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11 緊急事態発生

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 自由気ままに動けるのは最高だ。
 婚約したとき、何か望みはあるかと聞かれたから、護衛を減らしてもらった。おかげで、周りの景色がよく見える。
 ラウル様と婚約者でなくなったら、また護衛付きの窮屈な暮らしになるかと思うと、少し気が重い。せっかく、いろんなクラスにお友だちができたのに。

「ごきげんよう、アリス様! どちらまで? ご一緒しても?」

「ごきげんよう。嬉しいわ。妹のクラスに行く所なの」

 そういえば、小さい時に一人で「友だち百人プロジェクト」を立ち上げたことがあった。
 方法は簡単だ。男女問わず、手当たり次第に『友だち宣言』をすればいい。活動場所は、主に学園。
 最初のうちは、護衛も微笑ましく見ていてくれたのに、いつしか良い顔をしなくなった。そのうち、「これ以上、不特定多数のお友だちを作るようでしたら、ご褒美の街歩きは禁止です」と脅され、プロジェクトは中止を余儀なくされた。交友関係まで制限されて、とても悲しかったのを覚えている。
 大きくなったら、他校舎の生徒と友人になれるって、あの時の私に教えてあげたい。

「ごきげんよう。ソフィはいる?」

 ソフィは共学クラスだ。男子がいると雰囲気が全く違う。野性味が出るというか、活気があるというか、青春って感じがして、とてもうらやましい。

「お姉様! ご無事でしたか! 学園に来ていらしたのですね」

「んん? 無事とは?」

「ご存知なければ、よいのです。どうせ、後から知ることになりますから。束の間の自由を、どうぞお楽しみください」

「うわあ」

 言い方に棘がある。
 やはり、家には帰らない方が良さそうだ。

「でも、お父様を、あんなに怒らせるなんて、何をなさったのですか?」

 慌ただしかったせいか、ソフィには詳細が伝わっていないようだ。何をしたのかと聞かれたら、いろいろしたが、事の発端を話せばいいのだろうか。

「ローズとレオンに、たわいもない手紙を書いただけよ?」

「……内容を伺っても?」

(えーと、なんだっけ?)

 想定していたよりも回想シーンが長引いて、すっかり忘れていたが、婚約者の座を、妹にバトンタッチするために動いているのだった。

(よしよし、思い出したぞ) 

 妹には、きちんと話さなくてはならない。幸せのゴールに辿り着くためにも、頑張れ、私。

「端的に言うわ。私は、ラウル様との婚約を破棄したいの。でも、家同士の都合もあるから難しいわよね。私とソフィで交代しましょう」

「っ!」

 妹は、大きな目を更に大きくして、絶句した。いささか直球すぎて、ビックリさせてしまっただろうか。すんなり行くと思ったのに、補足説明が必要らしい。

「ラウル様は、あなたを気に入っているでしょう? 彼は私ではなく、ソフィに会いに来ていたのよ。気付かなかった?」

 妹は驚きのあまり、あごが外れそうなほど口を開けていた。その顔は面白くて大好きだが、乙女としてはアウトだ。

「いやいやいや、気付くも何も! どうしてそんな話になるの! 言っていることが、めちゃくちゃよ!」

 淑女のかがみうたわれるソフィが、珍しく取り乱している。そこまで動揺するとは想定外だが、どうか承諾して欲しい。

(……だって、頑張っても、ダメだったもの)

 彼と仲良くなりたかったし、婚約者としていい関係を築こうと、私は努力した。それを、ことごとくぶち壊したのは、ラウル様だ。
 人付き合いが苦手というならば、私への態度の悪さも、甘んじて受け入れよう。
 しかし、多くの女子に優しくしている姿を、至る所で見ている。私には向けることのない、柔らかい顔で。
 女の子に人気があるのは、悪いことではないけれど、私は、その度に寂しくて、情けなくて、悲しくなった。些細なことの積み重ねは、思った以上にダメージが大きくて、心に無数の傷を残していく。
 何よりも辛かったのは、人として尊重されなかったことだ。存在意義が分からなくなった私は、自分を守るために、彼に期待するのをやめ、愛されることも諦めた。
 我慢して我慢して、気持ちを押しころしているうちに、自分の心もしんでいく。おかげさまで、芽生え始めた淡い想いはすっかり萎えて、大いにひねくれてしまった。

(このままでは、二人とも不幸になる)

 彼が、わざと嫌われるようなことを言ってくるのも、私のことが気に入らなくて、婚約者を変えたいからだろう。
 それを言い出せないのであれば、私が代わりに動けばいい。それが、彼のためだし、私が私として生きるために必要なことでもある。

 私は、チクリと痛む胸を抑えて、ニコリと笑う。

「好きでもない私と結婚するよりは、気の合うソフィと夫婦になったほうが、ラウル様は幸せになれるわ。そう思わない?」

 熟慮を重ねた末に導き出した答えを告げた時、世界から音が消えた。

(あれ?)

 期待に反して、妹は表情をなくしている。
 そして、教室に広がるこの雰囲気には、既視感があった。ナタリーに醸し出されたものに、とてもよく似ているではないか。

(あれれれ?)

 おかしい、おかし過ぎる。
 すごく真面目に考えて、とても悩んだと言うのに、「何言ってんの?」という無言の圧を感じる。まるで、私が悪いと言わんばかりに。

「……えーと、待ってね。私は、何を間違えたのかな?」
 
 ソフィはガクリと項垂うなだれて、深い深いため息をつく。それから、一呼吸おいて顔を上げると、私の手を取り、強く握りしめた。

「お姉様は、根本的に考え違いをしておられます。ラウル様は……」

『ピーッ!』『ピピーッ!』

 彼女の声をかき消すように、笛の音が学園内に響き渡る。

「警備兵が出動した!」

「何か起きたんだ!」

『今、応援を呼んだ。もう逃げられないぞ』

 校内放送が入った。魔道具から転送された声だ。どこかで聞いたような気もするが、道具を介した音声は、みんなこんな感じなのだろう。
 ここは、気持ちを切り替えて、上級生らしいところを見せなければ。

「皆さま、緊急事態発生の合図です! 落ち着いて礼拝堂へ避難しましょう! 押さない、走らない、喋らない、戻らないを、お忘れなく!」

 『お・は・し・も』大事! 
 突然の出来事にも関わらず、みんな落ち着いて移動をしている。避難訓練の賜物だ。

「お姉様。正門が突破されたら、一大事です」

 そうなのだ。
 学園の門番や警備には、騎士団の腕自慢が派遣されている。その彼らが、自分たちの手に余ると判断し、「逃げろ」と校内放送を流した。
 では、襲撃してきたのは魔族だろうか。そうなると、一刻も早く逃げなくてはならない。下手をすると命に関わる。
 全ての教室に誰もいないのを確認して、礼拝堂へ向かう。

『ア……ス、……返せ』

「え?」

 気になって、足を止める。

「お姉様、急ぎましょう!」

「ごめんなさい。名前を呼ばれた気がして……」

『アリス殿を返せ』

「はあ!?」

 私の名前が響き渡り、思わずのけぞる。さっきの人が、回線を開きっぱなしにしているようだ。
 もしかすると、彼は警備へ連絡した後、通信を切ったつもりで、間違えて、校内放送に切り替えてしまったのかもしれない。
 それならば、先ほどは誤放送だった可能性がある。確認が必要だが、避難する必要はないのかもしれない。ソフィも同じことを考えたようで、二人で耳を澄ます。周りを見ると、生徒が数人残っていた。

『アリス? 誰だ、それは!』

 私も聞きたい。

『お前たちが誘拐した、ご令嬢だ!』

 大変だ。アリスという生徒が誘拐されたらしい。何年生だろう。

『何のことだ!』

『黙れ! 門番のフリをした偽物め! 俺は、門番から警備兵まで、学園に配属されている騎士は、全て把握している!』

 すごいな、仕事が大好きなのか。
 今日の門番は、全員が新人で珍しいと思ったが、偽物だったとは。

『お前たちは、門番と入れ替わり、仲間を招き入れ、学園に押し入ろうとしていただろう! 狙いは、高貴な身分の生徒だな!』

 そんなことを考える人がいるのだろうか。
 学園は、対人戦はもちろんのこと、魔族や魔物の襲来にも備えて魔法使いが常駐しており、備えは万全だ。人間ならば、軍隊レベルでなければ突破できないだろう。賢明な人なら、襲おうなどとは思わない。

『まさか、俺たちの計画が漏れていたのか!?』

 残念な人たちか! 
 本気だったとは驚きだが、警備の男性は、よく分かったな。お手柄、お手柄。彼を讃え、みんなで拍手をする。

『全て、お見通しだ! 大人しくばくけ! 偽物が、アリス殿と同じ学園にいるなど、許すわけにはいかない!』

 論点が微妙にズレている。彼は、頭は切れるようだが、心が狭い。

『俺でも……』

 どうした、お兄さん。

『俺でさえ! 希望が通らないのにー!!』
     
 とうとう、警備兵さんが壊れてしまった。魂の叫びが、全校にこだまする。同情するようにうなずいている生徒がいるが、彼と知り合いだろうか。
 ふと、彼の言葉に違和感を覚える。希望が通らないとは、どういう意味だろう。

『知るか! 俺たちには関係ねえ! 学園で働きたきゃ、人事に言え!』

『言っているから、異動させてもらえないんだー!!』

 その時、「ドゴッ!」と音がして通信が途絶えた。
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