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25 心からの謝罪を、あの人に(ラウル視点)

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「殿下、それ以上は危険です」

 マルセルがストップをかける。

「大丈夫ですわ。アリスのものも、ラウル様のものも、随分と軽くなって来ていますから、私には手出し出来なくてよ」

 殿下は、不敵な笑みを浮かべられた。俺には見えない何かが、お分かりになるようだ。

「ラウル様は、お気付きになりましたか。これは、婚約の誓約書にサインなさった時から、始まっていますの」



 ……知らなかった。



「殿下、ラウルは自分の異変について、積年の想いをこじらせたとせいだと思っておりました」

 マルセルの話を聞いて、目を見開いた殿下は「それが逆に、良かったのかもしれませんわ」と仰った。

「これは、残酷なのろいですわ。アリスを大切に想えば想うほど、ラウル様は、あの子を傷付けるように操られますの。まるで、暴君のように」

「……え」

 「呪い」という単語に気を取られ、意味が分からない。そんな俺に気付いた殿下は、さらに続けられた。

「ハッキリ申し上げますわ。呪いは、二人の仲を引き裂くためにあるのです」

「……」

 予想もしない内容に、言葉が出てこない。
 すごく頑張って、ようやく彼女と婚約したのに、邪魔をする者がいるのか。
 
「では、ラウルの極悪非道な振る舞いも、呪いのせいだと?」

「その通りですわ」
 
 二人の遠慮のない会話が、心をえぐる。確かに、呪いのせいだろうが何だろうが、俺のしたことは最低だ。

「婚約が、二人を不幸にするなんて」

 マルセルは、表情を曇らせる。
 殿下の仰ることが本当ならば、アリス殿から嫌われるために、俺は動いていたことになる。

(理解が出来ない)

 誰が、何のために、どんな恨みがあって、このような手の込んだ真似をするのだ。

「何者の仕業ですか?」

「……それは、また時間のある時に、お話ししますわ」

 俺の質問に対して、殿下は返答に困っていらした。それでも、言える範囲で伝えようとしてくださるのが、見て取れる。

「アリスの関係者は、あなたにもわざわいの影響があると察しておりましたし、ラウル様が『かなともの会』を通して、アリスのためにご尽力されたことも、もちろん存じておりますわ。あの子に同情しながらも、ラウル様のことも応援していますのよ。一番知っていて欲しいアリスが蚊帳の外なのは、悲劇としかいいようがありませんわ」

 そのお言葉に、心の奥が温かくなった。
 それにしても、殿下の口から、会の名を聞くとは思わなかった。

「会のことを、ご存知なのですか?」

 アリス殿とお友だちになるのが目的の会だから、ご学友の殿下には縁のない話なのに。

「これでも、生徒会長ですのよ。大抵のことは耳に入って来ますわ。会のおかげで、私の影が薄くなって困りますのよ。ふふふ」

 そう言って謙遜されるが、『かなともの会』は健全な裏の組織だ。あくまでも、学園の顔は殿下だろう。

「二人にかけられた呪いは、永遠に続くものではありません。解放されるまでの我慢だと、アリスをたしなめていたのですが、逆効果でしたわね。かえって、あなたへの印象を悪くしてしまいましたことを、心よりお詫び申し上げますわ」

「い、いいえ、殿下は悪くありません。全ては、自分の不徳の致すところです」

 得体の知れないものに負けてしまった、俺の弱さがいけないのだ。アリス殿にも申し訳ない。

「そんなに、ご自分を責めることはありませんわ。アリスには護衛という物理的な壁があって、周りが見えていませんでしたし、例え、壁がなかったとしても、同じだったかもしれませんわ。あの子の視野は恐ろしく狭いうえに、曲解と勘違いの天才ですから」

 ……そうなのか。
 また新たな彼女の一面を知った。
 
「残念ながら、あの子はあなたのことを、かなり誤解していますの。少ない情報で「分かれ」というほうが、無理かもしれませんわね」

(誤解ではない)

 彼女にとっては、それが事実だから当然のことだ。例え、呪いのせいだしても、俺は、それだけのことをした。

(言えていれば、違っただろうか)

 指輪にいろんな効力を持たせたのも、素直になれない俺の代わりに、彼女を守ってもらうためだった。それも、きちんと本人に伝えればよかったのだ。

 贈るときに、かけた魔法を全て説明し、「君のことが心配だ。何かあれば駆け付けるから、その指輪をしていて欲しい」とお願いすれば、受け入れてくれただろうか。それが実際に言えたかどうかは分からないが、秘密にするより、ずっといい。
 
 俺の言葉で、彼女の瞳が揺れるたびに胸が痛んだし、どんな気持ちでいるのか知りたかった。でも、こんな自分に心を開くはずもない。

(ここから挽回できるのだろうか)

「もう少しの辛抱ですわ。近いうちに、きっと、アリスと自由に話すことができますわよ。今度こそ、ご自分のお言葉を、伝えてあげてくださいませ」

 それが本当だったら、どれだけ嬉しいか分からないが、まずは、過去の自分と向き合う必要がある。

(呪いのせいにしては、ダメだ!)

 俺は、彼女の婚約者になれたことで、浮かれていたんだ。この立ち位置が不動のものだと思い込み、慢心が生まれた。そこを、呪いに付け込まれたに過ぎない。原因は、俺にあるのだ。

「例え本心ではなくとも、口から出た言葉は消えません。俺は彼女に、心からの謝罪をしなくては」

 謝っても、許してもらえないかもしれないが、謝るしかない。俺に出来るのは、頭を下げることだけだ。

「検討を祈りますわ」

「骨は拾ってやるぞ」

 殿下とマルセルが、笑顔で送り出してくれる。
 俺は一礼し、走り出した。
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