた幼馴染なのだから、レオンは私のことをよく理解している。特に、食べ物の好みに関しては家族以上かもしれない。
「おい、ご婦人の前だ。落ち着け」
ユルに嗜められて、レオンが口を閉じた。みんなが座ったのを確認して、母が口を開く。
「みなさま、ようこそおいでくださいました。アリスの母、カトリーヌでございます。
国王陛下におかれましては、遠いところを我が娘のためにお越しいただき、心より感謝申し上げます。当家といたしましては、陛下より正式にお話しをいただく前に、我が家と娘について説明させていただきたく存じますが、よろしいでしょうか」
「……何かあるのか?」
察しのいいユルが警戒した。私も、家についておさらいする良い機会だと、姿勢を正す。
「はい。我が家には、深刻な呪いがかけられております」
「……どのような?」
「一つは、男児に恵まれない、生まれたとしても短命であるという、後継を持てない呪いでございます。
それと、もう一つは、婚約宣誓書にサインした瞬間から、二人の中を引き裂く呪いが発動いたします」
「……家を潰すための呪いか。いやに徹底しているな。なぜ、そんなことになったのだ」
「昔の戦による、負の遺産でございます」
「……そうか、だから、あの時……」
ユルは、ホテルでの解呪を思い出したらしい。
「婚約宣誓書を破棄すればお互いに呪いから解放されますが、新たな婚約者とサインすれば、その相手とアリスは呪いの力により、破局するよう動かされます」
母から、呪いによる具体的な例がユルに伝えられた。彼の表情がどんどん曇る。
「では、ラウルから俺に婚約者の座が移ったとしても、呪いは必ず発動し、俺は自分の意志に反して彼女に酷い態度を取ると?」
「おっしゃる通りでございます」
ユルの問いに、母はハッキリと答えた。二人が心を通わせていくことで、徐々に呪いは浄化されていくが、そこまでの道のりが困難だと、母は重ねて言う。
その事実に、ユルが怯んだ。
「……君の婚約者になるのは、想像していた以上に過酷だな。しかも、大好きな人を心にもない言葉で傷付け、その挙句に嫌われるかもしれないなんて、俺には耐えられるか分からない。
しかも、呪いのせいだということは、お互いに知らされないのだろう。これから同じ試練を迎えるとしても、俺とアリスは既に知っているから、そこまで振り回されることはないだろうが、それでも恐ろしいと思う。お前、よく頑張ったな」
ユルがラウル様を見て労う。彼の中で、同情と尊敬の念が生まれたらしい。できればそこに、私も頑張って耐えたことも加えてもらえると嬉しいのだが。まあ、よしとしよう。
「いいえ。できることなら、あの時の自分を、この手でころしたいです」
驚いて振り返ると、彼は悲壮な表情を浮かべてひざまずき、私を熱く見た。
「謝って済むことではないが、本当にすまなかった。優しい君は、呪いのせいだからだと許してくれるが、俺は俺を許すことはできない。婚約破棄以外なら、どんな罰も受け入れる。アリス殿の、気のすむようにしてくれ」
「え、待っ、もう済んだことです!」
「あれえ、職務中ではないですか?」
レオンが余計なことを言った。
ラウル様は騎士の顔に戻り、スッと立ち上がると、母に向かって深く頭を下げた。
「失礼しました」
彼の言葉を合図に、母の話が再開された。
「呪いが発動し、婚約者への不快感が一定の基準を超えると、女性は行動を起こします。つまり、婚約破棄に向けて動き出したり、婚約者に会わないように逃げたりいたします」
なんと。
逃げるのは、正解だったらしい。
「アリスは、それはそれは見事な逃げっぷりでしたわ」
「ある程度は覚悟していたけれど、捕捉するのに苦労したよ。さすがは、アリスだよ」
なぜだろう、親友たちから褒められている気がしない。おさらい会のはずが、槍玉にあげられる会になる予感がしてきて、またもや逃げたくなる。
「しかも、行き当たりばったりのように見えますが、実は、悪の気配に引き寄せられております」
「やたらとトラブルに巻き込まれたのも、必然ですわね」
「自分から、火の中へ飛び込んでいるのだから仕方ないよ」
二人の心の声が大きくて、私はますます肩身が狭くなった。ユルは、自分の計画が台無しにされた黒歴史を思い出しているのか、複雑な表情をしている。ラウル様からは、異様な圧を感じるが、もしかして、反省しているのだろうか。
「その節は、皆さまに大変ご迷惑をおかけしました。この場をお借りして、心よりお詫び申し上げます」
これ以上、盛り上がってもらうと困るので、とりあえず謝っておく。母が目で「それでよろしい」と言っているので、謝罪したのは正解らしい。
後ろから、「君は悪くない」と聞こえたような気がしたが、ラウル様こそ気にしないでほしい。あなたも悪くはないのだから。
「皆さまご存知のように、今回はレオン様が提出なさいましたが、通常の流れでは、当事者である娘の訴えにより、敗者復活戦が始まります。逃げる娘の心を掴むために、男性は追わねばなりません」
「アリス、ラウル様でなければ、ここまでしてくれませんでしたわよ!」
「諦めてくれてもよかったのになあ」
ローズとレオンの意見が、始めて割れた。
本当はラウル様も同席できるとよいのだけれど、職務中ということで護衛に徹するそうだ。つまり、側にいてくれるけれど、基本的に発言はしない。
それが、心細い。そう思うほど、ラウル様は私の中で大きな存在になっていたのだと気付く。あれほど嫌っていたのに、不思議なものだ。
(一緒に過ごしてみてわかったのだけれど、本来の彼は、真面目で誠実な青年だったのよね)
呪いから解き放たれてからというもの、積極的に気持ちを伝えてくれるのだが、困ったことに、とても良い人なのだ。顔はもともとタイプだし、お強いし、性格までいいなんて、非の打ち所がない。呪いの妨害がなければ、とっくに恋に落ちていたに違いない。
(でも、あれだけ大騒ぎしておいて、やっぱりラウル様がいいだなんて、虫のいい話よね)
その罪悪感が、気持ちにブレーキをかけていた。ラウル様と仲良くしたい気持ちと、傷付いた過去の自分、そして世間体や意地が、彼を選ぶことを許してくれない。素直になれたら、どんなに楽だろうか。
ふと、後ろに控えている彼を見る。母と親友二人がいるとはいえ、ユルの恐ろしさは底が知れない。不安な私の心が分かったのか、ラウル様はさりげなく近づき、そっと顔を寄せた。
「大丈夫だ。ここにいる」
その言葉を残すと、先ほどよりも距離を縮めてくれた。彼と目を合わせて、頑張りますと気持ちを送ると、柔らかい笑みをくれる。
「あら、目と目で通じ合う間柄になりましたの? 四六時中ご一緒ですもの、当然ですわね」
ローズの言葉を受け、正気に戻る。
(あかん、人前だった)
一気に現実に戻されて、恥ずかしさが込み上げる。
「ローズ! 僕だって、アリスのことは何だって分かるよ!」
確かに。
長い月日を共に過ごしてきた幼馴染なのだから、レオンは私のことをよく理解している。特に、食べ物の好みに関しては家族以上かもしれない。
「おい、ご婦人の前だ。落ち着け」
ユルに嗜められて、レオンが口を閉じた。みんなが座ったのを確認して、母が口を開く。
「みなさま、ようこそおいでくださいました。アリスの母、カトリーヌでございます。
国王陛下におかれましては、遠いところを我が娘のためにお越しいただき、心より感謝申し上げます。当家といたしましては、陛下より正式にお話しをいただく前に、我が家と娘について説明させていただきたく存じますが、よろしいでしょうか」
「……何かあるのか?」
察しのいいユルが警戒した。私も、家についておさらいする良い機会だと、姿勢を正す。
「はい。我が家には、深刻な呪いがかけられております」
「……どのような?」
「一つは、男児に恵まれない、生まれたとしても短命であるという、後継を持てない呪いでございます。
それと、もう一つは、婚約宣誓書にサインした瞬間から、二人の中を引き裂く呪いが発動いたします」
「……家を潰すための呪いか。いやに徹底しているな。なぜ、そんなことになったのだ」
「昔の戦による、負の遺産でございます」
「……そうか、だから、あの時……」
ユルは、ホテルでの解呪を思い出したらしい。
「婚約宣誓書を破棄すればお互いに呪いから解放されますが、新たな婚約者とサインすれば、その相手とアリスは呪いの力により、破局するよう動かされます」
母から、呪いによる具体的な例がユルに伝えられた。彼の表情がどんどん曇る。
「では、ラウルから俺に婚約者の座が移ったとしても、呪いは必ず発動し、俺は自分の意志に反して彼女に酷い態度を取ると?」
「おっしゃる通りでございます」
ユルの問いに、母はハッキリと答えた。二人が心を通わせていくことで、徐々に呪いは浄化されていくが、そこまでの道のりが困難だと、母は重ねて言う。
その事実に、ユルが怯んだ。
「……君の婚約者になるのは、想像していた以上に過酷だな。しかも、大好きな人を心にもない言葉で傷付け、その挙句に嫌われるかもしれないなんて、俺には耐えられるか分からない。
しかも、呪いのせいだということは、お互いに知らされないのだろう。これから同じ試練を迎えるとしても、俺とアリスは既に知っているから、そこまで振り回されることはないだろうが、それでも恐ろしいと思う。お前、よく頑張ったな」
ユルがラウル様を見て労う。彼の中で、同情と尊敬の念が生まれたらしい。できればそこに、私も頑張って耐えたことも加えてもらえると嬉しいのだが。まあ、よしとしよう。
「いいえ。できることなら、あの時の自分を、この手でころしたいです」
驚いて振り返ると、彼は悲壮な表情を浮かべてひざまずき、私を熱く見た。
「謝って済むことではないが、本当にすまなかった。優しい君は、呪いのせいだからだと許してくれるが、俺は俺を許すことはできない。婚約破棄以外なら、どんな罰も受け入れる。アリス殿の、気のすむようにしてくれ」
「え、待っ、もう済んだことです!」
「あれえ、職務中ではないですか?」
レオンが余計なことを言った。
ラウル様は騎士の顔に戻り、スッと立ち上がると、母に向かって深く頭を下げた。
「失礼しました」
彼の言葉を合図に、母の話が再開された。
「呪いが発動し、婚約者への不快感が一定の基準を超えると、女性は行動を起こします。つまり、婚約破棄に向けて動き出したり、婚約者に会わないように逃げたりいたします」
なんと。
逃げるのは、正解だったらしい。
「アリスは、それはそれは見事な逃げっぷりでしたわ」
「ある程度は覚悟していたけれど、捕捉するのに苦労したよ。さすがは、アリスだよ」
なぜだろう、親友たちから褒められている気がしない。おさらい会のはずが、槍玉にあげられる会になる予感がしてきて、またもや逃げたくなる。
「しかも、行き当たりばったりのように見えますが、実は、悪の気配に引き寄せられております」
「やたらとトラブルに巻き込まれたのも、必然ですわね」
「自分から、火の中へ飛び込んでいるのだから仕方ないよ」
二人の心の声が大きくて、私はますます肩身が狭くなった。ユルは、自分の計画が台無しにされた黒歴史を思い出しているのか、複雑な表情をしている。ラウル様からは、異様な圧を感じるが、もしかして、反省しているのだろうか。
「その節は、皆さまに大変ご迷惑をおかけしました。この場をお借りして、心よりお詫び申し上げます」
これ以上、盛り上がってもらうと困るので、とりあえず謝っておく。母が目で「それでよろしい」と言っているので、謝罪したのは正解らしい。
後ろから、「君は悪くない」と聞こえたような気がしたが、ラウル様こそ気にしないでほしい。あなたも悪くはないのだから。
「皆さまご存知のように、今回はレオン様が提出なさいましたが、通常の流れでは、当事者である娘の訴えにより、敗者復活戦が始まります。逃げる娘の心を掴むために、男性は追わねばなりません」
「アリス、ラウル様でなければ、ここまでしてくれませんでしたわよ!」
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