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51 再会
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あの騒動からニヶ月が過ぎ、ラウル様との生活にも慣れてきた。最初はどうなるかと思ったけれど、程よい距離感を保って暮らせていると思う。
あれほどいた私の護衛は全員外され、ラウル様だけになった。どうやら彼の意向らしいが、なぜだろう。
それに、ふいにラウル様の姿が消えることがあるのは、現れた敗者復活戦の挑戦者を、私に分からないように排除しているからだと聞いた。一対一では敵わないからと、徒党を組んでくる輩と戦うこともあるらしいが、本人は涼しい顔をしている。
ある日、心配になって聞いてみた。
「護衛を増やしますか?」
「ありがとう。俺は強いから大丈夫だ。それに、護衛とはいえ、君に他の男を近付けさせるのは、俺が嫌なんだ」
「え」
そんな理由かい。
しかし、その言葉通り、学園でも街歩きでも問題なく過ごせている。職務中の彼は護衛として最高の仕事をしてくれていた。
ただ一つだけ注文をつけるとすれば、職務を外れたときの彼が、私を大切にし過ぎる。言葉や態度が甘々なのだ。これには、なかなか慣れなくて困るのだけれど、これまでの罪滅ぼしとして受け入れることにした。
一度の失敗で将来を絶たれ、名誉回復さえ許されない国であってはならないと、おじい様とお父様がおっしゃるのも、理解できるからだ。誰にでも間違いはあって、失敗もある。反省してやり直すチャンスをもらえるのは当然の権利だと私も思う。
私も、よくやらかすからね!
その彼も、今は鍛錬の時間にあてていて、屋敷の外に出ている。ナタリーにお茶を淹れてもらい、今日の予定を確認する。
学園はお休みだし、特に用事もないから自由に過ごせそうだ。レオンは毎日のように遊びにくるけれど、約束しているわけではないし、私がいなくてもソフィが相手をしてくれるから問題ない。
外が騒がしくなったので窓に目をやると、雲ひとつない晴天だ。
「お出かけしようかな~」
ラウル様がもれなく付いては来るが、それも日常になった。どこへ行こうか逡巡していると、血相を変えたナタリーが飛び込んでくる。
「お嬢様! 王女様より、急ぎのお手紙を頂戴いたしました!」
「へー、明日になれば学校で会えるのに」
ローズが早朝に手紙を届けるなんて、余程のことだろう。
先ほどより多くの人の話し声と馬のいななきが聞こえて来たのは、ローズの手紙を届けてくれたからだろうか。
ふいに、雲が太陽を隠し、部屋が薄暗くなった。
嫌な予感を振り払うように顔を上げ、窓辺にあるソファーに座ると、親友の書いた手紙に目を通す。ローズにしては珍しく字が乱れていることから、よほど急いでいたのだろう。
そこには、ミラーウ国で権力争いが起こったこと。傍系の王子が反対勢力をねじ伏せて、政権を手に入れたこと。新しい王は、タエキ国と更なる友好関係を結びたいと言ってきたことなどが書いてあった。
「……まあ。王様が代わったのね」
「今ごろ知るとは、情報が遅いな」
「っ!」
何の前触れもなく男性の声がして顔を上げると、見覚えのある男性が微笑みを浮かべて立っていた。
「ユル!? なんで!?」
他にも言う事があるだろうに、咄嗟に言葉が出てこない自分の語彙力のなさと、機転がきかない頭に情けなくなる。
いや、私が引け目を感じる必要はないだろう。どう考えても私は悪くない。不法侵入してきたのは彼の方だ。気を取り直して対峙する。
「久しぶりだね、アリス。この二ヶ月、君を思い出さない日はなかったよ。会いたかった」
「……それは、どうも」
あかん、平和すぎてユルのことをすっかり忘れていた。でも、わざわざ伝えないほうが良さそうなので口をつぐむ。
「すまないが、彼女と話したい。席を外してくれるか」
紳士的な物言いでナタリーを部屋から追い出そうとするユルに対して、逆らうのは危険と判断した私は、「大丈夫よ」と笑顔を作り下がらせた。心配そうな顔をして退室した彼女が、廊下を駆けて行くのが足音で分かった。きっと、彼を呼びに行ってくれる。
呼吸を整えて、不法侵入者に向かう。
「何の御用でしょう?」
「約束通り、王妃の座を用意したよ」
「は?」
そんな約束はしていない。
しかも、王妃とは何のことだ。
誰か説明して欲しい。
「返事は、『はい』か『イエス』だ」
『ノー』は、どこへいった。
ユルは国王になる前に、円滑なコミュニケーションの方法を学ぶ必要があるようだ。
「私には婚約者がおります。お受けするわけには参りません」
平静を装う私を見て、ユルは愉快そうに笑う。
「ふうん。それで?」
訳のわからない話に付き合うのにも腹が立つ。グッと拳に力を込めたとき、足音が聞こえた。
「アリス殿! 遅くなって、すまない」
発言と同時にドアが開き、ラウル様が飛び込んできた。ナタリーが呼んでくれたのだろう。息を切らして言葉を絞り出しているところを見ると、かなり急いで来てくれたに違いない。
ホッとした私とは対照的に、ユルは顔を歪める。
「護衛と称して、この屋敷に居座っているそうだな。もうその必要はない。荷物をまとめて出て行け」
待つんだ。
何の権限があって、君がラウルの任を解く。彼は私の騎士だ。
「お言葉ですが、それはできません。自分はアリス殿の護衛です。離れるわけにはまいりません」
さすがラウル様、堂々と渡り合っている。だが、不審者に対しての話し方が、やけに丁寧なのはなぜだろう。
「ははっ! 騎士の仕事が婚約者の護衛とは、愉快な国だ。公私混同の極みだな!」
「大切なものは自分で守るのが、この国の方針です」
揶揄うユルに対して、ラウル様は一歩も引かない。堂々とした態度は素晴らしいが、事情が飲み込めていないのは、私だけなのか。
「話が見えません。ご説明願えますでしょうか」
そこで、二人が動きを止めた。どうやら、私が会話についていけていないことに、ようやく気付いてくれたようだ。
「自己紹介がまだだったか、これは失礼した」
そう言うと、ユルは私の前に跪き、恭しく手を取る。その瞬間、背中をゾワリしたものが駆け抜けた。
「愛しいアリス。俺は、君のためにミラーウ国の王となった。これからは二人で力を合わせて、我が国を盛り立てていこう」
声色は甘いが、有無を言わせぬ迫力は、まさに王者のものだ。蛇に睨まれたカエルのように、私は動けなかった。そんな状態で頭が回るまずもなく、彼の言葉の中に理解が追いつかない。
「こくおう? あなたが?」
一番重要だと思われる単語を拾い、復唱すると、ユルがふわりと笑った。
「そうだ。ちょっとだけ頑張った」
いや、だいぶだろう。
短期間で国を乗っ取るのは、相当な武力を行使したと思われる。全てが私のための行動と思いたくもないが、たくさんの人がしに、家を追われたと思うと、責任を感じるし、心が痛む。
「そんな顔をしないでくれ。誰もころしていない」
「そんなの、嘘です」
「なぜそう思う?」
「……なぜって、嘘つきの顔ですもの」
「くくっ! あははははっ!」
ユルはおかしくてたまらないといった様子で笑い出した。それは狂気を孕んでいて恐怖を感じるものだ。彼と離れたいが、手を離してもらえなかった。
「やはり、面白いな! 我が妃は、君をおいて他にない!」
ユルは立ち上がり、私の手をその大きな掌で包むと、熱のこもった目で見つめてきた。
(負けちゃだめだ、私!)
立場上、ラウル様はユルを諌めることはできない。自分で解決するしかないのだと、己を奮い立たせる。
「お断りすると申し上げております!」
彼の手を振り解くと、声に力を乗せて、ハッキリと宣言した。
しかし、それも彼には通用しない。
嬉しそうに目を細め、強引に私を抱き寄せると、耳元でささやいた。
「強がるな。足が震えているではないか。君の意思は関係ない。このまま連れて行く。安心しろ、そのうち俺なしでは生きられない体になる」
「っ! やめて!」
ぞわぞわと身体中に鳥肌が立つのは、生理的に無理だと拒否しているのだ。それでも、その手を振り解くには、自分は非力すぎた。
(逃げられない!)
ジタバタする私を見て、ユルは楽しんでいるように見えた。それが余計に悔しくて、目に涙がにじむ。
「彼女から離れてください!」
ラウル様から殺気を帯びた声が飛んだ瞬間、バーンとドアが開いた。
「はいはーい! そこまで!」
「敗者復活戦のご説明をいたしますわ!」
「レオン! ローズ!」
そこには、親友ふたりの姿があった。
*~*~*~*~
それから、ユルを囲んで敗者復活戦の説明会が行われた。ナタリーが用意してくれたお茶を飲みながら、私は一人、遠い目をしている。
あの緊迫した場面から、こんな和やかな風景が見られると思っていなかったから、現実を受け入れるのに時間がかかるのだ。
「なるほど。彼女の心を射止めたら、婚約者の交代ができると。ラウルと結婚するまでは、チャンスがあるのだな」
ユルがうなずきながら理解を深めて行く。改めて聞くと、シンプルなルールだ。
しかし、ラウル様と私の過ごす時間が増えるほど、簡単に次の婚約者へ交代するなんてできそうにない。
あれから二ヶ月、専属の護衛の座に収まったラウル様から、毎日、口説かれているのだから、絆されないほうがおかしいのだ。恋に発展してはいないが、ラウル様とは良好な関係を維持しているから。
「ユル様が参加してよいのですか? アリスは後継です。他国へ嫁ぐことはできませんよ?」
「なぜだ。アリスの妹君が継げば問題ないだろう」
ユルの素朴な疑問に、ローズの顔色が変わる。
「そんな簡単な話ではありませんの。また婿取り大会を開催しなくてはなりませんから、莫大な費用と労力を要しましてよ。これは、後継が生まれた年から、積み立てきたお金を大会費用に充てておりますの。二人分もありませんわ」
改めて聞くと、すごい話だ。
私一人のために巨額の税金が使われていたなんて、申し訳なさすぎてしねる。
ショックを受ける私とは対照的に、ユルは、何だそんなことかと口を開く。
「観客を入れて、金を取ればいいではないか。力のある者は人気が出るだろうから、グッズを作って販売すればいい」
その手があったかと、私の目から鱗が落ちている最中、レオンが制止する。
「お待ちください。そこまで大規模なものにしたら、当事者に隠し通せません」
「なぜ隠す必要がある? むしろ、自分のために戦う男どもを目の当たりにした方が、本人のためだろう。下手に秘密にするものだから、自分にどれだけの価値があるか分からないのではないか? アリスの自覚のなさで、被害を被った男たちを、思い出せ」
「わ」
一斉に視線が注がれて、思わずのけぞる。私が悪いのだろうか。
「それは、否めませんわ」
ローズがしみじみと言うが、君は誰の味方かな?
この三人の会話はテンポよく、問題点を次々に解決へ導いて行く。実は、気が合うのではないだろうか。ユルとローズが結婚したら、それこそ国が団結するのにと思ってしまう。
そのとき、ドアをノックする音がした。
「失礼いたします。カトリーヌ様より、皆様をお連れするよう、仰せ付かりました」
あれほどいた私の護衛は全員外され、ラウル様だけになった。どうやら彼の意向らしいが、なぜだろう。
それに、ふいにラウル様の姿が消えることがあるのは、現れた敗者復活戦の挑戦者を、私に分からないように排除しているからだと聞いた。一対一では敵わないからと、徒党を組んでくる輩と戦うこともあるらしいが、本人は涼しい顔をしている。
ある日、心配になって聞いてみた。
「護衛を増やしますか?」
「ありがとう。俺は強いから大丈夫だ。それに、護衛とはいえ、君に他の男を近付けさせるのは、俺が嫌なんだ」
「え」
そんな理由かい。
しかし、その言葉通り、学園でも街歩きでも問題なく過ごせている。職務中の彼は護衛として最高の仕事をしてくれていた。
ただ一つだけ注文をつけるとすれば、職務を外れたときの彼が、私を大切にし過ぎる。言葉や態度が甘々なのだ。これには、なかなか慣れなくて困るのだけれど、これまでの罪滅ぼしとして受け入れることにした。
一度の失敗で将来を絶たれ、名誉回復さえ許されない国であってはならないと、おじい様とお父様がおっしゃるのも、理解できるからだ。誰にでも間違いはあって、失敗もある。反省してやり直すチャンスをもらえるのは当然の権利だと私も思う。
私も、よくやらかすからね!
その彼も、今は鍛錬の時間にあてていて、屋敷の外に出ている。ナタリーにお茶を淹れてもらい、今日の予定を確認する。
学園はお休みだし、特に用事もないから自由に過ごせそうだ。レオンは毎日のように遊びにくるけれど、約束しているわけではないし、私がいなくてもソフィが相手をしてくれるから問題ない。
外が騒がしくなったので窓に目をやると、雲ひとつない晴天だ。
「お出かけしようかな~」
ラウル様がもれなく付いては来るが、それも日常になった。どこへ行こうか逡巡していると、血相を変えたナタリーが飛び込んでくる。
「お嬢様! 王女様より、急ぎのお手紙を頂戴いたしました!」
「へー、明日になれば学校で会えるのに」
ローズが早朝に手紙を届けるなんて、余程のことだろう。
先ほどより多くの人の話し声と馬のいななきが聞こえて来たのは、ローズの手紙を届けてくれたからだろうか。
ふいに、雲が太陽を隠し、部屋が薄暗くなった。
嫌な予感を振り払うように顔を上げ、窓辺にあるソファーに座ると、親友の書いた手紙に目を通す。ローズにしては珍しく字が乱れていることから、よほど急いでいたのだろう。
そこには、ミラーウ国で権力争いが起こったこと。傍系の王子が反対勢力をねじ伏せて、政権を手に入れたこと。新しい王は、タエキ国と更なる友好関係を結びたいと言ってきたことなどが書いてあった。
「……まあ。王様が代わったのね」
「今ごろ知るとは、情報が遅いな」
「っ!」
何の前触れもなく男性の声がして顔を上げると、見覚えのある男性が微笑みを浮かべて立っていた。
「ユル!? なんで!?」
他にも言う事があるだろうに、咄嗟に言葉が出てこない自分の語彙力のなさと、機転がきかない頭に情けなくなる。
いや、私が引け目を感じる必要はないだろう。どう考えても私は悪くない。不法侵入してきたのは彼の方だ。気を取り直して対峙する。
「久しぶりだね、アリス。この二ヶ月、君を思い出さない日はなかったよ。会いたかった」
「……それは、どうも」
あかん、平和すぎてユルのことをすっかり忘れていた。でも、わざわざ伝えないほうが良さそうなので口をつぐむ。
「すまないが、彼女と話したい。席を外してくれるか」
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呼吸を整えて、不法侵入者に向かう。
「何の御用でしょう?」
「約束通り、王妃の座を用意したよ」
「は?」
そんな約束はしていない。
しかも、王妃とは何のことだ。
誰か説明して欲しい。
「返事は、『はい』か『イエス』だ」
『ノー』は、どこへいった。
ユルは国王になる前に、円滑なコミュニケーションの方法を学ぶ必要があるようだ。
「私には婚約者がおります。お受けするわけには参りません」
平静を装う私を見て、ユルは愉快そうに笑う。
「ふうん。それで?」
訳のわからない話に付き合うのにも腹が立つ。グッと拳に力を込めたとき、足音が聞こえた。
「アリス殿! 遅くなって、すまない」
発言と同時にドアが開き、ラウル様が飛び込んできた。ナタリーが呼んでくれたのだろう。息を切らして言葉を絞り出しているところを見ると、かなり急いで来てくれたに違いない。
ホッとした私とは対照的に、ユルは顔を歪める。
「護衛と称して、この屋敷に居座っているそうだな。もうその必要はない。荷物をまとめて出て行け」
待つんだ。
何の権限があって、君がラウルの任を解く。彼は私の騎士だ。
「お言葉ですが、それはできません。自分はアリス殿の護衛です。離れるわけにはまいりません」
さすがラウル様、堂々と渡り合っている。だが、不審者に対しての話し方が、やけに丁寧なのはなぜだろう。
「ははっ! 騎士の仕事が婚約者の護衛とは、愉快な国だ。公私混同の極みだな!」
「大切なものは自分で守るのが、この国の方針です」
揶揄うユルに対して、ラウル様は一歩も引かない。堂々とした態度は素晴らしいが、事情が飲み込めていないのは、私だけなのか。
「話が見えません。ご説明願えますでしょうか」
そこで、二人が動きを止めた。どうやら、私が会話についていけていないことに、ようやく気付いてくれたようだ。
「自己紹介がまだだったか、これは失礼した」
そう言うと、ユルは私の前に跪き、恭しく手を取る。その瞬間、背中をゾワリしたものが駆け抜けた。
「愛しいアリス。俺は、君のためにミラーウ国の王となった。これからは二人で力を合わせて、我が国を盛り立てていこう」
声色は甘いが、有無を言わせぬ迫力は、まさに王者のものだ。蛇に睨まれたカエルのように、私は動けなかった。そんな状態で頭が回るまずもなく、彼の言葉の中に理解が追いつかない。
「こくおう? あなたが?」
一番重要だと思われる単語を拾い、復唱すると、ユルがふわりと笑った。
「そうだ。ちょっとだけ頑張った」
いや、だいぶだろう。
短期間で国を乗っ取るのは、相当な武力を行使したと思われる。全てが私のための行動と思いたくもないが、たくさんの人がしに、家を追われたと思うと、責任を感じるし、心が痛む。
「そんな顔をしないでくれ。誰もころしていない」
「そんなの、嘘です」
「なぜそう思う?」
「……なぜって、嘘つきの顔ですもの」
「くくっ! あははははっ!」
ユルはおかしくてたまらないといった様子で笑い出した。それは狂気を孕んでいて恐怖を感じるものだ。彼と離れたいが、手を離してもらえなかった。
「やはり、面白いな! 我が妃は、君をおいて他にない!」
ユルは立ち上がり、私の手をその大きな掌で包むと、熱のこもった目で見つめてきた。
(負けちゃだめだ、私!)
立場上、ラウル様はユルを諌めることはできない。自分で解決するしかないのだと、己を奮い立たせる。
「お断りすると申し上げております!」
彼の手を振り解くと、声に力を乗せて、ハッキリと宣言した。
しかし、それも彼には通用しない。
嬉しそうに目を細め、強引に私を抱き寄せると、耳元でささやいた。
「強がるな。足が震えているではないか。君の意思は関係ない。このまま連れて行く。安心しろ、そのうち俺なしでは生きられない体になる」
「っ! やめて!」
ぞわぞわと身体中に鳥肌が立つのは、生理的に無理だと拒否しているのだ。それでも、その手を振り解くには、自分は非力すぎた。
(逃げられない!)
ジタバタする私を見て、ユルは楽しんでいるように見えた。それが余計に悔しくて、目に涙がにじむ。
「彼女から離れてください!」
ラウル様から殺気を帯びた声が飛んだ瞬間、バーンとドアが開いた。
「はいはーい! そこまで!」
「敗者復活戦のご説明をいたしますわ!」
「レオン! ローズ!」
そこには、親友ふたりの姿があった。
*~*~*~*~
それから、ユルを囲んで敗者復活戦の説明会が行われた。ナタリーが用意してくれたお茶を飲みながら、私は一人、遠い目をしている。
あの緊迫した場面から、こんな和やかな風景が見られると思っていなかったから、現実を受け入れるのに時間がかかるのだ。
「なるほど。彼女の心を射止めたら、婚約者の交代ができると。ラウルと結婚するまでは、チャンスがあるのだな」
ユルがうなずきながら理解を深めて行く。改めて聞くと、シンプルなルールだ。
しかし、ラウル様と私の過ごす時間が増えるほど、簡単に次の婚約者へ交代するなんてできそうにない。
あれから二ヶ月、専属の護衛の座に収まったラウル様から、毎日、口説かれているのだから、絆されないほうがおかしいのだ。恋に発展してはいないが、ラウル様とは良好な関係を維持しているから。
「ユル様が参加してよいのですか? アリスは後継です。他国へ嫁ぐことはできませんよ?」
「なぜだ。アリスの妹君が継げば問題ないだろう」
ユルの素朴な疑問に、ローズの顔色が変わる。
「そんな簡単な話ではありませんの。また婿取り大会を開催しなくてはなりませんから、莫大な費用と労力を要しましてよ。これは、後継が生まれた年から、積み立てきたお金を大会費用に充てておりますの。二人分もありませんわ」
改めて聞くと、すごい話だ。
私一人のために巨額の税金が使われていたなんて、申し訳なさすぎてしねる。
ショックを受ける私とは対照的に、ユルは、何だそんなことかと口を開く。
「観客を入れて、金を取ればいいではないか。力のある者は人気が出るだろうから、グッズを作って販売すればいい」
その手があったかと、私の目から鱗が落ちている最中、レオンが制止する。
「お待ちください。そこまで大規模なものにしたら、当事者に隠し通せません」
「なぜ隠す必要がある? むしろ、自分のために戦う男どもを目の当たりにした方が、本人のためだろう。下手に秘密にするものだから、自分にどれだけの価値があるか分からないのではないか? アリスの自覚のなさで、被害を被った男たちを、思い出せ」
「わ」
一斉に視線が注がれて、思わずのけぞる。私が悪いのだろうか。
「それは、否めませんわ」
ローズがしみじみと言うが、君は誰の味方かな?
この三人の会話はテンポよく、問題点を次々に解決へ導いて行く。実は、気が合うのではないだろうか。ユルとローズが結婚したら、それこそ国が団結するのにと思ってしまう。
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