上 下
8 / 65

08 回想・お友だち(ラウル視点)

しおりを挟む
 彼女の発言に、奴らは黙ってしまった。俺も突然のことでうまく言葉が出てこない。

「お名前を教えてくださいますか?」

 少女の微笑みは、花がこぼれるようだ。
 女の子に助けられるなんて屈辱的だし、余計なお世話だと振り払う事もできたのに、あまりにも彼女がまぶしくて……。

「……ラウル。ラウル・トゥイナ」

 気が付けば答えていた。

「ラウル様ですね。参りましょう!」

 彼女に手を引かれ、立ち上がった。
 パンパンと、俺の服に着いた土を払う少女。
 奴らは反論しないのかと見れば、泣きべそをかいて、従者に慰められていた。

(……なぜに泣く?)

 ぼうっとしていると、彼女に手を引かれた。

「お友だちになった記念に、美味しいお菓子を食べましょう! おすすめのお店があります!」

 歩き出してから気付いたが、こんなに可愛い子と手を繋いでいるのか、俺は。

「私のことは、アリスとお呼びください」

 その声は、耳に心地よく響いた。

「……アリス、様」

 その名は、俺の口から出ても美しい。
 それをどう受け取ったか分からないが、彼女は嬉しそうに笑った。

「彼らは、あなたがうらやましいのですね」

 俺の疑問を感じ取ったように、彼女は続けて話す。

「お父様のお仕事を手伝って、成果を出しているのでしょう? すごいです!」

(すごい?)

 俺が奴らから嫌われている理由は、薄々分かっていた。おそらく、親がトゥイナ商会から金を借りているのだろう。商売だから、当然、無利子というわけにはいかない。金がなくて借りたのに、利子を上乗せして返済するのは大変だ。
 奴らは、資金繰りに奔走する親の姿を見て、俺に怒りをぶつけていたのだ。
 だが、お前らは知らないだろう。
 トゥイナ商会が、親の領地のワインや小麦、特産品を高く買っていることを。
 いや、知らなくていい。余計な気を遣わせてしまうし、プライドを傷付けてしまうかもしれない。
 だから、父上は、あえて憎まれ役を買っているのだ。

(それなのに、君は褒めてくれるのか)

 彼女は、俺の心に巣食っていたドロドロとした感情を、たった一言で晴らした。

「経済は、人を生かすのですって。先日、お祖父様から聞きました。私には難しくて分かりませんが、ラウル様が幸せにした人は、たくさんいるはずです」

 人を生かすなんて大層なことは、考えたこともない。ただ、俺は喜ぶ人の顔が見たくて、父上の仕事を手伝っていた。
 それは、間違いではなかったのか。

「……ありがとう。そんなこと言われたのは、初めてだ」

 彼女は、目を見開いた。その顔は反則だ。可愛すぎるじゃないか。

「ラウル様のお友だちは、奥ゆかしいのですね。私なら、褒めまくります!」

 光が弾けるように、彼女は笑う。
 君の期待を裏切るようで申し訳ないが、俺に友だちはいないし、これからもできる予定はない。
 でも、君がいてくれたら、それで十分かもしれない。

「本当に?」

「もちろんです!」

 彼女は、最高の笑顔をくれた。
 繋いだ手から、何かが俺に流れてきた。それは、凍りついた心を溶かすような、柔らかい温かさだった。

 お菓子屋さんでは、お互いの食べたいお菓子を聞いて買い、それを交換した。
 本当の友だちのようで、ウキウキする。
 お菓子は、公園のベンチに座って食べた。
 好きな本は何か、好きな食べ物は何か。そんな、たわいもない話をしている今が、何よりも幸せだった。

「お嬢様、お時間です」

 小一時間ほどで、どこからか護衛が現れ、夢のような時間に終わりを告げる。

「また会える?」

「もちろん! 私たち、友だちだもの! また、明日!」

 最後に握手をして、彼女は行ってしまった。
 馬車に乗って遠ざかる彼女を見送ったまま、俺はしばらく動けなかった。
 手に残る彼女の温もりを忘れたくなくなかったし、この場から離れたら、魔法が解けてしまいそうで、怖かったから。

(……また、明日)

 この約束があれば、学園に通うのも苦痛ではないと思えた。

 翌日、彼女のことをジャンさんに聞いたら、「さすがは、ギルツ家の長子ちょうしだな」と言って、教えてくれた。

「彼女のクラスは、通称『かごの鳥』と呼ばれる女子クラスだ。王族や高位の貴族令嬢が多く在籍しているから、警備がとても厳しい。俺たちは騎士団から配属されているが、あっちは、要人警護のプロだ。会うのは難しいぞ」

 転校初日に警備のお兄さんから言われたことが、頭をかすめた。

「校舎も違うから、偶然を装ってバッタリ会うこともできない。高嶺たかねの花の女子クラスは、みんなの憧れだ」

 ジャンさんの言った通り、女子クラスは、完全に他の生徒と隔絶されていた。
 体育や移動教室、全校集会や学食へ行くタイミングを狙っても、うまく護衛に追い返されてしまう。それは、俺だけではなく、他の男も同じだった。

(鉄壁のガードに阻まれている)

 そう考えると、あの日の出会いは、この上ない幸運だったのだ。あいつらが、なぜ泣いていたのか、今なら分かる。

(アリス様は、友だちに飢えていたのかもな)

 限られたクラスメイトに、自由のない生活は、窮屈きゅうくつだったろう。彼女の気持ちを考えると、胸が締め付けられる。
 ただ、一つだけ気になることがあった。

(あいつは、誰だ)

 彼女に会うことを許されている男子生徒が、一人だけいた。婚約者かと焦ったが、どうやら違うらしい。王女殿下も交え、三人で一緒にいることが多い。高貴な身分だとは思ったが、名前を聞いてに落ちた。

(『建国』の家の繋がりは、健在なのか)

 俺は、彼の立ち位置が羨ましくて仕方なかった。
 しかし、数百年来のお付き合いには太刀打たちうちできない。自分の出自しゅつじうらむが、こればかりはどうしようもない。

(おかしな話だ。あれだけ貴族を毛嫌いしておいて、今は、彼女に釣り合う、高い身分をほっするなんて)

 初めの頃は、彼女の元気な姿を遠目に見られるだけでも幸せだったのに、俺は、徐々に自分を抑え切れなくなっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる

櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。 彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。 だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。 私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。 またまた軽率に短編。 一話…マリエ視点 二話…婚約者視点 三話…子爵令嬢視点 四話…第二王子視点 五話…マリエ視点 六話…兄視点 ※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。 スピンオフ始めました。 「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!

妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!

石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。 だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。 しかも新たな婚約者は妹のロゼ。 誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。 だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。 それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。 主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。 婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。 この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。 これに追加して書いていきます。 新しい作品では ①主人公の感情が薄い ②視点変更で読みずらい というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。 見比べて見るのも面白いかも知れません。 ご迷惑をお掛けいたしました

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

妹が私こそ当主にふさわしいと言うので、婚約者を譲って、これからは自由に生きようと思います。

雲丹はち
恋愛
「ねえ、お父さま。お姉さまより私の方が伯爵家を継ぐのにふさわしいと思うの」 妹シエラが突然、食卓の席でそんなことを言い出した。 今まで家のため、亡くなった母のためと思い耐えてきたけれど、それももう限界だ。 私、クローディア・バローは自分のために新しい人生を切り拓こうと思います。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

処理中です...